はじめに
本章ては、F、ベーレンス(Fritz Behrens)の生産的労働論を手掛りにして,
さまざまな社会体制(生産様式)における生産的労働とは何かという問題を考
察する。
ベーレンスは、社会主義社会における生産的労働の問題を,労働生産姓論と の関連で論じている。彼はマルクスの諸論述によって資本主義社会における生 産的労働を規定し,それとの対比において,社会主義的生産的労働とは何かを 論じている。私は,この問題意識をさらに押し広げて,諸々の社会体制にとっ て生産的労働とは何かを考えてみたい。
1)
第1節では、ベーレンスの「社会主義社会における生産的労働」という論文 を中心にして、彼の生産的労働論を抽出してみたい。第2節では,「ベーレン スの生産的労働論」が提供してくれるヒントや問題点を、私の問題意識と絡み 合わせて検討し、さまざまな社会体制における生産的労働とは何かを考えてみ
2 たい.、
1 F.べ一レンスの生産的労働論
1) ベーレンスにとっての問題
ベーレンスは労働生産性論との関連で生産的労働論を展開している。われわ れにとって、労働生産性論が問題ではなく生産的労働論そのものがさしあたっ
D FRITZ BEHRENS, Produktive Arbeit in der sozialistischeii GeseUschaft、 Einheit,16. Jahrg−
ang, Ileft ll/12,1961、 S.1684〜96.この論文は,拙稿「F.ペーレンスの生産的労働論U)」(『商 学論纂』第7巻第4号所収、1966)の中に訳出されている。以ド,ページ数は上記の雑誌のもの である。
2)ペーしンスの業績等については、上記拙稿の冒頭に触れられているので参照されたい。
ての問題だとしても,ペーレンスが労働生産性論とのいかなる関連で生産的労 働の概念規定を問題にしているのかを確認しておくことは必要である。
生産を増加させるためには,①生産的労働者の絶対数を増やすか、②労働生 産性を発展させるかしなければならない一ここでは労働日の延長及び労働強 度の変化は捨象する 。労働生産性を一定として,生産を増加させるために は,社会の全労働者の出来るだけ多くを生産的労働部門に投入する,つまり不 生産的労働者数に対する生産的労働者数の割合を出来るだけ高めさえすればよ いように思われる。しかしその場合、労働生産性を一定に保ちうるためには、
全労働者数に占める生産的労働者数の割合は一定限度を越えてはならない。つ まり、労働の生産性を一定の水準に保つためには必ず一定の割合の不生産的労 働が必要である。だから、労働生産性一定という前提のもとでも,生産成長の ためには生産的労働と不生産的労働との正しい割合が存在する。このように,
生産的労働と不生産的労働との正しい割合を考えるために生産的労働の概念規 定が重要となる。
次に,生産的労働者数を一定として,生産を増加させるためには,労働生産 性の発展が必要である。労働生産性を(べ一レンスのように)生産的労働の効率 として規定すれば,労働生産性の発展の主体としての生産的労働の概念規定が 必要となる。
生産成長を規定する上述の二要因は相互に有機的に結合している。二要因の いずれか一方をその他方から独立した要因として考えろことは出来ない。われ われにとって可能なことは,生産成長のために二要因のいずれを重視するかと いうことである。二要因のいずれに重点を置いたとしても生産的労働の概念規 定問題に逢着せざるをえない。このことは,生産の基底的担い手は生産的労働 者であるという自明な事柄の必然的帰結である。
東独におけるように労働者数に一定の限界がある場合には,生産成長の問題 は労働生産性の発展の問題として提起されるということは充分理由のあること である。ペーレンスにとっては生産成長の必要が労働生産1生の発展の必要とし て意識されている。しかしその場合にも,彼が自らいっているように、生産的 労働と不生産的労働との正しい割合という(われわれのいう)第一の要因も意識
されている。
要するに、べ一レンスにとっては生産成長が問題であり,生産的労働はその 生産成長の基底的主体として問題にされる。労働生産性の発展が経済政策とし て行われるためにはいかなる労働が生産的労働なのかが明確にされていなけれ ばならない。また生産成長をもっとも能率よく行うための生産的労働と不生産 的労働との正しい割合を保つためにも生産的労働の概念規定が明確になされね ばならないjだから、べ一レンスのいうように,「生産的労働の概念の規定は,
1)
社会主義経済の計画化と管理にとって、非常に重要である。」
このように生産の成長にとって重要な意義をもっている生産的労働の概念規 定は、マルクスが明らかにした生産的労働の「一般的契機」と「特殊的契機」
との区別から出発することによってのみ,正しく行われうるとべ一レンスは考
える。
2)「生産的労働の一般的契機」 生産的労働の本源的規定
ベーレンスのいう「生産的労働の一般的契機」は,明らかに,マルクスの次 のような叙述に基づいている。
「労働過程はまず第一に,その歴史的諸形態からは独立に、人間と自然との間の過 程として,抽象的に考察された。そこでは次のように述べられた。r労働過程全体 をその結果の立場から見れば、二つのもの,労働手段と労働対象とは生産手段とし て,また労働そのものは生産的労働として現われる。』そして,注7では次のよう に補足されたv『このような生産的労働の規定は、単純な労働過程の立場から出て 2)
くるものてあって,資本主義的生産過程については決して充分なものではない。』」
このような「物質的生産そのものの性格から導き出される生産的労働の本源 3)
的規定die ursprUngliche Bestimmung der produktivell Arbeit」がペーレンス
. . . . ◆ . 4)
のいう「生産的労働の一般的なものdas Allgemeine der produktiven Arbeit」
である。
従って,ベーレンスのいう「生産的労働の一般的契機」はわれわれのいわゆ る〈生産的労働の本源的規定〉に相当するものであると考えてよいであろう。
1) 拙稿「F.べ一レンスの生産的労働論(1)」前掲,122ページ。
2) KI, S.533.
