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なぜ「了解覚書」に規定が設けられなかったのか

ドキュメント内 2014 年度(平成 26 年度) (ページ 114-118)

第 3 章 法的クラスタリング分析を用いた ISS 計画協力体制の評価

第 2 節 「厳密性」

2.1. なぜ「了解覚書」に規定が設けられなかったのか

次に「了解覚書」に規定がない場合を考察してみよう。なぜ「了解覚書」に規定が定め られなかったのかについては、公開された資料が限られているために推測にとどまるが、

「了解覚書」に詳細が定められていない「新政府間協定」の規定については、その背景に ISS計画にかかる複雑な技術的、あるいは政治的な事情が控えていたと推察される。すな わち、高度な技術を要し、各国の様々な政治的な意図の下で発展を遂げたISS計画につい ては、開発された(あるいは、開発中の)技術が現実に利用できるようになるのを俟って法 的課題を検討するのが望ましい83。そのために、技術的事項に関する詳細が「了解覚書」

に規定されなかったと考えられるのである。換言すれば、これは、実際の運用経験を通じ てはじめて、法的な課題の具体的内容が明らかになると交渉時に各国が意識した結果とも とれる。また、他方で、ISS 計画に対する各国の思惑の相違から、その調整が難航したも のについては詳細が「了解覚書」に規定されなかったとも考えられる。

これらの政治的・技術的事情は、「宇宙基地協力の検討」について定めた「新政府間協定」

第24条で次の表現として顕現したと解される。同条では、「新政府間協定」の下での協力 が「長期間の複雑かつ発展的な性格のものであることを考慮し、参加主体は、この協力に 影響を及ぼすことのある事態の進展について随時相互に通報する」と第 1 文で定められ、

第2文で1999年およびその後3年ごとに「参加主体は、その協力に係る問題を取り扱う ために並びに宇宙基地協力について検討し及びこれを促進するために会合する」と規定さ れた。事態の進展に応じて諸国が協力内容を調整できるよう定めた当該規定は、「新政府間 協定」に柔軟性を与えるはたらきをもつものといえる。

このような発展性と関連して、「了解覚書」に詳細が定められていない規定としてひとつ の具体例となるのが、「新政府間協定」第14条である。「新政府間協定」第14条は「発展」

に関する規定であり、そこでは「参加主体は、宇宙基地が能力の追加を通じて発展するこ とを意図し、また、その発展がすべての参加主体からの貢献を通じて実現される可能性を 最大にするよう努力する。…」84と定められ、更に「この協定は、附属書に掲げる要素の みに関する権利及び義務を定める。…この協定は、いずれの参加国に対しても能力の追加 に参加することを義務付けず、また、いずれの参加主体に対しても能力の追加に伴う権利 を付与しない」85と規定された。

「新政府間協定」第14条は協定の権利および義務の範囲を限定しており、そこからは、

ISSの能力の追加に関しては、当面は権利や義務を定めず、ISS の発展に応じて法的課題

83 U.S. Congress, OTA, op. cit. at 54-55. Gotlieb A.E., “The Impact of Technology on the Development of Contemporary International Law,” RdC1981 Tome 170 de la collection (Martinus Nijhoff Publishers, 1981) at 149.

84 「新政府間協定」第14条1を参照。

85 「新政府間協定」第14条2を参照。

に対処するのが望ましいといった各国の意図を読み取れる。

ISS 計画協力体制には、ほかにも、将来に生起しうる諸課題に対して明記を避けるか、

あるいは規定を設けず、解釈や新たに文書を策定することによって事後的に対処をはかろ うとしたと解される箇所が見受けられる86。例えば、ISS の実験施設を利用する際に基準 とすべき倫理規範の設定については、交渉段階でそうした規範設定の必要性はある程度想 定しえたと考えられるが、「新政府間協定」と「了解覚書」には、倫理規範について詳細は 定められなかった。更にISSに搭乗する乗組員が遵守すべき具体的な義務についても、「新 政府間協定」と「了解覚書」には規定は設けられず、別途文書を作成するといった対応が とられた。

2.2. 「宇宙法」上の「平和的目的」の解釈をめぐる議論

この観点からとりわけ重要になるのは、ISS を利用する際に要件のひとつとなる「平和 的目的」の解釈をめぐる議論であろう。「平和的目的」については、「新政府間協定」の前 文に見受けられる「平和的利用」の文言以外に第1条1、第9条3、第14条1に言及がな され、更に(「平和的目的」との表現に)関連するところでは、また、ISSが「民生用」(協 定名、前文、第1条1、第1条3、第4条2、第14条2)であると協定に記された。しかし、

「宇宙条約」と同様に、「新政府間協定」では「平和的目的」をいかに解釈すべきかにつき 具体的な規定は置かれなかった。

「宇宙条約」における「平和的目的」の解釈をめぐっては「宇宙平和利用原則」の文脈 で、学説上、「非軍事説」(non-military)と「非侵略説」(non-aggressive)の大きくふたつ の立場が示されており、より踏み込んだところでは、これら2説を考慮した「折衷説」や

