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運用・利用段階

ドキュメント内 2014 年度(平成 26 年度) (ページ 128-170)

第 3 章 法的クラスタリング分析を用いた ISS 計画協力体制の評価

第 3 節 「権限委譲」

2.2. 運用・利用段階

次に運用・利用段階では、「了解覚書」で「当事者は、MCBのすべての決定をコンセン サス方式によって行うべきことに合意する」148と規定された。「了解覚書」の当該規定か らは、開発段階と同様に運用・利用段階でもコンセンサスが基本となっていることが確認 される。所定の時間内にコンセンサスが得られない場合には、MCBの議長である NASA

(NASAの代表)が決定を行うことができるといった仕組みがそこではとられた149。 もっとも、このようなMCBの合意形成の仕組みには、おもに2種類の制約が存在する と解される。そのひとつは、議長(NASA の代表)の決定は、問題を「協議」に委ねる、

との「参加機関」(「協力機関」)の権利に影響を与えないことである。この制約には、更に、

「協議」を通じて問題の解決が得られるまでのあいだ、議長は「参加機関」に対して、そ の要素に関する決定を実行できないとの要件が伴われる。例えば「日本国政府」とNASA とのあいだの「了解覚書」第8条1.bでは、この要件につき「第十八条に定める仕組みに 従い協議を通じて問題の解決が得られるまでの間、参加機関は、自己の要素に関する決定 を実施しない権利を有する」と定められた。

そして、もうひとつの制約としては、MCB の所管事項以外の問題について、議長は単 独では判断を示せないことが挙げられる。所管事項以外の問題は幾つか想定され、具体的 には、技術上または政治的な側面を含む問題が、これに該当すると解される。例えば「日 本国政府」とNASAとのあいだの「了解覚書」は第8条1.bで、この点につき「主として 技術上又は計画上の問題ではない問題(政治的な側面を有する問題を含む。)についてコン センサスに達することができない場合には、協議及び紛争解決に関する第十八条の規定の みが適用される」と定めた。そのために、MCB の権限を超えた高度に政治的な問題が生 じた場合、当該問題についてNASAは議長として単独で決定を示しえないことになる。「了 解覚書」の規定からMCBの権限を超える問題については、基本的に「協議」による問題 の解決がはかられるとわかる。更に「協議」を通じても解決に至らない場合には、先の開

145 例えばThe GOJ-NASA MOU第7条1.dを参照。

146 Logsdon, op. cit. at 41.

147 「新政府間協定」第23条4を参照。

148 例えばThe GOJ-NASA MOU第8条1.bを参照。

149 例えばThe GOJ-NASA MOU第8条1.bを参照。

発段階と同様に「調停」、「仲介」、「仲裁」等の手続が利用されるようになると解される150。 実際のところ現時点(2014 年)ではNASA が合意形成に際して単独で判断を示した事例 は見当たらない。これは開発段階と運用・利用段階ともにコンセンサスによる合意形成手 続が機能していることを示すひとつの証左といえよう151

なお、上述の合意形成に似た仕組みは、ISSの「安全」(Safety)に関する規定にもみら れる。例えば「日本国政府」とNASAとのあいだの「了解覚書」第10条4は、「日本国 政府」、NASAおよび「他の参加機関」は、「宇宙基地及びその搭乗員の安全を保護するた め、軌道上の緊急事態のための不測事態対応手続を作成する(will establish…)」と定め、

第2文で、「日本国政府」、NASA および「他の参加機関」は、また、「不測事態対応手続 が 存 在 し な い 軌 道 上 の 緊 急 事 態 の 場 合 に お け る 協 議 手 続 も 作 成 す る(will also

establish…)」としたうえで、「この協議手続が緊急事態の性質により必要な時間内にとれ

ない場合又はコンセンサスが必要な時間内に得られない場合」に「NASAは、事前に合意

150 「新政府間協定」第23条4を参照。

151 ここで、MCBに見受けられる多極間からなる枠組みが、ISS計画における合意形成に関し て新たな局面を生む可能性があることを指摘しておきたい。複数主体間における合意形成の 在り方については、平井が紹介した「Caplow理論」を用いた「法政策学」の観点からの社会 学的分析が有効といえる。詳細は平井の著書に委ねるが、この理論の趣旨は、3者間の力関係 に明確な優劣関係が見受けられる場合に、必ずしも最も影響力をもつ者が合意形成にかかる 交渉において優位に立つものではない点にあると把握される。例えば明確な優劣関係にある ABCという3者を想定した場合に、BとCが協力(「結託」)すれば最も影響力の強いAより も大きな力をもつのであれば、AとBのあいだの力関係を左右する最も影響力の弱い立場に 置かれるCが交渉において優位に立つ可能性が生まれる。換言すれば1)A>B>Cと2)A

