︐ 曲巨
展 望
アメリカの宗教心理学
上田賢治
さきごろ︑グレ ソ ステッドの﹁宗教心理 宇 ﹂が邦訳せら れた︒
その序文で著者は︑時代・場所・環境等に よ るさまざ まな困難 を 考えると︑恐らく﹁オックスフォード大字の窓から みた﹂と いう副題をつけ加えておいた方がよかったかも知れな いと述べ ている︒宗教心理学という広範で酸味な意味を持つ 主 題 につい て 概論しようと企てる者にとっては︑この言葉が殊更 ︑ 強く意
識 せられてならない︒
ハーヴァード大字は︑アメリカに於ける宗教心理 字発 祥の母 胎 となったところである︒スタ ソり l. ホ l ル︑ ス ターバ ソ ク ︑ウィリアム・ ヂヱ ームズという︑いわばこの︑学問 の 創世記 に 記載される学者は︑すべてこの大学から育ち︑そし て 深い関 係を持ち続けた人達である︒現在でも︑ゴオードン・ オ ルポ | トと ハンス・ホフマンがこの分野で活躍しており︑ 伝 統 的な名 誉は失われていない︒しかし三十年代に入った頃から ︑宗教心 理学も︑心理学の発達に伴い︑ ヂヱ一ムズ の業績が 偉 大なるが 故に打破ることの出来なかった枠を超えて︑新しい 発 達への 肪
を 見せている よう に思われる︒特に︑問題領域の展開 には著し 望 展 メリカの各地に︑この分野に関心を持つ @ 手者が輩出 し︑ 従っ
て ︑ハーヴァードは最早︑唯一のセンターとしての性 格を失っ たといわなければならないと 居ぅ ︒かっ︑問題領域 の 広範さ は ︑単独な研究者がその全領域にわたる知識に通暁 す ることを
極めて困難なものとしている︒
以上のような条件を考慮すると︑蛇足とは知りながら こュ に 述べられるであろうアメリカに於ける宗教心理 宇の 現況も ︑ ある角度から見られたものとしての制約をもつもので あること
を ︑ 頭 初に明記しておかずにはおれない︒
伝統的課題と現象学的研究の成長
フロイドの精神分析 @ が ︑ダーヴィン︑マルクスに 次 ぐ 第三 の 革命として︑文化・人間行動の理解に重大な影響を 与えたこ とは否定出来ない︒特に ︑ 彼の無意識分析に基ずく 宗 教 批判︑
宗教を神経症の 一 徴候として理解する在り方は︑ベイ カン の 如
く ︑その方法と理論がユダヤ教神秘主義の伝統に由来 するとす
る 見解があり ぅ るとしても︑精神分析 学 との対決を宗 教 心理学 の 重要な一課題とせしめるのに充分であったといえる だろう︒
第二次大戦と︑それに先行するナチズムの 拾頭 という 社会的 条件も手伝って ︑ 多くの精神分析医がアメリカに移住 し ︑世界 中でも最もこの学問の盛んな︑今日のアメリカを造り あげた ょ う に思われる︒権威主義的傾向の強い正統派精神分析 医の中に は ︑フロイドのように︑宗教に強い関心を示すものが ︑ 必ずし
99 ( 99 )
いものがあるとかえるたろ う ︒こうした新しい傾向と 土 @ に︒ ア
も多くはないが︑そこでは︑オストウの﹁信仰への 欲 求 しによ って代表せられる如く︑依然として︑フロイド的宗教 理解の基
本 的態度が支配的である︒
しかし︑社会科手の分野に進出して活躍している︑ 精 神 分析 学の流れを 掬む 学者達の間では︑その宗教に対する 研 究 態度や 結果が一様ではないとしても︑フロイドから大きな 展 開を遂げ ていることは︑見逃し得ない︒この傾向は︑心理烹調 としての 精神分析学理論が持つ弱点を補正しょうとする︑ 新フ ワイド @ 字 派の動向と軌を一つにしていると云ってよいだろう︒ 無意識 分 析の新しい展開︑日 @ の 日 ︒す日︒のⅠからのの︒もの 冶ダ 0 一 ︒ 沖 せ へと 自我の自律的機能を強調する傾向︑人格形成及び人間 行動にお げる非本能的要素の強調による リビド 一説の補足修正 ヨ 0 曲 | vat@o コ 理論を中心とする心理学との接触︑幼児の観 祭など 実 験 的研究の試み︑これ等の諸条件が綜合せられて︑ 分 析 学的 宗
教 研究にも︑大きな展開が招来せられたのである︒
講壇心理学者からは︑その神話研究に基ずく宗教観念
が 難解であり︑かっ形而上手酌 思辮性 が濃厚であると い う 理由 で︑敬遠され勝ちなニングも︑イギリスにおける程で はないと しても︑アメリカで多大の彫 嬰 があることを見逃すこ とは出来 ないと思う︒彼の説く集合的無意識︑特に uqn ゴの ︵せつ のの概念 が ︑宗教的表象・象徴の心理学的理解に重要な役割を 果すと 考
えられるからである︒
ユングと同様︑精神分析半治 頭 の 極く 初期の時代に フ ワイド
と 分れ︑後︑アメ り 方に 牲 住したアドラーは︑これま た ユング と 同様講壇心理学者の間に︑その後継者を持っていな
全的人間関係の重視と ヨ 0 ︵ @0 コリ目の ョ 及び ヨコぃ 自の ヨ の 性格を 持つのの ‑f の強調という特色から︑必ずしも無視し得 な い
評価㎝
