• 検索結果がありません。

――『記憶よ、語れ』

はじめに

「父との再会」から「遠ざかるべき父との再会」を経て「父としての旅立ちの挫折」が なされたことを前章までに論じてきた。言い換えるなら、フョードルにとってロシアと密 接に結びついた父は行方不明であるがゆえに不在であるほかはないものの、なおかつ「い ま・ここ」においてふたたび現れるべき存在として『賜物』において描かれていた。次い で、『セバスチャン・ナイト』における、やはりロシアと分かちがたく結びつけられた父は、

セバスチャンがひとたび母国および母国語を捨て去るという帰還不能点をとおり越してし まったがゆえに遠く離れてゆかざるをえない存在でありながらも、断絶させることもでき ない存在として描かれていた。そして、『ベンドシニスター』においては、生きている実子 を持つ父としての主人公が登場し、「帰還」と呼びうるほど祖国に近しい受け入れ国を模索 するという意味での「旅立ち」が企図されるものの、結局、挫折してしまうのを見てきた。

本章で取り上げる『記憶よ、語れ』はナボコフの自伝であり、それゆえ長編小説ではな いものの、「父としての旅立ち」が主題化された作品としても読みうる。『ベンドシニスタ ー』とは異なり、自伝における「父としての旅立ち」はどうやらうまくいったらしいとい うことがほのめかされているからである。言い換えるなら、歴史へと歩み寄るかのような 身振りが、アメリカへ亡命するという「父としての旅立ち」のなかに見受けられるのであ る。では「父としての旅立ち」のほめかされた成功、言い換えるなら、明示されてはいな い成功は何を意味するのだろうか。この点は本章末尾において論じることにする。

議論は次の3段階に分けて進められる。第一に、ナボコフの形而上学が「見ること」を媒 介として審美に通じていることを論ずる。次に、こうした意味での審美が倫理的な葛藤を ときとして作家に引き起こすことを指摘する。最後に、審美と倫理との葛藤を相克する形 で歴史を取り戻そうとする亡命者の身振りを明らかにする。これまでの議論と同様、本節 ではまず本作のあらすじおよび執筆過程の確認をし、つづいて自伝の特徴である「パター ン」について見てみることにしたい。

ナボコフの自伝は、サンクト・ペテルブルクで作家が誕生した 1899年からアメリカへ出 航する1940年までを扱っている。自伝のなかで彼は、ヘーゲルの弁証法に見立てて、ロシ ア時代を定立、ヨーロッパ時代を反定立、そしてアメリカ時代を総合と呼んでいることは

130

すでに触れたとおりである。自伝に描かれているのは、ここで言う「反定立」の時代、す なわちアメリカへ亡命するまでであり、「総合」の時代へと向かう形で閉じられている。

本作は雑誌初出の原稿をまとめる形で出版された。ほとんどの原稿が1948年1月から1951 年1月のあいだに雑誌に掲載されている。のちに自伝の第5章になる「マドモアゼルO」1の み1943年1月に活字になっている。また、全15章のうちの大半にあたる11章分が「ニュ ーヨーカー」誌、2章分が「パーティザン・レビュー」誌、1章分が「ハーパーズ」および

「アトランティック」誌にそれぞれ掲載されている2

ナボコフの自伝には、三つのヴァージョンがある。まず、雑誌に掲載された自伝的エッ セーを一つにまとめた『決定的証拠』 (1951)。次に、英語で書かれた『決定的証拠』を加筆 修正してロシア語に翻訳した『向こう岸』 (1954) 。最後に、ロシア語版の自伝をさらに加 筆修正して英語に訳し直した『記憶よ、語れ』 (1966) である。それゆえ、『記憶よ、語れ』

は、ナボコフ自身の言葉を借りると、「かつてのロシアの記憶を英語で語り直したもののロ シア語版を再度英語化」3するというプロセスを経ていることになる。

タイトルが変更された主な理由の一つに、エドマンド・ウィルソンによる指摘がある。

その指摘というのは、『決定的証拠』というタイトルでは、探偵小説であるかのような印象 を読者に与えかねないし、また、いったい何の「証拠」だかよく分からないというものだ った4。しかしながら、ナボコフによれば、「決定的証拠」とは、「自分が存在したという決 定的証拠」5にほかならない。

ここで言う「決定的証拠」は「パターン」と無関係ではない。それというのも、ナボコ フにとって、「自伝の本当の目的」 (27) とは、その人間の生涯を走るパターンを跡づける ことにあるからである。「パターン」とは、本論第一章『賜物』論におけるチェルヌィシェ フスキーについての議論において見たように、時代や場所などを異にする複数の出来事の なかに、同様の事物が反復的に表れる事態を指す。

たとえば、ロシアの軍人アレクセイ・クロパトキン (1848-1925) に関する記憶を見てみた い。日露戦争開戦の直前であった1904年の初頭、彼の自宅にクロパトキンがやって来る。

彼は、ナボコフの父に用があったのである。クロパトキンは少年ナボコフを楽しませよう

1 「マドモアゼルO」は19361月末頃にフランス語で書かれた。ブリュッセルで行われる朗読会用にフ ランス語の作品を発表してはどうかと依頼されていたためである。(Boyd 1990, 422)

