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日本人の方言使用調査

4.1. はじめに

本章では、東北出身者あるいは東北在住の他地方出身者(以下「東北在住者」)から、「使う方 言」や「聞いたことがある方言」について聞くことで、日本語を母語としない人(外国人住民)

が普段の生活の中で耳にする可能性の高い方言を収集することを目的とした「方言使用調査」に ついて考察する。

4.2. 予備的調査 4.2.1. 概要

本章の調査としては、「予備的調査」と「本調査」に大きく分かれ、また、その調査方法も異な る。本調査の調査方法を確立するために実施したのがこの予備的調査である。

予備調査では、現在は埼玉県在住で山形県置賜地方出身(18歳まで居住)の50代男性(以下

「O氏」)と、福島県中通り地方に4年間居住歴のある埼玉県出身の20代男性(以下「S氏」)を 対象に、半構造化インタビューを実施し、前者には置賜方言、後者には中通り方言について聞き 取り調査を行った。この2名を対象とした理由は、東北出身者と他地方出身の東北居住(経験)

者という東北方言に異なる環境で触れる両者を比較することで、本調査のための課題を明らかに することにあった。

O氏には2015年6月に、S氏には2015年9月に調査を実施した。

両者に対する調査の結果、以下の点において明らかとなり、これらが本調査では活かされるこ とになった。

4.2.2. 方言リストの必要性

筆者は当初、調査で方言リストを用いることについては否定的であった。方言リストを見るこ とで、「リストにある=地域で使っている」と思い込み、実際は使ったり聞いたりしたことがない ものまで「使う」「聞く」と答える可能性を含んでいると考えたからである。O氏への調査の際、

最初のうちはあくまでも「地元を離れてから、他の地域で使って通じなかった方言は何か」など と質問でその回答を得ようとしていた。しかし、そのように質問すると「あまりない」という回 答になってしまった。そこで、話題提供のために用意しておいた置賜方言のリストを見せると、

多くの項目について「これは使う」「これは祖母が使っていたのを聞いたことがある」「これは聞 いたこともない」と次々と回答していただけた。たしかにリストにつられて思い込みで回答する 可能性が払拭できるわけではないが、「使う」「聞くけど使わない」「聞いたこともない」の判断は ほとんどの場合で瞬時にでき、方言項目を提供せずに聞き出すだけの場合とは圧倒的に量的な面 でも効率的な面でも差が感じられた。

4.2.3. 標準語と同語形のもの

O氏への調査において、「おちる」(降りる)、「こわい」(疲れた)、「なげる」(捨てる)、「やな さって」(明々後日)など、標準語と同語形でありながら意味が異なるものがいくつか見られた。

この問題については第1章で述べたが、予備的調査において再確認することができた。

4.2.4. 県・地域にこだわらない

O氏は先に述べた通り、山形県置賜地方出身であるが、そこは福島県会津地方と隣接している

(図29)。O氏の回答の中で、「うるかす」(水に浸ける)、「おだる」(折る)、「おっかね」(怖い)、

「おちる」(降りる)、「がおる」(体調を崩す)、「かっちゃぐ」(掻く)、「がなる」(怒鳴る)、「く たびっちゃ」(くたびれた)、「ごしゃげる」(腹が立つ)、「こわい」(疲れた)、「さすけね」(大丈 夫)、「たがぐ」(持つ)、「なげる」(捨てる)、「はらくっち」(お腹いっぱい)、「むずる」(曲がる)、

「むぐす」(漏らす)、「んだ」(そうだ[肯定])など、非常に多くの方言項目が会津方言と同一ある いは非常に近い形式と意味を持っていることが明らかとなった。このことから、他の地域におい ても、複数の地域を跨いで分布する方言項目の存在が予想され、本調査においては、県や地域ご とに分けて方言リストを用意しないことを決定するに行った。また、県ごと・地域ごとに分けず にリストを提示することで、他県・他地域の方言項目として用意していたものが、実は他でも使 用されていた、という漏れを防ぐ役割も果たす。さらに、東北地方全域の諸方言項目を本調査で 示す方言リストに入れると、「このリストには東北地方の他の地域の方言もありますから、全部が あなたの地域で使われているわけではありません」と事前に告げることができ、これにより先に 述べた「リストにつられて思い込みで回答する」危険性を少しでも軽減することができる。この

