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灸研究の現在

ドキュメント内 <955C8E862E706466> (ページ 51-59)

灸基礎研究の概観

東京衛生学園専門学校 會澤 重勝

これまでの灸の基礎研究の流れをご紹介し、シンポジウムⅡにてお話いただく各先生の最新の研究へ の橋渡しをするのが私の役割です。最近の研究を簡単にご紹介します。

1. 艾の成分に対する基礎的研究

艾の製法については、織田が原料のヨモギの産地の史的考察から艾の製法、生産地その変遷まで詳細 な研究を報告している。精製した艾の形態については、會澤や仲西が電子顕微鏡を用いて詳細に検討し ている。成分については従来から数種類の脂肪酸やタンニン類が報告されているが、ガスクロマトグラ フィーによりロウ(ワックス)成分が点灸用艾で多いことを最近戸田が報告している。仲西は艾にも輸入 品があり、輸入ヨモギと国産ヨモギならびに生成された艾を比較し、形態と金属元素の含有量に違いが 見られ、これが燃焼温度の違いとして現れることを報告している。施灸温度については、會澤、菅田、

仲西などが繊細な熱電対を用いて皮膚上の正確な温度を計測し報告している。

2. 生体への影響(組織学的見地から)

施灸部の組織変化については、會澤が施灸部の修復過程を工学顕微鏡で報告し、五十嵐らは施灸部直 下の皮下血管網の微細構造を走査形電子顕微鏡を用いて観察し報告している。校條らはマウス真皮コラー ゲン細線維の形態変化を透過型電子顕微鏡を用いて詳細に検討している。

3. 生体への影響(生理学的見地から)

施灸部の皮膚血流変化については、鍋田ら、桑名らがレーザードップラー血流量計を用いて報告し、

フレアー反応について軸索反射性の機序を想定している。また、血管透過性の変化については會澤の報 告がある。施灸による筋の血流変化については、大久保らが近赤外線分光法を用いて報告している。仲 西は、マウスの発毛による研究から皮膚組織の代謝促進効果を報告し、艾のタール成分の活性酸素消去 作用、有茎皮弁の生着率から血行改善作用についても報告している。東家らはカフェタンニン(艾の含 有成分)によるリンパ球遊走の促進を報告している。後藤らはマイクロニューログラムで施灸局所の受 容器の反応について報告している。

4. 生体への影響(免疫学的見地から)

東家らは施灸部皮膚局所が熱傷(炎症)とは異なる特有の組織学的変化を示し、CD4陽性細胞あるいは CD161a陽性細胞を主とする著名なリンパ球浸潤が見られ、リンパ行性の所属リンパ節への遊走を認めた と報告している。また、浸潤閾に一致して通常皮膚では認められない高内皮細静脈の出現を報告してい る。また、小林は施灸によりストレス蛋白が合成されることを報告している。

シンポジウム Ⅱ 灸研究の現在

施灸部位の組織学的検討

名古屋大学医学部保健学科理学療法学専攻、すこやか鍼灸院 校條 由紀

【目的】

一言で「灸」といっても方法は多彩であり、どの場合にどの灸を用いるかは術者に依存する。施灸に よる生体への刺激はもぐさの種類、量、燃焼方法によって異なることが予想される。従って、「灸で生体 に何を起こそうとしているのか」を考えて方法を選択することが重要である。灸の熱による生体への影 響を施灸部位の皮膚組織観察から検討した。

【方法】

マウスの背部に5mgのもぐさで透熱灸をし、10分、60分、29時間、48時間後にそれぞれ皮膚を採取し、

固定、パラフィン包埋、次いで連続切片を作成し、HE、アザン染色後、組織観察をした。エポキシ樹脂 包埋した皮膚は透過型電子顕微鏡観察をした。組織変化の程度により施灸部位を色分けし、変化の範囲 を二次元のグラフ化にした。また、燃焼前後のもぐさ線維の走査型電子顕微鏡観察をした。

【結果】

施灸後の皮膚は肉眼的に、刺激部位10分後は皮膚が膨張し、表面が黄色い。29時間後は膨張した頂上 が平坦で、色は中心が茶色、周囲は白い。48時間後は中心よりも周囲が赤い。

皮膚組織観察では、施灸をしない皮膚の表面は表皮層が波状に凸凹しているが、施灸部位の表皮は10 分後は平坦となり、表皮の細胞は伸長し核の消失や空胞化変性を認めた。この変化は中心よりも外輪の 方が強く、体表に灸の痕が円くつくのに対応してドーナツ状になった。29時間後に特に変化の強い範囲 はHEで濃いピンク色に、アザン染色では通常青く染まる真皮上層が赤い。表皮は外側から再生し経時的 に変化の範囲は縮小した。真皮層は施灸部位の中心が強く肥厚し組織が無構造化した。脈管腔は縮小し、

毛根は萎縮、線維芽細胞は萎縮した。29時間後は組織変化を囲む細胞浸潤を認めた。皮下組織層も中心 が強く肥厚し、脂肪細胞が丸みを帯び、細胞間が拡張した。この範囲は60分後では施灸痕を越えて拡張 し、48時間後も持続していた。血管拡張は変化の外側で強い。強い細胞浸潤を認めた。

