第 2 章 情報収集業務と実行業務のタスクデザイン 14
2.5 最適なタスクデザイン
問題[PI*]において、最適な報酬をt∗I, t∗I,t˙∗I とし、そのときのプリンシパルの目的関数の値をWI、部下A の情報レントをUI とすると、以下の命題にまとめることができる。なお、ここで考えた経営者の行動が望ま しい行動であるためにWI は正であることを仮定する。
命題2.2:統合ケースにおけるセカンドベストな解と目的関数の値、情報レントは以下のようになる(βG−βB=
∆β)。
t∗I = 0, t∗I = c
θ(1−θ)∆β, t˙∗I = βB+θ∆β θ(1−θ)∆βc−k WI =θ[S−βGC−(1−βG)C]−t˙∗I−c
UI = ˙t∗I
く報告されたのか、費用削減努力をしていないのかについてを知ることはできず、また、高い費用Cが生じ た場合、情報収集の有無や報告の正しさだけでなく、不確実性により費用努力をしたのか否かさえ知ることが できない。このことから、不確実性があることにより、分離をしても各々の私的情報を知ることはできず、分 離をするメリットがなくなったことがわかる。しかし、これは「分離をするメリットがない」ということを説 明してはいるが、統合が最適になる理由は説明できていない。式(2.23)は、統合ケースの経営者の期待利得 WI と分離ケースの経営者の期待利得WSの差を表しているが、この差に努力と成果に関する不確実性を表す パラメーターβは現れておらず、例えば不確実性がない状況を考えたとしても、統合が望ましいことには変わ りはない((仮定3)よりβB >0ではあるが、仮にβG= 1, βB = 0を考えたとしても結論は同じである)。つ まり、不確実性は統合が望ましいという積極的な理由にはなっていないことがわかる。
分離ではなく、統合が望ましいタスクデザインとなる理由は、本モデルでは情報収集の誘因付けと同時に、
費用削減努力の誘因付けをも与えることができ、そのため統合することにより情報レントを節約することがで きる点にある。統合ケースの情報レントUIは情報収集とプロジェクト実行という二つの業務をさせるのにも 関わらず、情報収集だけをさせる分離ケースの情報レントUSAよりも低くなり、両者の情報レントの差は、
USA−UI = ˙tA∗S −t˙∗I =k
となる。分離ケースでは、費用削減努力を行う部下Bに対して報酬を支払わなければならなかったが、統合 ケースでは部下Aに対して情報収集をさせるための報酬を支払うことにより、費用削減努力を誘因付けるこ とができているので、費用削減努力に要するコスト分kを部下Aに負担させることができる。この差が分離 ケースとの効率性の違いとして生じている。なお、数理的には、この差は、問題[PAS]が問題[PI*]のk= 0 のケースである、ということから生じる(付録Bにて詳説)。
なぜ費用削減努力誘因を与えることができるのかについて、Lewis and Sappington (1997)との比較で考え
る。Lewis and Sappington (1997)では、プロジェクトの実行費用は情報収集で得られたシグナルと費用削減
努力の関数で与えられる。そのため、プロジェクトの実行費用の一定割合を負担しなければならないものの、
シグナルさえ良ければ費用削減努力の程度は低くても、実現するプロジェクトの実行費用は高くはならない。
一方、本章では、成果主義が採用されている職場を分析するため、Lewis and Sappington (1997)が報告され たシグナルに対して契約を書いていた状況とは異なり、プリンシパルはプロジェクトの実行費用の実現値に応 じた契約を書く。さらに、不確実性の導入に関して以下の二つの特徴的な設定がある。一つ目は、その実行費
用の実現値(C, C)は、エージェントの情報収集によって得られるシグナルとは関係がなく、費用削減努力を しない限り確実にプロジェクトの実行費用の実現値は高くなるという点である。二つ目は、低い費用が実現す れば、必ず費用削減努力をしていると分かる点である。
上記の設定により、もし費用削減努力をしなければ高いプロジェクトの実行費用Cが実現し著しく低い賃 金(t∗I = 0)を得ることになってしまう。また、より高い賃金(t∗I >0)を得るためには、必ず費用削減努力を しなければならなくなる。以上より、エージェントに情報収集の有無に関わらず費用削減努力をする誘因が生 じるのは、本モデルにおける不確実性の設定の仕方に依存している。
不確実性の導入の仕方に関して、Lewis and Sappington (1997)と比べて、本章では経営者が新規のプロ ジェクトを発見していると考えることができる。企業にとって初めて挑戦する新規のプロジェクトであるた め、どうすれば費用削減ができるかの事前の情報が企業内に存在しない。よって、何もしなければシグナルの 内容に関係なく実行費用は確実に高くついてしまい、かつ努力をしたとしてもそれが効果的な努力とは限らな いため費用削減が成功するか不確実となる。反対に、Lewis and Sappington (1997)では、上述したように、
プロジェクトの実行費用は情報収集で得られたシグナルと費用削減努力の関数で決定し、この関数をプリンシ パルも知っている状況を考察している。努力の程度と実現する実行費用の関係が明らかという点から、本章と 異なり、企業内でその内容が十分知られている既存のプロジェクトだと考えることができる。
次に、統合ケースと分離ケースにおいて、ファーストベスト時の経営者の期待利得を比較すると、以下の命 題を得ることができる。
命題2.4:WIf b =WSf bより、情報の非対称性が存在しないときには、「統合」と「分離」は無差別である。
この命題2.4と命題2.3を合わせて考えると、タスクデザインの選択(統合か分離か)が経営者の期待利得 の差になって現れるのは、部下が私的情報を有している場合だけである。このことから、本章で考えたタスク デザインの問題は、部下が私的情報を持っているために業務を怠ける誘因があり、そのため経営者が部下のや る気を引き出し、業務をしっかり全うさせたいときにこそ考えなければならない問題であることがわかった。