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普遍的理論に基づく総合的理論

第八章  普遍的理論に基づく総合的理論を中核にした        地誌学習の教育内容開発の実際

第一節  普遍的理論に基づく総合的理論

一  主題の設定一今日のラテンアメリカ社会とラテンアメリカ研究一

 今日のラテンアメリカ社会は,人文地理学」〕,政治学5〕,経済学Eリ,人類学7〕,歴史学目〕

など多くの社会諸科学から研究が行われ,その成果が蓄積されてきている。それらを概観

すると,今日のラテンアメリカ社会の分析視点は,マクロ的には対外債務やインフレなど

にみられるような経済危機とそれに伴う政治変動に,ミクロ的には貧富の差が大きい階層

社会における日常生活での人々の行為と政治行動などに注がれている。それらをもとにラ

テンアメリカ社会を簡単にまとめてみると,次のようになろう。

 今日のラテンアメリカは,対外債務やインフレなどの経済危機に見舞われている。そし て,各国政府とも,経済危機から脱しようとあるいは回避しようと,大きな流れとしては 新自由主義経済へと転換し,「小さな国家」づくりをめざしている。しかし,依然として 外貨獲得が可能なのはコーヒーなどの農産物や鉱産物といった一次産品であり,工業生産 における外貨獲得は困難を極めている。それは,ラテンアメリカの工業化は外資の積極的 な導入によって行われた輸入代替型工業であったため,ここで育成された工業は,政府に 保護されて国際競争力が育つこともなく,今日においても多国籍企業における技術移転は 多くの負担を強いられ進んでいないためである。さらに,このような工業化は資本集約的 であったため雇用の創出は十分でなく,もともと大土地所有制の影響が残るラテンアメリ カの階層社会において,さらに貧富の差を拡大させるものとなった。以上のような,経済 的,社会的課題があるにもかかわらず,政治においては汚職スキャンダルや」部の利益団 体に向いた政策が行われやすく,長期的,安定的な政治が行われにくい状況にある。それ は,政治や法といった目に見えない普遍的・非人格的なものよりも人間関係を重視すると いうペルソナリスモという価値観が人々の中に深く根づいているためである。ペルソナリ スモが,政治においては,大統領が交代すれば側近が大統領と関係の深い人間で固められ たり利益集団と結び付くパトロン=クライエント関係や,短期的な経済利益の約東で民衆 に訴える指導者とそれを支持するポピュリズム的特徴を生みだしている。また人々の日常 生活においては,法を守るよりも法の網をくぐってうまく立ち回ることを良しとしたり,

人間的な関係によって違反の帳消しが行われる,といった事例を生みだしている。そして,

貧しい生活や貧富の格差や不平等があっても,カトリシズムによって「神の前では皆平等」

という世界観のもと,魂の救済が行われる。例えば,日常は不平等であっても,人々は普 遍的な平等が実現されているサッカーやフィエスタに熱狂することで,日常を忘れる。

 以上のように,今日のラテンアメリカ社会を概観すると,対外債務といった「経済危機」

と貧富の格差といった「階層社会」をキーワードとして,政治,経済,社会的な事象が説 明されていることがわかる。

ニ  ラテンアメリカ社会を説明する理論

1 ラテンアメリカ社会を説明する分析的理論

上記のようなラテンアメリカ仕会は,さまざまな理論によって説明されるが,必ずしも

ラテンアメリカに地域を限定しない,より」般的な社会諸科学の分析的理論によって説明

されている。

①中心部一周辺部理論(開発優先主義)H〕

 仲心部一周辺部理論」は,アルゼンチンの経済学者プレビッシュを創始者とする,構 造学派とよばれる経済学者らが主張する理論である。この理論は,一次産品輸出中心の開 発を続ければ,周辺部の経済発展はむしろ妨げられる,というものである。そして,この 理論を支持したラテンアメリカでは,輸入代替型工業が,政府の国内工業保護のもと進め られた。この「中心部一周辺部理論」は,ラテンアメリカにおける工業化の後ろ盾となっ

た。

②従属論川〕

 上記の構造学派による開発戦略は,1960年代,対外的な従属と低開発をもたらす「開発 優先主義」として批判されるようになり,フランクらの従属学派が登場した。彼らの理論 は,技術を導入しても,ライセンス料などのかたちでその利益は対外的に中心部へ流出し,

