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歴史街道の社会実験

ドキュメント内 経済経営研究叢書68 (ページ 162-194)

− 関西発の「観光立国」と「美しい国づくり」−

玄道 文昭

1. はじめに

「私たちはどのような国・地域をつくりたいのか」−2003年は、これから の日本という「国のかたち」を展望する上で、大きな政策転換が行われた年で ある。

2003年4月、政府によって、「住んでよし、訪れてよしの国づくり」(観光 立国懇談会報告書)を標榜する「観光立国」がわが国で初めて宣言された。ま た、同年7月には、国土政策の基本が、明治維新以来続いてきた経済・産業優先 路線から、「美しい国づくり」(「美しい国土づくり政策大綱」)へと大きく方向 転換された。実に松下幸之助氏(松下電器創業者)が1953年に新政治経済研究 会の講演会で日本の美しい景観を活かした「観光立国」を提唱してから50年後、

また1988年に「歴史街道計画」が産声をあげてから15年後のことであった。

1953年から1973年にかけて、日本は驚異的な高度経済成長を遂げた。その 間、1964年に海外旅行が自由化され、7年後の1971年には早くも日本人の海 外旅行者数が訪日外国人旅行者数を上回り、その後もほぼ増加の一途を辿って きた。

これに対して、日本を訪れる外国人旅行者数は大変緩やかな漸増傾向で、両 者の差は拡大する一方であった。これは、バランスのとれた観光交流を目指す 立場からは大変歪(いびつ)な構造といわざるを得ない。

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そこで、政府の観光立国宣言を受け、2003年から、官民挙げての訪日促進 キャンペーンであるビジット・ジャパン・キャンペーン(以下、VJC)がスター トした。このキャンペーンは、この歪な構造を是正し、双方向の観光交流を発 展させようというもので、当面、2010年までに訪日外国人旅行者数を1000万 人とすることを目標に掲げ、さまざまな活動が展開されている。なお、日本旅 行業協会(JATA)は2007(平成19)年度の日本人海外旅行者数の目標を2000 万人に設定し、併せてその実現に努めている。

外国では、フランス、イタリア、英国、ドイツ、カナダなどの欧米諸国をは じめ、マレーシア、タイ、シンガポール、或いは中国、韓国などのアジア諸国 では、早い時期から観光産業を国の重要産業の一つとして位置づけている。こ れらの国では、政府観光庁のような独立した組織を設け、観光人材の育成と共 に、対外的には国として一体的な戦略的プロモーションに当っている。これに 対して、わが国の観光立国政策はまだ緒に就いたばかりで、これらの諸国の後 塵を拝しているのが実情である。各国の公的組織については、JNTO国際観光 白書2006年版に収録の「主要国・地域の公的観光宣伝機関の概要」で知るこ とができる。

2. 歴史街道

2. 1 歴史街道とは

「歴史街道計画」は、ひと言で表現すれば、「住んでよし、訪れてよしの美 しい国づくり」への 関西イニシアチブ ということができよう。ここでは、

ある意味で、2003年の国の国土政策と観光政策の大転換へと誘導した「歴史 街道計画」の壮大な社会実験について概説する。

1953年9月、歴史街道生みの親でもある松下幸之助氏は、わが国の繁栄の あり方として「観光立国」を提唱した。自ら主宰する新政治経済研究会(1966 146 アジア諸国に学ぶわが国の観光立国政策

年、PHP研究所に合流)の記念講演会で、関西経済界の錚々(そうそう)た るメンバーによって「1日内閣」が組閣され、各大臣はそれぞれ10分間の抱 負を述べた。そのとき、松下氏は観光大臣として、次のような「観光立国の弁」

を述べている。

「日本は美しい景観をもっているが、これは立派な資源である。工業立国、

貿易立国などとやかましく叫ばれているが、観光立国こそもっとも力を入れる べきである。それによって得られる最大の利益は、日本が平和な国になること にあるからである。」

また、松下氏は、1971年4月、日本人の心の故郷ともいうべき飛鳥の歴史 的風土の保全を目的とする飛鳥保存財団の設立に尽力し、初代理事長に選任さ れるなど、自ら率先してわが国の文化遺産の保全・活用に奔走すると共に、折 に触れて日本古来の伝統文化や日本人の心を現代に受け継いでいくことの大切 さを説かれた。同氏の日本の繁栄を願う切々たる思いは、やがて「歴史街道計 画」の提言へと結実するのである。

関西は、日本の国宝の約6割、重要文化財の約5割が集積し、また近年ユネ スコ世界遺産に登録された日本にある13の世界遺産のうち5つが集まる、世 界的にも「歴史・文化の宝庫」と呼ぶにふさわしい地域である。

