第 2 章 ISS 計画協力体制を分析するための機軸要素
第 3 節 ISS 計画協力体制における管轄権構造
2.1. 交渉時における管轄権配分 4 方式(単独、共同、個別、統合管轄権)
さて、ISSのような国際協力に基づく大規模複合施設に対する管轄権の割当方式として は、学説上、おもに次の4種類の選択肢が導かれた。
その第1は単独管轄権(single jurisdiction)方式、つまり特定の一国による管轄権・管 理に服する宇宙ステーションである。これは宇宙ステーションを単一不可分の複合体と捉
92 Lachs, op. cit. [The Law of Outer Space] at 69-70.
93 Vereshchetin, op. cit. [“Legal Status of International Space Crews”] at 548.
94 例えば「宇宙条約」第8条を参照。
95 茶園成樹「宇宙空間における発明」『阪大法学第41巻第4号通巻第162号』(1992年)1099 頁。村瀬、前掲書〔『国際立法』〕322頁。Lafferranderie G., “The United States Proposed Patent in Space Legislation–An International Perspective,” JSL, Vol.18, No.1 (1990) at 1-10.
え、個別の施設に対する所有権とは切り離して「管轄権」を特定国に一元化するといった 観点に基づく。
次いで第2は共同管轄権(joint jurisdiction)方式、すなわち複数国共同による管轄権・
管理の下に置かれる宇宙ステーションである。共同管轄権方式は、ISSのような多数国間 プロジェクトにおける国際協力の重要性を念頭に置いたものといえる。
続く第 3は個別管轄権方式(separate jurisdiction)、換言すれば、個々のモジュールが 各提供国の管轄権・管理に服する宇宙ステーションである。この第3の管轄権割当方式は、
それぞれを独立した「宇宙船」とみる「クリーン・インターフェイス」と称される考え方 に基づくものとされた。
そして最後の第4は統合管轄権方式(integrated jurisdiction)、政府間国際組織により登 録・運行される国際的な宇宙ステーションである。統合管轄権方式で想定される政府間国 際組織として学説(1986年頃)ではインテルサットに範を求めることができるとされた96。
これら4種の方式には、それぞれ下記の積極的側面と消極的側面が含まれる。
具体的に第1の単独管轄権方式については、その積極的側面として、ISSに対する管轄 権・管理の所在が一国に集約されるゆえに、迅速で一貫した対処が可能となるといった点 が挙げられる97。大規模国際協力プロジェクトにおいて、特定国が全体的な責任を伴う主 導的役割を担う場合に、単独管轄権方式は当該特定国にとって最も望ましいものといえよ う。村瀬の指摘したように、宇宙ステーションの全体的な管理運営(「円滑かつ安全な管理 運営に不可欠とされる統一性確保」)の観点からすれば、管轄権の競合や並存は必ずしも望 ましいとはいえず、「一国による単独の排他的管轄権の下に置く旗国主義的方式」が最も簡 潔で明快と考えられる98。
その反面で、各国の支援によって成立つISSの性格を踏まえると、一国による管轄権・
管理に基づく単独管轄権には国際協力の理念を実現するうえでの妥当性を欠く可能性があ り、この点を消極的側面として指摘しえる99。もっとも、管轄権を行使する国を一定期間 ごとに交代する輪番制にすれば、単独管轄権に伴われる消極的側面は一定程度解消しえる。
次いで第2の共同管轄権方式については、その積極的側面として、複数国が共同で管轄 権・管理を担うゆえに国際協力の理念に適うといった点が挙げられる(複数国の共同によ るために、当該方式は国際協力のみならず多様な価値観の確保をはかるうえで有効に機能する と考えられる)100。一方で、消極的側面としては、複数国が共同で管轄権・管理を担う場 合の「実定法的基礎」の不明確さが挙げられる。すなわち、共同で活動を行う場合、管轄
96 村瀬、同上、316-320頁。長田、前掲〔「宇宙基地協力協定」〕226-232頁。U.S. Congress, OTA, op. cit. at 25-32.