周辺部は世界資本主義に組み込まれている限り低開発の発展を余儀なくされる,というも のである。この「従属論」は,経済的発展に苦しむラテンアメリカを説明する有効な理論

の一つである。

③クライエンテリズムとポピュリズム■一〕

 階層的な社会経済構造が変わらない原因に,ラテンアメリカの政治がある。このラテン アメリカの政治的特徴を説明する理論が,クライエンテリズムとポピュリズムである。ク

ライエンテリズムは,経済的利益や官職等と忠誠や票などの間の利益の交換に基盤をおく,

制度(組織やルール)によらない,人的・インフォーマル・個別的な上下関係(パトロン

=クライエント関係)を特徴とする。このような関係に基づく政治がラテンアメリカでは 広くみられる。それは,部分的な利益追求により合理的な政治・経済運営を困難にしてお

り,広範な腐敗と結び何かせている。

 ポピュリズムは,カリスマ的指導者により,大衆層に対するデマゴギー的なアピールに 基づく運動が起こりやすい傾向を指していう。それは,短期的な経済利益の約束で民衆に 訴える指導者を特徴とするため,長期的な責任ある政治と相反する。

④ペルソナリスモI1〕

 上記のようなクライエンテリズムやポピュリズムといった政治的特徴を,ラテンアメリ

カの人々が持つ価値観から説明した理論が,ペルソナリスモである。それは、法律など抽

象的原理よりは,特殊個人的な人間関係を重視する態度や姿勢を指す。この理論で説明さ れる事象は,政治面だけにとどまらず,人々の日常生活におけるさまざまな社会的事象に 及ぶ。例えば,スペイン語圏のいくつかの国で,法や良心に従って行動するものを愚者(ド ント)とみなし,法の網をくぐり抜け他人の努力から最大の利益をつかむ抜け胃のない人 間を賢いもの(ビボ)と呼び賛美する一引。これも人間関係を重視する裏返しで法や国家な

どを軽視するペルソナリスモという価値観によって説明可能となるのである。

⑤カトリシズムー一〕

 ラテンアメリカの人口の90%近くは,植民地時代に持ち込まれたカトリックの信者であ る。カトリシズムでは,一言で言えば,個々人は神の前では皆平等である,という考えを もつ。このカトリシズムは,階層的なラテンアメリカ社会を生きる人々の生活・精神構造,

世界観を説明する有効な理論である。人々は,カトリシズムによって,厳しい階層社会を 受け入れながらも,カトリシズムの普遍的平等にあこがれ,ルールという平等性の中で個 人の突出した能力しだいでスターになれるサッカーに熱狂し■引,誰もが一緒になって飲み,

歌い,踊るフィエスタに熱狂し,日常性から脱却するのである。

 2 ラテンアメリカ社会を説明する総合的理論

 上記でみてきた①〜⑤の分析的理論は,ラテンアメリカにおいてある程度共通してみら れる事象を説明する理論である。ゆえに,ラテンアメリカを説明する総合的理論は,これ

らの①〜⑤の分析的理論を組み合わせたものとなる。すなわち,この総合的理論が,ラテ ンアメリカの地域的特色となる。

三  対象地域設定の理南

 このようなラテンアメリカを理論を中核にした地誌学習の対象地域として取り上げる理 由は,次のように説明できる。

 ①「中心部一周辺部理論(開発優先主義)」,「従属論」,「クライエンテリズム」,「ポ   ピュリズム」など,ラテンアメリカ社会を説明する有効な普遍的理論が成果として報   害され,その蓄積がみられる。

 ②①の理論を説明するための事例となる事象が,ラテンアメリカ諸国にはみられる。

  特に,ブラジルはその典型である。

③学習者にとって,ブラジルは,コーヒーやサッカー,日系ブラジル人,環境問題と,

 日常的に目や耳にする,身近な存在であろう。しかし,そのようなブラジルも,政治,

 経済,社会,文化などについてはあまり理解されていない。表面的にはよく知っては  いるけど,実のところよくわかっていない地域,社会である。ここにrなぜ」と問い  かけることは,生徒の知的好奇心を喚起する可能性がおおいに高いと言える。

④ ラテンアメリカを説明する普遍的理論は,地域を越えて社会を説明することを可能

 とする。それらは,日本での政治現象や日系ブラジル人住民と近隣の住民とのトラフ

 ルの問題など,わが国が抱えている現状や課題を理解することを助ける可能性が高い。

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