第 7 章 画像再構成法
7.2 画像再構成法の実験データへの適用
7.1.3 List-mode への移行
前項で述べたように、データ空間での要素数はNangle×Npixel, scatterer×Npixel, absorberである。
これに今回の実験における値を代入すると、
Nangle×4096×1024 = 4.2×106×Nangle (7.6)
となる。イメージレスポンスの要素数はこの値にさらにイメージ空間の要素数をかけたものとな るので、膨大な大きさになる。よって、式(7.5)を直接計算するのは、計算コストの面から現実的 ではない。
この問題の解決策として有効なのが、list-modeの適用である。List-modeでは、1つのイベン トをデータ空間の1要素と対応させるため、データ空間の要素数はイメージングを行った全イベ ント数となる。よって、イベント数が膨大でない限りは、データ空間の要素数を圧縮することが できる。List-modeへの移行により、式(7.5)は次のように書き換えられる[41]。
λ(l+1)j = λ(l)j sj
*
i
vi·tij
+
k
$
tikλ(l)k +hbi
% (7.7)
ここで、sjはイメージ空間の要素jから出た光子が検出される確率、viはイベントiがイメージ 空間の範囲内から来たガンマ線に由来する確率、hは適当なスケーリングファクターである。ま た、レスポンスtijはイメージピクセルjから来たガンマ線が、イベントiとしてカウントされる 確率となる。
7.2 画像再構成法の実験データへの適用
7.2.1 検出効率とレスポンスの導出
コンプトンカメラで取得したイメージに式(7.7)を適用するには、検出効率sjやレスポンスtij といった値を求めておかなければならない。これらの値の導出方法について、以下に述べる。
■検出効率sj
検出効率の分布は、Geant4によるモンテカルロシミュレーションを使って求めた。図7.2は、
検出効率を求める手法を図示したものである。この図に示すように、検出効率を求めたい高さの 平面上の任意の点から、ランダムな方向へ光子を放出する。するとある点(x, y)における検出効
率は、 点(x, y)から放出された光子がコンプトンイベントとして検出された数
点(x, y)から放出された光子の総数 (7.8)
という式から求めることができる。今回は、364 keVの光子について、DSSDから30 mmと60 mm 離れた位置にある平面上での検出効率の分布を調べた。その結果を図7.3に示す。
■イメージレスポンスtij
レスポンスtijはイメージピクセルjから来たガンマ線が、イベントiとしてカウントされる確 率である。これは、以下の式により計算される。
イベントiがピクセルjからきた光子に由来する確率 · · ·(1)
×光子の反応確率(光子の輸送、コンプトン散乱、光電吸収の確率の積) · · ·(2) (7.9)
60 第7章 画像再構成法
図7.2: 検出効率の求め方。検出器と平行な平面上の任意の点から、ランダムな方向へ光子を 放出する。コンプトンイベントとして検出された光子の数を、その点から放出された光子の 総数で割ることで、検出効率を求める。
図7.3: モンテカルロシミュレーションより求めた検出効率の分布。364 keVのエネルギーを 持つ光子に対して作成した。(左) DSSDまでの距離が30 mmのとき。(右) DSSDまでの距 離が60 mmのとき。
7.2. 画像再構成法の実験データへの適用 61 式(7.9)の(1)の項については、イベントiに対応するバックプロジェクションを、ARMを半値 幅とするガウシアンでぼかしたものを採用した。ここで、ARMの広がりは必ずしもガウシアン で表されるわけではないが、ここでは近似的にガウシアンを用いた。
式(7.9)の(2)の項については、ピクセルjから出発した光子が散乱体でコンプトン散乱し、吸
収体で光電吸収される過程を全て追ってその確率を計算しなくてはならず、一つ一つのイベント iとイメージピクセルjについて計算するのは大変困難である。そこで、ここでは光子の反応確率 を1で固定した。そのため、散乱角による反応確率の違いや、CdTe Bottomの各レイヤーにおけ る光電吸収確率の差は考慮されていない。ただし、レイヤーごとの光電吸収確率の差は、光子の 出発点jには依存しないので、式(7.7)を見れば分かるようにjに依存しない要素はバックグラウ ンドが小さければ分子と分母で打ち消し合い、考慮に入れなくても良いといえる注1。
以上の計算により求めた、あるイベントに対するイメージレスポンスを図7.4に示す。実際に はこのようなレスポンスをイベント数分だけ用意することになる。また、各イメージレスポンス を全体に渡って積分した値をviとして採用した。
図7.4: あるイベントに対するイメージレスポンス
■バックグラウンドbi
