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図~. ~
図 3.9 1ま 内 蒙 古 に お け る 作 物 生 産 力 ( 乾 物 ) と NPPの 関 係 を 海 概 耕 地 率 で 整 理 し た も の で あ る ( 第 5:!意図5.7引 用 ) 。 鴎 に 示 さ れ る よ う に , 潅 概 を 施 し , 人 為 的 に 乏 し い 降 雨 資 源 を 補 充 す る こ と に よ っ て , 作 物 生 産 力 は 増 大 す る 。 人 工 草 地 に お い て も , 潅j既 や 施 把 な ど の 農 業 的 な 生 産 方 式 を 取 り 込 む こ と に よ っ て , 牧 草 生 産 力 が 飛 躍 的 に 増 加 す る こ と が 見 込 ま れ る 。 た だ し , 人 工 草 地 に は , 潅 概 や 施 肥 の 失 敗 に よ る 塩 類 集 積 ・ 土 壌 劣 化 な ど に よ っ て 沙 漠 化 を 引 き 起 こ す 危 険 性 が 内 在 さ れ て い る 。 特 に 乾 燥 地 ・ 半 乾 燥 地 の 植 物 生 育 環 境 は 脆 弱 で あ り , わ ず か な 環 境 イ ン パ ク ト で 取 り 返 し の つ か な い 環 境 異 変 を 生 じ る 可 能 性 が 高 い 。
したがって, 人 工 草 地 は 内 豪 古 牧 畜 業 の 今 後 の 主 要 な 方 式 と な る こ と が 予 測 さ れ る が , 環 境 保 全 を 十 分 に 考 慮 に 入 れ る 必 要 が あ る 。
注 釈
1 ) 草 原 は 主 に 草 本 植 物 で 占 め ら れ て い る 広 い 土 地 で , 牧 草 地 は 草 原 の う ち 牧 草 栽 培 , 採 草 , 放 牧 iこ 利 用 さ れ て い る 土 地 を 指 す ( 大 久 保 ほ か , 1990)。
2 ) 遊 牧 は 天 然 牧 草 を 無 計 画lこ利用するだけで, そ こ の 牧 草 を 食 い 尽 く し た ら , 人 事 と も に 別 の と こ ろ へ 移 動 す る 方 式 で あ る 。 こ れ に 対 し て , 定 住 定 牧 は 限 ら れ た 範 囲 に 定 住 し て , 草 地 を 計 酪 的 に 利 用 し , 改 良 育 成 す る 方 式 で あ る 。
3 ) 総 収 入 か ら 必 要 諸 経 費 を 差 し 引 い た 残 り の 部 分 で あ る 。 あ る 世 帯 の 一 人 あ た り 純 収 入 は 次 式 ( 内 蒙 古 統 計 局 , 19 9 4) に よ り 求 め ら れ る 。
人 あ た り 純 収 入 江
( 年 総 収 入 一 家 薩 経 営 費 用 支 出 一 税 金 一 生 産 性 固 定 資 産 減 価 償 却 費
集 団 の 請 負 任 務 一 調 査 手 当 〉 / 常 住 家 族 人 数
4 ) 郷 は 県 ・ 旗 の 下lこ 位 す る 行 政 単 位 , 牧 蓄 業 地 区 で は 蘇 木 と も 言 う 。 村 は 郷 の 下 iこ 位 す る 行 政 単 位 , 牧 畜 業 地 区 で は 査とも言う。
5 ) 牧 草 地 が 広 く , 計 画 的 lこ 輪 牧 す る 余 地 が 大 き い 東 ・ 中 部 で は 「 定 住 放 牧j と 言 い , 牧 草 地 が 狭 い 郭 謂 多 新 地 方 で は 「 定 住 定 牧
J
と言う(章ほか, 1990)06 ) 全 家 畜 に 対 し , 販 売 + 自 家 治 費 し た 分 が 占 め る 比 率 ( % 〉 で あ る 。 7 ) 全 家 畜lこ 対 し , 販 売 し た 分 が 占 め る 比 率 ( % ) で あ る 。
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3. 3 農 業 の 歴 史 と 生 産 の 推 移
