第 3 章 情報収集モデルと内発的動機 49
3.4 セカンドベスト
本モデルにおいて、情報の非対称性の問題が生じる段階は、労働者が(i)情報収集したか否か、(ii)どのよ うなシグナルを得たのか、の二段階である。労働者が持つこれらの私的情報を雇用者は観察することができな い。よって、雇用者は労働者に望ましい行動を誘因づけなければならない。望ましい行動について、本章で は、労働者に正しいシグナルを報告させる契約を考える。顕示原理より、プリンシパルの期待利得を最大化す るような契約が、このような真の報告をさせる契約の中に存在するからである。雇用者は労働者に対して情報 収集をするという行動を取らせ、獲得したシグナルを正しく報告させるという行動を選択させるケースに分析 を限定できる。セカンドベストケースでも同様に、雇用者の望ましい意思決定を、「労働者にプロジェクトの 情報を集めさせ、その情報を基に実行あるいは中止を判断する(σGで実行しσB で中止する)」とする*7。雇 用者は上記の行動を労働者に誘因づける制約の下で、自らの利得を最大化させる問題を解く。以下では、労働 者に課す制約式について説明し、雇用者の最大化問題を定式化する。
まず、労働者に情報収集の努力を誘因づけるための制約を考える。もし、情報収集をしない場合には、労働 者は何のシグナルも獲得しない。このとき、労働者が取りうる行動は、グッドニュース(シグナルσG)を獲得 したと虚偽報告をするか、バッドニュース(シグナルσB)を獲得したと虚偽報告をするかのいずれかである。
この二つの行動を防止するために、
UA≥θ[βG(t+a) + (1−βG)t] + (1−θ)[βB(t+a) + (1−βB)t] (3.4)
UA≥t˙ (3.5)
*7注釈6で議論したのと同様にして、セカンドベストにおいても雇用者の望ましい行動を、「情報収集をさせσGで実行しσBで 中止する」に限定することができる。特に、σGで中止しσBで実行する場合には、目的関数の値は(1−θ)[S−βBC−(1− βB)C]−(1−θ)[βBt+ (1−βB)t]−θt˙であり、これは式(1)より最適契約の下で負である。したがって、σGで実行しσBで 中止するケースでの雇用者の目的関数Wが正であれば望ましい意思決定となり、本章では2節におけるSの範囲から正であるこ とを仮定する。
の二つの制約式を設ける。式(3.4)と式(3.5)の右辺はそれぞれ、情報収集をしていないにも関わらずグッド ニュースであると虚偽報告したときの労働者の期待報酬と、情報収集をしていないにも関わらずバッドニュー スであると虚偽報告したときの労働者の期待報酬を表している。特に、グッドニュースと報告したときにはプ ロジェクトが実行された場合の期待報酬を算出し、バッドニュースと報告したときにはプロジェクトが中止さ れた場合の報酬となっている。
また、労働者が情報収集によりシグナルを獲得しても、雇用者は労働者がどちらのシグナルを獲得したのか を観察することはできない。よって、労働者に真の報告を誘因づけるための制約として、
βG(t+a) + (1−βG)t≥t˙ (3.6)
t˙≥βB(t+a) + (1−βB)t (3.7)
を設ける。式(3.6)は、情報収集によりσGを獲得した労働者がσBの虚偽報告をするのを防止するための制 約である。そのため、左辺はσGを正しく報告し、プロジェクトが実行されたときに得られる期待報酬を表し、
右辺はσBの虚偽報告をしプロジェクトが中止されたときの報酬を表している。一方、式(3.7)は、情報収集 によりσB を獲得した労働者がσGの虚偽報告をするのを防止するための制約となっている。左辺は、σBを 正しく報告した場合の報酬を表しており、右辺はσGの虚偽報告をすることでプロジェクトが実行された場合 の期待報酬を表している。
以上四つの制約式に、式(3.2)の参加制約と式(3.3)の有限責任制約の二式を加え、雇用者は合計六つの制 約式の下で自らの期待利得を最大化するために、労働者への報酬であるt, t,t˙を決定する。雇用者が解く問題 を問題[P]としてまとめると、
問題[P]
{t,t,maxt}˙ W =θ[S−βG(C+t)−(1−βG)(C+t)]−(1−θ) ˙t subject to
U =θ[βG(t+a) + (1−βG)t] + (1−θ) ˙t−c≥0 (3.2) U ≥θ[βG(t+a) + (1−βG)t] + (1−θ)[βB(t+a) + (1−βB)t] (3.4)
U ≥t˙ (3.5)
βG(t+a) + (1−βG)t≥t˙ (3.6)
t˙≥βB(t+a) + (1−βB)t (3.7)
t, t, t˙≥0 (3.3)
となる。この問題[P]は次のようにして簡単化することができる。まず、式(3.2)の参加制約は、これを無 視して最適解を解き、後に同式を満たすことを確認する。また、情報収集をさせるための二つの制約式(式 (3.4)、(3.5))から、真の報告をさせるための二つの制約式(式(3.6)、(3.7))も満たされる。このことは次のよ うな手順で示される。式(3.4)、(3.5)を変形すると、
t˙≥βB(t+a) + (1−βB)t+ c
1−θ (3.40)
βG(t+a) + (1−βG)t≥t˙+ c
θ (3.50)
となる。c >0,0< θ <1より、式(3.40)が成り立てば式(3.7)が、式(3.50)が成り立てば式(3.6)がそれぞ れ厳密な不等式で成り立つことが分かる。よって、真の報告をさせるための二つの制約式は問題[P]から除外 することができる。
以上より、簡単化した問題を問題[P*]とすると、
問題[P*]
{t,t,maxt}˙ θ[S−βG(C+t)−(1−βG)(C+t)]−(1−θ) ˙t subject to
t˙≥βB(t+a) + (1−βB)t+ c
1−θ (3.40)
βG(t+a) + (1−βG)t≥t˙+ c
θ (3.50)
t, t,t˙≥0 (3.3)
となる。雇用者の目的関数の値をW と置くと、問題[P*]における、最適報酬、雇用者の目的関数の値、労働 者の情報レントは以下の補題にまとめることができる。なお、各変数の上付き文字は各ケースを、下付き文字 はセカンドベストの解であることを表す。なお、第3.2節で定義したSの範囲から、最適解の下での目的関数 の値W は正であることを仮定している。
補題3.2:セカンドベストのケースにおける最適報酬、目的関数の値、情報レントは以下となる。
ケースC.内発的効用aが小さい場合(0≤a≤ θ(1−θ)(βc
G−βB)) tCS = 0, tCS = c
θ(1−θ)(βG−βB)−a, t˙CS = θβG+ (1−θ)βB
θ(1−θ)(βG−βB)c WSC=θ[S−βGC−(1−βG)C]−βB+θ(2−θ)(βG−βB)
θ(1−θ)(βG−βB) c+θβGa USC= θβG+ (1−θ)βB
θ(1−θ)(βG−βB)c ケースD.内発的効用aが大きい場合(θ(1−θ)(βc
G−βB) < a) tDS = 0, tDS = 0, t˙DS =βBa+ c
1−θ
WSD=θ[S−βGC−(1−βG)C]−c−(1−θ)βBa USD= [θβG+ (1−θ)βB]a
補題3.2の導出は、巻末の付録にて行っている。ここでの特徴的な点は、内発的効用の大きさに応じて、雇 用者は最適な契約を変えるという点である。次節では、この意味について言及しながら、これらの最適契約の 性質を分析する。