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ドキュメント内 棲神 第貳拾七號 (昇格記念) (ページ 58-71)

な問題ともならうo私は生きてゐる︑その生きてゐる私は︑たしかに買に私のものであらうか︒即ち生の主体性の問題

である︒とaAに働敬撃の所謂﹁我﹂の問題として中核が絞ってゐる︒また輝等護心求遣の契機であった︒私は今之に

ついて︑検討するととを且くをいて︑ごく現時の常識的通念によって一往の解決をつけてをきたい︒

私の生は︑今現にある程度許されてゐる範園に於ては︑たしかに私の生といへる︒といふと﹁私のものであって︑

私のも白でない︒﹂まことに自詰撞著した言ひ方だが.質際よく考へて見ると︑

現にな互の生︿生活︑生命等﹀は︑私といふ主体にまかされてゐるのか

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うか?岡家枇合的にすでに制約せられて

ゐる︒それは最近︑際立って痛感されるやうだが︑賞は人類費生以来さうだつたゃうではないか︒そして翠に日本だ

けではなく世界中どとでもさうである︒さらに園家枇曾的よりもっと根底に︑犬同然界より致命的制約を受けてゐる

ととも否まれたい︒文化の進展によって︑可成の程度︑制約を寛やかに保誰されるに五りつLあるとはいへ.之は永

遠に︑生ハナマの身Vとしては︑脱却し切るととは難しいであらう︒のみなら十文化

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進展に伴うて︑自然界とは別 k.一位曾園家的の制的.今のいはゆる統制の下に服さねば︑

一日

とい

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も生活できなくなって来た︒殊に臨鼓態勢

下の今日は向更である︒理想郷が質現するまでは幾百年幾千年︑かLる統制は︑相営に︿消長はあるにしても﹀加つ

て来るものと忠はねばならね︒そういふ意味で︑過去は勿論現在将来ともに必互に唯一の生命と思うてゐる︑生も

質は

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一 附

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んいものとは考へられないのだ︒アナーキストの主張する全く無統制︑無制約的な自由が許されるやうた

世界や粧品問は︑との現貫人間界には︑

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うしても︑たど一一極のユ!トピヤに怒るであらう︒

然しかうした外的制約はともかくとして︑私の生が現在私のものとしても.私のといふ裁は一休︑生れようと意

志し・自費あって生れて来たものだらうか︒或はその書命も︑私が持って︑白山に恋し得るのだらうか?:::否︒然

らば︑私の生とはいへ︑その生れ始めにすでに私のではなかったやろではないか︒そして父母に枇舎に園家に育くま

れ︑敬養されて来たととはたしかであるが︑との先き︑いかなる不慮の自然界の災禍に或は自分の体内の異常時世態に

或は一砿曾園内永の必要に躍省せしめられ︑いかなる最期を告げるかは誰人といへども保詮し得ね所である︒私は︑私

の生という℃ゐるものが︑かやうな自然弟︑凶家祉曾等の環境のもたらした生であり︑それらに致命的た制約の網を

握りれてゐる生であるととが分ツた︒が然し︑全く私以外のものの生でもない︒やはり私の意識の自莞領域にをかれ

私の意志感情の責任に委された生である乙ともたしかである︒それはある程度である︒その僚件つきの程度の制約

は︑乙の身近かな一位舎岡家の現賞であり︑歴史でるる︒震は私の個といふものが猫立しではゐないのだ︒悠久三千年

来︑光輝ある皇闘の歴史の生ける一分子︑として︑生みなされただけだ︒此の自彊bL︑倣ふととのできない最たる存在

である︒そして︑同時に私ならぬこの生は.支へられ護られ︑育成されつLあろ現賓の闘家枇舎の一員︒宏大の皇

思に浴してゐるものといふ感激を︑抑へることもで脅ない一分子伝のだ︒生kしい︑との生の自莞は︑そのまL︑柴

光ある皇民てふ自覚に透徹し来るととろが︑とりも直さや︑異闘には見られ友い闘休の根強さ︑麗はしさといへるの

であらう︒然し之とても百際のととろ︑我闘に於ても︑百年二百年昔の我々の祖先には︑との自費はなか/\に困難

た雲の上の議論であった︒或はともすれば危険思想でさへあった口

みたみわれ生けるしるしあり天地のさかゆる御代にあへらく思へば

ひしと心琴に共鳴する所以は︑全く生の体験より抵り出でた詠歎であり︑自畳であり︑撤喜であるからだ︒されば︑

現に体験しつLある生の意識は︑直ちに費して寓菜の棲とも左り︑又一朝︑凝っては百錬の鍛とも在って︑確信白魔

行動とはたらいて往くのでるる︒

大 信 め 霊 を 動

四 七

信 の 登 動

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我風に於て︑すべてのもの︑草木︑園土︑山河︑動物人間等︑悉く個人の私有物ではたい︒上御一人の御もので

ある︒蒼生のゆるぎも︑民草のさ

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やきも︑塵も残さや︑御一人の大御賓なのである︒従って︑とLに︑私の生とか

