ツーリズムの拡大と日本
鈴木 勝
1. はじめに
国際観光機関(UNWTO)は、2020年における世界観光の長期的展望の中で、
中国の躍進する国際観光に関して、このように言及している。「中国は、1億 3,710万人の外国観光客を迎える『受入国NO.1の国』になり、他方、世界に 向けては中国人旅行者1億人を出す『送出国NO.4の国』になるだろう」との 予測である。この発表の後に、2001年のアメリカ同時多発テロ発生で世界的 に国際観光客の落ち込みを見せたが、中国はこれを克服し、さらに2003年に SARS(新型肺炎)に見舞われ危機に立たされたものの、急速な復旧をほぼ成 し遂げた。加えて、近い将来の2008年の北京オリンピックおよび2010年の上 海万国博覧会を好機として、当面の国際観光量増強の目標と定め進んでいる。
他方、2001年11月の世界貿易機関(WTO)の加盟を機に、中国観光を取り巻 くホテル、旅行会社、航空会社などの観光産業そのものの環境は大きな変革を 迫られ、中国の国際観光はいま画期的な時期にさしかかっているが、独資旅行 会社の導入、中国航空会社の再編、外資系ホテルの増強などの国際観光面で積 極的な試みにチャレンジしている。まさしく、国際観光機関の予測する、 21 世紀の国際観光の牽引車 のポジションに向かって突き進んでいる。
さて、本稿では、近年、急速に拡大し世界の観光市場に大きな影響をもたら 73
しているアウトバウンド、すなわち「送出国」としての中国の観光実態を探り、
また、観光市場としての将来的展望を追及する。近年の世界的な国際観光客の 潮流の中で、中国人の動きはますます大きな存在となり、観光産業に力を入れ 経済的活性化を求める国々にとっては見逃せない国であり、また、魅力的な国 となっている。その結果、中国人観光客誘致に関して、現在、世界各国による 熾烈な競争が展開されている。日本も例外ではない。先年、日本政府が 観光 立国・日本 を打ち出し、 ようこそ!ジャパン を唱えているが、中国の国 際観光の潮流が観光立国・日本の行く末を大きく左右することは間違いないか らである。
その意味で、本稿では、中国人のアウトバウンド動態の追求とともに、観光 立国・日本の対応も合わせて、考究することにする。ところで、中国人による 外国旅行動態を述べるには、中国政府の特異性の観点から、インバウンド(訪 中外国人)観光の部分も触れなければならない。なぜならば、現在、実施され ている「中国人外国旅行」の段階的解禁に関しては、訪中外国人とのバランス を取りつつ、「有計画、有組織、有控制」(計画的、組織的、制限的)の方針を 堅持し発展させると表明しているからである。すなわち、国際観光到着者数や 外貨獲得高の状況に照らして、アウトバウンド観光量がコントロールされるこ とになるからである。しかしながら、今後、戦争、テロ、第2のSARSなどの 突発的な事故や事件が発生しない限り、中国への外国人観光客の流れは継続さ れると思われる。その結果、中国政府による保有外貨への介入もなく、中国人 の外国旅行の伸びは基本的には上昇カーブをたどることが予測される。
2. グローバル・ツーリズムと中国観光
2. 1 グローバル・ツーリズムの隆盛と中国観光
国際観光機関によれば、国際観光の将来の動向について、2020年までに国 74 アジア諸国に学ぶわが国の観光立国政策
際観光到着者数は平均4.1% で増加し、15億6,100万人に達すると予測してい る。これは、国際観光の高い成長率、雇用創出効果、国際収支への貢献度など に対して、各国・地域の認識が高まるにつれ、外国旅行者の誘致競争が一層増 し、刺激し合う現象の結果であろうと考えられるからである。世界トップの観 光デスティネーションとして中国がなり、さらに注目すべきはアウトバウンド では4位にランクされていることである。
現在、国際観光が全世界的に盛んになってきた一般的背景として、次の5つ の要因(1)が指摘されている。①経済発展・安定、②外国旅行の制限緩和・自由
表 3−1 2020 年におけるツーリズムの世界(ツーリズムビジョン 2020 UNWTO)
世界の上位目的地 World's Top Destinations2020
世界の上位アウトバウンド国 World's Top Countries 2020
順位 国
観 光 客 到 着 数 100万人
マーケット
・シ ェ ア
(%)
年間 伸 び 率 1995
−2020
(%)
順位 国
世界規模 での総観 光客到着 数100万人
マーケット
・シ ェ ア
(%)
1 中国 130.0 8.3 7.8 1 ドイツ 152.9 9.8
2 フランス 106.1 6.8 2.3 2 日本 141.5 9.1
3 アメリカ合衆国 102.4 6.6 3.5 3 アメリカ 123.3 7.9
4 スペイン 73.9 4.7 2.6 4 中国 100.0 6.4
5 中国領香港特
別行政区 56.6 3.6 7.1 5 イギリス 94.5 6.1
6 英国 53.8 3.4 3.4 6 フランス 54.6 3.5
7 イタリア 52.5 3.4 2.1 7 オランダ 45.6 2.9
8 メキシコ 48.9 3.1 3.6 8 イタリア 35.2 2.3
9 ロシア連邦 48.0 3.1 8.5 9 カナダ 31.3 2.0 10 チェコ共和国 44.0 2.7 4.0 10 ロシア連邦 30.5 2.0
合計
(1−10) 716.2 45.9 − 合計
(1−10) 809.4 51.8 注)出典:世界観光機関 UNWTO
(1)津山を参照。
第3章 中国人アウトバウンド・ツーリズムの拡大と日本 75
化、③ツーリズム・インフラの整備(空港・ホテル・航空機・道路など)、④ デスティネーション開発、⑤プロモーション活動の開発などである。このよう な要因の影響を受けて、近年、中国人による海外旅行は着実に伸び続けている
