第 1 章 ISS 計画協力体制の存立基盤
第 2 節 「新政府間協定」の理念( 「真の協力関係」 )とは何か
2.1. 国際協力原則
2.3.2. 法哲学的観点からのアプローチ
CHM には、主権国家を主軸とした国際法の立場からすれば革新的ともいえる「人類」
(Mankind)の語が含まれる。それゆえに人類を含むCHMの国際法への導入は、「人道的 介入」や「人道に対する罪」といった、およそ「人道法」に類する分野においてのみ人類 が言及されていた当時、諸学者の関心を引くものであったことは想像に難くない。
デュピュイ(Dupuy R-J.)は、CHMのうち「遺産」(Heritage)に比して「人類」(Mankind)
に対して光がこれまでに当てられていなかった点に触れ、人類をひとつの集団とみること の意味について論じた。
デュピュイによれば、CHM 概念は根本では調和的な(harmonistic)ものとして現れ、
その基本哲学は調和的であるのみならず未来志向で戦略的(prospective and strategic)で あったとされる。デュピュイは人類の観念(the notion of mankind)を空間と時間からな る2重の意味で理解し、その内容に考察を加えた。前者はおよそ所在地を問わず同時代の 人々をひとつの集団として統合的に捉えること(interspatial)を意味し、後者は現在と将 来世代両者を含意する(intertemporal)と解される176。
デュピュイの議論は哲学的視点に基づくものであり、極めて独創的といえるも類似の立 場は種々の学説のなかに顕現した。例えば、龍澤は法律的というよりはむしろ哲学的な表 現である人類に伴われる2種の性質がCHM原則の内容を明らかにするといった趣旨の議 論を展開した。龍澤は、その第1の性質として人類とは国家、人種、性別等を超えた「単 一性を有する人間の総体」である点を挙げた。かかる側面に着目したときに、CHM 原則
(「概念」)は「すべての人を差別なく共同所有に与らせることを意味するであろう」177と される。そして第2に龍澤は、人類にはフランス公法における「国民概念」のように「歴 史的連続性」が認められると指摘した。龍澤によれば、それは過去、現在、未来に至る「人 間の総体」であるという。このような観点に立つと、CHM 原則(「概念」)は次の 3 点を 意味するとの結論に行き着く。
Institute of Aeronautics and Astronautics, Proceedings of the Twenty-Third Colloquium on the Law of Outer Space, September 21-28, 1980 Tokyo, Japan (1981) at 29-30. 中央学院 大学地方自治研究センター(編者)龍澤(著者)前掲書〔『宇宙法システム』〕37-38頁。
175 中村恵、前掲論文〔「宇宙法の体系」〕207頁。
176 Dupuy R-J., “The Notion of the Common Heritage of Mankind Applied to the Seabed,”
AASL, Vol.VIII (1983) at 347-348.