自分のものとかいふ観念も︑言葉も︑本来許されたい佐官である︒然し︑中世の支那思想︑近代より現代の西欧思想の

影轟からして︑公私とか︑民躍とか統治支配とか︑自由平等とか︑個人︑枇舎とかいふ観念の分裂封立を金料玉僚

観して︑永い問た互に怪ま歩︑便宜にまぎれて得々と用ひ来り現に流行してゐるのである︒

さきほど検討したやろに︑私のとか自分のといふ意識︑考へ方そのものが︑質は迷妄なのではたいか︒殊に我闘に

於いては佃人的危私や自分をふりまはすのが生意訴訟不同な思想ではなからうか︒個別的伝﹁自の分﹂といふも

のは許されない佐官だ︒自分といふ字義を探く考へ直して︑我闘調自の解轄を鷲見しなくてはならぬ︒自とは伺々の自

己ではなくて︑御一人の自である︒唯一絶封の自である︒分はそのはたらき︑その内容の一分子といふ意味に到建す

る︒之を迂調に︑個々針立した白︑自の分け前︑分域だと執する所に︑図体に劃する一冗品の無明があるのではゑいか

とLから仰人主義自由主義世界主義等が謹醸し来るのではあるまいか︒

現在叫ばれてゐる公続優先といふも︑公私劃立を立て前としての稿呼である︒現在のととる︑やむを得左いから︑

私より公を先とせよといふ命令のゃうでるる︒叉民聞にも︑今はまあ仕方たい︑御無理御もっとも︑その内にはいL

事もあらうと︑我慢して過してゐるのでるる︒蹴私奉公も同様︑本来誠すべき私のあり得たい筈の我が園とせば︑ま

とと蛇足の美山町ともきとえて来よう︒之とて現寅には過渡期だから︑やむを得たいとする︒その他私粧情私生活等h

も同様︒さかんに流行を極めてゐる︑報固といふ語も本来からすれば報酬的封立たどあるべき筋合もない一のだ︒金一

体の営探すぎる営探に謹すうとめ︑紳聖怠るいと左みでるって︑一死奉公︑否七生滅賊とそ︑臣子兆民︑不誠の念願

であらねばなら由︒

従て﹁さL

げる

命﹂

など

一体どとにあらうか︒あらためて︑御一人に誰がさLげるのか︒何をさLげるのか︒さ

Lげるといふ命は︑本来︑御一人の御ものであったの?はないか︒さLげるといふその営人の身心命根悉く︑ねたら

ぬ︑本よりの大御買なのでは・なかったか︑すでに然らば︑求むべき者も物もたく報ゆるといふ物も︑人もあり得た

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長くも︑御自の分々を︑生々世々︑天壌無窮の祈願と譲俸とがあるのみである︒

かくてこそ︑民に︑衷心より

﹁みたみわれ﹂を叫ぴ得るのだ︒

﹁生けるしるしあり﹂と自畳できるのだ︒進んで︑

﹁天地の柴ゆる御代に﹂﹁②へらく忠へば﹂となる︒否さらに将来すぺく職ふのである︒祈願し諜摩するのである︒

現在の﹁御代にbへらく思へば﹂の悦に止まら向︒更に/\無窮の皇還を踊柴えしめ奉る天業を歓喜力行するのであ

みたみわれ生けるしるしあり大御代を摘柴えよといそLむ身はも

とうたひ上げたいのである︒

大 信 の 登 動

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大 信 の 室 主 動

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一 一 一 ︑

宮 小

敬 人 と し て

とhに︑問題となるのは.︷一部救上のととである︒といふのは﹁生きる﹂といふととの本質は︑・震は第一節にふれた

やうに︑肉体の生存には止らぬ︒より本質的な同組として︑精神の生活即ちその生長護展自覚が開展し来るのだ︒之

は単に天才者の護明でもたい︒あってよく︑なくてもすむといふ所謂文化財ではないのである︒人聞が真に生きるに

は︑永遠に生きるには︑前節の﹁生けるしるし﹂有らしめるには﹁大御代の讃え﹂を摘が上にも将来し奉るには︑何

うしても欣求せ

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にはゐられぬ︒それが宗哉の本質なのであり結封の大信なのである︒

既成諸宗救は︑乙の欣求の心の諸の性格︑諸の程度に・躍じた信仰儀式敬儀bL備へてゐるのである︒その諸の宗

設は.入閣の切貨な妥求︵欣求の心︶即ち人間以上の何ものかに民創に還らうとする︒議らうとせやにはゐられぬ︑

そうい封象主立てるoそして人間性.民族性やの位待︑文化桂度に鹿じて種々の形態をとる︒具象的事物に托してゐ

るも白が︑多くの原始宗救でbらうし︑進んで観忽的坦想乞立てたり・或はそれら統一具現せる人格に樹するもの︑

或は謙一言者主通じて観念的質在岬を封象とするも白︑等多Kあらうが︑人聞の態度からすれば︑絶封潜伏の感情

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散を定義づけられてゐるのは︑まことに切賞た気持をよく表明してゐるのである︒

換言すれば︑宗故はいかなる観念的乃至寅在的岬の封象乞とるにしても︑宗教的主体の方は︑必

AT絶封葱依の感情

或は意志︑進んで献身的行持をとる︒絶封の信仰崎命それも言葉だけのものではなく︑その誠貨なる質行を録件と

するのである︒寅白とも−なはね言葉︑それはすでに信の字義にもとる︒況んや宗教的信仰ではない︑ましてや︑結到

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とはいへ友い︒之を猷いた宗哉と稀するものあらば.をはすでに宗救の名をかたる.もぐりの宗敬管業者である︒

ドキュメント内 棲神 第貳拾七號 (昇格記念) (ページ 58-71)

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