1.
法的手法による宅地所有権の制限法的手法による土地政策は日本を含む現代各国の農地改革において小作地面積への法規 制として、改革の根幹をなした。多くの農地改革で小作地を含む所有地への面積制限が採 られたのも、小作制への諸政策が不結果に終わった末に、農地改革が抜本的な構造改革と して行なわれたからである。このように所有地の面積制限は強制的な性格を持つことから、
宅地や商業用地に課された例は海外でも、
1990
年代に韓国の都市部で住宅地への面積制限 が行われた等、非常に尐ない。119それは海外では一般的に農地に比べて宅地は卖位的にも 遥かに小面積であり、都市計画や住宅政策等の比較的に土地所有権と抵触することが尐な い政策で対応できたからでもある。また、宅地や商業用地への面積制限は大土地を所有する世帯と法人の抵抗も強く、導入 後も分筆や法人設立等による所有地の分散で制限が回避されやすい。法人は個々の経営規 模と所有地面積が大きく異なり、一律的な上限設定は有効性が低い。もし、法人への所有 地面積制限をするとしたら、面積に加えて、資本金や従業員数等の様々な条件を加味した 経営規模の評価を行なわなければならない。このような政策技術的な問題もあり、宅地や 商業用地に対しては所有地の面積制限が困難である。従って、法規制による宅地と商業用 地への面積制限は恒久性があるが、導入が難しい政策と言える。
しかし、日本の農地改革は市街地における宅地等を対象から除外したため、戦後の都市 部における市街地の地価上昇の要因の一つともなった。戦後、法人の不動産保有や投機が 宅地の地価上昇の要因となってきたことも周知の事実であるが、宅地や商業用地の所有権 に対する法規制全般を政府が必要以上に忌避してきたと言える。一方、オランダでは幾つ かの大都市では土地を
50
年程度の定期借地とすることで、土地投機を避け、都市計画の主 導権を確保している。120日本でも尐なくとも大面積の未利用地及び低度利用地や、地価上 昇が著しい地域での所有地の面積を法規制することは十分に可能であった。121そのような 土地所有権に対する法的制限が東京圏の都市部等、部分的にでも導入されていれば、戦後 の都市圏の宅地の地価上昇もここまで亢進はしなかったはずである。したがって、今後の 地価高騰への措置として、大土地所有や都市中心部等への所有面積規制も政策として検討 に値すると言える。119周藤利一「韓国の土地革命は成功するか」『現代コリア』(通号301)現代コリア研究所、1990年5月、38-40頁。
本間義人編著『韓国・台湾の土地政策:日本人にとっての教訓』東洋経済新報社、1991、68-72頁。
韓国では1989年に「宅地所有上限に関する法律」が制定され、ソウル等の6大都市を中心とする都市計画区域内の宅 地に適用されたが、1997年のアジア経済危機による地価下落等の影響もあって、1998年に廃止された。
120笠真希「第1部第7章オランダ」秋本福雄・阿部成治・伊藤滋・大西隆・岡部明子・小林重敬・中五検裕・古倉宗治・
松本忠・宮脇勝・保五美樹・笠真希・和田幸信、民間都市開発推進機構都市研究センター編、伊藤滋・小林重敬・大西 隆監修『欧米のまちづくり・都市計画制度:サスティナブル・シティへの途』ぎょうせい、2004、280-281頁。
121国土交通省、国土審議会製作分科会企画部会、低・未利用地対策検討小委員会「低・未利用地対策検討小委員会、中間取り まとめ」(平成18年7月)、国土交通省、土地総合情報ライブラリー、http://tochi.mlit.go.jp/?post_type=generalpage&p=675,(2015 年8月30日)。日本では都市計画法の規定による遊休土地転換利用促進地区で、取得後、2年を経過した1000平方メー トル以上の一団の低・未利用地の利用促進を図ってきた。1987年には土地取引監視区域制度が制定されたが、土地所有 に関する制限制度ではなかった。また、土地税制として、低・未利用地に課税する特別土地保有税が創設されたが、2003 年より、課税停止中となっている。固定資産税と都市計画税においては、雑種地等の低・未利用地には宅地等への減税 特例処置が適用されない。
