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の
遁今年
は七
月
明治大帝の品川年の御群忌に際して︑私かに法味を備へ奉り︑ふかく時顛の拓閥︑皇運扶翼すべき赤子の一分を御前
念申したとき︑感得し奉った御製は左の如くである︒
かりそめの事に心をうごかすた家の住と立てらる
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身は
全く謹んで昇承いたす如くである︒我等はたしかとるに足らぬ微塵の如雪存在︑無能非力0
・命
であ
り︑
汚濁
にま
み
れた心意ではあるにしても︑との身心には︑一分︒私があってはたらぬ︒そはすでに上御一人の赤子として不思議な
因縁によりて生をこの土に受け︑信をとの大法に結ばしめ︑との大聖に鴎命せしめ給ひし︑大御心に感激し奉る︒皇
闘の桂石に任じ給うて深く愛重謹念まします叡慮のほ
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を痛く銘感し奉る次第である︒かりそめの事に必を動かしてとかくの憤慨横議の飴地すら許されたいのではないか︒有も︑法闘に榊僻に不思議の因縁あり︑・弐第あり︑また時
には霊化の殻現すべきあるはもとよりの事であるからには︑かうした凡慮を絶したる境界の消息をぽ悉意に︑生
意筑にも愚劣湾腐の臆断を敢てするほど︑罪深き害毒の沙汰はないのである︒慎むペきはとの我執︑との増上慢︑
との
不信
では
ある
まい
か︒
祖師に絶封師命し奉るととのみ︑大御心に封へ奉り得る弐第であり本縁たの守ある︒然らぽ︑たとへいかなる官
憲の恭贋が来ようとも︑挺身︑護惜建立するとと︑民の大応大孝の所以ではるるまいか︒
現下のところ︑園休明徴の徹底した理念乙そ我園一般の諸宗敬徒をして︑そのF
. 念
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る棋
威で
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大 信 の 妥 動
五 丸
大
− 信 の 量 豊 動
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ノ、と何時に︑宗制胞の立正安凶の三大誓願は附体理念の究極の護揮訟のだ︒間休の同体たるの精命とそ.宗一胞によって恋
陣せられるスそれは本質宗皐が究明する0
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宗組
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設くも大仰心は異境高旦の野に山に赤子の血を流し︑骨肉をさらし朽たしめる現宜を.いかばかり痛し︿悩ましく
御思召すととであらう︒
或はまた︑至掌の賓位に沿はして︑なほ捕高き・無上菩提の訴訟を求め︑容均服庸の誓を穫し給ひては書夜忙常に
精進まします御行貨のほど︑誠に長き極みである︒
下化案竺は︑時に上︑天空にあって日輸の如く︑棋威主振ひ︑難化強剛を折伏し給び上求控口提は︑下︑お川叫に山川
でて蓮花の如く順縁を話受しましまし︒とれら不可思議神通の鯨現であると同時に︑体験資諮の活動なのであろ︒
祖師の御名乗りに︑との深玄の義分あり︑そのまL︑また金宗徒の現賀に即刻︑体験宜詮すぺき標語象徴であらね
ばな
らね
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従て︑少くも我閲内にたける諸宗教は悉く裁判し聾して︑その存立を認め左いのが︑本領であるつ﹁天下高時諸栗一
悌一飛となって妙法濁り繁昌せん時﹂を期し待つべき願業あるに︑之はまた関休正義の理念からしでも諸多の宗鞍の白
山は許し難いのに︑憲法の御僚文に寛容に遊ばされたるは営分且らくの機縁の純熟を待ち拾ひし・深き長き犬御心
︒ほ
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を拝察
し奉
る︒
とれにつきては︑諸の敬徒は無論我々宗徒さへも︑深く察ヤ了予小成倫安.正念を失ひ︑東問ともに失し︑天地悶倒
L.宗家bL接げで妖焔に投げ込むに至ったのでるる︒乃ち営利の集団
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も主義の宗国はたい︒会く︑祖師に時一する逆誘無能の胃潰は恐しくも憎むべき不倶戴天の仇敵として︑奮起せねばならぬっそは外に在るのではない︒去五我
々の内白河にひそんでゐる︒との内敵宝森誠して祖師の生内野法身の御合利の御貴簡に脆き︑機悔せねばならぬ︒
あ弘︑誰bL憤らう︑恨まう︒との七百年の歴史︑長い殉難の跡ょ︒此経難持の問字が民紅の色ににhhJんだり︑泥土
に塗れたか︑断ち切られたり︑逆訪の荊で織りなされた不思議な盤史ょ︒それ位制闘うて生みなされた人の認命とそ︑
組師の御名を蒙り︑御救誠の一句に接したもの
