第5章 産業集積の今後と支援のあり方
第 2 節 産業振興政策への提言
最近の産業政策論では、必ずしも全国レベルでの産業政策の効果が見えにくいことともあい まって、何もやらないことが、よい政策的な、逆説的な話もある。アニメ産業の関係者にもこ の考え方は浸透していると思われる。「最近では、国や東京都がアニメ産業に目を向けているが、
モノを作るということは、体制に反発しながら努力するから伸びていくわけで、それが国が支 援していくというのは、古典芸能になれということなのかな、と思う。」(鈴木[2003,p87])に 代表される声は強い。このような声が強いにもかかわらず、東京都城西地域に産業政策が必要 な理由ついて考察し、その上での提言を行う。
1.団塊世代退職後に「富」を生み出す産業政策
東京都城西地域の財政基盤は、比較的上位の所得者層に位置する、地域外で働く給与所得者
(サラリーマン)層によって支えられている87。この層が退職期を迎え、年金生活に入ると、
これによって支えられていた財政基本構造は、急速に状況の悪化も考えられることは、それぞ れの自治体の企画・財政サイドでは、検討されているであろうし、これに対応する、行政需要 と支出抑制の仕組みづくりに取り組んでいる。
住民の富を自らの地域で生み出さず、他都市で稼いでいる、これらサラリーマン住宅地自治 体こそ、将来の安定した財源確保と、雇用創設、高齢社会対策のために、産業振興政策を検討88 すべきと考える。コミュニティビジネスなどは、この範疇に含まれるものであるが、地域内(広 義には、城西地域全体)での、「儲かる産業」への支援も必要であり、収入と人材確保を目的に する、産業振興政策を真剣に検討すべき時期に来ていると考える。
アニメ産業は、この地域にある唯一の集積産業であり、文化面などの波及効果を含めた評価 は、世界的なものとなっている。世界的評価が高まり、国の政策が追い風になっている、ここ 数年の間に、他地域との選別化を行い、国際的にも、一定自立できる各種施策を自治体レベル で積極展開しながら、国等との連携を図ることで、中長期的にも将来のデジタルコンテンツ産 業やデザイン・知的財産産業まで成長する可能性があり、この基盤の確立を図る好機と考える。
既に、都道府県レベルでは、本稿でも述べた岐阜県や佐賀県のように、産業創設や誘致に県が 乗り出しているところもある。
2001 年に杉並区で「アニメの杜すぎなみ構想」が発表された当時の、孤立無援の状況とは一 変し、国が、コンテンツ産業を海外に対抗できる、「日本」の成長産業に認知している今こそ、
東京都城西地域の自治体は、産業政策に対して名乗りを上げることが得策と考える。
2.施策提言
国関係では、縦割り行政と予算配当のタイムラグがあり、東京都城西地域自治体の問題点で は、住宅都市を基本にする自治体政策のため、産業振興の考えが弱く、かつ都市の体系が産業
87 週刊ダイヤモンドの 2001 年 8 月 11・18 日号による、自治体ランキングで富裕度の水準を示す指標「一人当 たり所得額」では、693 自治体中、第 9 位武蔵野市、第 11 位杉並区、第 17 位三鷹市、第 28 位練馬区と全て 上位 5%以内に入っている一方、製造品出荷額や経済力では上位 50 位には、経済力で吉祥寺を抱える武蔵野市 がわずかに 31 位に入っているに過ぎない。
88 これに近い考え方は、関満博[2002],「産業空洞化、高齢化の中の大都市産業」、『都市問題研究』第 54 巻 第 6 号.にも三鷹市を例に取り上げられている。
向きでないことを指摘した。また、実施事業も商店街活性事業にシフトしすぎた事業や制作会 社にメリットのない観光、イベント事業の目的化などミスマッチの問題点もある。
こうした問題を前提に、基礎的自治体で検討可能と思われる事項に絞って提言を行う。
2.1「儲かる」しくみづくりの構築
問題点に掲げた制作会社にメリットの少ない思い込みの施策でなく、産業振興の視点を改め て入れることが必要である。「儲かる」しくみづくりの構築、このための職員づくりも含めた体 制の構築をする。イベント事業でも、観光事業でもギブアンドテイクの考え方で、対象となる アニメ製作(制作)スタジオにとっても事業にとってプラスになるような仕組みづくりが必要 である。
2.2 人材育成の流れを積極的に推進
人材の確保とその集積がこの地域の産業集積やクラスターとなった起点であることの重要に 鑑みて、現在の産業クラスター特徴である人材育成・教育の流れに対して、これを積極的に推 進していくことである。
既に行政でも、大学院特区対応、杉並区の匠塾やNPO就職説明活動などは評価できるが、