「平和=防衛的」とする解釈も見受けられる87。更に、諸学者の見解を踏まえると、「軍事」

(military)と「非軍事」(nonmilitary)、「平和的」(peaceful)と「非平和的」(nonpeaceful)、

「科学的」(scientific)と「非科学的」(nonscientific)な宇宙空間における諸活動のあいだ に明瞭な区別を設定するのは困難であるといった立場や「軍事的か否かは機能的なもので ある」といった立場も想定しえる88

86 Abbott K.W. and Snidal, op. cit. [“Hard and Soft Law in International Governance”] at 39.

87 ほかに起草者の意図を推し量りつつ、「非軍事」と「非侵略」のいずれの解釈もとらずに、

目的や趣旨にかかわらず、科学研究を基本的に平和の特性をそなえた活動とするといった見 解も提示しえる。かかる見解に立脚すると、科学研究であれば、たとえ軍事要員により実施 される宇宙活動であったとしても、当該活動は理論上「宇宙平和利用原則」に反しないこと になるのかもしれない。中村恵、前掲論文〔「宇宙法の体系」〕196頁。龍澤、前掲論文〔「国 際宇宙基地協定」〕219頁。Gorove S., op. cit. [“International Space Law in Perspectives”] at 378-380.

88 宇宙技術のもっとも重要な特徴は、それが、現在、及び予見できる将来において、「軍事」

と「非軍事」、「平和」と「非平和」、「科学」と「非科学」的な宇宙における諸活動のあいだ の容易で明瞭な区別を許さないことであると説かれた。また、齋藤洋によれば、ビン・チェ

「非軍事説」と「非侵略説」のうち前者の「非軍事説」は基本的には宇宙の平和利用と して民生利用を念頭に置き、一切の軍事目的のための宇宙利用を禁止する立場と解される

89。かたや後者の「非侵略説」に関しては国連の「侵略の定義に関する決議」(国連総会決 議三三一四(XXIX))に示された「侵略の一般的定義」、すなわち「一国による他国の主権、

領土保全もしくは政治的独立に対する、または国際連合憲章と両立しないその他の方法に よる武力の行使…」が参考になると指摘された90

「非軍事説」と「非侵略説」に関して、「宇宙条約」では前文で「平和的目的のための宇 宙空間の探査及び利用…」を確認したうえで、第4条で「天体」と「宇宙空間」を分ける かたちで下記の規定が置かれた点はすでに指摘したとおりである。

「条約の当事国は、核兵器及び他の種類の大量破壊兵器を運ぶ物体を地球を回る軌道に乗せ ないこと、これらの兵器を天体に設置しないこと並びに他のいかなる方法によつてもこれ らの兵器を宇宙空間に配置しないことを約束する。月その他の天体は、もつぱら平和的目 的のために、条約のすべての当事国によつて利用されるものとする。天体上においては、

軍事基地、軍事施設及び防備施設の設置、あらゆる型の兵器の実験並びに軍事演習の実施 は、禁止する。…」

「宇宙条約」第 4 条後段からは、既述のとおり、「天体」については条約上「全面的な 非軍事化」がはかられたと理解しえる。しかし、「宇宙条約」第 4 条後段にいう「平和目 的の条件」が「天体」のみならず、「宇宙空間」にも適用されるか否かは判然としない91。 とはいえ、「宇宙条約」全体の趣旨や「探査利用の国際法準拠」について定めた「宇宙条約」

第3条から「宇宙空間」における「侵略目的」の利用は当然ながら禁止されていると考え られる92

「宇宙平和利用原則」をめぐる議論は、現在も止揚されていない。そうしたなか「新政 府間協定」に先立つ「旧政府間協定」第9条8(b)では、みずからが提供する要素の利用

ンは、「一般国際法及び宇宙条約第四条一項のもとでは国家は核兵器や大量破壊兵器の設置を 除いて軍事目的のための宇宙空間全域を使用することができる、としながらも、同条二項と 併せて、軍事的か否かは機能的なものである」と指摘したという。McDougal M.S. et al., op.

cit. [Law and Public Order in Space] at 388. 齋藤洋「Space Debrisの軍事利用と宇宙平和 利用原則」『東洋法学第47巻第2号』(2004年)6頁。中央学院大学地方自治研究センター(編 者)龍澤(著者)前掲書〔『宇宙法システム』〕104頁。Cheng B., op. cit. [Studies in International Space Law] at 518-519. Matte N.M., op. cit. [“Space Stations: A Peaceful Use for

Humanity?”] at 417-451.

89 中村恵、前掲論文〔「宇宙法の体系」〕196頁。Gorove S., op. cit. [“International Space Law in Perspectives”] at 378-380.

90 「侵略の定義に関する決議」(国連総会決議三三一四)第1条参照。龍澤、前掲論文〔「国際 宇宙基地協定」〕219頁。

91 杉原、前掲書〔『国際法学講義〔第2版〕』〕365頁。

92 中村恵、前掲論文〔「宇宙法の体系」〕196頁。

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