第 6 章 イメージング実験
6.3 点源のイメージング
図6.3: 2-5ヒットイベントの1ヒットイベントに対する数の比。モンテカルロシミュレーショ
ンの結果を元に求めた。黒が2ヒット、赤が3ヒット、青が4ヒット、緑が5ヒットイベント である。
• E1がCdとTeの蛍光X線のエネルギーから±2 keV の間に入るイベントは蛍光X線イベ ントとする。
6.3 点源のイメージング
6.3.1 2 次元エネルギープロット
コンプトンカメラのイメージング能力の確認として、はじめに点源のイメージングを行った。
点源のイメージングは最も単純で解析がしやすいため、コンプトンカメラのイメージング能力を 確かめるのに最適である。実験に使用した点源を表6.2に、点源と検出器の配置を図6.4に示す。
イメージングを行う際は、2回ヒットイベントから蛍光X線イベントを除去した後、E1とE2の 合計エネルギーが表6.2に示すエネルギー選択範囲に含まれるイベントを、コンプトンイベント として抽出する。ただし、検出器の配置によってコンプトンイベントの散乱角が幾何学的に制限 されるため、散乱角について表6.2の条件を満たすイベントのみをイメージングの対象とした。
表6.2: イメージングを行った線源。
線源 ガンマ線のエネルギー エネルギー選択範囲 散乱角の制限
133Ba 276.4、302.5、356.0、383.8 keV 350 – 362 keV 0˚<θ< 74˚
22Na 511.0 keV 504 – 518 keV 0˚<θ< 74˚
133Cs 662.7 keV 652 – 672 keV 0˚<θ< 74˚
取得したデータに対し、全ての2回ヒットイベントを抽出して2次元平面上にプロットしたも のを図6.5に示した。これを2次元エネルギープロットと呼ぶ。それぞれの図で、イメージング の対象となる領域にイベントが集中している様子が分かる。また、図中 20 keV< E1 <35 keV の領域に集中的に見られる分布は、CdTe からの蛍光X線が DSSD で光電吸収された蛍光X線 イベントである。イメージングの際にはこの領域に含まれるイベントは除外した。
46 第6章 イメージング実験
図6.4: 線源と検出器の配置。各線源は検出器の中心軸上、DSSDから150 mm離れた位置に配置した。
6.3.2 バックプロジェクションとARM
前項で選択したイベントに対し、コンプトンコーンと線源の存在する平面との交点をプロット することでイメージングを行った。このとき得られる画像をバックプロジェクションと呼ぶ。ま た、今回は点源の位置が正確に分かっているため、各イベントごとにARMを計算することがで きた。それぞれの線源のバックプロジェクションとARMの分布を図6.6に示す。
コンプトンカメラの角度分解能を評価するため、求めたARMの分布に対してvoigt関数(ガウ ス関数とローレンツ関数の畳み込み)でフィッティングを行い、その半値幅(FWHM)を角度分解 能として定義した。ここでvoigt関数を用いたのは、コンプトンカメラの角度分解能に対するエネ ルギー分解能と位置分解能の寄与は一般にガウス関数で表され[38]、doppler broadeningの寄与は 各軌道成分ごとにローレンツ関数でよく近似される[6]という事実に基づいている。フィッティング の結果得られたそれぞれのエネルギーにおける角度分解能は、3.9˚(356.0 keV)、3.5˚(511.0 keV)、 3.7˚(662.7 keV)であった。
6.3.3 スペクトル再構成
点源の位置が正確に分かっていると、コンプトンコーンがその点源を通らないイベントを全て バックグラウンドとして除去することで、2回ヒットスペクトルを再構成することができる。これ をスペクトル再構成とよび、SGDのバックグラウンド除去もこの考え方に基づいている。また、
スペクトル再構成を行うことでCdとTeからの蛍光X線によるフェイクイベントを落とすことが できるので、これまで解析から除外していたDSSDの検出エネルギーが蛍光X線から±2 keVの 範囲に入るイベントも使うことができる。特に200 keV以下の入射光子に関しては、DSSDで検 出されるエネルギーの大部分がこの範囲に入ってしまうため、この事実は大きなメリットとなる。
スペクトル再構成の際には、コンプトンコーンが点源の実際の位置からどの程度はなれている イベントまでを再構成の対称とするかを、決めなければならない。コンプトンコーンと点源の間 の距離を表す指標としてはARMを用いれば良い。絞り込むARMの範囲が狭いと線源からの信 号までもが少なくなってしまうし、ARMの範囲が広いとバックグラウンドが増えてしまうため、