を 受けている よう に思われる︒
ロ ム の 名士落すことが出来ない︒彼の業績は戦後︑比較的 早 く 我が国 にも紹介せられているので︑多言を要しないが︑最近 ︑仏教︑
特に禅に深い関心を示し︑鈴木大拙 氏 との共著を出し ているの で︑今後この方面への更に深い展開が期待せられる︒ たビ 彼の 権威主義批判と︑ す仁ヨ の三の ヨ に発する愛の理論は ︑み
姦
心理 字の分野にも多大の影響力を持ち乍らも︑比較的自由 な 空気を 持つ神学校ですら︑決して歓迎されてはいないという 事実を承如 しておく必要があるよ う に思う︒
新しい傾向に立つ精神分析学者の最 牡に ︑最近︑青年 曲用用の小本 教者 ルッターを ︑ぎお arc す 文三の コ きせという独特 の 理論で 分析し︑注目を受けているエリクソンを挙げておぎた いっこれ は ︑宗教心理学における伝統的な中心課題の一つであ る 回心の 研究としても興味あるものといえるだろうからである 目 心の研究では︑既に極 く 初期の頃から︑宗教経験と ︑ 他の これに類似する経験との比較研究が行われていたが︑ 近来 再 び ︑アルコ一ル或いは麻薬中毒からの回復過程との 比 較が︑回 心経験の現象的理解の上で注意されている︒アメリカ において 特に社会的注意を換起した︑朝鮮戦争での所謂﹁中国 的 洗脳 方 弍 ﹂の心理 字的 カラクリも︑そしてまた︑ドイツの 捕 虜 収容所
における限界状況での人格変換の問題なども︑ 矢 張り 亡 変笘 心理 字の分野で強い関心を集めているといってよいだろう ︒残念な ことは︑これらの研究が︑宗教的回心経験の現象的 心 理 過程の 説明方法として利用されているとい 5 段階に留まり︑々 小我経験 の 特質的な性格理解の点にまでは及んでいないことで ある︒
同じく回心及びそれに関連する特異な経験を研究対象 とした もの人中では︑サーガントの﹁心の戦い﹂が ︑ヱ パン ヂヱリズ ム その他の宗教 り バイパル運動を条件反応心理・生理 学の観点
から取り上げたものとして興味深い︒
﹁宗教研究﹂一 山 八四号で野村暢 清 氏が︑最近の宗教心理 学 研究 の方向を示すものとして︑ フヱ スティンガーの﹁予言が はずれた 時 ﹂︑及びァ一 ギ ー ル の﹁宗教行動﹂を紹介検討してお られる︒
これらは︑宗教現象の実証的研究の線に添った ︑ 新し い 研究所 産の代表的なものとして︑アメリカでも 任 目されてい るもので おる︒特に フヱ スティンガーのものは︑宗教集団の成 立 ・崩壊 過程を︑比較的長期に一日一 つて 実地に探査した結果得 ろ れたもの として︑社会 宇 或いは社会心理手酌研究 法 との関連か ら ︑意義
深いものということが出来るだろう︒
同様︑社会心理手酌方法による研究として︑その他に も︑た とえば︑カリフォルニア・グループによる権威主義的 人格の研
望究
︑或いは︑オルポートの先入見の研究などが︑ 宗教的人格 理 解 の問題に重要な関係を持つものとして注意される︒ オ ルポ l トは アメリカに於ける社会心理手創設者の一人であり ︑ 新しい展 実験的研究方法の勇敢な採用者としても注目され る 手者である が ︑同時に︑宗教に深い関心を持つ心理 字 としても 貴 重 な存在
だと考えられる︒両眼同時視に よ る 黒 ・青二人物の写 真 テスト を 用い︑宗教信者の中に人種的偏見が強く潜在するこ とを見出 すなどは︑この面での彼の研究活動を知る一事例とい ぅ ことが
出来よう︒
以上︑それは余りにも雑駁な記述でほあったが︑ ヴのゴぃ く ‑0 Ⅱ い ‑ の c@ の コ然 としての心理学の立場から︑或いはそれを通路 として・
宗教現象の科学的研究及び理解が︑現在のアメリカに おいてど のような状態におるかを述べた︒このような操作的所 究への方 向が ︑従来よりより顕著に見られ︑それが宗教心理学 0 社 ムム ・ 行動 科字 としての成長を物語るものであることは︑ 否 是 し得な い 事実のように思われる︒しかし︑一方では宗教研究 における ぬ量 化︑法則化の困難性が︑この方向への成長に大 き な 支障と なっていることを忘れてはならない︒このことは︑ 宗 数 社会学 が 既に社会学の一分科として認められ︑その名の下に 講座が開 設 せられているのに対して︑宗教心理 手 は 未 だに心理 字 の一分 科 としての地位を与えられておらず︑従ってこの名称 を持っ 講 座は ︑神字 校 においてのみ開かれているにすぎないと い う 事実
によっても充分窺 う ことが出来る︒
リュウ パ の行った調査によっても既に明らかなよ う に ︑心理 手者の中に︑宗教への深い関心を持つ者が比較的少 い というこ と ︑そして同時に︑このような方向での心理手酌宗教 研究によⅢ
って︑宗教の一体何が捉え得るのかということ︑この
@ ﹂とは︑
人格心理学の分野において最も明瞭に認知せられるこ とである 皿