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は じ め に業績報告書において,何をどのように開示するかということは,古くて新し い問題であるO わが国においては以前より損益計算書において純利益が開示さ れているが,近年,諸外国において純利益よりも広義の利益が開示されている ことは周知のとおりである。すなわち,イギリスにおいては1992年にASBが財 務報告基準書第3号「財務業績の報告j を公表し,総認識利得損失が開示され ており,またアメリカでは1997年にFASBが財務会計基準書第130号「包括利益 の報告」を公表し,包括利益が開示されている。純利益と包括利益の差異は,
その他の包括利益とよばれ,この「その他の包括利益は測定方法の違いによっ て生じる純利益と包括利益の調整項としてみなされているJ(JIG [2006J par.7)。
このような業績報告の多様化を背景として, IASBは,あるべき業績報告を模 索しつつ活発に活動してきたことは周知のとおりである。すなわちIASBは, 2001年より ASBとの共同プロジェクトとして業績報告プロジェクトを立ち上 げ,そこでは純利益の数値を含まないマトリックス形式の業績報告書が提案さ れていたことは記憶に新しいであろう。しかし,この提案に対しては反対の声 が大きく,当該プロジェクトは一時期頓挫したかにみえた。その後,議論の継
129)以下では,純利益よりも広義の利益,すなわち包括利益や総認識利得損失を,総称して包 括利益とよぶことにする。
130)nG [2006Jによれば,その他の包括利益に該当するものとして,現行のFASBの基準で は,外貨換算調整額(基準書第52号),最小年金負債調整額(基準書第87号),売却可能有 価証券の未実現損益(基準書第115号),キャッシュフロー・へッジによって生じる損益(基 準書第133号)が,また現行のIASBの基準では,外貨換算調整額(国際会計基準第21号), 保険数理差損益(国際会計基準第19号),売却可能有価証券の未実現損益(国際会計基準第 39号),キャッシュフロー・ヘッジによって生じる損益(国際会計基準第39号),再評価損 益(国際会計基準第16および38号)があげられている。
続の是非を審議するサンセット・レビューをへて,
2 0 0 4
年にI A S B
は共同プロ ジ ェ ク ト の パ ー ト ナ ー をFASB
に変えたうえで,審議を再開した。I A S B
とFASB
は,外部の専門家の意見を幅広く聞くためのワーキング・グループ( J I G )
を組織した。
J I G
では,2 0 0 5
年1
月にl
回目の会議が聞かれ,要求される主要財 務諸表,比較財務諸表の年数などが議論された。次いで2 0 0 5
年6
月には第2
回 目の会議が聞かれ,純利益の意味なと守について議論された。さらに2 0 0 6
年9
月 には第3
回目の会議が開かれ,純利益・包括利益とリサイクリングというテー マを含む10のトピックについて議論がなされた。そこで本章では,
2 0 0 5
年6
月に開かれた会議において純利益の意味としてい かなる議論があったのかをみていくことを通じて 近年の業績報告をめぐる新 たな展開の特徴を明らかにすることにしたい。本章での検討が,財務諸表の表 示プロジ、ェクトの顛末を見通すうえでの一助ともなれば幸甚である。E
純 利 益 の 意 味2 0 0 5
年4
月に開催されたI A S B
とFASB
の合同会議において,包括利益をボト ムラインとし,その小計として純利益を含むlつの計算書の作成を要求するこ とが合意された。それをうけて,純利益情報が現在どのように用いられている のかについての理解を深めるために,J I G
のメンバーに対して,純利益の意味に ついて報告するよう要請がおこなわれた。報告にあたっては,純利益の意味と 重要性,そして純利益情報を開示するとした場合の純利益に含めるべき項目と そうでない項目とを区分するための規準を明確にすることが求められ,4
つの 質問事項が投げかけられた。とりわけ,純利益の意味を概念的に検討するうえ131)nGは24名のメンバーから構成され,その内訳は,財務諸表作成者10名,財務諸表利用者 10名,監査人2名,学者2名となっているO 国別には,アメリカ7名,イギリス5名,フ ランス・ドイツ・スイス・日本各2名,スウェーデン・フィンランド・香港・オーストラ リア各l名となっている。また,この24名の他に,証券監督者国際機構2名,欧州財務報告 アドバイザリー・グループ1名,バーゼル銀行監督委員会l名がオブザーパーとして参加し ている。
で重要で、あると思われるのは,次の
2
つの質問である(nG[ 2 0 0 5 ]
par.4)。 質問2 ある取引または事象を純利益に含めるべきか否かを決めるにあたって,どのような規準/特徴を拠り所とするか。
質問 4 :その他の包括利益から純利益への再分類調整は価値関連性を有す る情報であるか。また,もしそうであるとしたら,それはなぜか。
このような質問に対して,
9
名のnG
メンバーおよびオブザーパーが報告をお こなった。以下では,これら 2つの論点に関して,それぞれの見解をみていく ことにしたい。1. Cheetham (財務諸表作成者)の見解
質問2については,純利益に含めるべきか,その他の包括利益に含めるべき かを決める規準は,短期的な経営者のコントロールであるとのべられている。