電子顕微鏡観察から、皮膚真皮の無構造化した結合組織は、構成するコラーゲン細線維がほぐれてい た。ほぐれの程度はもぐさの量が多くなるほど強く、経時的に減少した。もぐさの線維は筒状や帯状で、

表面は滑らか。燃焼後は表面に泡沫状の付着物や細かい線維の走行が見られ、線維の壁が薄くレースの 様な像も認めた。底辺中心部では燃え残りの部分があり、この部位の線維表面は滑らかなものが多いが 滴状の付着物を認めた。

【考察およびまとめ】

透熱灸はもぐさの量が組織変化の強さに影響することから、刺激の量は術者の調節となる。施灸部位 の表皮組織は中心部を囲んで環状に変性を呈していたことと電子顕微鏡によるもぐさの線維の変性より、

もぐさ底辺での熱の影響は中心部が温熱、その周辺部では直火によるものが強いといえる。これはもぐ さという植物を用いた透熱灸の特徴であり、高温の金属を当てるような熱傷よりも組織修復が早いと考 えた。燃え残りに認めた滴状のものは精油が染み出していたと考えた。灸が終わってからでも熱による 組織構造の変化の拡がりはゆっくり続くことや、表皮よりも皮下組織の広い範囲に熱の影響を与えるこ とは、血管拡張の持続、局所の構造的な変性、非感染性の細胞浸潤の目的には透熱灸は有効といえる。

表皮が修復しても深部の組織の修復は継続している場合があり、連日の透熱灸をする際には留意が必要 である。また、疾患マウスでの組織変化と正常との比較の際にこの結果を参考にできる。この結果を灸 治療の際に役立てていただければ幸いである。

シンポジウム Ⅱ 灸研究の現在

灸の免疫系への作用

関西鍼灸大学解剖学教室 東家 一雄

「免疫力が強い人は風邪を引きにくい」、「免疫力が落ちているので体調を崩しやすい」、このような言 葉を会話の中で耳にすることがあります。「免疫力」とは、私たちの身の回りに無数に存在しているウイ ルスや細菌などの抗原の感染から身体の健康を守ってくれるしくみのことで、それはヒトの体内に約2 兆個あるとも言われている免疫細胞の活動によって維持されていることが知られています。免疫細胞は 個性豊かな細胞集団で、感染の情報を伝える樹状細胞やマクロファージ、また、実際の防御効果を発動 するT細胞やB細胞、NK細胞などのリンパ球が接触や液性因子サイトカインの刺激で相互に連携して、

抗原の感染に対抗する免疫力の形成に重要な役割を演じています。

一方、東洋医学では病気からの快復を説明するときに「自然治癒力」という言葉を使います。この言 葉自体が含む意味合いは奥が深く、多要素が複雑に関係するものですが、感染からの防御やその症状の 改善という部分では免疫力すなわち免疫細胞の活動が源になっています。そして灸療法にはこの自然治 癒力を高める効果がある、と古くから伝えられてきました。これは灸治療の長い歴史の中で経験的に蓄 積され認識されてきたことですが、近年、その科学的根拠を明らかにするために灸と免疫反応あるいは 免疫細胞の活動との関係を探る実験が行われており、本学会でも多くの興味ある研究成果が報告されて きました。

現在、灸の刺激は生体に対して単なる温熱効果を与えるだけではなく、艾の燃焼と共に空気中に拡散 するシネオールやα‑ツヨンなど精油成分の作用、また、燃焼後に生ずるタール中の成分として皮下浸透 するクロロゲン酸やカフェオイルキナ酸などカフェタンニンの作用も推察されています。特に艾中に含 有量が高いカフェオイルキナ酸は強い抗酸化作用を示すことで知られていますが、この物質はマクロファー ジの運動能を促進したりマスト細胞の脱顆粒を抑制するなどの作用をもつことが報告されています。さ らに最近ではカフェオイルキナ酸自身に抗ウイルス作用があることも発見されました。

私たちの研究グループではカフェオイルキナ酸を含む艾含有成分が免疫細胞の活動に及ぼす作用に注目 しており、現在、その側面から灸と免疫細胞の活動との関係について実験動物を対象とした基礎研究を 進めています。その結果、これまでに次のようなことが明らかにされてきました。

1)灸刺激にはリンパ組織内におけるサイトカイン産生を促し、免疫細胞が活動しやすい環境を形成す る作用がある。

2)カフェオイルキナ酸には免疫細胞によるインターフェロン‑γの産生能力を高める作用がある。

3)カフェオイルキナ酸を含む艾含有成分には免疫細胞を引き寄せる走化性因子としての作用がある。

このように、灸や艾含有成分は免疫細胞の活動に対してそれらを活性化へと導く様々な作用を示すこ とが解ってきました。現段階では、これらの知見を直接的に灸治療の臨床へと挿入するには両者の間に まだかなりの隔たりが存在すると思いますが、今後は基礎研究から得られたデータと臨床の現場におけ る治療効果との関連性を深め、脈々と続けられてきた灸療法が生体の免疫力、自然治癒力に対して示す 作用を現代科学の立場から認識し説明していくことが重要と考えています。

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