第 3 章 半導体量子ドット 59
3.3 スピン依存電気伝導度
前節で求めた、2準位モデルにおけるスピン依存伝導度(3.15)について調べる。リードS からスピン偏極していない電子が入射されるとし、他のリード[Dn;n= 1,· · · ,(N −1)]に おいてスピン偏極電流が得られることを示す。また、そのスピン偏極電流が増大する条件を 明らかにし、スピン偏極の生成が量子ドットによる散乱に起因した「外因性スピンホール効 果」として理解できることを示す。
SO 相互作用は一般的に弱い効果である。従って以下では、∆SO . Γα とする [α = S,D1,· · ·,D(N −1) はリードの添え字、j = 1,2は準位の添え字である]。
3.3.1 準位間隔が大きい場合 (∆ ≫ Γ
α)
2準位モデルで議論したいパラメータ領域ではないが、簡単な場合として、2つの準位の 間隔∆がリードへのトンネル結合による線幅Γα より十分大きい場合を考える。このとき、
ゲート電圧を掃引すると、それぞれの準位を介した共鳴トンネルによって2つの孤立した電 流ピークが得られる。(3.15)式において∆≫Γα,∆SO とすると、電気伝導度は
Gn,σ ≈ 4e2
h ΓSΓDn
∑
j=1,2
(eDn,jeS,j)2
(εj−εF)2+ (Γj)2 (3.19)
と近似でき、ε1,2 = ¯ε∓∆/2 のエネルギー準位を介した共鳴トンネルを反映した2つのロー レンツ型のピークが得られる。このとき、スピン偏極電流[∝(Gn,+−Gn,−)]は非常に小さ い。従って、大きなスピン偏極電流を得るためには準位間隔∆がトンネル結合による線幅 Γα と同程度か小さくなる必要がある。これは孤立した離散準位に対して、SO相互作用がは たらかない(⟨j|HSO|j⟩= 0)ことに対応している。また、以上の議論は2.6節において指摘 したように、外因性スピンホール効果の共鳴散乱による増大には状態の縮退が重要であるこ とを量子ドット系においても指摘している。
3.3.2 伝導リードが 2 本の場合
次に、量子ドットが2本のリードにしか接続されていない場合を考える。このとき、(3.18) 式中のg1,(2)± において、αについての和はSとD1のみである。従って、(a×a)z = 0より Γ の項は0となるので、g(2)1,± = (∆SO)2(eS×eDn)2z/4でスピン依存性がなくなり、スピン 偏極は得られない(G1,+ =G1,−)。以上より、量子ドットによるスピンホール効果には3本 以上の伝導リードが必要である。また、スピン偏極にはN ≥ 3 のリードが必要である点は 先行研究においても指摘されている [56, 137, 138]。ただし、リード中に2つ以上の伝導チャ ンネルがあり、スピン緩和、あるいはスピンフリップが起こる場合は、2端子系においても スピン偏極電流が得られる [40, 56]。
3.3.3 伝導リードが N 本の場合 (N ≥ 3)
3本の伝導リードに接続された量子ドットを考え、リードSからD1への電気伝導度G1,±
について議論する。このとき、g1,(2)± = [±(∆SO/2)(eS×eD1)z+ΓD2(eD1×eD2)z(eS×eD2)z]2 となり、SO相互作用によるスピンに依存した準位混成が「3端子目」のリードによる準位混 成との干渉によってスピン依存性が生き残る。ここで、eD2 がeSおよびeD1 と並行でない 場合のみを考えるとする*4。従って、∆SO とΓD2 が同程度の場合に、g1,(2)±のスピン依存性 は最も強くなると考えられる。
電気伝導度の表式(3.15)を見ると、g1(1) に比べてg(2)1,± が十分大きいときにG1,± のスピ ン依存性が強くなる。従って、量子ドットの平均準位ε¯がリード中のFermiエネルギーεF
とおおよそ一致するとき、g(1)1 が小さくなり大きなスピン偏極が得られると期待される。
*4eD2 ∝eS またはeD2 ∝eD1の場合、(3.18)式でg(2)1,±の中のΓαの項が0となりスピン依存性が消える。
以上の議論をまとめると、量子ドットにおける「外因性スピンホール効果」によって大き なスピン偏極電流が生成される条件は
1. リードの本数はN ≥3
2. 準位間隔が小さく、2準位が伝導に寄与する(縮退): ∆.Γα
3. 準位がリード中のFermiエネルギー近傍にある(共鳴条件): εF ≈ε¯ 4. SO相互作用と3端子目による準位混成の大きさが同程度: ∆SO ∼ΓD2
とまとめることができる。
上記の条件について調べるため、典型的なパラメータの値を想定し、スピン依存電気伝導 度G1,± を計算する。図3.2と図 3.4は量子ドットが 3本以上のリードに接合された系にお いて、2準位の平均準位ε¯= (ε1+ε2)/2をゲート電圧によって掃引したときのリードSから D1へ電気伝導度である。それぞれ典型的なトンネル結合のパラメータeα に対する結果を示 している。図3.2の場合、(3.16)式中のg1(1) におけるeD1,1eS,1 とeD1,2eS,2は異なる符号を 持つ。一方、図3.4の場合は同符号である。従って、図3.2の場合は−∆/2<ε¯−εF <∆/2 の範囲内にg1(1) = 0が解を持たないが、図3.4の場合は解を持つ。
図3.2では、電気伝導度G1,± がε¯の関数として単一のピーク構造を示している。リードS とD1へのトンネル結合の強さを特徴づける線幅はΓS= ΓD1≡Γ とした。また、リードD2 へのトンネル結合は電気的に制御され、(a)ΓD2 = 0.1Γから(d)2Γに変調する。実験では、
