第 5 章 不完備契約を用いた権限移譲に関する職務設計 92
5.4 最適な職務設計の分析:不完全情報のケース
5.4.1 均衡努力水準の特定化
ここでは、Bao and Wang (2012)で用いられた特定化された努力の費用関数g(e) =be2により、上記で求 めた均衡努力水準を特定化し、その性質を考察する。1−θ(1−β)−tγ ≥0(仮定)*4により、式(5.9)の右辺 は0以上となる。これにより、式(5.9)-(5.12)の右辺は0以上で2b以下となり、特定化される均衡努力水準 は0以上1以下となる。この費用関数のもとで、努力水準を求めると、
eIN1 =1−γt2−θ(1−β)
1−γt2 , (5.13)
eIN2 =θ(1−β)t
1−γt2 , (5.14)
eSP1 =eSP2 =eSP = 2
3 +γ (5.15)
*4この仮定により、式(5.7)から、eIN2 = 1のとき導出されるeIN1 の最小値が0以上となる。1−θ(1−β)−tγ ≥ 0は θβb+ (1−θ)b≥tγb+ (1−t)0と変形することができる。左辺はA1の情報収集が成功したときのA1の期待利得をあらわし ており、右辺はA1の情報収集が失敗し、A2の情報収集が成功したときのA1の期待利得をあらわしている。ここでは、A1に とって自らの努力が成功したときの期待利得の方が、A2が成功したときの期待利得よりも大きいとする(仮に、左辺より右辺の方 が大きい場合にはA1の努力の誘因は著しく減少し、努力水準が負となる)。
となる*5。ここで、均衡努力水準の性質について考える。初めに、内発的動機の程度が存在しないケースと評 価エラーが生じないケースをそれぞれ考察する。まずθ= 0の場合、すなわち、統合しても内発的動機を全く 持たない労働者を考える。このとき、任意のtに対して、統合時の最適努力水準はそれぞれeIN1 = 1, eIN2 = 0 となることがわかる。A1は情報収集に成功すれば確実に自らの望ましいプロジェクトを選択するため、最大 限の努力誘因を持つ一方、A1が最大限の努力を選択するため、A2はただ乗りの誘因が生じ、最小限の努力を 選択する。この結果は、Bao and Wang (2012)の結果と同様である。
続いて、t= 1の場合、すなわち、統合によるプロジェクトの評価エラーが起きず、確率1でA2の提案プ ロジェクトを受け入れ実行する場合である。このとき、eIN1 = 1−θ(1−β)1−γ <1, eIN2 = θ(1−β)1−γ >0となる。上 記のBao and Wang (2012)の結果とは異なり、統合によりA1に最大限の努力誘因を、A2に最小限の努力 誘因を与えることができなくなっており、θが大きくなればなるほど乖離が大きくなることがわかる。以上の ことから、統合時の努力水準に関して、特に評価エラー(t)の設定ではなく、内発的動機の程度(θ)の導入が
Bao and Wang (2012)との結果との差異を生む要因となっているといえる。
次に、eSP に関して、γが増加すると努力水準は減少することがわかる。γの増加は、自分以外のエージェ ントが望ましいプロジェクトを実行した場合の自らの利得の増加を意味する。よって、自らにとって望ましい プロジェクトでなくても、高い利得が実現するので努力の誘因は減少する。
統合時の均衡努力水準に関して、tで比較静学を行うと、∂eIN1 /∂t <0, ∂eIN2 /∂t >0の結果を得る。プロ ジェクトを正しく評価できる確率(t)が小さいほど、評価エラーの確率(1−t)は大きくなる。このとき、発見 したプロジェクトが正当に評価されず努力が無駄になってしまうため、A2は努力水準を減少させる誘因をも つ。このとき、A1は戦略的代替行動から、A2の代わりに自らプロジェクトを発見すべく努力を増加させる。
長時間労働によって自らの生産性が低下したことで生じる構成員の努力水準の低下を、自らの努力を増やすこ とで補おうとする。この比較静学の結果は次の補題としてまとめる。
*5ここで、ベンチマークケースの努力水準も同様の費用関数によって特定すると、ef b= (B+2βb)+bB+2βb (<1)と求めることができる。