2.農業生産法人による農地の所有と借地の問題
日本では農地改革と農地法に基づき、戦後、法人による農地所有は禁止されていた。し かし、その後、
1962
年からの農地法の数度の改正と関連の諸法及び諸制度の制定で、法人 の農地保有は徐々に緩和に向かっている。日本の農政は戦後一貫して、自作化した小規模 農家の保護育成を主目標として行われてきた。一方で、農業のこれ以上の衰退を防ぐため に、専業農家への農地の集積による農業の大規模化も昭和30
年代後半から、推進され、そ の一環として、農業生産法人による農地の所有と借地あるいは小作の容認が徐々に進めら れてきた。特に経済界を中心として、農業法人制度の自由化の声は年々、高まってきてお り、農業法人の行方は農村部と農業の存続にも関わる大きな課題となっている。1952
年に制定された農地法における自作農主義は農地改革の成果を固定させ、戦前の過 酷な小作制へ逆行しないために自作制による農地制度を維持することを主目的としたが、それは戦後の農林省と農林水産省の基本政策でもあった。122そのような農地の保有構造の 中で、農業生産法人の農地所有と一般法人の農地の借地を認めた事は必然的に地主と小作、
そして、社員である農作業員という土地なし農業労働者の存在を容認したことになる。し たがって、農業生産法人には、農地の所有及び借地に関する問題と農作業員という農地改 革と農地法の根幹に抵触する「人」と「土地」に関わる二つの問題が含まれていることに なる。
まず、「人」という側面から、農業生産法人における労働者あるいは被雇用者のあり方を 検討する。農業以外の産業分野では労働法による労働条件の適正化や社会保障の拡充とい う形で、隷属的な労働環境と苦役、階級化を防止してきた。しかし、農業においては、国 際的にも共通な原則として、地主と小作、また、法人による大土地経営と農業労働者の雇 用を制限することで、それに対処してきた。日本における農業生産法人の効率性は明らか であるが、国際的・歴史的に見ても企業や地主による大土地経営の個人農家に対する経済 的優位性は高く、それが小作制を中心とした支配構造を生んできた。現代でも、日本にお ける農業関連の組織と関係者の農地転用への規制緩和を主張する根拠も、農民と地域より も、農業の存続と経済的利益を基準としている事が多い。したがって、農業生産法人の農 業従事者の雇用と労働、構成員等の要件の緩和には細心な条件を維持しなければならない。
次に「土地」の側面から、農業生産法人の農地利用の問題を検討する。1962年の農地法 改正で制度化された農業生産法人には農地所有と制限付きの借地が認められた。
1970
年に は農地法の大改正が行なわれ、農地所有と小作地に関する制限を大幅に緩和し、農地流動 化を図った。これらの農地法改正によって、自家労力による場合、農地改革からの制限で あった3
ヘクタール(北海道は12
ヘクタール)を超える農地取得も可能とし、上限面積の 制限が緩和された。しかし、農地委員会による個別の許可と監察、農作業の常時従事要件 が基準となっており、客観的数値のみによる所有地面積制限がなくなった。2000
年の農地 法改正では、農業生産法人に株式会社の参入が認められた。また、売り上げの半分以内で あれば、他業務も可能とされ、2003
年には農外からの出資枠も50
%未満まで拡大された。さらに
2009
年の改正では、農地耕作者主義あるいは自作農主義をやめ、戦後はじめて、農122大泉一貫「農業法人化の意義と可能性およびその限界」『農業と経済』編集委員会編『農業と経済』(臨時増刉号)昭 和堂、2004年12月、9-10頁。