そして,経営者の短期的なコントロールが効かないものが,その他の包括利益 に含められるとされている。また質問4については,質問の趣旨に必ずしも そった回答にはなっていない。しかし,現行制度の下では売却可能有価証券に 未実現損益が生じるため,当該損益はその他の包括利益に含められリサイクリ ングされるべきであるという他の質問に対する回答を参照すべきことがのべら れている。また,キャッシュフロー・ヘッジの損益は,将来の業績に影響を与 えることを意図されているため リサイクリングすべきであることものべられ ている。そして,その他の包括利益に含まれている項目でこれら以外のものは,
当期の業績に関連しないためリサイクリングする必要はないとされている。
2. Eriksson (財務諸表作成者)の見解
Erikssonの報告は,個々の質問に対して明示的に答えるという形式をとらず,
132)ただし, 1名(ScottTaub)についてはそもそも報告資料が開示されてはおらず,もう l名 (Gilles Zancanaro)については原因は不明であるが報告資料をダウンロードできなかったた め,結果的には7名の検討ということになる。なお,それぞれの報告者の見解は,報告のた めに用意されたそれぞれの資料にもとづいている。
独自の見解をのべている。まず,上質の業績報告をおこなうために必要な特徴 として,業績の実現と未実現や測定値の確実性と不確実性などを明確に区分す ることなどがあげられている。またl期間の業績を示す純利益も 1期間の価 値の増加を示す包括利益も,ともに価値があるとの見解が明らかにされている。
純利益は,たとえば投資家にとっては,実現した(よって分配可能な)業績値 として重要であるとのべられているO これに対して包括利益は,純資産の変動 から企業がさらされているリスクや機会の変化についての有用な情報がえられ るので重要で、あるという。これら
2
つの利益のうち,いずれのほうがより優れ ているかを決定づける確たる証拠はえられていないとのべられている。した がって,純利益と包括利益とをそれぞれ表示する 2つの計算書による方式が望ましく,この場合にはリサイクリングが必要になるという。
3. Kelly (財務諸表作成者)の見解
Kellyの報告では,まず,現在の会計モデルが純粋な原価評価モデルでもなけ れば,純粋な公正価値評価モデルでもなく,混合属性モデルであるので,この ことが業績報告のあり方も規定するという見解が示されている。すなわち,会 計モデルが理論的に純粋なものではない以上,報告モデルも理論的に純粋なも のではありえないという。
そして純利益とその他の包括利益とを区分する規準は,稼得過程にあるか否 かということであるとのべられている。たしかに純利益を明確に規定するのは 困難で、あり,いくぶん主観的であるかもしれないが,このような問題は他の測 定値にも同様にあてはまるという。このような問題があるにもかかわらず純利 益が重要なのは,投資家にとって純利益が将来のリターンの予測に役立つから であるとのべられているO 純資産額の変動に関する情報も投資家の評価に役立 つかもしれないが,あくまでも主たる評価は包括利益ではなく純利益によって なされるというO
またリサイクリングについては,目的適合的な情報であるという。というの も,投資家にとっての将来のリターンを予測するための基礎になるのは純利益 であり,稼得過程が完了した純利益を正確に計算するためにはリサイクリング
が必要であるという。いわば,その他の包括利益は,未完了の取ヲ
l
から生じた 損益なのである。4. Schuster (学者)の見解
Schusterは,まず,投資家の視点だけでなく作成者の視点も考慮すべきである とし,純利益も包括利益もともに目的適合的であるという。もし包括利益がな ければ,場合によっては重要かもしれない情報を入手できないし,また純利益 はとりあえずそれだけをみても概略は判断できるという要約的な数値としての 役割をもっているのである。
質問2については,個々のその他の包括利益項目について個別に規準を設け るよりも,ビジネス・モデル外であり未実現であるといった原則的な規準のほ うが,難解ではあるが,会計情報の作成や利用を通して透明性の向上につなが るというO
またリサイクリングに関しては,純利益がその他の包括利益と異なる特徴を もっているのであれば,リサイクリングは必要であるとのべられている。
5. Kerkhoff (財務諸表作成者)の見解
Kerkhoffによれば,純利益を明確に定義することは,歴史的にみても不可能 なことであるとし寸O 質問
2
については,純利益とその他の包括利益とを区分 する規準として,実現しているか否かと,主たる営業活動と関連しているか否 かという 2点があげられている。これら2つの規準は,将来キャッシュフロー の時期や不確実性を評価するのに役立つ情報を生み出し,配当可能額を明らか にし,利益フローと評価調整額とを区分する点で優れているという。また質問 4については,純利益とその他の包括利益との区分が実現にもとづ いているとするならば,後の実現を明らかにするためにリサイクリングは不可 欠であるとのべられている。将来キャッシュフローの時期や不確実性という会
133)ビジネス・モデル外であるということが,具体的に何を意味するかは,主たる活動によ るものではないとか実現しないものなど,個々のその他の包括利益項目によって変わりう るという。