3. 3. 1 農 業 経 済 の 概 要
1993年 耕 地 面 積 は517.10万haの う ち , 謹 紙 面 積 は 130.80万ha〈うち水田7.40 万ha) で , 謹 祇E容は 25. 3 %である。 1993年 全 耕 地 面 積 の う ち 作 付 け 面 積 は 94%
を 占 め る 。 な お , 全 耕 地 面 積 に 占 め る 機 械 動 力 に よ る 耕 起 面 積 の 割 合 は 60.10%, 全 作 付 け 面 積 に 占 め る 機 械 動 力 に よ る 播 種 と 刈 り 取 り 面 積 の 割 合 は そ れ ぞ れ40. 10%と44.96%で あ る 。 ま た , 農 村 電 気 使 用 量 は134,761万kwである。
1993年 内 蒙 古 農 業 総 生 産 額 ( う ち 牧 畜 業 は30.7 % を 占 め る 〉 の 工 農 業 総 生 産 額 に 占 め る 割 合 は29.8% (内蒙吉統計局, 199 4) であった。
土 地 利 用 と 産 業 構 成 か ら 見 れ ば , 農 業 も 内 禁 古 主 要 産 業 の 一 つ で あ る 。 1993年 農 村 人 口 は1239.7万 人 で 内 蒙 吉 全 人 口 の 約56% を 占 め る 。 う ち 労 働 力 5 0 7. 5万人で, そ れ ぞ れ 農 業 ・ 畜 産 業 ・ 郷 鎮 ( 前 村 ) 工 業 と 建 築 業 ・ 商 業 と サ ー
ビ ス 業 お よ び 出 稼 ぎ 業 な ど に 従 事 し て い る 。 ま た 1 9 9 3年 の 一 人 当 た り の 純 収 入 ( 前 項 の
± i
3) は , 都 市 住 民 の1.712, 06元 , 農 民 の777.95元 , 牧 民 は 1.164.0 7元である。 1981〜19 9 3年 に お け る 純 収 入 の 年 増 加 率 は 農 民11.9 % , 牧 民12.1 % で あ っ た ( 内 蒙 古 統 計 局 , 199 4)。 農 民 の 収 入 は 少 な い 方 で あ る 。 な お , 19 9 2 年 の 農 民 〈 牧 民 を 含 む 平 均 ) 一 人 当 た り の 純 収 入 は 672.17元 で , 全 国 順 位 で20 位 で あ る ( 国 家 統 計 局 農 村 社 会 経 済 統 計 笥 , 1993)。また, 1992年 食 糧 作 物 総 収 量 は 1046.8万tで , 全 国 順 位 で17位 で あ る が , 住 民 一 人 あ た り 収 量 は476.7kgで , 全 国 順 位 で4位である。 1992年 の 一 人 あ た り 耕 地 部 積 は 全 国 の 約0.08haで あ る に 対 し て , 内 蒙 古 は0.2 3 h aで 全 国 平 均 の 約 3f告に相 当する。また, 1992年 の 食 糧 作 物 の 単 位 面 積 収 量 は 全 国 平 均 の 4.004t/haであ る の に 対 し て , 内 蒙 古 は2.670t/haで 少 な い ( 内 蒙 古 統 計 局 , 1994; 患 家 統 計 時j農 村 社 会 経 済 統 計 耳 , 1993) 。 以 上 よ り 内 蒙 吉 の 耕 地 罷 穣 は 広 い が , 濯 減 率 な ど が 低 く て 農 業 生 産 性 は 低 い こ と が わ か る 。 一 方 , 生 産 性 の 向 上 す る 余 地 も 大 き い と い え る 。
3 . 3 . 2 農 業 の 陸 史 ・ 農 作 物 と 農 地 分 布 3. 3. 2. 1 歴 史 上 の 農 業 の 概 要
内 蒙 古 に お け る 農 業 の 歴 史 は 戦 国 時 代 の 末 に 遡 れ るo B.C.221年 , 始 皇 帝 が 全 閣 を 統 一 し て か ら , 内 蒙 古 南 部 の 朝 間 多 斯 地 区 ( 現 在 の 伊 克 昭 盟 ) と 河 套 一 土 黙 特 平 原 あ た り に 移 民 屯 田 を 実 施 し た 。 そ の 後 , 漢 の 武 帝 も こ れ を 続 け た ( 伊 克 昭 盟 計 図