List-modeを適用した MLEM 法の問題点の一つに、バックグラウンドの扱いが非常に難しい
ということが挙げられる。List-modeではデータ空間のビンを潰して1つのイベントに1つの要 素が対応するようにしたため、バックグラウンドの情報まで潰されてしまっている。そのため、
各イベントに対してバックグラウンドがどの程度効いてくるかを見積もるのは容易なことではな い。今回は信号に比べてバックグラウンドの値が小さかったので (信号の 1/5 程度) 、バックグ ラウンドは考慮せずに再構成を行った。しかし、宇宙空間での観測を行う場合はバックグラウン ドが支配的となることが予測されるので、そのような場合はバックグラウンドを考慮に入れたア ルゴリズムの開発が必要となる。
注1実際は光子の入射角の違いによって光子が半導体中を進む距離が変化するので、位置依存性がないとはいえない。
しかし、100 keVを超えるようなエネルギーのガンマ線に対しては、この差は微々たるものであり無視しうる。
62 第7章 画像再構成法 7.2.2 格子状線源の画像再構成
まず、第6章で示した格子状に並べられた点源について、MLEM法を適用した。図7.5にその 結果を示す。左側が再構成前、右側が再構成後のイメージである。画像再構成を行うことで、個々 の点源がはっきりと区別できるようになった。また、イメージの一部をy軸上に射影したヒスト グラムにおいて再構成前は確認できなかった±60 mmの位置にある点源のピークが、再構成後は 確認することができる。このように、点源が複数並んだイメージに対して、MLEM法を用いた画 像再構成は大変有用であるといえる。
(a) (b)
(c) (d)
図7.5: 格子状線源に対する画像再構成前後のイメージ。線源からDSSDまでの距離は60 mm である。(a) バックプロジェクション。(b) MLEM法適用後のイメージ。反復回数100回。
(c) (a)の四角で囲んだ部分をy軸上へ射影したもの。(d) (b)の四角で囲んだ部分をy軸上 へ射影したもの
MLEM法によってそれぞれの点源を分解できたので、この結果を元にコンプトンカメラの位置 決定精度を求めた。まず、再構成後のイメージにおいて、最大のカウントを与えるピクセルから 周囲5×5のピクセルを抜き出してその重心を求め、それをその線源の中心位置とする。この方法 によって中心から5×5の領域にある線源の位置をそれぞれ導出する。次に、この線源の分布を、
実際の線源の配置を模した格子状の関数(図7.6左図を参照)によってフィッティングする。この フィッティング関数とイメージから得られる線源の分布のずれを示したのが、図7.6の右図であ る。これを見ると、ほとんどの点源のずれが1 mm以下であるため、コンプトンカメラは60 mm 先の点源に対し、1 mmの位置決定精度を持つといえる。これは、角度に直すと約1度の決定精 度となる。
7.2. 画像再構成法の実験データへの適用 63
図7.6: コンプトンカメラの位置決定精度の導出。(左) イメージから得られた線源の位置に 対し、格子状の関数でフィッティングを行ったもの。(右) フィッティング関数とイメージ上 での位置との間のずれ(左図での赤い直線の交点と黒いプロットの間のずれ)の分布。
7.2.3 広がった線源の画像再構成
図7.7に、広がった線源に対してMLEM法による画像再構成を行った結果を示す。円形の線源 では、バックプロジェクションの状態ではぼやけていた線源の境界が、画像再構成後ははっきり と認識できる。また“C”状の線源では、画像再構成によりその特徴的な形が良く再現されており、
特に3mmの孔の開いた部分がきちんと分解できている。これは、コンプトンカメラが30 mmの 線源に対し3 mm以上の分解能力を持っていることを示しており、これは角度に直すと5.7˚以上 の分解能力を持つことに匹敵する。以上の結果から、広がった線源に対してもMLEM法の有効 性が確かめられた。
このようにコンプトンカメラの画像再構成に大きな威力を発揮したMLEM法であるが、いく つか問題点も存在する。その一つに、反復回数をどう決めるかの指針が確立していないという点 がある。実験結果にMLEM法を適用してイメージが収束するまで反復を続けると、バックグラ ウンドが増加したりイメージの形が崩れたりしてしまうことが分かっている。今回はイメージの 形が分かっているため、真のイメージを良く再現したところで反復を止めることができた。しか し、実際の観測ではイメージの分布をあらかじめ知ることはできないため、真のイメージを良く 再現するところで反復を止めるような指針を確立する必要がある。また、前述のようにlist mode を適用したMLEM法ではバックグラウンドの扱いが難しい。さらに、イメージの強度の絶対規 格化が困難であるため、イメージから天体のフラックスを求めることができないという問題もあ る。これらの問題への対処法の開発は、今後の課題である。