第八章 普遍的理論に基づく総合的理論を中核にした 地誌学習の教育内容開発の実際
第三節 授業実践の成果と課題
この単元「ラテンアメリカ」の教授計画書については,兵庫県立西宮高等学校の石川照 子教諭(当時)によって,追試がなされ,詳細な報告がされている用〕。ここでは,その報 告をもとにしながら,本教授言十画書の成果と課題を明らかにしていく。
一 教授計画書の追試
1 教授計画書から授業計画への修正
石川は,教授言十画書の追試にあたって,クラスの実態を考え,4点の修正を指導前に加 え,さらに指導過程において2点の修正を加えて計画,実践している。それらを,発表資 料から抜粋,整理すると以下の通りである。
(1)指導事前の計画的修正
①パートIの導入部への学習過程の追加
<1〉ラテンアメリカの地理的な意味,文化的な意味について簡単な説明を加える。
<2〉ラテンアメリカ諸国のおもな国名を知っているかどうか,白地図を使ったプレテ
ストを実施する。<3〉ラテンアメリカから三つの国を選んで,自分の知っていることを土台に100字程
度で説明させる。②生徒の文献等による調査活動の割愛
③ブラジルの総合的理論形成時における評価の導入
教授計画書では,パートnの冒頭で「ブラジルは( )なところ」に言葉を入 れてブラジルを説明するよう指示し,生徒が自分の解釈を発表することになっていた。
追試では,生徒一人一人のブラシノレの特徴に関する理論の説明(解釈)の質と量をはか るために,小さな紙片にrブラシノレは( )なところ」の説明を1枚につき1件 というルールで書かせた。(使用枚数は自由)。その後,全員の紙片を持ち寄り,紙 片を整理しながら,ブラジルの総合的理論の確認を行った。
④パートHでの調査活動に替えて,映画rモーターサイクル・ダイアリーズ」I7〕の活用 ラテンアメリカ世界を視覚的にとらえることができるとともに,映画の中の出来事 をブラジルで学習した理論で説明できるかどうかという視点で知識の応用を検証でき ると考え,変更,活用した。なお,映画ではラテンアメリカに共通する階層格差や人 々の行動様式。価値観は読み取れるが,政治・経済については直接的には描かれてい
ない。(2)指導過程における臨床的修正
①補足資料の追加
学習のための資料のほとんどは,教授計画書で示されたものを利用したが,指導過 程で新たに必要になった資料は適時追加した。
②資料の丁寧な解説
ブラジルの政治の特徴であるクライエンテリズムとポピュリズムについては,生徒 にとっては難解であったようである。そこで,資料中の語句の説明(デマゴギー,パ トロン,クライエント,カリスマ的指導者など)を補足しつつ,具体的な出来事や身 近な事例に置き換えて考えさせることにした。
2 追試授業の実際
教授計画書の追試は,石川の勤務校である兵庫県立西宮高等学校3年地理B選択者(4 名)を対象に,2005年9月〜10月半ばにかけて実施された。指導前の計画的修正及び,指導 過程における臨床的修正を加えた結果,教授計画書よりも1時間増え,合計11時間を要し た。修正点を除いて,基本的には教授計画書に沿って展開された。
3 教授計画書の検証
石」一1は,追試結果,「(1)目標の到達度」と,「(2)意図通りの学習効果/意図せざる学
習効果」,そして「(3)教授計画書の再修正の可能性」を述べている。それらを抜粋,整 理すると,以下の通りである。
(1)目標の到達度
①ワークシートにおける仮説検証の内容
9時間目に「ブラジルは( )なところ」を小さな紙片に書かせた。その記 述内容から,ブラジルの総合的理論形成の目標達成度をみる。記述枚数は5〜12枚と 差があったが,記述内容に次のような傾向がみられた。
・個別的な事象についての記述がほとんどであった。
『コーヒーの生産量・輸出量が世界一の国」「対外債務世界第1位の国」「貧富 の差が大きい国」「サッカーの強い国」など。
・個別な事象についても,最初に学習した経済に関しては記述されているが,後半学 召した政治に関してはほとんど書いていない。
・「理論」を使った説明は少数に留まった。
「工業を目ざした大型プロジェクトを実行したため」(中心部一周辺部理論),
対外債務が増えていってしまっている国」「『小さな国家』を目指し,国営企業 の民営化を進めているが,技術がないので輸出産業が発達していない(従属論)」,
「厳しい階層社会をなしているが,人格的差別のない国(中世カトリックの世界