i
委 員 会 1988) o A. C. 2年 ( 前 漢 元 始 二 年 ) , 気 候 条 件 も 温 暖 混 潤 で あ っ た た め に , 那 欝 多 斯 地 誌 の 農 業 人 口 は か つ て 167万 人 に 達 し て い た 。 当 時 , 内 蒙 古 地 域 最 西 端 の 居 延 県 ( 11〜
13世 紀 の 西 夏 の 統 治 下 の 黒 域 , 後 の ハ ラ ホ ト , い ま の 額 済 納 旗 ) あ た り も オ ア シ ス 農 業 が 発 達 し て い た 。 そ の 後 の 長 い 関 に , 唐 の 時 代 に は い ま の 土 黙 特 平 原 あ た り で 濯 概 農 業 が あ っ た が , 気 候 変 動 も あ っ て , 農 業 は あ ま り 盛 ん で は な か っ た 〈 王 ほ か , 1990)。 16世 紀 か ら 土 黙 特 平 原 で 農 業 は 再 開 さ れ た 。 近 代 に な っ て , 清 の 末 頃 ( 1 9世紀)から, 内 察 古 に お い て 環 境 破 壊 を も は ら む 規 模 の 大 き い 粗 放 な 農 業 開 発 が 行 わ れ た ( 烏 盟 、 , 1987 ; 伊 克 昭 盟 計 画 委 員 会 , 1988) 。 ま た , 今 世 紀 の20〜30年代, さ ら に 60〜70年 代 に ち 大 が か り な 開 発 が あ っ た ( 章 ほ か , 1990)。内 蒙 古 農 業 の 歴 史 は 吉 い が , 現 荘 の 規 模 に い た る の は19世 紀 か ら の も の で あ る 。 近 代 内 豪 古 に お け る 大 規 模 な 農 業 開 発 に は , 中 国 に お け る 人 口 の 急 激 な 増 加 が 嬰 思 の 一 つ だ と 考 え ら れ る 。
3. 3. 2. 2 農 業 の 特 徴 と 主 要 農 作 物
内 蒙 古 は 地 域 が 広 く て , 告 然 条 件 も 複 雑 な た め に 地 域 別 に 耕 作 制 度 ら さ ま ぎ ま で あ る 。 内 蒙 吉 農 業 の 特 識 は 主 と し て 降 雨 依 存 型 の 雑 穀 栽 培 で あ り , 耕 作 は 主 に 一 毛 作 で , 間 作 と 後 作 も あ る 。 1993年 の 作 付 け 面 積 構 成 を 見 れ ば , 農 作 物 の81.9 % は 食 糧 作 物 で あ り , そ の 他 換 金 作 物 ( 搾 油 作 物 ・ テ ン サ イ な ど ) は13. 8%, 野 菜 類 は4.3 % で あ る ( 内 蒙 吉 統 計 局 , 1994)。
表3.4は 内 蒙 古 に お け る 主 要 農 作 物 の 作 付 け 面 積 と 単 位 面 積 収 量 を 示 す も の で あ る 。 内 蒙 古 の 主 要 な 食 糧 作 物 は 20葎 類 以 上 あ る 。 食 糧 作 物 は 主 と し て ハ ル コ ム ギ ・ ト ウ モ ロ コ シ ・ ダ イ ズ ・ ア ワ ・ ハ ダ カ エ ン ノ て ク ・ キ ビ と ノ て レ イ シ ョ 〈 パ 、 レ イ シ ョ は1/5の 比 率 で 食 糧 に 換 算 さ れ る ) が 生 産 さ れ て い る 。 ま た , 主 な 換 金 作 物jは 搾 油 作 物 で あ る ア ブ ラ ア マ ・ ア ブ ラ ナ ・ ヒ マ ワ リ と テ ン サ イ な ど が あ
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表 . 4 4 内妻古主要農作物の作付け面積と構成
一_j宝物丘一一Lft~位lt麗堕ll注目J!l!JltillL閉店主(J/J~札 コ ム ギ
L s . s s L
ト ウ モ ロ コ シ j 7 6 . 2 4‑l 5 . 9 5
