第 4 章 2011 年東北地方太平洋沖地震の前震への適用
4.2 断層すべりインヴァージョン
4.2.1 2011 年 3 月 9 日の前震( Mw 7.3 )
断層パラメタのうち,走向,傾斜及びすべり角については,Global CMTの震源メカニズ ム解で求められている 2 つの節面のうち,プレート境界に沿った逆断層でのすべりに対応 する値(走向189°,傾斜12°,すべり角78° )を採用した.また,小断層の大きさは,津波 波源インヴァージョンにより推定した初期波高分布における隆起域の広がりが東西方向に
50 kmほどであったので,その半分程度の大きさとして,長さ、幅ともに20 kmとした.ま
た,(3.18)式の𝛼で表されるインヴァージョンにおけるスムージングの重みは𝛼= 10とした.
小断層の大きさ,及び𝛼の大きさについては,4.2.3節において適切であるかどうかの検討を 行った.
断層すべりインヴァージョンにより推定されたイベント 0309のすべり分布を図4.3aに,
インヴァージョンの解から計算した波形と観測波形の比較を図 4.3bに示す.得られたすべ り分布において,最大すべり量は1.0 mであり,主な破壊はイベント0309の震央の北西,
断層の下端側の4枚の小断層,すなわち40 km × 40 kmの領域に集中している.このことは 破壊がプレート境界に沿って深い方向へと進んだことを示している.得られたすべり分布 のうち,逆断層方向のすべりが推定された小断層(図4.3a中で赤色がつけられているもの)
のみで地震モーメントMoを計算すると,9.56 × 1019 Nmとなった.モーメントの計算にあ たって剛性率は40 GPaと仮定している.この値をモーメントマグニチュードに換算すると,
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Mw7.25となる.この値は,地震学的データから求められたGlobal CMTのマグニチュード
の値(Mw7.3)とほぼ等しい.
4.2.2 2011 年 3 月 10 日の地震( Mw6.5 )
イベント0310の地震時すべり分布を断層すべりインヴァージョンにより推定するにあた って,イベント0309の解析に用いたものと同じグリーン関数を使用した.これは,ほぼ同 じ場所で発生した地震であるため,断層パラメタはほぼ等しい値になると考えられること,
並びに,推定された断層すべり分布を互いに比較するためには同じグリーン関数を用いて 解析する必要があると考えたためである.
断層すべりインヴァージョンにより得られたすべり分布を図 4.4a に,インヴァージョン の解から計算した波形と観測波形の比較を図4.4bに示す.最大すべり量は0.2 mである.
主なすべりは震央の西側にある2枚の小断層,すなわち走向方向に20 km,傾斜方向に40 km の領域に集中している.さらに,その南側の小断層にも逆断層方向のすべりがわずかに分 布している.誤差については後述する.得られたすべり分布のうち,逆断層方向のすべり が推定された部分(図 4.4a の小断層のうち赤色のもの)について地震モーメントを計算す
ると,1.14 × 1019 Nmとなり,モーメントマグニチュードに換算してMw6.64となった.こ
の値は,Global CMTのマグニチュードと比べて少し大きいが,ほぼ等しい値となった.少
し大きくなる要因には,津波の振幅が小さいために S/N が悪く,ノイズの成分も断層のす べりとして説明しようとしている可能性が考えられるが,地震学的に求められた値とは大 きく矛盾しない.
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4.2.3 インヴァージョンの精度
断層すべりインヴァージョンによって得られた震源モデルを用いて,東北地方太平洋沖 地震前震(イベント 0309)発生から本震発生までの期間にプレート境界面で何が起こって いたのかを考察および議論するためには,インヴァージョンそのものが正しくできている か,言い換えるとインヴァージョンにより求められた解がどの程度の精度で求まっている のかを検討する必要がある.そこで,スムージングの𝛼及び小断層の大きさが適切かどうか の議論と,インヴァージョンの推定誤差についての評価を行った.
スムージングの重み𝛼
本研究における断層すべりインヴァージョンでは,(3.18)式の𝛼で表わされるスムージン グの重みを𝛼= 10としている.この値を導出した過程は以下のとおりである.