(表3−2)。アジア、オセアニア、ヨーロッパへの中国人の海外旅行は今や ブー ム と言ってよい。中国流に言えば、 出境旅游熱 という。今後、国際観光 市場として、13億人という中国人口を考慮すれば世界最高のレベルになるこ とは間違いないであろう。
2. 2 中国観光がグローバル・ツーリズムに及ぼす影響
近年、急速に拡大し世界の観光市場に大きな影響をもたらしているアウトバ ウンド、すなわち、「観光客輸出国・中国」の観光潮流の影響度合いはどうで あろうか。近年の中国人の動向はますます大きな存在となり、観光産業に力を 入れ経済的活性化を求める国々にとっては、最も注目すべき国となり、後述す
るADS(観光目的対象)国の急増に結びついているのである。さて、すでに
中国観光の影響度が強力であることが各所で現れている。好例として、香港観 光への影響に関して述べよう。1997年における中国への香港返還以降および
2003年のSARS(新型肺炎)の機会である。すなわち、 観光立地 香港にとっ
て訪問客の激減で危機に瀕した時期である。中国政府と香港当局による緻密な 観光振興政策を展開させた結果、多数の本土中国人の訪問により香港経済全体 を立ち直らせたケースである。香港観光発展局の統計データによれば、返還後 毎年、本土中国人の訪問客数を戦略的に増加させ、SARS発生年の2003年に おいては全来訪者1,554万人のうち、本土中国人は848万人に到達している(含
・日帰り来訪者)。毎年、徐々にシェアが高まり、前年は41.2%(683万人)
であったものが、この年に過半数の54.5% になった。この一事例からも判る ように、中国人旅行客の動静は世界の観光を左右する力をさらに強めている。
76 アジア諸国に学ぶわが国の観光立国政策
3.急伸する中国人海外旅行と将来
中国政府は長期間にわたり中国国民に対して、国内旅行のみを認め外国旅行 を不許可とする政策をとり続けてきた。しかしながら、改革開放政策の進捗に 伴い、外国旅行への門戸を徐々に開いて、2005年には中国国民出国者数は3,000 万人を超え、すでにアジア地域で急成長を続ける最大の観光客供給国になって いる(表3−2)。
では、どのような国々を中心として展開されているかを見てみたい。表3−
3のようなランキングとなり、中国に返還された香港とマカオが圧倒的な数字 を持っている。中でも注目すべきは、近隣のアジアに属する国でもなく、また、
中国と隣り合わせでない国でもあるが、10位のポジションを持つ最近急成長 国のオーストラリアである。この国は西側国家として初めてのADS(観光目
表 3−2 「中国人/外国旅行者数」
項目 年
日本
(人)
前年比増
(%)
世界全体
(人)
前年比増
(%)
1994 193,486 ▲5.6 3,733,600** ▲0.2
1995 220,715 14.1 4,520,500** 21.1
1996 241,525 9.4 7,588,200** 6.3
1997 260,627 7.9 8,175,400** 7.7
1998 267,180 2.5 8,425,600** 3.1
1999 294,937 10.4 9,232,400** 9.6
2000 351,788 19.3 10,472,600** 13.4
2001 391,384 11.3 12,130,000** 15.8
2002 452,420 15.6 16,600,000** 36.9
2003 448,782 ▲0.8 20,220,000** 21.8
2004 616,009 37.3 28,850,000** 42,7
2005 652,820 6.0 31,206,300** 8.2
資料:中国国家旅游局、JNTO *印:香港・マカオを含まず。
**日本経済新聞 2006年1月18日による数値
第3章 中国人アウトバウンド・ツーリズムの拡大と日本 77
的対象)国となった経緯もあり、毎年、急激な伸びを示し、さらに上位に入る 見込みである。
ところで、訪日中国人に関しては、どのような動きになっているだろうか。
日中両国の国交正常化が実現された1972年には、訪れる中国人はわずか643 人に過ぎなかったが、改革開放が推進されるようになった。1980年代後半に は10万人台に上るようになり、1990年に入って20万人台に達した。さらに、
1997年に団体での海外観光旅行の自由化が開始された。2000年9月から実施 された「中国人訪日観光ビザ解禁」により、その年の2000年に約352,000人
(前年比19.3% 増)と大きな伸びを示した。2001年に391,000人(同11.3%
増)、2002年には452,000人(同15.6% 増)と毎年5万人相当の増加を示して いる。しかしながら、2003年に入ると、前半にはSARS(新型肺炎)の影響で 特に4月から6月の時期には著しい減少を示した。その結果、2003年の訪日 中国人数は448,762人となり、前年比0.8% の減少を示した。2004年には、回 復基調に戻り、前年を大幅に上回り、2002年度ベースに復帰することができ
表 3−3 中国人の外国旅行先トップ 10(2003 年)
項目
順位 渡 航 先 渡航者数
(人)
1 香港 5,692,500
2 マカオ 1,431,294
3 ベトナム 693,423
4 ロシア 679,608
5 タイ 624,214
6 シンガポール 568,497
7 韓国 513,236
8 日本 448,782
9 マレーシア 350,597 10 オーストラリア 176,128
出所)財)アジア太平洋観光交流センター『世界観光統計資料集』(2005年度版)APTEC。
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