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11.47十ワ I 5. 7 9
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ーヂョ毛−斗一一一寸叩;一一一一!側 一 一 一 損 一 一
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illl作物類:
マ ワ リ ブ ラ ナ ア ブ ラ ア マ テ ン サ イ
タバコ 類
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̲ ̲ H 茎 璽
瓜類:西 瓜 ・ メ ロ ン
。 ルーツ
。
デ ー タ は内 蒙 古 統 計 局 (1993年のものである。1994)により作成した。る。
次 iこ , 内 蒙 古 農 業 地 理 編 集 委 員 会 ( 1982) と 額 爾 敦 ほ か ( 1987) に よ り , 内 蒙 古 の 主 要 農 作 物 に つ い て 検 討 す る 。
立 主 要 食 糧 作 物 に つ い て
ハ ル コ ム ギ は 環 境 へ の 適 性 が 強 い 。 日 平 均 気 温0°Cの 時 も 種 蒔 き で き , 4〜 5℃ のH寺 で , 樺 が 芽 生 え て 出 苗 で き る 。 幼 苗 期 は −6°Cく ら い の 低 温 に も 耐 え ら れ る 。 早 ・ 中 ・ 晩 熟 品 撞 が あ り , 各 地 に お い て 栽 培 さ れ て い る 。 万 里 の 長 城 よ り 北 の 地 域 は 中 国 の 主 な ハ ル コ ム ギ の 栽 培 地 域 で あ る 。 内 蒙 古 で は ハ ル コ ム ニ ド の 栽 堵 は1950年 代 か ら 急 増 し て , 1960年 代 以 来 ず っ と 食 糧 作 物 作 付 け 面 積 の 一 位 に な っ て き た 。 内 蒙 古 中 部 地 底 で は 7.5t/ha 収 量 の 実 関 は 多 く あ り , そ の 経 済 性 と 単 位 面 積J{ 文 章 向 上 の 潜 在 力 が 大 き い 。 ハ ル コ ム ギ が 最 も 好 ま れ る 食 糧 と し て , 住 民 生 活 水 準 の 向 上 に つ れ て そ の 需 要 は 拡 大 中 で あ る 。
ト ウ モ ロ コ シ は 高 収 量 作 物jで, コ ム ニ ド と ア ワ と の 間 作 な ど に よ っ て , 土 地 の 多 毛 作 指 数 向 上 , つ ま り 気 候 資 源 の 有 効 利 用 に 近 年 来 各 地 に お い て 栽 培 さ れ て いる。 ト ウ モ ロ コ シ は 食 糧 ・ 飼 料 兼 荊 作 物 と し て , 牧 畜 を 主 と す る 内 蒙 吉 に お い て 特 に 意 味 を 持 つ 。
ダ イ ズ は 蛋 白 質 の 含 有 量 は 40%で , 普 通 の 食 糧 作 物 よ り 2〜4倍 多 い 。 そ の 副 産 品 は 家 畜 飼 料 生 産 主 の 重 要 な 材 料 で あ る 。
ア ワ は 喜 温 性 で , 乾 燥 と 痩 せ 地 に 強 い 作 物 で あ る 。 作 付 け 面 積 は1970年 代 前 半 ま で の70〜80万haよ り か な り 減 少 し て い る 。
キ ど は 乾 爆 に 強 い 作 物 で , 「妙米j と い う 妙 め た 実 は 蒙 古 民 族 な ど 内 蒙 古 各 民 族 の 伝 統 的 食 品 で あ る 。 ま た , ニ ト ど の も う 一 つ の 種 類 と し て 餅 キ ビ が あ る 。
ハ ダ カ エ ン バ ク は 冷 涼 性 作 物 で あ り , ガ ] 苗 期lこー2〜−4°Cの 低 温 で も 被 害 を 受 け な い 性 質 が あ り , 内 蒙 古 の 伝 統 的 作 物 で あ り , 内 業 古 は 全 国 の 主 要 産 地 の 一 つである。