特別な補助制度を設けるのではなくとも、全国から集まるアニメ関係産業関係者に対する、居 住から、就労や生活相談、独立の支援までの総合的な相談を関係業界と共同連携で行うことは 可能である。これは、聞取りを行った、A社のB氏のいう、才能を発揮するための生活できる 仕組みづくりや環境づくりになり、D社E氏が述べている、芸術家が集まる地域にもつながる ものと考えられる。これにより、同地域の人的集積が進み、知的産業(デザイン・文化含む)
が自治体内で成長し、知的立国を目指す日本における先進知的自治体にまで進む可能性が広が ってくる。
2.3 特区申請による集積展開推進
第 3 は、集積維持展開ができる場の確保を民間中心にしつつ都市計画法の特区制限などを使 い推進することである。杉並区は「みどりの産業として」環境に配慮をした産業の一つとして、
アニメ産業の振興を進めているが、音もにおいも出さず環境に負荷をかけない産業であるアニ メ産業は、住環境を重視する住宅都市の政策とも一致している。しかし、この地域の用途制限 により、せっかくの集積のメリットが生かせない状況が生じている。事実、アニメ製作(制作)
会社が事業展開するときにもこの制限がネックとなって、この地域内で事業展開が果たせず、
結果この地域外への移転も視野に入れざるを得ないことが生じている。この点に関しては、行 政当局は、ほとんど無関心であり、自ら動く気配はない。建蔽率や容積率は制限しつつ、用途 制限を一部緩和する方法もあるのではないだろうか。
三鷹市は、まちの成り立ちの経緯から、特別都市型産業等育成地区の都市計画を定めるなど 産業振興には一定の力を注いでいるが、みどりの産業用途特区による、みどりの住宅地に建蔽 率や容積率以内での静かに位置する「アニメスタジオ」、この様なイメージが、アニメ産業だけ でなく、文化産業への昇華する一つの鍵になると考えられる。加えて、低利用状態の公共的建 物のデジタルコンテンツ産業やデザイン・文化・知的財産産業への利用を視野に入れることも 考慮すべきであろう。
3.「豊かな住宅都市」の産業政策モデル
3.1 デザイン・文化・知的財産都市へ
前項は現状の問題点解決の課題提言であるが、ここからは、発展の種(シード)としてのアニ メ産業の今後段階的な展開記述を行い、提言する。「地域資源のひとつを活用するための知識、
技術、ノウハウを持った人材の役割がもっとも重要である」(岡本[2003,p115])のように、こ の地域の集積の始まりが人材の集積であり、本稿でも今後のこの地域発展の鍵は、人材の育成 にあると考える。
本稿での中心論である、産業集積の新たな動き、人材育成・教育分野の展開は、集積の芽を 生かした産業と教育の協働化にもつながり、義務教育分野以外でも、特に産業振興のための教 育人づくり分野でのリーダーシップをこの東京都城西地域が行い、その結果、自治体内での活 力の維持もできるのではないか。こうした産学官の連携をとり、若い力を全国から吸引できる メリットを生かし、文化事業まで人材集積を生かした産業のまちづくりを行い、現状でも比較 的安定したこの地域をさらに発展させる段階まで、引き上げること可能であろう。
ここでは三段階に分けた、この地域の産業発展モデルを提言する。
①第一段階 短期視点 アニメ人材育成事業
本稿で述べた、アニメ産業に対する人材育成支援を行い、集積の維持発展を行う。
②第二段階 中期視点 デジタルコンテンツ産業
CGグラフィックなども含む、デジタルコンテンツ産業全体への展開
③第三段階 長期視点 デザイン・文化・知的財産都市へ
専門的な人的集積を生かし、政府の目指す、知的財産立国の中心都市としての繁栄 アニメ産業から、デジタルコンテンツ産業、さらにデザイン・文化・知的財産産業まで、産 業の芽は、大きく育つ要素を含みながら、東京都城西地域でその集積維持を行い、出番を待っ ているように思われてくる。
3.2 地域発展の種(シード)を見つけよう
日本の人口が減少するとの見通しの下で、どの自治体も自らの地域の人口が減少するとの予 測を行いたがらない。現時点での 30 年後の政府の人口予想値と、それぞれの自治体が考える人 口予想合計値を比べるとどうなろうか。この問題は、地方の中山間地域だけの問題ではない。
東京都城西地域だけでなく、まちの発展の種をいかに大切に芽吹かせていくかが、今後の全 ての大都市圏住宅都市が持つ共通する課題であると考える。東京都城西地域のアニメという種 は、大きく育っているが、これとて、巻末の年表を見ると集積は数十年間に培われているにも かかわらず、支援の体制はごく数年間の間に行われているのは、一目瞭然であろう。
東京都城西地域のアニメ産業が、人的集積から発展したように、大都市住宅都市の産業振興 モデルになる、種(シード)は、それぞれの都市内にあると考える。その自治体がもつシードを いかに早く見つけ、これを選別し育んでいくことが各自治体にとって大切であると考える。