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白を聞けて我と我を︑たの/\見るぺきである︒
六︑
大
信
の
設 動自分は前蹴の本誌に︑﹁新体制下に於ける本質宗皐よりの提題﹂としてな迫世界情勢下の我が新休制とはいかなる陸
史的必然があるか︒宗敬人殊に我々宗徒にとっての課題
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:・特に積極的本務的な課題とは何か︒之を本質宗撃よりの提題
とし
て︑
いさ
Lか究明する所があったが爾来浦一ヶ年︑内外は愈々火念を告げてゐる︒
前践の論文に結論する黙は︑所詮︑宗岨の三大誓闘を現在的に同家一回合に運動化すととである︒之こそ新体制中の
民賓の民休制であるべきこと之とそ宗徒のよって以て聞に報ゆペき立正安悶の行動でありも翼賛体制であると論じ
その必須の要心は結封臨命信に外ならぬことを痛論した︒然しそれもたど︑宗疎た論議に過ぎなかったと.何主り
事設
が詮
明し
た︒
一ヶ年の宗門の動きを見る︒会く危急存亡Eとろが︑鼠倒L崩壊し去ったあとを見てゐる対けとは
なった︒との荒涼たる跡に立って︑狼敗の避難民の諮げゆくすがたの飴りにも情なく︑不甲斐たさ︒さ左がら亡者の
獄卒に迫はれ/\て針の山にかけ登されてゐるやうだ︒その墜ちゅ先くも見えすいてゐるc
今はすでにそうした論議の時ではない︒然し︑前論の論旨はこの事を決したのであるから︑百尺竿誠一歩を浩めて
大 信 の 軍基 動
大 信 の 事 華 動
六
理より事へ︑容体の保理を主体の行質へ︑最近一ヶ年の諸問題をふくんで︑致命的丘一妥結に約して之が解決を求めて
来た
ので
ある
︒
そとで現賞に生きてゐるといふ立場から岡家と宗敬︑宗祖の人格と法格︑⁝脚と悌と・一君高崎の闘体理念等につ
いて究明すると同時に︑我々はいかに躍進すべきかを決すべき段階に来たのである︒
自分は生きてゐる︒自分は隼巌なる御自の一分として天蝿無窮の皇恩に育まれた赤子と有り難く白血喝した︒租阿
の御敬と行績によって︑皇閣の宇宙的な輝く大使命を悟らしめて頂いた︒と
L
K心意泰然として担割蹄命し奉る︒い
かなる難闘も突破できる確信を以て勇躍する︒然し必宇しも易々坦々たる沼ではたいであらう︒汗と血と混と︑骨を
時き肉を裂く奉仕でもあらう︒口舌筆紙の談遣ではたくして︑賦々たる行賓のみにまかす︒さらに退っ引きたらぬ使
命を負はされた︒との園の質紙︑との家の内情︑深い憤悲︑遊詩の罪業等悉く之を認める︒との責任を引受けねば
たらね︒﹁一切衆生の異の苦を受くるは悉く日蓮一人の苦なるペし﹂と仰せられた宗組に師命する者にとっても︑厭で
も負はされる責任なのである︒すべて責任の師趣する所そは宗組にある︒従って之が打開解決もそとから脅す︒善に
つけ.患につけ︑法閣の大事はとの大信白根元に於いて徹底的に照破し裁決される︒議論ではない︑責むぺき封手もな
ぃ︒若しありとせば自のみだ︒慎むペきは濁のみだ︒働組に封し奉り︑深刻の大機悔無限の大精進を誓ひ奉るのみ
である︒大信の費動とは︑民賓の大生命から費したのだ︒大責任の自畳が根幹でるる︒大機悔はその枝葉である︒大
精進はその花である@
責任とは一宗の精命を承糟する心臓である︒それは必占y・血管に連接する︒即ち機悔は静脈に︑精進は動脈に︑血
液で云へば︑白赤の血液に︒
一一
は滞
め︑
一ははたらく︑生理的法繭の機能に似てゐる︒
大信の護勤は個人完成の意味ではなく︑元限に摘大し向上していく有機純織体である︒枇曾岡家にはたらいで︑健
査なる生育を司り︑更に高次の有機体を創建する︒創治された有機体はさらに高度の白魔をもたらし︑との自費によ
って深重の責任と機悔と精進とがうどき︑かくして元限に白蛮自展して飛躍していくのでるる︒
皇土に生れた幾憶の民入︑すでに個kの生を認めや而も五傘の御自の一分たるの億兆である︒億兆の身命心擬つ
て︑妙法の純粋信となる︒大信の琵助は︑無限創造.進展の法化を致す生命体とたるつ三大替願がはたらき出す︒訴
きてゐる﹁大日本﹂といふ偉大たる人格闘家は︑世界を遺義的に統一して︑所謂八紘一宇といはれるのである︒その
道義統?をば宗義上.一天間海皆蹄妙法と稿せられてゐる︒
我らはたど︑献々と大信の褒勤に精進するのみである︒
七︑軌
範
然うだ︒我らはたど賦A精進のみ︒正しき精挫は︑大信に溌する︒而して巌たる軌範の存するととはいふまでもな
ぃ︒借風として︑古来の三則︑給仕︑行法︑率問が之である心弘経の三軌の衣出室︵忍辱慈悲︑法益﹀或は三大誓
願等それん\何一の理諦に即して︑宣行の制面の昂に信僚の稿呼を異にしただけであると忠ふ︒今且く便宜に開示する
︵弘
粧=
一軌
︶
公一
部副
大願
﹀
ハ同
敬訓
︶
︿同
宗風
︶
︵今
日信
篠﹀
如 来 慈 法 忍 悲 宰 辱
室 座 衣
大 眼 桂 船 目
行 事 信
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責 進 悔 任
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