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5.1. ~ホウガイイなどのアドバイス表現の先行研究

日本語教育教材の初級文型である~ホウガイイは、「アドバイス」という「用法」以 外に様々な名称がある。例えば「忠告」、「助言」、「提案」、「勧め」などである。本研 究では、これらを総称して「アドバイス(表現)」とする。アドバイス表現は様々な観 点から研究されている。本節では、5.1.1.で先行研究を概観した後、5.1.2.で評価的複 合形式表現という観点から、5.1.3.で語用論研究の観点から、5.1.4.で語用論のなかで も待遇意識に注目した待遇表現研究の観点からアドバイス表現について順次検討して いく。

5.1.1. 先行研究概観

~ホウガイイをはじめとするアドバイスの表現について、日本語学では様々なアプ ローチの研究がなされている。

まず、~ホウガイイの基本的な意味を考える。森田良行(1980)は「「ほう」は、

方角・方向・方面などの「方」。事物の向かうところ、側であるが、話し手の視点や心 の向かうところを指し、さらに、複数の中から話し手の選ぶ側を指すようになる」(同:

424)と述べている。ホウは複数の中から話し手がいいと思い、選ぶ側を指し示すとい う基本的な意味を持つと言えよう。同論文は「「ほう」は、より高い程度を指す。意志 的な場合は「できるだけ、なるべく、できれば」等の副詞が付けられる点が特徴。「ど ちらかと言うと、せっかちのほうだ」「疲れているなら早く寝たほうがいいでしょう」

…(中略)…現在の状況や欲求に合う方向を示すことは、互いに反対方向にある二者 に対して、条件への適合度を比較することである」(同:426)と、ホウの使用により、

現在の状況や欲求とそれに反する選択肢との比較が行われると指摘している。

森田良行・松木正恵(1989)では、「ほうがいい」について以下のように記述して いる。

ほうがいい 活用語の連体形を受けて、適当、提案、勧告を表す。自分や他人に関する 事柄、また一般的な事柄などについて、話し手の意見としてより適当な選 択を示したり、その発展として、相手に直接何かを提案・勧告したりする

表現である。「ほうがよろしい」等の形も見られる。

(森田・松木1989:269)

益岡隆志・田窪行則(1992)は、「ある事態が望ましいとか、必要だ、というよう に事態の当否を述べるムードを「当為」のムード」と呼び、「当為のムードを表すもの には、「べきだ(「べきではない」)」、「ものだ(ものではない)」、「ことだ」、「のだ(ので はない)」のような助動詞と、「なければならない」、「なくてはいけない」、「ないとい けない」、「ほうがいい」のような語句がある。…(中略)…望ましい事態を述べて相 手にその事態を実現すべく行動することを促す場合に使われることもある。この場合、

文脈により、「忠告」、「勧告」、「依頼」、「命令」、「禁止」、等の表現効果を持つ」(同:

122)とし、「ほうがいい」は、「問題の動作をしなければ悪い結果が生じるということ

を暗示する場合、「忠告」になることがある。また、悪い結果を強調して相手に動作を 強制する場合は「脅し」になる」(同:123)と、その表現効果に言及している。

益岡・田窪(1992)は当為のムードを表す表現は、「忠告」をはじめとする5つの 用法があると指摘しており、その差異は文脈によって決定されることを指摘している。

木村義之(2002)では、「勧告・忠告表現」を以下のように定義している。

定 義:発話者が相手に対して,ある行動をこれから遂行するように,あるいは現在の行 為や習慣を止めたり,改めたりすることを求める表現形式。「勧誘」との対比で考えれば,

「発話者がこれから自分の行おうとする行為や現在行っている行為への参加を,聞き手に 対して呼びかける」のが勧誘といえようが,「勧告・忠告」は発話者の行為と聞き手の行 為は直接的に関係することはない。その行為を行ったり,行為・習慣を改めたりすること に関して,最終的には勧告・忠告を受けた側の判断にゆだねられ,「命令」に比べれば「義 務」という性格は薄れる。これは「助言」という言い方もできる。/日常語における勧告 と忠告では,公的と私的という立場の違いや語彙的意味の違いをもたらす。すなわち,勧 告は,発話者が公的な立場(組織や集団の代表など)から,相手(個人,あるいは組織や 集団の代表者など)に対して発せられる。一方,忠告は,発話者が私的な立場から,相手

(個人あるいは相手の家族・仲間など)に対して発せられる。

(木村2002:69)

