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生産的労働論争の諸契機

ドキュメント内 生産的労働と不生産的労働 利用統計を見る (ページ 107-122)

1 マルクス主義国民所得論

 われわれがここで試みようとしているのは,マルクスによって展開され,そ れに基づいて従来行われて来た一連の生産的労働に関する論争を整理しつつ,

そこに現われたいくつかの問題点を批判的に検討することによって,〈マルク スの生産的労働論の具体化・現実化〉という時代の要請に正しく答えるための 方途をさぐることである。

 われわれはまずくなぜ生産的労働論争が起ったのか〉という問題から始めよ うと思う。〈生産的労働とは何か〉という問題は,重商主義の時代以来くり返 し論争されて来た問題であるが,今また〈生産的労働とは何か〉が問題となっ ているのはいかなる理由からであろうか。それは,そのような問題の登場を必 然的ならしめる新たな契機が生れて来たからにちがいない。今,ここでは,こ のような傾向を,狭くわが国に限定することなく,世界的視点に立って眺めて みたいと思う。従来の諸論者がどのような場合に生産的労働に言及しているか をみてみると,①国民所得論との関連において,②労働生産性論との関連にお いて,③交通論との関連において,④商業論との関連において,⑤その他の場        1)

合というふうに分けて考えてみることが出来る。これら五つの場合のうち,何 と言っても,国民所得論との関連で生産的労働の問題がとりあげられる場合が 最も多く,また,新たなる装いで生産的労働論争が登場した主要な契機は,す ぐれて,この国民所得論の中に求めることが出来る。もちろんこれら五つの場 合が相互に独立して、無関係に考えられるべきではなく,行論のうちに明らか

1)野村氏はこれについて三つに分けておられる。日く,「現実には生産的労働の規定をめぐる問 題意識は経済学のいろいろな分野でとりあげられている。例えば,部門経済学確立のための基本 規定として,あるいは現代資本主義の新しい経済局面の分析視角における1個の命題として,そ  して国民所得算定の方法的基準として,等々。」(野村良樹「わが国国民所得の吟味と再編成試

論」,『講座現在日本の経済と政治』、第3巻『資本蓄積と循環』,大月書店,1959,91ページ)

になるであろうが,相互に密接な関係を保って来ていると考えられるのである。

そのうえ更に,あとに述べることであるが,これら五つの場合はその根底にお いて共通な一つの意識で結ばれていたのである。それはく『資本論』の具体化〉

というすぐれて現代的な意識である.即ち,『資本論[において原理的に解明 されている資本主義経済に関する運劫諸法則をより具体化し,発展せしめるこ とによって,現代の現実の資本主義社会及び社会主義社会における諸問題を解 明してゆこうという意識であった。

 まず国民所得論との関連において生産的労働の問題がどのように論ぜられて 来たのか,ということから始めよう。そのためには,そもそも国民所得論なる ものが登場した社会経済的背景についても言及しておくことが必要であろう。

 国民所得概念及び国民所得推計そのものは,W.ペティにまで遡ることが出       2)

来るといわれるほど古いものであるが,国民所得論:=国民所得分析が現在みら れるような枢要な地位を獲得したのは,1920年代の大恐慌とそれに続く30年代 における慢性的不況を社会経済的背景として出現するにいたったケインズのい わゆる巨視的経済分析によってその理論的基礎を与えられ,かつ,経済政策の        3)

基礎理論としての現実的基礎を与えられることによってである。

 このように国民所得論はまずくブルジョア国民所得論〉として,その社会経 済的背景の中から,形成されるべくして形成されて来たものである。だからこ

2)国民所得論(〈論/と言いうるかどうか問題だとしても)の歴史をW.ペテでにまて遡って考  察している論者としては,中村隆英氏をあげることが出来る。(青木書店r資本論講座』第6巻、

 300〜12ページ,および、『経済評論.11959年10月号,104−7ページ参照)

3) このことに関して野村氏の次の指摘を引用しておこう。

 「資本主義諸国における国民所得研究は、なかんずく1920年代の大恐慌とひきっつく30年代の慢  性的不況を背景として現実的意義をもつにいたった。国民所得統計と国民所得分析の発達のt三要  動機が『景気変動に対する積極策樹立とその効果判定』にあることは,今日,官庁資料自体が明  白に認めているところてある。しかも国民所得の理論的ならびに統計的取扱いの進歩がその後恐  慌・戦争といった資本主義制度に固有な諸矛盾の激発を契機としている点の認識は,プルジ」ア  的国民所得理論と統計の発展史を跡づける上に決定的な意味をもっているのである。1(前掲野村  論文,86ページ)

 「国民所得の概念と指標にかくも重要な意義づけが与えられるにいたった理由は、最近の経済理  論の発展における集計概念を武器とする巨視的分析への力点移行があげられねばならぬと思う/、

 言いかえれば,経済理論の方向として,経済循環の機構を全体としてとらえる巨視動態論的接近  をおこなうのでなくしては,資本主義の発展に対応する諸現象のあらたな局面と複雑な相互依存  的諸関係を十分に解明しえぬこととなったためではなかろうか。この意味でマルクス経済学とケ  インズ経済学をともに巨視的観点をともなう経済理論と特徴づけうるし,両学派で国民所得の概  念がいわば『総括』概念の地位にすえられている意味もわかるのである。1(同論文,88ページ)

