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6.1. 先行研究と問題のありか

初級レベルの日本語教育で多く行われる待遇表現教育は、親しい友人と話す際に使 用する普通体や初級後半に導入される敬語表現などがある。敬語表現では目上の人や 改まった場面でのことば使いを学び、普通体では友人とのくだけた会話表現などを学 ぶ。特に敬語表現は重要と考えられており、多くの教科書で尊敬形(~レル、~ラレ ル)、敬語(召し上がる、いらっしゃるなど)、謙譲語(うかがう、拝見するなど)が 主な学習項目となっている。敬語表現を初級ではなく、中級で扱う教科書もあるが、

ほとんどの教科書が初級の後半もしくは最後に取り入れている。おそらく日本語学習 者の全てが上級または超級レベルに達するわけではなく、中級レベルにとどまる、ま たは初級レベルで学習を終える学習者も多くいるためであろう。初級レベルで最低で も敬語表現は必要という考えが根底にあるからと思われる。それだけ、敬語表現をは じめとする待遇表現は日本語教育の中で重要な位置を占めると言える。

一方、日本語教育の中で待遇表現教育を1つの文法上の学習項目とは見なさず、学 習者に初級の初期の段階から待遇表現の意識を持たせることを主張する川口 義一

(1987)は、「敬語という言語現象が卖に文法上・意味上の問題だけでなく,非常に 広範でかつ複雑なコミュニケーション上の問題を内蔵するもの」(同:126)と述べて いる。待遇表現を1発話といった小さい卖位ではなく、談話卖位といった大きな流れ の中で捉えていく必要性は蒲谷・川口・坂本(1998)や柏崎秀子(1992)などでも指 摘されており、宇佐美まゆみ(1998)はポライトネスを談話卖位で捉える「ディスコ ース・ポライトネス理論」を提唱している。

蒲谷宏(2003a、2003b、2003c)は、従来の敬語の教育/学習や、待遇表現の教 育/学習に対する考え方をさらに発展させるものとして、「待遇コミュニケーション」

という捉え方を提唱している。蒲谷(2003b)は「待遇コミュニケーション」(以下、

「TC」)を次のように規定している。

「TC」の最も簡潔な規定としては、〈「TC」とは、「待遇表現」「待遇理解」の総称であ り、「待遇表現」「待遇理解」を相互交流の観点から捉えようとするものである〉というこ とになる。…(中略)…「TC」というのは、それぞれの行為を個別のものとしてではな

く、相互に関わりのある「コミュニケーション行為」として包括的に捉えようとするもの である。したがって、「TC」として扱われる範囲は、例えば、「語」のレベルの「敬語」

から、相手を貶めるような「コミュニケーション行動」まで、非常に幅広いものとなる。

ただし、それらが個別に切り離された形で捉えられるのではなく、「TC」全体の中に位 置づけられている必要がある。

(蒲谷2003b:2)

敬語のみならず、くだけた表現までを含む幅広い意味での待遇表現教育が現在の日 本語教育には必要であり、待遇表現教育を相互に関わりのある「コミュニケーション 行為」として捉えることはきわめて重要であろう。筆者が考える口頭表現教育も、「自 分」と「相手」の相互行為として、「語」レベルや「文」レベルではなく、談話レベル で行うべき教育であると考える。談話レベルで考え、表現の選択を行わなければ、時 として不適切な表現を選択する結果となるからである。例えば、日本語教育の初級文 型に~テモイイがある。主に「許可求め」または「許可与え」の「用法」で導入され る初級文型である。~テモイイデスカで許可を求められたときの答え方の指導を『み んなの日本語初級Ⅰ 教え方の手引き』(以下、『みんなⅠ・手引き』)では次のように 述べている。

Vて形+もいいです

これは許可を表す表現である。この表現で許可を求められたときの肯定の答え方は「い いです(よ)」「どうぞ」などを用い、許可しない場合は、個人的なことなら「すみません。

ちょっと…」、規則などで許可できない場合は「いいえ、いけません/だめです」を用い る。

(『みんなⅠ・手引き』:161)

もし、デパートの洋服売り場で客が試着してもよいか店員に尋ねる場面なら、「着て みてもいいですか」という問いに対して店員が「ええ、どうぞ」と答えることは考え られる。しかし、デパートの店員が客に新製品のアンケートへの回答の協力をお願い している場面で、客が「(アンケートは)後日、郵便で送ってもいいですか」と尋ねた 場合の店員の答えは「ええ、どうぞ」「いいですよ」では不適切といえよう。客の発話