2 Speak, Memory, 9-10.

3 Speak, Memory, 12.

4 Speak, Memory, 11.

5 Speak, Memory, 11.

131

と、寝椅子のうえに一握りのマッチを広げ、そのうちの10本をまっすぐに並べて水平線を、

あるいはジグザグに並べて嵐の海を表現する。いわばクロパトキンとマッチ遊びがペアに なってナボコフの記憶に残っているのである。それからクロパトキンはさらにナボコフを 驚かせようとマッチをいじり始めるのだが、突然、副官が部屋にやってきてクロパトキン に何かを耳打ちし、2人は部屋から出ていき、マッチの棒はばらばらになってしまう。それ から15年後、ナボコフ一家は、ロシア革命を逃れて南ロシアに脱出する。その途中、ある 橋のうえで、一見、農民風の男性にナボコフの父親が火を貸してくれと頼まれる。この農 民風の男性が実は変装したクロパトキンなのである。これら二つの記憶に共通するマッチ を指してナボコフは「マッチの主題」と呼ぶ。「マッチの主題」は、クロパトキンの盛衰を 結びつけているのである。すなわち、ロシア満州軍総司令官に任命された時期の出来事と、

二月革命時に逮捕・釈放された時期の出来事を結びつけているのである。この盛衰は、幸 福だったナボコフの少年時代とその終わりに連関しているとも言えるだろう。しかし、ナ ボコフは、そうした意味内容に焦点を当てない。むしろ、マッチという視覚的に感知しう る物質に焦点を当てて描写するのである。ナボコフがしばしば「視覚的な作家」6と呼ばれ る理由の一端がここにあるとも言える。1962年7月中旬に行われたインタビューにおける、

「私は画家になるべく生まれてきたのです――本来は!」7という発言からも、「視覚的な作 家」としてのナボコフ像が窺える。

リーランド・ド・ラ・ドュランタイによれば、こうしたパターンには「別の意味がある のではなく、同じ意味がより芸術的に署名されている」 (171) 。言い換えると、ある事物に 関連するパターンを前景化させることによって、より美的に印象深く描き出そうとしてい るのである。「マッチの主題」に関して言えば、マッチそれ自体やマッチが灯るという事態 は、何かを象徴しているわけではないのである。だが、この「パターン」には、いわゆる 神が死んだ時代においてしばしばささやかれる歴史の無目的性に対するナボコフの応答が こめられてもいる。どういうことだろうか。

たとえば、本論第六章で取り上げる『プニン』におけるリスの主題を見てみよう。1955 年3月のキャサリン・ホワイト宛の書簡において、本作におけるパターンは作品の「内核」

8であるとナボコフは明言している。つまり、本作において繰り返し現れる事物が織りなす

6 Lyaskovets, 102.

7 Strong Opinions, 17. シャガールの師であったドブジンスキーは少年ナボコフの絵画の教師を務めている

(Boyd 1990, 39)。

8 Selected Letters, 156.

132

網の目こそ本作の、ナボコフの言葉を借りて言えば、「中枢神経」9だということである。リ スの主題がこの「内核」に含まれることはほとんど疑いようがない。それというのも、本 作におけるすべての章においてリスが登場するからである。たびたび論じられているこの リスの主題は、作家の形而上学との親和性が指摘されてもいるし10、また、パターンによっ て作品全体が構造化されているという意味において、自伝との類似性が指摘されてもいる11。 さまざまな解釈があることからも分かるように、ほとんど誰の目にも明らかなほど露骨に パターンが形成されているのである。これほど露骨に繰り返し事物が反復されパターンを 織りなしているにもかかわらず、そこには別の意味や象徴性が加味されているわけではな いのである。こうした事態をどのように解すればよいのだろうか。『魔術師の疑念』におけ るマイケル・ウッドの指摘を引くことにしたい。ウッドによれば、ナボコフ作品における パターンは「歴史の野蛮な無意味さについてのプニンの洞察と同じ反応を示している」

(169-170)。ウッドは次のようにつづけている。

ナボコフの作品のほとんどは、もはや消滅したこの形象 [神] に対して、一風変わっ た、人工的な生命を与えることに捧げられている。それは果たされるべき復活や確 固たる信念を表しているのではなく、挑戦的な問いかけである。すなわち、われわ れは何の意匠デザインも施されていない世界――われわれのための特定の意匠がまったくな い世界――おそらくはわれわれが現に有している世界――を想像し、そうした世界 に耐えることが本当に可能なのだろうかと12。(Wood 1994, 171)

つまり、ひとは完全に不条理な世界に生きることなどできはしないということがパターン によって示されているのである。では本作におけるパターンは具体的にどのように現れて いるのだろうか。以下、この点について見ていくことにしたい。

9 Lolita, 316.

10 Boyd 1991 282.

11 Barabtarlo 600.

12 リーランド・ド・ラ・ドュランタイによれば、ナボコフはいわゆる「ID説」の信奉者である。すなわ ち、世界および宇宙のアーキテクチャは何らかの知性的な存在、すなわち「インテリジェント・デザイナ ー」によって設計されているという説である。ダーウィンやスペンサーをナボコフが批判した理由の一端 は、彼らがこうした知性的な存在を排除している点にあるとドュランタイは言う。 (154)

関連したドキュメント