適切なARMの範囲を設定することが重要となる。今回は、ARM分布の半値幅、すなわちコン プトンカメラの角度分解能を、スペクトルを抽出する範囲として設定した。
6.3. 点源のイメージング 47
(a) 133Ba (b) 22Na
(c) 137Cs
図6.5: エネルギー2次元プロット。それぞれの線源でのエネルギー選択範囲を赤線で、散乱 角θが74◦に対応するエネルギーを緑線で示した。赤線と緑線で囲まれた領域に含まれるイ ベントがイメージングの対象となるが、蛍光X線イベントは解析から除外されるので、実際 にイメージングの対象となるイベントはもっと少なくなる。
48 第6章 イメージング実験
図6.6: 各線源のバックプロジェクションとARMの分布。上から順に133Ba、22Na、137Cs の結果である。
6.3. 点源のイメージング 49
図6.7: スペクトル再構成の結果。上から133Ba、22Na、137Csの2回ヒットスペクトルであ り、左側が全体、右側がピークの部分を拡大した図である。黒い点線で表されているのが再 構成前、赤線で表されているのが再構成後の2回ヒットスペクトルである。
50 第6章 イメージング実験 図6.7に、スペクトル再構成の結果を示した。黒い点線で表されるものが、0˚<θ<74˚を満た す2回ヒットイベントを全て抽出したときの2回ヒットスペクトルである。同じ図に、ARMの 絶対値が角度分解能の範囲内に収まるイベントだけを抽出したときの2回ヒットスペクトルをプ ロットしてある。スペクトル再構成によってピークの部分だけが抜き出され、バックグラウンド が大幅に除去されている様子が見て取れる。
6.3.4 シミュレーションとの比較
コンプトンカメラの期待した性能が発揮できているか確認するため、Geant4[39]を用いたモン テカルロシミュレーションとの比較を行った。シミュレーションを行った光子のエネルギーを表 6.3に、シミュレーションのセットアップを図6.8に示した。シミュレーションでは、実験と同じ ようにDSSDの中心軸状150 mmの距離から、DSSD全体に光子が当たるよう角度を絞って放射 状に光子を放出した。また、シミュレーションに入力する検出器のジオメトリは、図6.2左に示し たものを用いた。このジオメトリでは検出器の配置は実際のものと完全に一致させているが、周 辺物質は簡略化を行っている。検出器から遠くはなれるほど細部の構造は影響を及ぼさなくなる ので、検出器の近くはなるべく詳細に再現し、検出器から離れるに従って簡略化の度合いを大き くしている。また、それぞれの検出器のエネルギー分解能は、DSSDで(
2.02+ (0.001E)2 keV、 CdTe Pad検出器で(
2.02+ (0.01E)2 keV (Eは検出エネルギー) とした。この値は、図6.9に 示すように、それぞれのエネルギーにおけるDSSDとCdTe Pad検出器のエネルギー分解能を、
f(E) =(
a2+ (bE)2という関数でフィッティングした結果より求めた。
表6.3: シミュレーションを行った光子のエネルギー
光子のエネルギー 試行回数 コンプトンイベントとして検出された光子の数
356.0 keV 5×108 11135
511.0 keV 1×109 8124
662.0 keV 2×109 5778
表6.4に、実験とシミュレーションによって得られたエネルギーごとの角度分解能の比較を示 す。実験とシミュレーションの結果は、誤差の範囲内で一致していることが分かる。この結果か ら、実験で用いたコンプトンカメラがシミュレーションから期待される性能を発揮できているこ とが確認された。
表6.4: 実験とシミュレーションの角度分解能の比較。誤差はフィッティングエラーより求めた。
入射エネルギー 実験 シミュレーション 356.0 keV 3.9˚± 0.35˚ 3.5˚±0.28˚
511.0 keV 3.5˚± 0.26˚ 3.2˚±0.19˚
662.0 keV 3.7˚± 0.20˚ 3.4˚±0.21˚
6.3. 点源のイメージング 51
図6.8: シミュレーションのセットアップ。光子は図の円錐で示される領域に放射した。
図6.9: DSSDとCdTe Pad検出器のエネルギー分解能の導出。それぞれの検出器で、横軸に 入射ガンマ線のエネルギー、縦軸にそのエネルギーにおける分解能の値をプロットし、関数 f(E) =(
a2+ (bE)2でフィッティングを行った。左がDSSD、右がCdTe Pad検出器の結果 で、赤い直線で示したものがフィッティング関数である。
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