木村(2002)は発話者がどのような立場であるかによって、異なる「用法」に分類 されると指摘している。また、~ホウガイイについては「「タ/ナイ+ホウガイイ」の 形式によって,望ましい行動や状態を相手に伝える」文型であるとし、以下の例文を 挙げて、説明している。

5 疲れているようだから,きょうは早く寝たほうがいい。

6 疲れているようだが,きょうはまだ寝ないほうがいい。

5は「早ク寝ル」/「早ク寝ナイ」という対立する二項を比較して,「早ク寝ルコト」が 相手にとっての利益であるとみた表現であるから,「ホウ」が使われる。逆に,6は「寝 ナイコト」が相手の利益とみている。5の場合,「動詞連体形+ホウガイイ」の形式にも 置き換えられるが,「タ+ホウガイイ」の形式が一般的である。動詞終止形に「トイイ」

が続く,

7 困ったことがあったら,山田さんに相談するといい。

8 会社の帰りにこの店に立ち寄るといい。

のような表現も助言として成立するが,「タ+ホウガイイ」に比べれば「一般論として適 切である」という意味あいをもち,事柄によっては,「放任」の意味を帯びることがある。

(木村2002:70)

このように、~ホウガイイの文型が固有に持つ意味の解明にはじまり、その周辺に ある「当為」のムードのグループの表現形式との関連や違いに言及する研究に発展し、

やがて、「評価のモダリティ」や「価値判断のモダリティ」の研究へとつながっていく。

一方、アドバイス表現に対して、英語学の語用論研究の立場から、当該表現の語用論 的構造を解明しようという動きも同時に現れ始めた。さらに、語用論研究の中でも、

待遇表現研究の立場から~ホウガイイを含むアドバイス表現に対して研究が進められ ている。

5.1.2. 評価的複合形式表現という観点

まず、評価的複合形式表現としての研究として、高梨信乃(1999、2002ほか)など がある。同論文は、ある事態に対する評価に関わるモダリティを評価のモダリティと呼び、

中でも、~テハイケナイ、~テモイイなどの複合形式を持つ表現を評価的複合(形式)の

表現とし(以下、本論文では「評価的複合形式」で統一する)、当該事態の制御可能性、実 現状態、行為の人称の3つの観点から意味が分化していくさまを記述している。仁科明子

(2009)は高梨(2002)が提示した3つの観点に新たに「時間的限定性」という観点を加 えて、~ホウガイイの更なる意味の分化について述べている。また、~ホウガイイの類義 表現である~スレバイイとの比較研究として川端芳子(2002)などがある。高梨(2002)

の評価のモダリティを価値判断のモダリティ(ムード)と呼ぶ益岡隆志(1991)、森山卓 郎(1992、1997)、野林靖彦(1996)は、価値判断をどのように行うかによって、形式を 分類しようと試みるものである。森山(1997)は、シナケレバナラナイ、スルホウガイ イなどを「義務」・「必要」などのムード形式の事態選択形式と呼び、これらの形式が

「選択の自由度の連続として整理できる」(同:122)としている。同じく事態選択形 式としての「ほうがいい」について、「ルほうがいい」「タほうがいい」の両形式に意 味的対立があるとし、そのニュアンスの違いをメンタルスペースの理論を用い、話者 の認識の違いに起因するものであると結論付けたのは曺美庚(1998)である。話者の認 識に注目したことは、表現をいかに運用するかという観点を取り入れたアプローチである と言えよう。そのほかに「したほうがいい」の文のセマンティカルな意味を規定し、動作 主体の人称により「したほうがいい」の文のプラグマティカルな意味の移り変わりを詳細 に記したものに石橋容子(2003)がある。

以上、いずれの研究も~ホウガイイの持つ形式から意味が様々に分化していくさまを詳 細に記述したものではあるが、日本語母語話者が~ホウガイイをどのような場面で、どの ような文脈で運用するかという点を学習者に明確に示すことが日本語教育には必要といえ よう。次に、語用論の研究で、~ホウガイイなどのアドバイス表現がどのように捉えられ ているかを見ていく。

5.1.3. 語用論研究の観点から

日本語教育では、「依頼」・「命令」・「申し出」・「アドバイス」などの様々な「用法」に ついて、母語話者が最も使う可能性があろう文型をいくつか特定して選択し、指導するこ とが多い。しかしながら、現実の言語運用場面では、同じ表現効果を求める場合でも、様々 な文型が使用される。また、特定の文型ではなく、話し手自身が組み立てる、または話し 手と聞き手の相互作用によって組み立てられる一定の談話構造によって「アドバイス」な どの「用法」を達成することもある。例えば英語のadviceに関して、その遂行に関する適