スムージングの重み 𝛼 を変えてインヴァージョンを行い,全観測点での観測波形と計算 波形の残差二乗平均平方根 (Rooted Mean Square;RMS) を算出し.𝛼 の値を横軸に対数 で,縦軸にRMS をとったトレードオフ曲線を図4.5に示す.イベント0309(図4.5a),イ ベント0310(図4.5b)のどちらのトレードオフ曲線においても,𝛼= 10 の前後で曲線の傾 きが変化しており,𝛼= 10 よりも小さいときは,ほとんど RMS が変化していない.これ はスムージングが小さいために,海底圧力時系列データのうち,観測の誤差やローパスフ ィルターによって取り除ききれなかった成分などの,津波ではない成分まで断層面上での すべり分布によって説明しようとしているためであり,波形のフィッティングが過剰にな っていることを意味する.しかし,𝛼= 10 のあたりで傾きが変化し始め,さらに値が大き くなると RMS が急激に大きくなる.すなわち,𝛼> 10 では,スムージングの重みが大き くなりすぎてしまい,圧力時系列データのうちの津波と考えられる成分に対しても,波形 のフィッティングがうまくいかなくなって,RMS が大きくなってしまっている.以上を踏
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まえると,𝛼= 10 付近においては,フィッティングが過剰ではない,すなわち本来津波で はない成分をシグナルとして扱ってしまうことがなくなっている一方で,津波波形も良く 説明できる真のすべり分布に近い解が求まっていると考えられる.そこで,本研究ではス ムージングの重みに,この傾きが変化する値である𝛼= 10 を採用した.
小断層の大きさ
断層すべりインヴァージョンの解像度を評価するため,次のような数値計算テストを行 った.図4.6に示すように,ある任意の領域にすべりを与えて津波を計算し,その波形を入 力としてインヴァージョンを行い,与えた領域にすべりが正しく推定されるかどうかを調 べた.本研究では,「1つの小断層に1 mのすべりを与え,他の小断層には全くすべりを与 えない」というすべり分布を各小断層について仮定して津波波形を計算し,それぞれの場 合に推定された断層すべり分布を評価した.これはすなわち,インヴァージョンに用いた グリーン関数に対してそのままインヴァージョン解析を行うということであり,もしイン ヴァージョンに平滑化の拘束条件を組み込まないとすれば,単位すべりを与えた小断層の みに,1 mのすべりが戻る.
図4.7に,それぞれの小断層ごとの解像度テストによって得られたすべり分布を示す.す べての小断層において,すべりを与えた小断層がもっともすべりが大きくなるように断層 すべり分布が推定されている.しかし,その大きさは小断層の位置によって異なり,また 周囲へのすべりの浸み出しも異なる.推定されたすべり分布は仮定した分布をよく再現し ているが,すべりを仮定した断層が深くなるにしたがって再現性が悪くなる.これは,断 層が海底深くにある場合には,「広い領域が小さくすべった」ことと「狭い領域が大きくす べった」ことによる海底の上下変動の区別がつかないことが原因である.また,直上に観 測点がある小断層では,直上に観測点がない小断層と比べて,すべりが良く解像できてい る.仮定した1 mのすべりに対して,推定されたすべりは,最もよく再現された場合で0.7
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m,最も悪い場合では0.2 mであった.イベント0309およびイベント0310においてすべり の大きかった領域に限ると,最も悪い場合でも0.4 mのすべりが戻っており,すべりを与え た小断層の周囲に大きく広がってしまっていたり,隣接する小断層の方により大きなすべ りが推定されてしまったりするようなことはなかった.以上のことから,本研究で行った 断層すべりインヴァージョンの解像度は,設定した小断層の大きさ(20 km × 20 km)に対 して十分であると結論付けた.
また,イベント0309について,小断層の1辺の大きさを半分の10 kmに変えてグリーン 関数を計算し,インヴァージョンを行った.なお,ここでもスムージングの重みはα= 10と した.得られたすべり分布および波形の比較を図4.8に示す.小断層が大きいときと同様の 位置にすべりが求まっているが,北側の小断層,TM1およびTM2の周辺に正断層方向のす べりが大きく推定されている.これは,第2章で述べた,ケーブル式海底圧力計TM1およ びTM2において得られたデータには長周期のノイズが残っていることに起因する.このよ うなノイズの成分が小断層の大きさを小さくすることで説明できてしまうということは,
主すべり域やその周辺のすべりが,本当にそのようなすべりがあったのか,それとも波形 のノイズを説明するためにすべりが求まっているのかの判別が難しいことを意味する.そ
こで,20 km × 20 kmの小断層を用いた場合と同様の解像度テストを行った結果,推定され
たすべり分布の中心は,すべりを与えた小断層の位置とほとんどの場合で一致しなかった
(図4.9).また,スムージングの重みをさらに小さくすると,北側の観測点TM1およびTM2 の周辺に正断層方向へのすべりがさらに大きく求まってしまうため,推定されるすべりが ノイズによるものなのか,断層すべりによるものなのか判別ができない.そのため,この 小断層の大きさではすべり域の広がりの議論をするには適さないと考え,今後の議論では,
小断層の1辺の大きさが20 kmとして推定したすべり分布を用いる.