3) lbid」, S.534.
4)拙稿「F.べ一レンスの生産的労働論(1)」前掲,123ページ。
それゆえ,われわれは,さしあたり,ベーレンスの「一般的契約」とtt本源的 規定〉とは同じものとして考察を進めていこう。
本源的ないし一般的な意味での生産的労働とは,物質的生産物に対象化され るような労働である。
3)「生産的労働の特殊的契機一1一生産的労働の歴史的規定
ベーレンスは次のようにいう。「物質的生産は,常に,一定のそして歴史的 に移り変わる諸形態において進行する……。だから生産的労働の概念はまた 5)
絶えず一定の社会関係を内包していなければならない。」このようなベーレ ンスの「特殊的契機」は,明らかに,マルクスの次のような叙述に基づいてい
る。
「生産的労働者の概念は,決して単に活動と効果との関係,労働者と労働生産物と の関係を包括するだけでなく,労働者に資本の直接的価値増殖手段の極印を押す一 6
つの特殊社会的な,歴史的に成立した生産関係をも包括するのである。」
この叙述で,マルクスが「特殊……歴史的」という時それは明らかにく資本 主義的〉と同義である。しかし,「特殊……歴史的」ということは,資本主義 的であるだけでなく,封建制的でもありうるし、あるいは社会主義的でもあり うる。従って,上のマルクスの叙述は,そのものとしては,資本主義的生産的 労働を規定したものであるが,発展的に理解するならば,封建制社会に固有の 生産的労働とか社会主義に固有の生産的労働とかの概念を規定したものと考え ることが出来る。べ一レンスもそのような発展的解釈によって,このマルクス の一文から社会主義的生産的労働の規定を読みとろうとするのである。
マルクスが「特殊……歴史的」という時考えていたのは資本主義のことであ るが,ベーレンスが「特殊的」という時主として考えているのは社会主義のこ
とである。
同じように,われわれがく生産的労働の歴史的規定ノという時考えているも のは資本主義的生産的労働の規定であるが,ペーレンスが「生産的労働の特殊 的契機」によって明らかにしようとしているのは社会主義的生産的労働の規定
5)拙稿「F、べ一レンスの4:産的労働論(1)」前掲,124ぺ・一・ジ、
6) KI, S.534.
である。
右のような差異を考慮に入れても,次のようにいうことが出来る。即ち,ベ ーレンスのいう「生産的労働の特殊的契機」とは,われわれのいわゆるく生産 的労働の歴史的規定ンに相当するものである、と。それゆえ,われわれは、き しあたり、べ一レンスの「特殊的契機」とく歴史的規定、とは同じものとして 考察を進めていこう..
4) 資本主義のもとでの生産的労働
マルクスは社会主義的生産的労働の規定を直接に与えてはいない。しかしマ ルクスによる生産的労働の歴史的規定は社会主義的生産的労働の規定をも示唆 している。だから,ベーレンスは社会主義的生産的労働の規定を行う場合に資 本主義的生産的労働の規定から出発する。そこで、べ一レンスは資本主義のも
とての生産的労働をどのように捉えているかを考えてみよう。
マルクスが資本主義的生産的労働を,ベーレンスも引用しているように,剰 余価値をつくり出す労働として規定していることは周知のことである。べ一レ
ンスはマルクスのこの規定を認めた上で次のようにいうr
「しかし、、剰余価値は直接的生産者達の余剰生産物の一つの形態一一つまり資本主 義的形態にすぎない。その時々に支配的な生産諸関係の立場から生産的労働を規定 するためには,物質的生産において生産的労働者によってつくり出される余剰生産 物を誰が取得するのかという問題の答えがつねに必要である。……それゆえ,一方 において、物質的生産における合目的々活動はそれが消費するよりも多くを生産す る場合にのみ生産的労働であるとしても、他方において、この余剰生産物が現象す 8)
る特殊な形態はやはり重要である。」
これは,ベーレンスが生産的労働の歴史的規定の形態規定性を強調したもの であると考えられる。だからこそ、ベーレンスは上の引用文に注を附して、資 本主義的生産関係の立場からすれば非物質的生産の領域における労働もそれが 9)
資本関係に従属している限り生産的労働であるといっているのである。
7) F,BEHRENS, Zu ein ige刀Fragen derρro{ゴuktiven Arb ・it urid Arbeits♪プodttktirlittit, Akade・
mie・Verlag, Berlin,1959, S.6.以卜 Fragenと略称。
8) Ibid., S、16.
9) 1bid., S.19注三3、,