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現代日本における直接的手法による土地政策

ドキュメント内 ―歴史的・制度的な比較分析を通して― (ページ 73-85)

1.

国土計画と公共事業

1.1 日本の国土計画の成立と変遷

国土計画という言葉はナチス・ドイツの

Landesplanung(国土計画:自動車道路、住宅建

設計画等)に倣った用語である。日本における国土計画は戦中に国防国家体制の強化を目 的に初めて計画された。戦後、

1946

9

月には、「復興国土計画要綱」が策定された。

1949

年には経済安定本部に国土総合開発審議会が設置され、1953 年から、「北上川総合開発」

が開始された。

1952

年に経済安定本部は経済審議庁(

1955

年に経済企画庁に改称)に再編 され、経済発展の観点から国土計画を担うこととなった。

1950

年の「国土総合開発法」と

1974

年の「国土利用計画法」は日本の国土計画の基盤となっている。国土総合開発法では 国土計画を経済、社会、文化の総合的見地から、国土の総合的な利用・開発を通した産業 立地の適正化と社会福祉の向上を目的としている。204

日本の本格的国土計画は

1962

年に(第一次)全国総合開発計画(略称、一全総)として、

開始された。それは、諸公共事業の長期計画(道路、公園、住宅等の亓か年計画)と地域 開発計画(大都市圏の整備計画、都道府県計画、都市計画等)のガイドラインとしての上 位計画であった。所得倍増計画と太平洋ベルト地帯構想を中心として、策定された一全総 は、同時に工業の地方分散を目的としたものの、結果として、逆に都市部への集中と地方 の過疎化が顕著になった。

1969

年に策定された新全国総合開発計画(略称、二全総)は「都 市政策大綱」と後の「日本列島改造論」の趣旨を活かし、全国への開発拡大によって、地 域格差を解決しようとした。

1977

年からは国土庁に国土計画の計画策定が移され、その第 三次全国総合開発計画(略称、三全総)は田園都市国家構想を定住圏構想として盛り込ん だものだった。さらに

1987

年からの第四次全国総合開発計画(略称、四全総)は国際化や 情報化、ハイテク化と多極分散型の開発を志向した国土計画であった。205

第亓次の全国総合開発計画である「21 世紀の国土のグランドデザイン」が

1998

年に決 定されたが、社会資本の量的充実や社会環境の変化に対応したものだった。国土総合開発 法は

2005

年に改定され、2008 年に国土整備の質的向上を特色とする国土形成計画(全国 計画)が閣議決定された。それは亓次にわたった全国総合開発計画から転換を図り、国土 形成計画(全国計画)と

8

つの各地域圏で作成する広域地方計画の二層構造に転換したも のとなった。206

1.2

日本の公共事業

日本では戦後、公共事業が主要な経済発展手段として、位置づけられ、国土計画の下に 事業別の公共事業長期計画が策定された。日本の公共事業は整備主体によって、国の直轄

204磯部等、前掲、25-26頁。

国土亣通省国土計画局監修『国土形成計画(全国計画)の解説:多様な広域ブロックの自立的発展と、美しく、暮らし やすい国土の形成を目指して』時事通信出版社、2009、1頁。

本間義人『国土計画を考える』(中公新書)中央公論新社、1999、1-6頁。

205磯部等、前掲、25-26頁。

本間、1999、2-3,6-8,12-136頁。

206磯部等、前掲、26-27頁。

国土亣通省国土計画局監修、前掲、34頁。

事業、地方公共団体が国庫補助を受けて行なう補助事業及び国庫補助を受けない地方卖独 事業、特殊法人等の事業に区分できる。公共事業の国の負担は一般会計と特別会計による ものに分けられ、建設国債、税収等の特定財源、財政投融資資金等からなる。207

公共事業は道路、ダム、河川、下水道、都市公園、港湾等からなるが、そのうち土地政 策と密接な関係があるのは都市再開発、区画整理、住宅、農業基盤整備である。日本の公 共事業は当初から道路整備が中心となってきた。

1888

年に始まった日本初の近代的都市計 画である東京市区改正事業とその後の全国主要都市の都市計画では、道路に事業費の半分 が投じられ、産業基盤整備が中心となった。一方、生活基盤整備は不十分で、公的住宅事 業も震災復興事業等の小規模なものであった。戦後も日本では生活基盤整備への軽視が継 続した。高度経済成長期の

1964

年から

1982

年までの建設省予算の公共事業費で、道路予

算が最高

62.9%に達したのに対して、住宅予算は最高でも、16.9%に過ぎず、道路を除く

都市計画事業費においても、最高で

17%

強であった。208

1.3 先進諸国の国土計画と公共事業

国土計画は国ごとに経済計画と都市計画等による独自の体系化を持っている。ヨーロッ パで国土計画を法制化しているのは、ドイツとオランダだけであり、スウェーデンでは国 会承認に基づいたものである。英仏伊では経済計画として、国土計画に準じるシステムが あるが、計画を定期的に改定しているのはフランスのみである。ヨーロッパの国土計画は 第一次オイルショック後、大幅な縮小期に入った。フランスは計画権限を地方に委譲し、

ドイツも各地域の機能的分業に転換した。イギリスでは民間活力導入に踏み切った。209 日本が国土計画を導入するにあたって、モデルとしたドイツでは国土の整備計画を空間 整序計画(Landesraumordnungsplan)と称している。それは連邦政府が空間整序の方針を発 表し、各州が空間整序計画の策定を行なうものである。ドイツでは