地の利用権(賃借権)、すなわち小作権を原則自由化した。こうして、尐数の大規模経営が 多数の所有者から農地を借り入れる構造となってきている。123
今後、農業生産法人の増加と規模拡大が続くならば、全国的レベルでの農地の所有構造 自体に影響が生じることが懸念される。大面積の小作地の貸与は農業生産法人という経済 的強者に対するものであっても、不在地主と不労地主を生み出す可能性を持つからである。
それは農業生産法人の効率性と経済性を鑑みれば、さらに現実性が高まる。
2009
年の改正 農地法では自作と小作という「耕作者」の制限を超えて、「農地を効率的に利用する者」の 農地に対する権利を促進したが、全国的に経済格差が拡大する中、さらに都市部との経済 格差に苦しむ農村において、農地と農業に関連する経済的な階層化は過去のものと断じる 状況ではなくなってきている。そのようなことからも、農地改革の基本的な成果は今後も 維持することが重要である。その為には、農業生産法人制度にも関連し、地主の小作地面 積制限の維持と数値化した所有地面積制限の再導入等が必要である。3.借地権と借家権
諸外国では通常、土地と家屋が一体として貸借されるが、日本の借地借家権の最大の特 徴は借地の上に持ち家を所有し、その貸借を可能としていることである。また、欧米諸国 とは違い、日本では借地借家権において、居住用賃貸借と業務用賃貸借が区別されていな い。日本の借地借家権は他の面ではヨーロッパの大陸法型国家と大差はない。借家契約期 間についても、多くの国々と同様に、日本では定めても、定めなくともいい。先進国では 通常、新規賃料の決定は自由であるが、賃貸人からの契約終了には正当事由が必要とされ るのが一般的である。124
土地利用が占有権を基礎とする英米では借地権の定義も大陸法型国家とは大きく異なる。
イギリスでは
19
世紀半ばにおいて、土地所有者が通常、99
年の長期賃借権(long lease hold,
building lease)を設定し、建築主が長期賃貸借人となった。長期賃借権の失効前の 20
世紀中ごろに借家法の保護が与えられ、土地所有権の買い取りと賃借権の更新権が与えられた。
現代、イギリスの主な住宅貸借契約は戸建て・連続建て住宅のフリーホールド(不定期賃 借権:freehold)によっている。125アメリカにも数種の借地権の設定がある。定期借地権
(tenancy for years)では、多くの州が
20
年、99年、110年等の期限を定めており、周期的賃借権(
periodic tenancy
)は大都市の低廉なアパートに多く見られる。また、アメリカでは今なお、州や自治体による家賃統制法が多くあり、一定の正当事由がなければ、賃貸住 宅の賃借権は解約できない。126
日本では大正期に「借地法」と「借家法」、「借地借家調停法」が成立したが、それは土地
123大泉、前掲、5-16頁。
桂明宏「基本計画は農地制度をどうするのか」『農業と経済』編集委員会編、前掲、2004年12月52-60頁。
孫潭鎮・田代正一「戦後日本における農地制度の展開と農地流動化の現状」九州大学農学部編『九州大学農学部学芸雑 誌』44(4)九州大学農学部、1990年3月、217-225頁。
124稲本洋之助「はじめに」「第1部フランスの借地・借家制度」稲本洋之助・望月礼次郎・広瀬清吾・内田勝一編著『借 地・借家制度の比較研究』東京大学出版、1987、1-5頁。
125内田勝一「外国の借家法の現状(1)イギリス」水本浩・田尾桃二編『現代借地借家法講座第3巻借地借家法の現代的 諸問題』日本評論社、1986、27-33頁。
内田勝一「第3部イギリスの借地・借家制度」稲本他、前掲、1987、121-123頁。
海外住宅金融研究会編著、住宅金融公庫監修『新版欧米の住宅政策と住宅金融』住宅金融普及協会、2000、152-153頁。
126望月礼二郎「第4部アメリカの借地・借家制度」稲本他、前掲、1987、176-187,214頁。