1970年代から80年代にかけて、 メイド・イン・ジャパン の工業製品の 集中豪雨的な輸出によって貿易摩擦が頻発し、日本は世界中からひんしゅくを 買っていた。外国人の日本理解も工業製品やブランド名を通した表面的なもの で、日本人についても金儲けにしか興味のない人間といった負のイメージが突 出する時代であった。これをそのまま放置したのでは21世紀の日本は危うい と、日本の行く末に危機感を抱いたのが、PHP研究所の「世界を考える京都 座会」(座長:松下幸之助氏)の有識者たちだった。そこで、1986年、関西の 特徴である豊かな文化遺産に注目して、外国人に「顔のある日本」についてもっ と知ってもらおうと、「歴史街道」の研究が始まった。

第6章 歴史街道の社会実験 147

2年間の研究の後、1988年3月、「世界を考える京都座会」から「歴史街道 づくりの提言」が発表された(「歴史街道計画」の誕生)。歴史街道計画とは、

関西の豊かな歴史・文化資源を活用し、日本の魅力を再発見することを通じて、

長い歴史に培われた日本固有の文化や社会の発展に貢献した人々について、内 外の人々にわかりやすく紹介していこうというプロジェクトである。

1991年4月、歴史街道推進協議会が、官民62団体(官36団体、民26団体)

の連携で、計画の推進母体として発足した。1992年にマスタープランが、翌 93年にマスタースケジュールが策定され、基本計画が整った。発足15周年を 迎えた2006年6月現在、協議会は9省庁、関西2府6県、78市町村のほか、

10経済・各種団体、45民間企業など、合計151団体で構成されている。この 他に約4000人の市民(歴史街道倶楽部会員)が計画を支援している。

歴史街道は、「日本史の旅」という時間旅行(タイムトリップ)をコンセプ トとした、伊勢−飛鳥−奈良−京都−大阪−神戸を結ぶ「メインルート」とそ れぞれのエリアの特徴を活かした3つのネットワークの総称である。メイン ルート上には日本の歴史の重要な舞台となった21の場所がつながっており、

日本の古代史、奈良時代、平安−室町時代、戦国−江戸時代、近代の5つの時 代別ゾーンを、ほぼ歴史の流れに沿って道路や鉄道を使いながら便利に周遊で きる仕掛けになっている。

歴史街道計画は、これらのルートやエリアを、地域が広域的に連携して、そ れぞれ役割を分担しながら、ソフト、ハード両面の整備を進めることにより、

「日本文化の発信基地づくり」「新しい余暇ゾーンづくり」「歴史・文化を活か した地域づくり」を目指している。

2. 2 主な活動内容

協議会の事業分野は、この3つの事業目的に沿って、(1)海外広報、(2)観 光振興、(3)歴史・文化を活かした地域づくりに大別される。

148 アジア諸国に学ぶわが国の観光立国政策

第1の「海外広報」では、1995年以来、世界の主要都市で関西の魅力を発 信してきた「海外キャンペーン」も、開催都市は延べ50都市に及び、参加者 も4000名を超えている。また、外国プレスや外国旅行エージェントを関西へ 招聘し、旅行商品づくりや関西の観光魅力についての取材活動を支援し、着実 な成果を挙げてきた。協議会は外国人旅行者の誘致を直接目的とする団体では ないが、ドイツのロマンチック街道の成功例に見られるように、観光情報には 親しみがあり、楽しいイメージがあることから、観光PR的手法によって日本 文化の情報発信に取り組んできた。本稿では、後に外国での文化発信事業とし ての海外キャンペーンについてさらに詳しく取り上げる。

第2の「観光振興」では、1994年に開始された、朝日放送による人気テレ ビ番組「歴史街道〜ロマンへの扉〜」の放映が、2005年12月末現在、既に3000 回を超えている。番組では、毎回美しい映像で関西各地に伝えられてきた歴史 遺産の数々が紹介され、地域の魅力再発見やロケ地への誘客に貢献している。

この番組が関西の住民の間に「地域の歴史や文化を大切にしよう」という雰囲 気を醸成し、定着させた功績には大きなものがある。

この他、PHP研究所発行の月刊誌「歴史街道」(1988年創刊)、NHKのBS 放送番組「エッセーロマン・歴史街道」(1991年3月から約2年半にわたり計 100回放映)、公認ガイドブック「歴史街道を行く」(1996年10月昭文社発行)、

「歴史街道ウォーキング」(2003年11月ウェッジ発行)などの放送・出版、

パンフレットの制作、自治体や鉄道・旅行会社主催のイベント事業などがある。

また、市町村が連携し、歴史街道iセンター(案内所)を整備(現在、26ヵ 所)すると共に、市町村共同事業としてスタンプラリーを実施している。さら に首都圏では、毎年フォーラムや展示会などの催しを開催している。

歴史街道計画は、内外の人々に日本の歴史の舞台を訪ねる新しい旅のルート を提案するものである。協議会では、官民による参加団体が柔軟に連携する形 で、来訪者のニーズと各地域の特性を踏まえたルートの整備と情報発信を通じ 第6章 歴史街道の社会実験 149

ドキュメント内 経済経営研究叢書68 (ページ 162-194)

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