6.1 図形を定義する方法
6.1.1 幾何学は土地測量学であること
幾何学の英語は geometry です。geo は土地の意味、metry は測る意味ですので、原義は土地測量学で す。文字の「幾何」は、英語とほぼ同音のラテン語を中国語で読みに当てたものだそうですが、面積は 幾らか(何)と通わせたものと推定されています(新明解国語辞典)。土木構造物は地球上の造形です ので、土木工学では測量学が必須の知識です。幾何学は、その基本となる教養です。平面図形の性質を 扱う初等幾何学は重要です。しかし、あまりにも基礎的であるため、他の学問分野の影に隠されてしま う傾向があります。幾何学は数学の一分野とされていますが、歴史的には代数学と幾何学とは別々の分 野の教科でした。簡単な幾何の問題であっても、数値計算に使う代数式を誘導するとなると、てこずる ことも少なくありません。例えば、三角形の外接円と内接円の中心位置と半径を求めることは、幾何の 作図法では簡単に求まります。では、3頂点の座標数値を与えてこの問題を数値的に解こうとなると、
普通の公式集には代数式が載っていませんので、かなり数学に自信を持つ人でも、計算式を提案するま での式の誘導に手間が掛かります。このような事情から、コンピュータを使って幾何の問題を計算で処 理をするための新しい学問分野として、計算幾何学(computational geometry)が研究されるようになり ました。構造物は幾何学的な造形ですので、幾何学に関係する計算を多く扱います。そこで、初等幾何 学の知識をおさらいして、構造設計に応用する図形の計算幾何学的な扱いをこの章で扱います。
6.1.2 座標系が必要であること
図を使わないで、言葉だけで人に図の形と寸法の情報を正確に伝える方法を考えてみて下さい。寸法 とは、基準点からの距離です。長さの単位も必要です。基準点の位置は何となく決めていて、自己中心 的な相対座標の概念を使っています。あまり意識はしませんが、普通、寸法は正の数で表します。した がって、負の側にあたる寸法や向きを区別するとき、「前後・左右・縦横・高さと幅・奥行き」などの 言葉を添えます。複雑な図形も、原理的には三角形の組み合わせで位置を指定できますので、まず、三 角形の情報を伝える方法を基本に考えます。一辺が 10cm の正三角形、一辺が 15cm の直角二等辺三角形 などは分かり易い表現です。初等幾何学では、二つの三角形の合同条件として、「3辺の長さ・2辺と 1角・1辺と2角」を挙げます。用紙の上に作図を再現させるには、用紙上での位置と向きの指定が必 要です。形状の代数学的な定義方法は、3頂点の座標数値を使うのが最も正確です。幾何学に直交座標 系の考え方を導入した歴史は比較的新しく、デカルト(Descartes 1596-1650)に始まるとされていて、これ を座標幾何学と言うことがあります。数学的な直交座標系をデカルト座標と言うのもそうです。代数学 を応用して幾何の問題を扱う学問分野を解析幾何学と言います。コンピュータは代数学的な道具ですの で、人に代えてコンピュータに図形の情報を伝える方法が必要になりました。このためには、事前に多 くの約束事が必要です。
6.1.3 道具を使う幾何学的な図形描画を用器画という
一単位の幾何学的図形は、普通、外郭線で囲った多角形を考えます。構造物の部材設計で扱う断面図 形がそうです。頂点位置を正確に決めるため、補助的に点・線・円を描きます。初等幾何学は、点の位 置決めに使う道具を定規とコンパスだけと決めて論理が構成されています。そうすると、楕円・放物線・
双曲線などの単純な代数曲線であっても、近似的に多角形でしか作図できません。実践的には、三角定 規・分度器・曲線定規などの補助的な道具を使いますが、この作図技法を用器画法と言います。コンピ ュータを使う作図法 CAD(computer aided drafting)は、用器画法そのものです。自動製図の開発は、当 初、単純に、設計図を作成させることを目的としていました。しかし、座標の計算は設計計算と関係し ますので、座標の数値を部材の工作データとしても直接利用し、設計図面は管理目的に作成することが 増えてきました。典型的な応用が透視図(パース)です。しかし、部材断面の設計では、断面積・重心 位置などの基本的な数値のほかに、力学計算と関係する断面二次モーメント・断面係数などを求めなけ ればなりません。コンクリート部材は、形枠を組んで、そこにコンクリートを流し込んで成形しますの で、ある程度複雑な断面形状をデザイン的に提案できますが、重心・断面積・断面二次モーメントの計 算のところで手間が掛かります。そこで、断面形状の設計にコンピュータを使い、コンピュータグラフ ィックスで図形をモニタしながら設計作業を進める方法が研究されるようになりました。このとき、図 形の情報をコンピュータ教える方法、つまりユーザインタフェースの工夫が必要になりました。