97 村瀬、前掲論文〔「宇宙開発の国際法と日本の対応」〕339頁。
98 村瀬、前掲書〔『国際立法』〕318頁。
99 村瀬、前掲論文〔「宇宙開発の国際法と日本の対応」〕339頁。
100 U.S. Congress, OTA, op. cit. at 25-32.
権・管理を複数国間でいかに配分するかにつき、共同管轄権方式の「実定法的基礎」は必 ずしも明らかではないとの点を指摘しえるのである。「宇宙条約」は、基本的に複数国によ る共同での「管轄権及び管理の権限」の保持を前提としていないと解される。このことは
「宇宙条約」第8条や共同打上げの場合に「宇宙物体」の登録を一国とする旨を定めた「宇 宙物体登録条約」第2条2から確認できよう(「宇宙条約」第8条は「宇宙空間に発射され た物体が登録されている条約の当事国は、その物体及び乗員に対し、それらが宇宙空間又は天 体上にある間、管轄権及び管理の権限を有する」と定め、「条約の当事国」をA State Party to
the Treaty と表現した。なお「複数国が関与する共同打上げの場合」には、「宇宙物体」を登
録するいずれか一国を共同して決定するとされたが、「関係国間」で「宇宙物体」およびその乗 員に対する「管轄権及び管理の権限」に関する「取極」を別途結ぶことは妨げられておらず、
実際に「管轄権」を行使する国家と登録国がずれる可能性が生じうると指摘されている)101。 それゆえに、宇宙ステーションに対して複数国が共同で「管轄権及び管理の権限」を保持 する場合には、宇宙関連諸条約の基本構造を踏まえたうえでその具体的実施に向けた検討 を進めなければならず、結果として国家間交渉が難航し協力活動を円滑に行えなくなる可 能性があるといえる。
第3の個別管轄権方式については、その積極的側面として、各国が自国の提供部分につ いてみずからの管轄権・管理を担うゆえに国際協力の実施や諸課題への対処をはかるうえ で実現性が高いといった点が挙げられる。個々の施設を「宇宙物体」として登録し、登録 に基づいて各国に「管轄権」を認める点で個別管轄権方式は「宇宙条約体制」の基本構造 に則すと評価しえる。一方で個別管轄権方式には宇宙ステーション全体にかかる事項(電 力供給、緊急時の安全確保等)につき一元的な規律の仕組みを整える際に各国の管轄権・管 理の調整が複雑になる可能性があり、この点を消極的側面として指摘しえる。
最後に第4の統合管轄権方式については、その積極的側面として、政府間国際組織への 権限集約により、国際協力の実施に伴われる諸課題への対処が一元化され円滑な宇宙ステ ーション運営が可能になるといった点が挙げられる102。また、既存の組織に範を求められ る点で統合的管轄権方式は具体化に向けた取組みを進めるうえで一定程度有効にはたらく と評価しえる103。一方で、その消極的側面としては、運営方針や設立資金、手続等の各種 側面で諸国間の意見調整が難航し、実現までに多大な費用と時間を要する可能性があると いった点を指摘しえる104。
いずれの方式が妥当するかについては、1)宇宙ステーションに求められる技術的要件 によっておのずと答えが導かれるといった立場(Technological approach)と2)政治的な
101 酒井ほか(著者)前掲書〔『国際法』〕258-259頁。
102 村瀬、前掲論文〔「宇宙開発の国際法と日本の対応」〕340頁。U.S. Congress, OTA, op. cit.
at 25-32.
103 村瀬、前掲書〔『国際立法』〕319頁。
104 村瀬、前掲論文〔「宇宙開発の国際法と日本の対応」〕340頁。.
決定により解答が示される(Political approach)といった大きく2種の立場を想定しえる105。 実際のところ「新政府間協定」では第5条において、「参加主体」は自己の提供する「飛 行要素」に対して登録に基づき「管轄権及び管理の権限」を保持するといった仕組みがと られた(そのために、例えば、日本が登録するJEMや「宇宙ステーション補給機」、日本人搭 乗員、「日本人旅行者」等については、日本が「管轄権及び管理の権限」を保持することになる)
106。これは、技術的要件と政治的な考慮の両者を加味したうえで、「新政府間協定」では 基本的に第3の個別管轄権方式に基づく規律の仕組みが採用されたことを意味するといっ てよいであろう。
2.2. 「知的所有権」(「新政府間協定」第21条)
「新政府間協定」では個別管轄権方式を基礎に「知的所有権」(第21条)、「刑事裁判権」
(第22条)、「責任に関する相互放棄」(第16条)等を含むISS上で展開されうる主要な活 動に関する規定が置かれた。これらはいずれも各国法制度の違いを意識したつくりになっ ており、その具体的実施を国内法に委ねている部分が多い107。
管轄権割当に関する上記3種の規定のうち、個別管轄権方式の考え方が最も色濃く反映 されたのが、「知的所有権」に関する規定(「新政府間協定」第21条)である。「新政府間協 定」は第21条1で「知的所有権」の対象を特定したうえで、同条2において個別登録に 基づく規定を設けた。
一般に「知的所有権」は、字義に即せば、(人間の)知的活動の成果に対する所有の権利 を指すと解される108。「知的所有権」は英語でIntellectual Property Rightと表現され、
105 U.S. Congress, OTA, op. cit. at 54-55.
106 なお、日本ではJEM(「きぼう」)につき2010年2月24日に国内登録簿に日本独自の標識 番号を付し登録がなされたという。佐藤雅彦、前掲、3-17を参照。
107 各国行政組織は、「国家法」を執行する組織であると同時に、「国家法」の執行を通じて「国 際法」を執行する組織と捉えることができるという。これはセル(Scelle G., 1878-1961年)
の「国家の二重機能」(Le dédoublement fonctionnel)を踏まえた捉えかたと解される。奥脇 直也=小寺彰(編者)『有斐閣双書 国際法キーワード』(有斐閣、2003年〔1997年初版〕)5 頁。酒井ほか(著者)前掲書〔『国際法』〕27頁。奥脇、前掲論文〔「『国際公益』概念の理論 的検討」〕184-186頁。Kiss A., op. cit. [“The Common Heritage of Mankind: Utopia or Reality?] at 435. Scelle G., Précis de droit des gens, première partie (Recueil Sirey, 1932).
Scelle G., Manuel élémentaire de droit international public (Les Editions
Domat-Montchrestien, 1943) at 21-23. Scelle G., Cours de droit international public, Manuel de droit international public (Editions Domat-Montchrestien, 1948) at 21-22.管轄 権の割当方式は、「知的所有権」、「刑事裁判権」のほかにISSの運用終了後の処分の在り方(分 解したうえでの軌道への再突入)を考えるうえでも基本になるものと考えられる。「新政府間 協定」第6条1では「カナダ、欧州参加主体、ロシア及び合衆国は、それぞれの協力機関を 通じ、また、日本国については...日本国が指定する機関が、附属書に掲げる要素であって自己 が提供するものを所有する」と規定されたために、ISSを構成する各要素の処分は、たとえ残 骸物であったとしても、その所有者以外の者が無断で行うことは認められないと解される。
108 高林龍『標準 特許法』(有斐閣、2003年)2頁。