<(B+C)の2要件が成立つ場合に、影響力の最も弱い立場に置かれるCがABCの3者間 による交渉を左右しえる可能性が生まれるのである。ただし、こうした3者関係の下ではA とBが対立し、AB両者が協力関係を築きえない状況を前提とするので、CがAかBのいず れかを選択する以前にABの対立関係が解消されてしまえば、Cが孤立する可能性は高まる。

合意形成にかかるABCの3者の関係は、このように流動的な様相を呈する。「Caplow理論」

によれば、ABCの力関係に明確な優劣関係が見受けられる場合には、結局のところ、ABC全 員の合意に基づいた決定を行なうことが最も合理的な選択であるとの結論に至るという。こ れは、3者間の合意を得ることが政策決定にかかる各自の交渉負担を軽減させ、リスクを小さ くする最善の選択肢と考えられるためと説かれている。ISS計画協力体制に照らせば、もし仮 にカナダ、欧州、日本、ロシア、米国の各「協力機関」間に「Caplow理論」に見受けられる ような3者間関係(Triad)が成立する場合には、「協力機関」すべてによる合意に基づいて 政策決定を行なうのが最も効果的な方法になろう。ISS計画における複雑な協力関係を逸早く 読み解いた者が今後、計画の牽引者となる可能性は高い。なお合意形成の在り方については

「Caplow理論」のほかにも「ゲーム理論」をもちいた「法と経済学」の観点からの数値分析 が可能であり、これは理論的にも実務的にも一定の有用性をもつと評価しえる。平井、前掲 書〔『法政策学』〕28-29頁。大森大輔『ゲーム理論で読み解く国際法』(勁草書房、2010年)。 Galloway J.F., “Game Theory and the Law and Policy of Outer Space,” Space Policy, Vol.20, No.2, May 2004 (2004) at 87-90. Tesón F.R., A Philosophy of International Law (Westview Press, 1998). Caplow T., “A Theory of Coalitions in the Triad,” American Sociological Review, Vol.21, No.4, August 1956 (1956) at 489-493. Caplow T., “Further Development of a Theory of Coalitions in the Triad,” TheAmerican Journal of Sociology, Vol.64, No.5, March 1959 (1959) at 488-493. Chayes A. and Chayes A.H., “On Compliance,” IO, Vol.47, No.2 Spring 1993 (1993) at 183.

された手続に従い、宇宙基地及びその搭乗員の安全を保護するために必要な決定を行う責 任を有する(will have the responsibility…)」と規定した。同条によれば、NASAは、「影 響を受ける参加機関の要請に応じて、この責任を果たすためにとった措置に関する情報を 提供する(will provide…)」ことになる。

第3項 紛争解決手続

ISS計画はMCBをはじめとした専門機関の設置によって、法制度の規律化を促し、「厳 密性」が低い水準にあると評価される諸規定に伴われる課題への対処を可能にしていると 理解される。その一方で、「権限委譲」の程度を評価する際に検討対象となる独立した紛争 処理機関は、ISS計画において設立されなかった。

紛争解決に関しては「新政府間協定」第 23 条と「了解覚書」に規定が置かれた。そこ では、ISS計画に関する紛争については「協議」による解決がまずはかられるべき旨が示 された152。具体的に「新政府間協定」第23条1は、「協議」につき次の規定を置く。

「自己の協力機関を通じて行動する参加主体は、宇宙基地協力から生ずるいかなる問題につ いても相互に協議することができる。参加主体は、了解覚書に定める手続に従い、協力機 関の間の協議を通じて問題を解決するため、最善の努力を払う。」

そのうえで同条 2(「新政府間協定」第 23条 2)は、「参加主体は、宇宙基地協力から生 ずるいかなる問題についても、他の参加主体との政府間協議の開催を要請することができ る。」と規定し、同条4で、更に、「協議を通じて解決することができなかった問題がなお 解決を必要とする場合には、関係の参加主体は、合意された紛争解決手続、例えば、調停、

仲介又は仲裁に当該問題を付することができる」と定めた。

かような「新政府間協定」の枠内の下で「了解覚書」(例えば、「日本国政府」と NASA とのあいだの「了解覚書」第18条)は次の規定を設けた。

「1. この了解覚書の実施を困難にする事態を引き起こす可能性のある事件又は問題が発生 した場合には、当事者は、相互に及び他の参加機関と速やかに協議することに合意する。

2. この了解覚書の実施を困難にする事態が生じた場合には、問題は、最初に、解決のため、

日本国科学技術庁長官及びNASA長官がそれぞれ指名した者に付託する。…

3. 2の規定に従って解決することができなかったこの了解覚書の実施を困難にするいかなる 問題も、解決のために日本国科学技術庁長官及びNASA長官に付託する。…

4. この条の規定に基づく協議を通じて満足すべき解決が得られなかった問題でこの了解覚

152 Farand, op. cit. [“The European Space Agency’s Experience with Mechanisms for the Settlement of Disputes”] at 145-156.

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