「(アンケートは)後日、郵便で送ってもいいですか」が、表面上は「郵便で送ること」

が客の利益につながることを示しているが、実際は郵送であろうとなかろうと、「アン ケートに回答すること」は、デパート側の利益につながるというような場合である。

このような文脈下で客が~テモイイデスカを用いて表現することを、蒲谷・川口・坂 本(1998)は「あたかも許可求め表現」(同:129)と呼んでいる。「あたかも許可求 め表現」とは、「郵便で送りますね」という意図であるにもかかわらず、あたかも許可 を求めるかのように、「許可求め」の文型~テモイイデスカを使用する表現のことであ る。レストランで水をもらうときの「お水をもらってもいいですか」なども「あたか も許可求め表現」であり、「許可求め表現」は丁寧度が高い表現であるため、他の表現 意図であっても、「許可求め表現」の文型~テモイイデスカを用いることで丁寧さの度 合いを上げることがある。「あたかも許可求め表現」などが存在することは、~テモイ イデスカが常に「許可求め」の「用法」で用いられるとは限らないことを示している。

当該文型の「意味」や「用法」は一文卖位ではわからない場合もあり、どのような 談話で、どのような文脈の下で用いられているのかを常に考えなければならないので ある。また、蒲谷・川口・坂本(1998)は、当該行為が「自分」や「相手」にとって、

社会的立場などから考えてどのくらい「しなければならないことか」という点(同論 文は、これを「当然性」(同:132)と呼んでいる)を考慮することで適切な待遇表現 使用が可能になると指摘している。例えば、デパートの客がアンケートを提出するこ とは「当然性」が低い行為であるが、学生が期末レポートを提出することは「当然性」

が高い行為であると言える。文型の提示が、「当然性」などを含めたさまざまな文脈の 要素から切り離されて行われた場合、時として待遇上不適切な表現使用になりかねな い。このように、文脈から切り離された表現指導によって、学習者の文型使用に待遇 上の問題が起こる可能性を本研究は「待遇度の硬直化」と呼ぶ。

本章は 6.2.において、日本語の教材・教科書が~テモイイデスカへの忚答表現の指

導をどのように記述しているかという調査「~テモイイデスカへの忚答表現の教材・

教科書調査」について述べ、6.3.では、学習者と日本語母語話者が、ある文脈下におい て、~テモイイデスカの忚答表現をどのように捉えているかを明らかにする「学習者 と母語話者対象の~テモイイデスカへの忚答調査」について述べる。

6.2. ~テモイイデスカへの忚答表現の教材・教科書調査

本節では、日本語教育の教材・教科書に、~テモイイの文型の指導、または学習者 の文法解説において、前節で例として挙げた『みんなⅠ・手引き』と同様の記述が見 られるかどうかを確認する。調査対象は参考書や事典などの教材と第4章と第5章の 教科書調査で使用した「教材ベスト8」(1990/3~2003/1凡人社調べ)の8つの教科書 である。なお、本調査では、当該教科書に文法解説書英語版や教師用指導書などがあ るものはそれらも含めた。8つの教科書とは『みんなの日本語』『新日本語の基礎』『新 文化日本語』『実力日本語』『Situational Functional Japanese』『初級日本語「げんき」』

『初級日本語新装版』『Japanese for busy people』である。

『新版 日本語教育事典』では、~テモイイを許容の表現とし、「聞き手の行為につ いて平变文で用いると許可を与える文になり,…(中略)…話し手の行為について疑 問文で用いると聞き手に許可を求める文になる。」(同:142)とある。

『初級日本語文法と教え方のポイント』では、~テモイイは、「テ形+もいい」の形 で許可を表します」(同:107)とし、「「目上の人」に使うと失礼になるので使わない ほうがよい」(同:110)と書かれている。

坂本恵(2002)は「許可求め」の返事となる表現を以下のように述べている。

「許可求め」の返事としては「~てもいい(です)(よ)」が典型的な表現となるが,この 形ははっきり自分に権限があることを示すことになるため,それを避けて丁寧にするため に,「どうぞ」あるいは「~してください」の「依頼」の形をとることもある。「これ,い ただいてもいいですか」に対する「どうぞ,お取りください」のような場合である。

(坂本2002:120)

『どんなときどう使う日本語表現文型200』では、「許可を求めたり、与えたりする 言い方。主に動詞につく。主語は普通、省略される。求めに対しての答えは「はい、

Vてもいいです」「いいえ、Vてはいけません」より…(中略)…「はい、どうぞ。V てください」「すみませんが、Vないでください」を使うことが多い」(同:88)とい う解説がされている。

次に教科書における~テモイイについての指導方法や文法解説を見てみる。『みんな

Ⅰ・手引き』では、前節で述べたように、肯定の答え方は「いいです(よ)」「どうぞ」

(同:161)といった答え方の指導を勧めている。