パ レ イ シ ョ は 内 蒙 古 の 重 要 な 金 糧 と 野 菜 兼 用 作 物 の 一 つ で あ る 。 栽 培 は 各 地 に 広 く 分 布 し , 陰 山 山 脈 丘 駿 地 藍 は 主 な 生 産 地 底 で , 全 自 治 区 の60%を 占 め て いる。
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女 主 要 換 金 作 物 に つ い て
ア ブ ラ ア マ も 乾 燥 と 低 温 に 強 い 作 物 で あ り , 種 の 合 油 率 は36. 5
〜
49. 5%であ る 。 搾 油 用 と 搾 油 繊 維 兼 用 の ニ 種 類 が あ る が , 搾 治 用 が 主 流 で 内 家 吉 在 来 の 主 要 食 用 油 と し て 住 民 に 愛 食 さ れ て い る 。 な お , 内 蒙 古 は 主 産 地 と し て 全 国 の 20〜
25 %を占める。ア ブ ラ ナ は 長 日 性 作 物 で , 低 混 lこ も 強 く , 間 作 作 物 と し て 有 望 だ と 言 わ れ て いる。 ヒ マ ワ リ は 搾 油 用 と 食 用 ( 間 食 ) の 樺 類 が あ り , 単 位 田 積 収 量 は 他 の 搾 油 作 物 よ り 高 く , 健 康 食 品 と し て 国 際 的 に も 名 高 く , 特 iこ 塩 類 化 土 壌 と 乾 蝿 ・ 低 調 に 強 い 作 物 と し て , 内 蒙 吉 に お い て そ の 栽 培 面 積 は1970年 代 か ら 急 速 に 増 え て き た 。 現 段 階 は 食 用 種 の 栽 培 が 多 い 。
テ ン サ イ は 長 日 性 作 物 で , 塩 分0.5%の 土 壌 で も 正 常 に 生 長 で き る た め 適 ? 生 が 広~\ o 特に成熟期に十分な日間と気混の日較差が塊茎の生長と糖分の累積に有 利 で あ る の で , 内 家 古 の 気 候 に 適 し て , 栽 培 は 1950年 代 な か ば か ら 始 ま り , 中 国 の 重 要 な テ ン サ イ 生 産 地 の ー っ と な っ て い る 。 テ ン サ イ 塊 茎 の 含 糖 率 は 17〜 19%で , 副 産 物 も 家 畜 飼 料 に で き る な ど 用 途 は 広 い 。 ま た , テ ン サ イ の 全 生 青 期 に は 十 分 な 水 分 が 必 要 で , 主 に 黄 河 に よ る 濯 概 地 区 の 河 套 一 土 黙 特 平 原 お よ び , 東 部 地 域 の 水 利 条 件 の あ る 地 誌 に も 栽 培 が あ る 。
3 . 3 • 2 • 3 耕 地 と 農 作 物 の 分 布
図2.2で 示 さ れ る よ う に , 内 蒙 古 農 業 の 90%は 内 蒙 古 高 原 南 側 の 平 療 と 丘 陵 に 分布している。この地域 l土地形的に克て,大興安嶺山~と捨山山脈といった分 水 界 に よ っ て , 北 は シ ベ リ ヤ ・ モ ン ゴ ル か ら の 寒 気 回 の 階 下 が 弱 め ら れ , 南 は 夏 の 太 平 洋 モ ン ス ー ン か ら の 降 水 が 多 く も た ら さ れ て , 農 業 に と っ て 有 利 で あ る 。 昔 は 内 蒙 古 の ほ と ん ど が 草 原 で あ っ た 。 近 代 の 農 業 は 草 原 を 開 墾 し て 発 展 し て き た た め , 農 業 は 農 業 地 区 と 半 農 半 牧 地 誌 に 分 布 し て , 農 業 ・ 牧 畜 ・ 林 業 が 混 在 す る ケ ー ス が 多 い こ と は 特 徴 的 で あ る 。
額 爵 敦 ほ か ( 1987) によれば, 内 蒙 古 の 農 地 は 主 に 六 つ の 地 域 に 分 布 し て い る 。 西 部 か ら 東 部 へ そ の 立 地 と 主 な 農 作 物 に つ い て 以 下 の よ う に 検 討 し た 。
∞ 持 套 平 原