素粒子標準模型には、前章で指摘したもの以外にもヒエラルキー問題という、理論 の上で不満足な点がある。これはヒッグス粒子の自己エネルギーが理論のカットオフ スケールの2次で発散してしまうという問題で、パラメータに不自然な微調整を要求 する。
この問題は、超対称性(supersymmetry : SUSY)を導入することで解決できる。超 対称性とは、ボソンとフェルミオンとの間の対称性である。この対称性が存在すると、
ある粒子には質量が同じでスピンが2分の1違うスーパーパートナーが存在するため、
その寄与で2次発散がキャンセルされるのである。超対称性は特殊相対性理論から要 求されるポアンカレ対称性の、唯一の拡張である点でも広い支持を集めている理論で ある。この章では、後の議論に必要な超対称性理論の基本をまとめておく。
4.1 超場
超対称性理論では、粒子は超場として記述される。超場は4次元時空xµを拡張した 超空間Z = (xµ, θα,θ¯α˙)上の場になっている。ここで、θα,θ¯α˙はグラスマン数である。物 質粒子及びヒッグス粒子と各々のスーパーパートナーはカイラル超場Φ(Z)で、ゲージ 粒子とそのスーパーパートナー(ゲージーノと呼ばれる)はベクトル超場V(Z)で記述 される。
カイラル超場Φ(Z)は、D¯α˙ ≡ −∂∂θ¯α˙ +iθασαµα˙∂µ を用いてD¯α˙Φ = 0 を満たす超場と して定義される。カイラル超場はyµ ≡xµ−iθσµθ¯を用いて
Φ(y, θ) =ϕ(y) +√
2ψα(y)θα+F(y)θ2 (4.1)
と展開できる。ϕはスカラー場(このカイラル超場のスカラー成分)、ψαはWeylフェル ミオン場であり、お互いにスーパーパートナーの関係にある。F は補助場である。カ イラル超場の積∏
iΦiもカイラル超場になる。カイラル超場のθ2の係数をF項と呼び、
これは超対称なラグランジアンを与える。また、Φ†をアンチカイラル超場という。
ベクトル超場V(Z)はV(Z) =V†(Z)を満たす超場として定義される。ヴェス・ズミ
ノゲージ(Wess-Zumino gauge)というゲージを用いると、ベクトル超場は
VW Z(xµ, θ,θ¯α˙) = θσµθA¯ µ(x) +iθ2θ¯λ(x)¯ −iθ¯2θλ(x) + 1
2θ2θ¯2D(x) (4.2) と展開できる。Aµはベクトル場、λ,λ¯はそのスーパーパートナーのWeylフェルミオ ン場、Dは補助場である。ベクトル超場のθ2θ¯2の係数をD項と呼ぶ。D項も超対称な ラグランジアンを与える。
カイラル超場Φ、アンチカイラル超場Φ†、ベクトル超場V からなるエルミートな 関数K(Φ,Φ†, V)をケーラーポテンシャルという。最も簡単なケーラーポテンシャル はΦ†Φであり、これをミニマルなケーラーポテンシャルという。ゲージ対称性を課す と、K(Φ,Φ†, V) = Φ†eVΦとなる。ケーラーポテンシャルのD項は物質場の運動項を 与える。
スカラー場のポテンシャルは補助場を運動方程式を使って取り除くことで得られ、
V(ϕ) = 1 2g2
(
ϕ†iTaϕi )2
+ ∂W
∂ϕi
2 (4.3)
で与えられる。第1項がD項、第2項がF項である。
4.2 MSSM
標準模型に最小限の超対称性を導入して拡張した模型を、最小超対称性標準模型 (min-imal supersymmetric standard model : MSSM)という。MSSMに含まれる粒子を表4.1 にまとめておく。文字の上にチルダの付いた粒子が新しく加わった粒子で、標準模型 の粒子のスーパーパートナーである。また、ヒッグスは2種類になっている。
MSSMの繰り込み可能なスーパーポテンシャルは次式のように与えられる。
WM SSM =yuijQiU¯jHu+ydijQiD¯jHd+yijeLiE¯jHd+µHuHd. (4.4) スーパーポテンシャルのF項は湯川相互作用項を与える。
超場 スピン 量子数
0 1/2 1 SU(3)c SU(2)L U(1)Y Qi
(u˜iL d˜iL
) ( uiL diL