の意味で、ブルジョア国民所得論は,資本主義の「全般的危機」への経済学的 対応の一・ つの現われ(反映)であるとも言うことが出来る。

 ブルジョア国民所得論の形成そのものの中に,従ってまた,ブルジョア国民 所得論の形成の社会経済的背景の中に,必然的に,それに対する∠批判の学〉

とUてのマルクス主義国民所得論の成立の契機が含まれている。それは、丁度,

マルクス経済学の成立の契機がブルジョア経済学の形成そのものの中に求めら れ,マルクス経済学の成立がブルジコア経済学の形成を,従ってまた,プルジ

コア経済学成立の社会経済的背景を、前提としているのと同じである。

 このようにマルクス主義国民所得論の成立の契機は,それに先行するブルジ ョア国民所得論の形成そのものの中に,従ってまた,ブルジョア国民所得論の 形成の社会経済的背景の中に,必然的に含まれているのであるが,マルクス主 義国民所得論の成立の契機は、もう一つ別の側面から,考察されることが必要 である。それは社会主義世界体制の出現という側面である。ソヴェトロシアの 出現によって,真の意味で国民所得を論じうるく場〉が提供されたのである。

資本主義社会における国民所得はそのうちに敵対的に対立する二つの部分を含 んでおり,その意味で,マルクスも言っているように,二抽象」(KR,S、895)

にすぎないのであり、国民所得をく真の意味で〉語りうるのは社会主義社会に おいてはじめて可能になるのである。ソヴ.T一トにおいては,すでに1920年代に おいて,国民所得論が論じられており,それは,社会主義社会における経済建 設の諸効果の測定,経済成長率の測定,資本主義諸国の経済諸指標との比較な       4)どのすぐれて現実的な要請の反映であると考えることが出来る。

 以上の叙述から明らかなように,マルクス主義国民所得論の成立の契機は主 として二つの側面から考察することが出来るのであるが,これら二つの側面に 対応して,同じくマルクス主義国民所得論と呼ばれるものの内にも,大きく分 けて二種類の内容を区別して考えることが出来る。つまり,第一一のものは,

〈批判の学〉としてブルジョア国民所得論に対立することにより,ブルジョア 国民所得論の批判を通して資本主義社会を批判的に解明するものとしてのマル クス主義国民所得論であり,これに対して,第二のものは,後者の側面、つま り社会主義世界体制の出現という契機に基づいて成立したマルクス主義国民所 得論であり,その主要なる分析対象を社会主義社会に求y)ている,と1;iいうる。

これを別の言葉でいえば,前者はく批判の学〉であり,後者は〈建設の学〉で あるとも言いうる。

しかし,こう言ったからといって、この契機の二つの側面及びそれらに基づ くところのマルクス主義国民所得論の内容上の二つの区分は,それぞれ独立の もので、相互に無関係であるというのではない。二つのものは密接な有機的関 連をもっているのであるcそれは,〈資本主義の全般的危機〉という歴史的発 展段階を共通項としてもっているし,更に,第一のものは第二のものの理論的 基礎を与え,第二のものは第一のものを刺激し助長せしめるのである。

このようにして,いわゆるマルクス主義国民所得論が成立することになった ここでは,直接に,マルクス主義国民所得論を展開することが目的ではな く,生産的労働論との関連において述べているにすぎないのであるが,やがて 別の機会に,われわれがマルクス主義国民所得論を展開する場合には,ここに

4) マルクス主義国民所得論の成立の実証的並びに理論的説明は,野・マ村氏および金子氏によって  一前者は主として実証的に,後者は主として理論的に一包括的に行われている。

  野々村氏は,1920年代末から30年以降ソヴェト学界において国民所得論が提起されるにいたっ  た事情を三つの事由によって説明されている。

 「第一に,第1次5ヶ年計画以後第2次大戦にいたる時期は,資本主義と社会主義という二つの  経済体制の共存がはじめて現実の事態となった時期であり,したがってまた,この二つの体制の  経済力の相互比較,経済の成艮力・成長テンポの実証的比較という,いわば新しい問題が登場し  てきたのである。……

  第二に,第1次5ヶ年計画の開始とともに,社会主義的国民経済の計画化のための従来以却こ  精密な方法理冷が必要となるにいたった。・一

  第三に,マルクス主義の資本主義理論においては,資本主義経済の内部対抗的な性格のゆえに  問題となりえなかった国民的福祉の研究が,社会主義建設の成功、社会主義社会の確立とともに,

 社会主義経済学の主要問題のひとつとしてとりあげられるにいたった。……」(野々村・雄1 []ヨ  民所得と再生産』,岩波書店,1958,11〜3ページ,参照)

  みられる如く,野々村氏の考察は,われわれの〈第二の契機〉の側面からの考察てある、,金子  氏はマルクス主義国民所得論の成立の事情を「二つの事態」(金子ハルオ「国民所得の理論問題「,

 東京都立大学『経済と経済学』第14号、1964,24ページーのち、経済理論学会編1現代資本主  義と物価』,青木書店,1965、所収,139ページ)によって説明される。

 「第一は,資本主義より社会主義への世界史的な移行過程の進展につれて,とくに第2次大戦後  に社会主義が一つの世界体制に発展するにいたり,ここに資本主義と社会主義という二つの異な  った社会体制が競争的に共存するにいたったという事態である。……

  第二は,二つの異なった社会体制の競争的共存のもとで、同時に資本}議社会体制の全般的危  機が深化し,資本主義経済の自然発生的な目己調節機能が麻輝していくにつれ、現代ブルジョワ  国家の資本主義経済への積極的介入が恒常化し,……この国家の経済政策に基礎を与えるものと  して一国の国民的経済を総括的に表示する国民所得分析が、現代ブルジョワ経済学の主軸たる地  位をしめるにいたったという事態てあろ。……」(金・t ・ハルオ,前掲論文,24〜6ページ,『現代  資本主義と物価』、139〜40ページ,参照)

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