177 中央学院大学地方自治研究センター(編者)龍澤(著者)前掲書〔『宇宙法システム』〕37 頁。
1)先の「共同所有権」の内容は「受益所有権」であること、
2)現在の世代は「財産の管理者」にすぎないこと、
3)現在の世代は将来の世代に対して「管理責任」を有すること178。
龍澤は、これら3点をもとにCHM原則は国際法の機能のうち「行為の決定機能」(特定 行為実施の是非を決定する機能)ではなく、「国際関係を組織化する機能」(「制度、構造、手 続きを創設する機能」)に重点を置くものであるとの見解を導いた179。
2.4. 「パートナーシップ」をいかなるものとして捉えるか
先の杉原高嶺、デュピュイや龍澤の議論に共通して見受けられるのは、CHM を構成す る基本要件として全人類が意識されていたことである。その背景には、技術開発先進国と 新興国とのあいだの対立が控えており、全人類に対する意識の下、先進国と新興国におけ る見解の妥協点を模索するかたちでの協力関係構築が志向されていたと推察される180。国 際協力の観点から「パートナーシップ」を論じる際には、CHM 原則をめぐる議論に示唆 される人類全体に対する意識に加え、かかる技術開発先進国と新興国の2種に分類される 諸国間関係についても考慮しておかなければならない。
「パートナーシップ」の文脈でこれまでおもに論じられてきたのは、主権国家間レベル での対等な関係の実現であったといえる(「新政府間協定」第 1 条1 において「パートナー シップ」が「真の」という形容詞を冠しているのは、主権国家間レベルにおける協力関係の対 等性を強調するためであったと推察される。また「パートナーシップ」が協力関係の一形態と
178 同上、37-38頁。
179 カッセーゼによれば、CHM概念は次にいう5種の主要要素を含むとされた。1)専有権の 不在、2)新興国を含み、すべてを益するような方法で人類の利益のために資源を開発する義 務、3)平和的目的のみのために探査および開発する義務、4)科学的研究に対してしかるべ き考慮を払う義務、5)十分に環境を保護するための義務。更に、ジョイナーの議論からは CHM観念を特徴づける主要素として1)非専有、2)共同運営、3)資源の国際共有、4)排 他的平和利用、5)科学研究実施の5種を見出すことができ、十分な国家実行がCHMの明確 で広範な受け入れを示し、国際法におけるその正当性が確立されるまで、CHMは国家実行に よって支えられた国際的な法現実ではなく、概念的理念のみにとどまらなければならないと いった立場を読み取れる。同上、38頁。Tatsuzawa, op. cit. [“The Concept of International Public Services in International Law”] at 11. Cassese A., International Law, second edition (Oxford University Press, 2005) at 93. Matte N.M., “The Common Heritage of Mankind and Outer Space: Toward a New International Order for Survival,” AASL, Vol.XII (1987) at 320-321. Joyner C.C., “Legal Implications of the Concept of the Common Heritage of Mankind,” International and Comparative Law Quarterly, Vol.35, No.1 (1986) at 191-192, 199. Dupuy R-J., op. cit. [“The Notion of the Common Heritage of Mankind Applied to the Seabed”] at 261.
180 Danilenko G.M., “The Concept of the ‘Common Heritage of Mankind’ in International Law,”AASL, Vol.XIII (1988) at 247-265.
される以上、そこには「参加主体」間における相互理解の深化と利益の増進が理念として含ま れると考えられよう)181。これに対して、最近では「官民パートナーシップ」(PPP)と称 される公的主体と私的主体間の「パートナーシップ」が模索されるようになった182。
民間による宇宙旅行(Space Tourism)の取組みと相俟って官民の協力関係構築に向けた 議論は今後更に活発化すると推測される。「真の協力関係」をめぐる議論から読み取れるの は、これが当初の米国と他の「参加国」との「パートナーシップ」関係の構築から技術開 発先進国と新興国、更に現在は公的主体と私的主体とのあいだの「パートナーシップ」関 係へと包摂する範囲(視野)が次第に拡大している点である。加えて近時における宇宙旅 行の取組み等を踏まえると、ISS計画における「真の協力関係」は少なくとも理念のレベ ルでは、いまや人と人との関係のレベルにまで至ったといえるかもしれない。実証的観点 から「新政府間協定」第2条1に定められた「宇宙条約」を含む国際法に従う旨の規定内 容に鑑みれば、「パートナーシップ」概念には主権国家間にとどまらず「宇宙条約」前文に 記された人類全体(「諸人民間」)に対する「相互理解の増進」と「友好関係の強化」が包 摂されるといった、より積極的な解釈も成立ちうる183。
種々の議論から理解しえるのは、「真の協力関係」は実定法上の明確な定義を欠き、学説 上も一義的な解釈が示されていないことである184。したがって、「真の協力関係」につい
181 「宇宙条約」前文、「新政府間協定」前文を参照。
182 龍澤によれば、「官民パートナーシップ」は「宇宙産業その他の産業、公益事業または業務 事業者、宇宙システムと製品から派生する設備および業務の公的利用者または民間利用者、
国のまたは欧州の公的機関を含む、公共団体と民間団体の間の法律的な拘束力を有する協定 に基づくベンチャー」であるという。龍澤、前掲論文〔「国際宇宙基地協定」〕237-238頁。
Institute of Air and Space Law of the University of Colonge and Deutsches Zentrum für Luft-und Raumfahrt (DLR), op. cit. [Legal Framework for the Commercial Use of Outer Space: Workshop Proceedings, Volume V: Legal Framework for Utilisation of the
International Space Station, Proceedings of the Project 2001-Workshop on the
International Space Station]. Abbott K.W., “Public Private Partnership” in Wolfrum (ed.), op. cit. [EPIL, Vol.VIII] at 582-588.