)
3 2 1/3
U¯i u¯˜iL u¯iL ¯3 1 -4/3
D¯i d¯˜iL d¯iL ¯3 1 2/3
Li
(ν˜eLi
˜ eiL
) ( νeLi
eiL )
1 2 -1
E¯i ¯˜eiL ¯eiL 1 1 2
Ga g˜a ga 8 1 0
Wb
W˜+ W˜0 W˜−
W+
W0 W−
1 3 0
B B˜ B 1 1 0
Hu
(Hu+ Hu0
) (H˜u+ H˜u0
)
1 2 1
Hd
(Hd0 Hd−
) (H˜d0 H˜d−
)
1 2 -1
表 4.1: MSSMの粒子
4.3 R パリティと LSP
繰り込み可能なスーパーポテンシャルは(4.4)以外にも、
LiLjE¯k, LiQjD¯k, LiHuj, U¯iD¯jD¯k, (4.5) がある。しかし、この項はレプトン数、バリオン数を破り、陽子崩壊を引き起こすた め禁止されなければならない。そこで、新たに離散対称性を課す。
R = (−1)3B+L+2s. (4.6)
ここで、Bはバリオン数、Lはレプトン数、sはスピンである。この対称性をRパリ ティと呼ぶ。
Rパリティは、標準模型の粒子には+1が、そのスーパーパートナーには−1がアサ インされることになる。また、スーパーポテンシャルのRパリティは+1である。
Rパリティが存在すると、超対称粒子からダークマター候補が出てくるというメリット がある。すなわち、最も軽いスーパーパートナー(lightest superparticle : LSP)はRパリ ティのおかげで標準模型の粒子には崩壊できないため、それが電気的に中性ならばダー クマターの候補になりうる。MSSMではニュートラリーノと呼ばれるB,˜ W˜0,H˜d0,H˜00の 混合状態がそれに当たる。また、グラビトンのスーパーパートナーであるグラビティー ノもLSP候補である。
4.4 超対称性の破れ
超対称性が厳密に保存するならば、標準模型の粒子のスーパーパートナーは同じ質 量を持っているが、現実にはスーパーパートナーは見つかっていない。よって、低エネ ルギースケールでは超対称性は破れていなければならない。
超対称性の破れの模型はまだ決定的なものがないが、よく使われるものとして、超 重力理論を用いたものがある。標準模型の粒子とは別の、隠れたセクターがあり、そこ で超対称性が破れているとする。そしてその破れが重力相互作用のみを通じて標準模 型のセクターに伝わるとする。超対称性の破れは、2次発散のキャンセルの成功を保っ たままのものが望ましい。そのような破れの項は、ソフト項と呼ばれる。ソフト項に は、ゲージーノ質量項、物質場のスーパーパートナーの質量項、ヒッグスの質量項、ス カラー場の三点結合項(A項と呼ばれる)が導入される。
Lsof t =−1 2
(
M1B˜B˜+M2W˜W˜ +M3˜g˜g )
−Q˜†m2QQ˜−U˜¯†m2U¯U˜¯ −D˜¯†m2D¯D˜¯ −L˜¯†m2L¯L˜¯−E˜¯†m2E¯E˜¯
−m2H
uHu†Hu−m2H
dHd†Hd−(bHuHd+h.c.)
+ ˜U a¯ uQH˜ u+ ˜Da¯ dQH˜ d+ ˜Ea¯ eLH˜ d+h.c. (4.7) 超重力を背景にした超対称性の破れでは、質量の典型的スケールはグラビティーノ
4.5 グラビティーノ問題
グラビティーノがLSPではない場合を考えると、グラビティーノは他の粒子との相 互作用が非常に弱いので、寿命がとても長い。すると、宇宙の初期元素合成の後に崩壊 し、せっかくできた元素を壊してしまうという問題がある。これがグラビティーノ問題 である。宇宙の再加熱温度が高いほどグラビティーノは大量に作られるから、グラビ ティーノ問題は再加熱温度に厳しい制限を与える。その制限はTR<109GeVである。
前述のとおり、普通の熱的レプトジェネシスのシナリオでは重い右巻きニュートリ ノの質量が最低でも108GeV以上になる。これはグラヴィティーノ問題の制限ぎりぎり のラインである。
また、グラヴィティーノがLSPの場合にも再加熱温度に同様の制限がかかることが 知られている。