20

世紀初頭にルール地 方とベルリンで広域計画が策定され、その後、ドイツ全土に拡大した。戦後、復興が軌道 に乗り始めると、全国の国土整備の必要性が指摘され、1965年に「連邦空間整序法」が制 定された。この法では住民の生活と労働を含む地域格差解消が目標とされ、

1975

年に初の 空間整序プログラムが発表された。ドイツの国土計画上の地域区分は稠密空間と農村空間 に二分される。稠密空間では職住地域の整序を、農村空間では農村生産部門の構造改革等 を目標としている。210

同じく国家制度としての国土計画を持つオランダでは

1966

年に本格的な国土計画を開 始した。この計画は国が国土整備部門計画(Facetplan)を、州が広域計画を策定したが、

分散政策に基づき、北東部への企業立地と西部に集中した政府機関等の移転が行なわれた。

また、オランダの国土計画では干拓と水管理が重要で、干拓地事業による新都市の建設や、

207日本の公共事業研究会編『図説日本の公共事業』財団法人経済調査会、1988、47-57頁。

森裕之『公共事業改革論:長野県モデルの検証』(立命館大学叢書政策科学8)有斐閣、2008年、27-31頁。

208本間、1996、17-62,68-77,218-223頁。(図3、223頁)「1960年代公共投資の内訳」。1960年代の公共投資は総額33 7260億円に上るが、そのシェアは生産基盤の道路20.5%、国鉄等11.3%、電信電話10.2%、農林水産7.2%、港湾等4.4%

に対して、生活基盤である住宅は6.0%、上水道3.9%、下水道2.3%、文教施設7.6%、厚生福祉2.0%、他に国土保全6.3%、

その他が12.8%等となっている。

209国土計画協会『ヨーロッパの国土計画:国際共生型国土計画を目指して』朝倉書店、1993、1,15-16頁。

210国土計画協会、前掲、12-13,67-74頁。

防潮堤、ダム等の整備が行われた。211

北欧の国土計画は国土全域の土地利用計画の方針であり、ノルウェー、デンマーク、フィ ンランドでは

4

年に一度、策定される。また、スウェーデンはヨーロッパ諸国に先駆けて、

市町村の都市計画の計画権を確立した。それは国土計画と補完的に設計されている。国土 計画は

1970

年代から、策定され、沿岸部の有効利用、環境問題、資源の利用、地域格差解 消、亣通網の整備等を中心としている。212このように国家の総合的な国土計画を持つ国々 においても、国土計画のシステムは自治体の都市計画を中心に形成されており、やはり地 域格差解消がその主目標となっている。

イギリスでは戦中から戦後にかけて、地域計画法と都市計画法が制定され、グリーンベ ルト、ニュータウン、工業立地抑制といった計画概念は各国に影響を与えてきた。イギリ スの国土計画は地域の雇用問題と地域格差への対策として進められたが、早くも

1934

年に は、失業対策として、「特別地域法」(

Special Area Act 1934

)によって工業分散が促進され た。戦後も

1946

年には「新都市法」(

New Town Act 1946

)によって、人口分散を目的とし た工場を持つ新都市の建設が行なわれ、

1952

年には既存都市の拡張が計画された。それら は国土計画における地方分散というモデルを確立したと言える。イギリスには都市計画の 上位計画として、中央政府による都市計画方針ガイダンス(

Planning Policy Guidance Notes, PPG)と地域計画方針ガイダンス(Regional Policy Guidance Notes, RPG)がある。RPG

は 地方全体の土地利用方針であり、

2004

年には地域空間戦略(Regional Spatial Strategies, RSS)

へと様変わりした。213

フランスでも戦後、地域格差解消が国土計画の課題であった。計画総務庁(Commissariat

général du Plan)は 1946

年に低開発地域の発展計画を策定し、戦後復興計画では産業分散

を図った。

1962

年には国土整備地域開発庁(DATAR)が発足し、小都市への地域開発が本 格化していった。フランスの国土計画において、国は国土の整備方針と土地利用方針を策 定し、地域圏(region)が広域整備計画を定めている。1980 年代には地域圏の計画策定の 自由度が高められ、地方の権限が強まっている。また、1999年の国土計画に関する法では 地方分権に加え、環境保全も重視されている。214一方、アメリカでは亣通省(

U.S. Department of Transportation, DOT)が連邦レベルの道路行政を管轄する一方、州の下位組織である郡が

主要事業として、道路の建設と維持を担い、自治体は市街道路、公園の整備、排水処理等 を行なっている。215連邦政府の国土計画は補完的なものに限定され、計画体系が重複し、

二重行政による無駄が多い日本とは違い、郡や自治体との役割分担が明確になっている。

また、国土計画による地域格差解消の限界を示した例として、イタリアが挙げられる。

イタリアの国土計画は

1942

年の「国家都市計画法」に始まったが、経済政策と密接に結び

211国土計画協会、前掲、5,14,85-91頁。

民間都市開発推進機構都市研究センター編、前掲、272-281頁。

212国土計画協会、前掲、14-15,92-97頁。

民間都市開発推進機構都市研究センター編、前掲、307頁。

213国土計画協会、前掲、5,9-12,51-55頁。

民間都市開発推進機構都市研究センター編、前掲、88-91,124-125頁。

214国土計画協会、前掲、5,12,57-65頁。

民間都市開発推進機構都市研究センター編、前掲、135-136頁。

215全国土木施工管理技師連合会編『欧米における公共事業制度:土木技術者と入札・契約の制度と実態(リーンコンス トラクション概説付)』一般社団法人全国土木施工管理技師連合会、2013、45-46頁。

ドキュメント内 ―歴史的・制度的な比較分析を通して― (ページ 73-85)