観を受けているため)(カトリシズム)」生徒の記述内容から見る限り,「ブラジルの総合的理論」の形成がなされたとは言 いがたい状況である。実際の授業では,生徒らが書いたこれらの紙片を共通するトピ
ックごとにまとめ,「ブラジルはなぜ工業化しようとしたのか?」「なぜ累積債務は
減らないのか?」などと発間していった。その結果,岬心部一周辺部理論(開発優
先主義)」「従属論」「カトリシズム」については説明できたが,政治に関する記述が
極端に少なかったことを反映して「クライエンとリズムとポピュリズム」「ペルソナ リスモ」については的確に説明できた生徒はいなかった。(下線筆者)
②授業前・後におけるラテンアメリカ認識の変容の評価
【国名とその位置】
・第1時における正答率は平均4カ国(10カ国中),中間考査では平均8カ国に上昇
した。
【ブラジルの地域の特色】
・第1時では,すべて「個別事象」にとどまっていた。
・授業後の中間考査で,「これまで学習したことを踏まえて,ブラジルの地域的特色 について説明しなさい。」という質問を行った。到達目標であった5つの理論につ いてが言及があったかどうかをみた。5つの到達目標とは以下のものである。
<1〉コーヒーなどの一次産品を輸出しているが,工業化を図っている(中心部一周 辺部理論)
<2〉輸入代替工業から抜け出せず,対外債務が多い(従属論)
〈3〉工業化や近代化の影響により貧富の格差が大きい(従属論)
〈4〉a部分的な利益追求により合理的な政治・経済運営を困難にしている(クライ エンとリズム)
b民衆に迎合した政策により,長期的な責任ある政治が困難である(ポピュリ ズム)
C法律など抽象的原理よりは,特殊個人的な人間関係を重視する(ペルソナリ スモ)
〈5〉個々人は神の前では平等であり,サッカーやフェスクに熱狂することで不平等 を忘れ解放される(カトリシズム)
生徒の記述から,以下のことが言える。
→〈3〉と<5〉の二つの理論については,全員が説明できており,学習の結果,これ らの理論を習得できたと言える。
→<1〉については記述は十分ではなかったが,これまでの授業の様子で理解して いることが例える。
→〈2〉についても記述が半数にとどまっていたが,別の設問「ブラジルでは工業
化を果たしたのにもかかわらず,なぜ債務の返済ができないのか」に対して全
貝が答えており,理解していると言える。
→〈4〉については,特にポピュリズムの記述は皆無であった。全員がその意味を 理解できていないことが,別の設問からもわかった。
以上のことから,生徒たちは,ブラジル経済・社会における特徴を説明する分析的 理論についての習得状況は満足できる。しかし,政治的特徴を説明する理論の習得は 不十分であったと結論づけられる。
(2)意図通りの学習効果/意図せざる学習効果 【意図通りの学習成果】
中間考査での記述から,生徒らは本単元の学習を通して,ブラジルやラテンアメ リガについての個別的事象の量を増やしたのではなく,ラテンアメリカ社会を説明
するための分析的理論を,ブラジルを事例に順次習得していき,これらを組み合わ せて地域的特徴を説明しようとしていることがわかる。従って,小単元の目的はお
おむね達成できたと言えよう。(下線筆者)【意図せざる学習効果】
当初予測しなかった学習効果もみられた。それは,ブラジル社会と日本社会との 比較である。ブラジル政府が「小さな政府」をめざし国営事業の民営化を進めよう としていたことを学習していたのは,ちょうど衆議院総選挙の直後であった。rブ ラジルにおける新自由主義の転換」という資料をもとに話し合っているとき,話は ブラジルからそれて郵政民営化の話になり,やがて小泉内閣の「小さな政府」の政 策が日本社会に今後どのような影響をもたらすか,というテーマに発展していった。
教師はブラジルと日本を比較せよという指示は出さなかったけれど,生徒たちは学 晋の過程で.ごく当たり前に自らが生きる社会との比較を行っていたのであった。
このようなr此所と余所の対話」は,授業者は意図していなかったけれど,r理 論」による地誌学習は,自己の所属する社会を振り返るという発展的な学習がもと もと内包されていたと言える。
(3)教授計画書の再修正の可能性
追試の結果とを踏まえたその修正の可能性については,以下の2点である。
①rクライエンとリズム」rポピュリズム」といった政治学に関する理論の理解が不
十分であった。→具体性のある資料と差し替えるという改善が必要
ドキュメント内
一 「学習材」を活用した教授計画書の追試
(ページ 65-74)