「県・地域にこだわらない」方針は、第6章で述べる方言理解支援ツールの方言項目の掲載方法 においても踏襲している。

図29. 山形県置賜地方と福島県会津地方の位置関係 4.2.5. 他地方出身者が覚えた方言

S氏への調査において、S氏自身は埼玉県出身者であり、福島県中通り地方での居住期間も大 学在学中の4年間であったということもあり、O氏の時の調査に比べて、出てきた方言項目は多 くなかった。しかしながら、他地方出身者でかつ限られた期間に居住していた中で覚えた方言項 目は、実際によく使われているものである可能性が高い。事実、S氏の回答した「なげる」(捨て る)、「ひゃっこい」(冷たい)、「だから」(同意を示す語)、「あるって」(歩いて)などの方言項目 は後に本調査で多くの福島県のインフォーマントが「使う」としたものと一致しており、結果と

置賜地方

会津地方

して第6章で述べる方言理解支援ツールにはS氏の回答のほぼ全てが掲載することになった。こ のことから、他地方出身が身に付けた方言は、現在実際に使用されているものが多い可能性があ ることが明らかとなった。

4.3. 本調査

上記の予備的調査で明らかとなった課題などを鑑みて、本調査では、予め方言リストを作成し て、それらの項目について「使う」「聞く」「聞いたこともない」などを判断してもらう方法をと ることにした。

調査のため、まずは東北諸方言の辞典、東北諸方言に関する書籍やホームページ(秋田県教育 委員会編2000、江端他編1998、久米田2007 、児玉1974、篠崎・東京女子大学篠崎ゼミ2011、 平山他編2003、日高2011、龍川・佐藤1983など)、また筆者の内省などから予め調査用の方言リ ストを作成した(図30)。筆者が用意したリストには青森県・岩手県・宮城県・秋田県・山形県・

福島県(以下「東北6県」)の全域・あるいはいずれかの地域で用いられるとされる240の方言項 目(219の方言語彙および21の文法事項)を掲載した。

図30. 方言リストの一部

このリストを東北6県の出身者や在住者に提示し、使用状況を調査した。

方言リストを用いた面接調査、電話調査、あるいは質問紙調査によってインフォーマントに方 言を確認してもらい、リストの方言項目について「使う」「使わないが聞く」「聞いたこともない」

のいずれかを判断してもらった。面接調査の場合はまずはリストに記入をしてもらい、その後共 にリストを見ながら再確認をしてもらった。電話調査の場合は、予めメールでリストを送って調 査中に共に見ながら確認する場合と、筆者がリストを見て方言項目を読み上げ、インフォーマン トに判断をしてもらう場合があった。面接調査および電話調査の実施が難しいインフォーマント については、フェイスシートと方言リストを合わせて配付し、質問紙調査の形式をとることにし、

後日回収した。

なお、方言項目については当初240であったが、インフォーマントからリストに掲載されてい ないが「使う」あるいは「聞く」語形について提示された場合に随時追加していった。

インフォーマントは10代~90代の東北出身者及び東北在住者計26名である。

また、インフォーマントの各県別の内訳は以下の通りである。括弧内は、県内の地域(方言域)

別の内訳を示しているが、これは第1章で述べた筆者の方言区分によるものである。なお、宮城 県のインフォーマント5名については、岩手県出身者2名、山形県出身者1名を含んでおり、そ の3名には出身地と在住地(あるいは在住していた地域)の方言について調査したため、重複し ていることを予め断っておく。多くの地域に関しては2016年5月~8月の間に調査を行ったが、

山形県の最上及び庄内に関しては2017年2月に実施した。

青森県…1名(津軽1)

岩手県…4名(南部1、伊達2、気仙1) 宮城県…5名(仙台5)

秋田県…3名(秋田2、鹿角1)

山形県…6名(村山2、置賜1、最上1、庄内2)

福島県…10名(会津8、中通り1、浜通り1)

また、秋田県に30年以上在住しているポルトガル語母語話者1名と、宮城県に20年以上在住 している韓国語母語話者1名にも同様のリストを用いた調査を実施した。両者はもともと留学生 として来日したのち日本に定住しており、日本語の読み書きに堪能である。長年住む彼らにこの 調査を実施することで、東北出身者や東北在住者が「使う」「聞く」とする方言項目を外国人住民 が実際に聞き、覚えているのかを確認する。

4.4. 方言区分

第1章でも述べたが、本研究では以下のように東北方言を区分している。

青森県…津軽方言(青森県西部)、南部方言(青森県東部)

岩手県…南部方言(岩手県中部~北部、青森県の南部方言と同じ)、伊達方言(岩手県南部)、気 仙方言(岩手県南東部)

宮城県…仙台方言

秋田県…秋田方言、鹿角方言(秋田県北東部)

山形県…村山方言(山形県中部)、置賜方言(山形県南部)、最上方言(山形県北部)、庄内方言(山 形県西部)

福島県…会津方言(福島県西部)、中通り方言(福島県中部)、浜通り方言(福島県東部)

そして、この方言区分を図にしたものを図31として以下に再掲する。

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