6.2 基本的な図形諸量の種類
6.2.1 断面図形諸量の種類
柱や梁を構造の構成材料として見るときは、下に示す(1)の外形寸法、長さ、そして重量を求めます。
重量は、(3)の断面積をもとに計算します。(2)~(7)および(11)(12)は、曲げと軸力による応力度計算と関 係し、この章で説明する主題です。(8)~(10)は構造計算と関係する数値ですので、多くの仮説が使われ ていて、図形の幾何学とは少し違った見方をします。この計算方法と利用方法の解説は、次章にまとめ る予定です。
(1) 外形寸法(全幅、全高など):暗黙の中に座標系の概念を含みます。
(2) 重心位置(中立軸:neutral axisの位置):どこから測った位置かが必要です。
(3) 断面積:鉄筋コンクリートの場合には、鋼断面をコンクリート断面に換算して加えます。
(4) 二次モーメント(慣性モーメント):二軸回りのほか、対称性がない断面はIxyを計算します。
(5) 断面二次半径:断面二次モーメントと断面積とから求めます。
(6) 断面係数:曲げ応力度の計算に使います。(1),(2),(4)から計算します。
(7) 主軸の向き:対称性の無い断面では(4)から計算します。
(8) 剪断中心:下の(9),(10)と共に、やや難解な定数です。
(9) 単純捩り定数:計算式の提案ができる形状もありますが、厳密ではありません。
(10) 曲げ捩り定数:部材がH形のような複合断面の場合に扱うことがあります。
(11) 核の形状:重心を外して圧縮力が作用したとき、引張応力度が出ない範囲を言います。
(12) 一次モーメント:static momentと言い、剪断応力度を計算するときに使います。
6.2.2 設計とは材料と寸法とを決めること
例えば、コンクリート桁を設計したいとき、最初に大雑把に断面形状を考えます。断面積は、自重を 見積るときに必要です。応力の見積りには、自重と活荷重の大きさから設計曲げモーメントを計算しま す。応力の検証には、断面二次モーメントと重心位置を使います。設計実務では、この計算方法の知識 を弁えておかなければならないのですが、案外なことに、系統立てた実践教育がされてきませんでした。
「絵を描けば設計である」とする素人考えが蔓延していますが、設計は芸術ぶったデザインではなく、
幾何学的知識を踏まえた寸法の提案です。やや込み入った部材断面図形では、「断面積・重心位置・断 面二次モーメント」の計算に手が掛かります。ある程度の単純化された基本図形についての代数式は、
設計ハンドブックに載っていますので、それを応用して複雑な断面について計算します。単位化された 標準断面図形を組み合わせて構成する総合断面について、上記の計算をする方法は定型化されていて、
設計計算書で見ることができます。しかし、参考書などで解説されることはありませんので、初心者は 見本を見ながら設計計算の実務を覚えなければなりません。この定型化された計算には、重量計算など も含め、コンピュータプログラムのExcelが便利に利用できるようになりました。
6.2.3 座標系の約束が何種類もあること
初等幾何学で図形の性質を問題とするときは、取り立てて座標系を約束することをしません。設計で は寸法数値が必要ですが、この表し方の原則は、物指しを当てて確認できることです。例えば、円断面 では外径を寸法数値に使います。円の中心位置は正確には分からないことが多いので、物指しを当てる 場所が特定できる場合以外、半径を寸法数値に使うことはありません。寸法は、どこかを基準点として、
そこからの距離を正の数値で与えます。負の数で寸法を言う習慣はありません。最も常識的には、図形 を囲う矩形断面の縁を基準とします。コンクリート梁の場合、断面の上縁から下向きに寸法を測るので すが、この向きの約束がデカルト座標の約束とは逆ですので、数学的な計算技術の面で混乱しないよう に注意しなければなりません。構造物全体図形では高さ方向を正の向きに考える3次元座標を使います が、タワミなどの力学計算では下向きの変形を正の向きと約束します。FEM を使う構造解析ではデカル ト座標を使いますので、下向きのタワミは負の値で得られます。技術に使う数値は、原則として負の数 で表現することをしません。例えば、応力度を表示するときには、引張応力度、圧縮応力度と断ってお いて正の数値を使います。絶対値は計算できても、向きの約束で混乱することがあります。特に、剪断 応力は部材内部の応力状態を表す力の一種ですので、部材を仮に切断する思考実験に加えて、数学的に は座標系の約束と関係して正負の向きを定義します。このこともあって、剪断応力およびそれに関連す る捩れは、初学者にはハードルの高い概念です。