InAs量子ドットに対してSO相互作用による準位の反交差の大きさが∆SO ∼0.2meV と見 積もられている [63, 64, 66, 67, 70]。トンネル結合による準位の線幅のオーダーはΓ∼1meV なので、本章および次章では、SO相互作用の強さを∆SO = 0.2Γ と固定する。準位間隔が
∆ = 0.2Γの場合を考える(図3.2中の左図)。このとき、2準位を介した共鳴トンネルが電子 の伝導に寄与し、G1,± は1つのピークとなる。ピーク近傍ではG1,+とG1,−の差が増大さ れ、大きなスピン偏極電流が得られている[図3.3(a)]。このスピン偏極の増大において、上 記の条件1. ∼ 3. が満たされており、量子ドットにおけるスピンホール効果が共鳴トンネル によって増大されていることを示している。ΓD2 が大きくなるにつれてスピン偏極電流も増 大し、あるΓD2(∼ ∆SO) において最大となる。さらにΓD2を大きくすると、Gn,+−Gn,−
は減少する。このΓD2に対する振る舞いは条件4. に従っており、スピンホール効果がトン ネル結合によって電気的に制御可能であることを意味している。∆ = Γ の場合(図3.2中 の右図)、準位の縮退が解けることでスピンホール効果が弱まる。その結果、電流ピーク近 傍でのスピン偏極 P = (G1,+−G1,−)/(G1,+ +G1,−) は∆ = 0.2Γ のときよりも小さく なる。しかし、図3.3(a)と(b)を比べると、∆ = Γにおいても十分大きなスピン偏極電流 [∝(Gn,+−Gn,−)]が得られている。
図3.4では、∆ = 0.5Γに固定している。ΓD2が小さい場合、電気伝導度G1,±がε¯≈εFに おいて鋭いディップを示している。この電気伝導度のディップは量子ドット中の2つの準位
-3 -2 -1 0 1 2 0 3
0.1 0.2 0 0.1
0 0.1
0 0.1
G
1,+ − ( e
2/ h )
(a)
(b)
(c)
(d)
-3 -2 -1 0 1 2 0 3
0.3 0
(a’)
(b’)
(c’)
(d’) 0.3
0 0.3
0 0.3 0.6
図3.2 2 準位モデルにおけるリードが 3 本の場合のスピン依存電気伝導度G1,±。図 に示した電気伝導度はリードD1への計算結果。2 準位の平均準位ε¯= (ε1+ε2)/2 を ゲート電圧によって掃引した場合に電流ピークが得られている。hSO の方向をスピン 量子化軸として、スピンσ = ±1に対して赤実線は G1,+、青破線は G1,− を示してい る。準位間隔は∆ = ε2−ε1 = 0.2Γ (左図) とΓ(右図)。リードS、D1 へのトンネル 結合は変えず、その線幅はそれぞれΓS = ΓD1 ≡ Γ で固定されている(eS,1/eS,2 = 1, eD1,1/eD1,2 =−2/3)。一方、リードD2へのトンネル結合は徐々に強くし、その線幅は (a) ΓD2 = 0.1Γ、(b) 0.5Γ、(c) Γ、および(d) 2Γである(eD2,1/eD2,2 = 2)。SO相互 作用の強さは∆SO = 0.2Γ。
を透過する電子間の弱め合う干渉によって引き起こされる。量子ドットが2端子のみに接続 され(ΓD2 = 0)、SO相互作用も無視できる場合(∆SO = 0)、(3.15)式においてG1,σ ∝g(1)1 となり、ディップにおいて伝導が完全に抑制される (G1,σ = 0)。この鋭いディップでは、
量子ドットを透過する電子の位相に“phase lapse”が起きている [139]。図3.4中で見られ ているように、3端子量子ドットにおいてΓD2 を徐々に大きくしていくと、電気伝導度の ディップがピークの振る舞いに変わっていく。SO相互作用がはたらく場合、図3.2と同様、
G1,+とG1,− の差はこのディップ、またはピークの近傍において増大される。スピン偏極電 流もG1,± のディップ、ピークの近傍で大きなピークとなっている(図3.4のinset)。また、
0 0.1
G
1, + − G
1, −
(a) (b)
-3 -2 -1 0 1 2
3 3 2 1 0 -1 -2 -3
( e
2/ h )
図3.3 2準位モデルにおけるリードが3本の場合のスピン偏極電流[∝(G1,+−G1,−)]。 図に示したスピン偏極電流は2準位の平均準位ε¯= (ε1+ε2)/2 をゲート電圧によって掃 引したときのリードD1への計算結果。スピン量子化軸の向きはhSOである。準位間隔は (a) ∆ =ε2−ε1= 0.2Γと(b) Γ。リードS、D1へのトンネル結合は変えず、その線幅は それぞれΓS= ΓD1 ≡Γで固定されている(eS,1/eS,2= 1, eD1,1/eD1,2=−2/3)。一方、
リードD2へのトンネル結合は徐々に強くし、その線幅はΓD2 = 0.1Γ(赤実線)、Γ(緑破 線)、および2Γ(青点線)である(eD2,1/eD2,2= 2)。SO相互作用の強さは∆SO = 0.2Γ。
スピン偏極電流の増大は条件4. に従っている。図3.4(a)では(ΓD2 = 0.1Γ)、σ =−1の電 気伝導度がディップにおいてほぼG1,− ≃ 0にまで抑制されている。その結果、スピン偏極 P = (G1,+−G1,−)/(G1,++G1,−)がほぼ100% にまで増大している。