183 「宇宙条約」前文を参照。ただし、人類に着目して議論を展開する際には、少なくとも次 の点に留意を要する。それは「全人類」(mankind)の表現が盛込まれた「宇宙条約」第1条 1文につき、同条では「国家の権利と利益のみが考慮されており、個々人の権利と利益は、充 分に考慮されていない」と学説で指摘された点である。ディエダリクス-フェルシュホール
(Diederiks-Verschoor I.H.Ph.)によれば、「全人類に認められる活動分野」(province of mankind)は宇宙空間における権利および義務の行使に関する政治的道義的一般原則であり、
その法的内容は、いかなる国の差別もない宇宙空間の探査および利用における国際協力と他 のあらゆる国の利益を考慮する義務であるとされた。Diederiks-Verschoor I.H.Ph.,
“Implications of Commercial Activities in Outer Space, Especially for the Developing Countries,” JSL, Vol.17, No.2 (1989) at 125.中村恵、前掲書〔「宇宙開発と共通利益」〕195 頁。
184 学説上の議論を踏まえれば、「パートナーシップ」は純粋な理念というよりは、むしろ外交 交渉を通じて醸成された国際法上の観念、あるいは概念と位置づけるのが妥当といえるのか もしれない。国際法上の権利義務が必ずしも判然としないながらも、その理念的価値の重要 性が諸学者によって確認されている点で「パートナーシップ」は「人類の共同遺産」(The
Common Heritage of Mankind: CHM)に一脈相通ずるものがある。龍澤、前掲論文〔「国際
ては、「了解覚書」等に照らしてその実体把握を試みる以外に効果的な手立てはないと解さ れる。もっとも、明示的な結論が示されていないからといって、「パートナーシップ」に含 まれる協力関係維持のための機能が損なわれるとは一概に考えられない。というのも、「パ ートナーシップ」の内容の不明確さに関しては、各国による国際協力を進展させるものと して「パートナーシップ」を用いる場合に法益の明確化は必ずしも望ましくないといった 旨を指摘する論者がいるからである185。つまり、法益の明確化により利益が完全に一致し ない場合、特定の主体が協力活動に消極的になる、あるいは協力関係から離脱するといっ た事態が生じうる。そのために、法益を明確に定めず緩やかに規定された一定の枠組み(イ デオロギー)として「パートナーシップ」を位置づけておくことが、広く各関係主体の協 力を得るための有効な手段として機能するとも考えられるのである。
宇宙基地協定」〕234-238頁。
185 龍澤はその論文のなかで学説を引用しながら、これが米国の立場を反映すること、つまり、
「米国は、パートナーシップの考え方を否定することなく、ただし、同概念の内容の法的明 確化による協力のダイナミズムの喪失を避けて、同概念に米国のリーダーシップを織り込も うとした」と指摘した。また、学説は、「パートナーシップを提供しようと試みる際、私は、
『パートナーシップ』が何を指すのかにそれほど集中することなく、しかしその代わりに何 がパートナーシップではないのかに焦点を当てるよう問いかける」といった見解も示された。
龍澤、同上、236-237頁。Madders, op. cit. [“The Partnership Concept and International Management”] at 59〔81-82頁も参照〕.