上記で求めたeSP, eIN1 と、ef bとの差分はそれぞれ、
eF B−eSP =(1 +γ)B−2[1−(1 +γ)β]b (B+ 2βb+b)(3 +γ) ,
eF B−eIN1 =θ(1−β)B−[1−γt2−θ(1−β)(2β+ 1)]b (B+ 2βb+b)(1−γt2)
となるが、各パラメータの大小関係によって決定するため符号を一意に決めることはできないことがわかる。なお、eIN1 とef bの 大小関係が決まらないため、eIN2 = 1−eIN1 より、eIN2 との大小関係も定まらない。
補題5.1:プロジェクトを正しく評価できる確率(t)が大きいほど、A1の努力は減少し、A2の努力は増加す る(∂eIN1 /∂t <0, ∂eIN2 /∂t >0)。
次に、θが均衡努力水準に与える影響を考察する。比較静学の結果、∂eIN1 /∂θ <0, ∂eIN2 /∂θ >0を得る。
内発的動機の程度(θ)が大きく、経営者にとって望ましいプロジェクトを選択する傾向が強い労働者ほど、結 局は自らの利得にはなっていないため、努力を下げようとする結果となった。具体的には、式(5.6)よりθの 増加によって、A1の努力の限界収益であるθβb+ (1−θ)bが小さくなることで均衡努力水準eIN1 が減少す る。これにより、一方のA2は利得を得る機会を逸するため、自らの努力水準を上げようとするためeIN2 はθ の増加関数となる。
Bao and Wang (2012)では、A1 に最大限の努力誘因を与える(eIN1 = 1)ことで、経営者は確実にプロ ジェクトが発見され利得を得ることができるため、統合が望ましい職務設計となる。それに対して、本章では θ∈(0,1)が存在することによって、経営者にとって望ましいプロジェクトを選ぶ可能性が生じた一方で、反 対にA1の努力の誘因を引き下げる誘因として働いている。結果、Bao and Wang (2012)で見られたような
「決定権を持つエージェントに最大限の努力誘因を与える」という統合のメリットが減滅している。以上の比 較静学の結果は次の補題としてまとめる。
補題5.2:内発的動機の程度(θ)が大きいほど、A1 の努力は減少し、A2 の努力は増加する(∂eIN1 /∂θ <
0, ∂eIN2 /∂θ >0)。
最後に、eIN1 とeIN2 の大小関係を比較する。eIN1 −eIN2 = 1−γt2−θ(1−β)(1+t)
1−γt2 となるので、
eIN1 ReIN2 ⇐⇒ θ¯≡ 1−γt2
(1−β)(1 +t) Rθ.
特に1−γt2<(1−β)(1+t)、すなわち、1−1−γt1+t2 > β(tが十分大きく、βが十分に小さい)のとき、θ < θ <¯ 1 ならば、eIN1 < eIN2 となり、A2の努力水準がA1の努力水準を上回る。これは、内発的動機の程度(θ)が大 きく、β が小さいためFP を実行したときの労働者の利得がより小さく、さらにtが大きいためプロジェクト が正しく評価されやすいケースである。θが大きい場合、補題5.2からA1は自らの利得が下がってしまうた め努力水準を下げる誘因をもち、さらにβが小さい場合もFP実行による期待利得が小さいため努力水準を下
げる誘因をもつ。一方、tが大きい場合には、補題1から努力が無駄にならないためA2には努力の誘因があ り、戦略的代替行動からA1には努力の誘因がない。以上からA2の努力水準がA1の努力水準よりも大きく なる状況が生じる。本章のこの結果は、上述したように、統合によってA1にプロジェクト獲得のための最大 限の努力誘因を与える一方、A2には最低限の努力の誘因を与えるというBao and Wang (2012)の結果とは 対照的である。以上の議論は次の命題5.1にまとめられる。
命題5.1:1−γt2≥(1−β)(1 +t)が成り立つとき、常にeIN1 ≥eIN2 が成り立つ。1−γt2<(1−β)(1 +t) が成り立つとき、0< θ≤θ¯ならばeIN1 ≥eIN2 となり、θ < θ <¯ 1ならばeIN1 < eIN2 が成り立つ。