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4.1. 研究背景

日本語教育の初級で導入される評価的複合形式の文型の1つに義務表現~ナケレバ ナラナイがある。義務表現のバリエーションとして、そのほかにも~ナケレバイケナ イ、~ナイトイケナイなどがあるが、筆者は初級の日本語教育教材で取り上げられる 義務表現を「初級義務表現」と称し、日本語学習者(便宜上、非母語話者とし、以下、

本章ではNNS)が主に使用する義務表現を「NNS義務表現」、日本語母語話者(以 下、本章ではNS)が主に使用する義務表現を「NS義務表現」と称する。本章では、

NNSが日本語教育教材で取り上げられている「初級義務表現」の「形態」の影響を受 け、話しことばの「NS義務表現」の「形態」を使用することが難しいのではないか という仮説を立て、日本語教育教材の調査とともに、インタビュー形式の話しことば コーパスのデータをもとにした調査を行うこととした。調査に使用したコーパスは、

インターネット上に公開されている「インタビュー形式による日本語会話データベー ス」7のコーパス・サンプルである。当コーパスは、NNSの会話能力判定方法として 知られているOPIの手法を採用し、NSとNNSを対象として両者の会話データを 収集、作成したものである。

本調査の結果、インタビュー形式の話しことばの「NS義務表現」と「NNS義務 表現」の使用傾向に大きな違いが見られ、NNSが「NS義務表現」の「形態」を十 分使えていないことが判明した。この結果を受け、学習者が様々な場面における義務 表現の「形態」に気付く機会を中級以降に設けることを提案する。場面に忚じた多様 な義務表現の「形態」を中級以降に学習することで、日本語学習者が多様な表現の「形 態」を使えるようになると考えるからである。

4.2. 先行研究

NSの義務表現使用傾向を量的調査したものに小西(2008)がある。同論文は「調 査データとなるコーパスを「媒体」「場」「聞き手との相互作用」の3つの言語外的要 素から規定し,具体的な出現場面から義務の表現の各バリエーションの出現傾向を記

7 『平成8-10年度文部省科学研究費補助特定領域研究「人文科学とコンピューター」公募研究(「日本

述」(同:73)している。調査結果から「音声言語のコーパスでは「なきゃ+いけない」

という形式が高い確率で出現し,文字言語では「なければ+ならない」という形式が 義務の表現としてほぼ固定的に使用される」(同:73)と結論付けている。本研究は、

NSの義務表現の運用実態を明らかにするだけでなく、NNSの義務表現の運用実態 も明らかにする必要があると考え、インタビュー形式の話しことばのコーパスを使用 し、NSとNNSの運用実態の比較調査を行うこととした。本調査結果から、小西

(2008)が示す「3つの言語外的要素」(同:73)以外の他の要素が、義務表現の形 態選択に影響を及ぼす可能性についても言及する。

4.3. 日本語教育教材の調査 4.3.1. 調査方法

清ルミ(2004)の調査で取り上げられた「凡人社における店頭販売・個人注文を除 く国内外の日本語教育機関売上(1990年3月~2003年1月)の書籍別割合」(同:5)

のデータを基に出したベスト8の8つの教材を対象とし、「教材作成方針(主に四技能

8の指導について)」と指導の対象と考えている義務表現の「初級義務表現」について 調査を行った。調査対象教材は、『みんなの日本語』(以下、『みんな』)『新日本語の基 礎』(以下、『新基礎』)『新文化初級日本語』(以下、『新文化』)『実力日本語』(以下、

『実力』)『初級日本語「げんき」』(以下、『げんき』)『Situational Functional Japanese』

(以下、『SFJ』)『初級日本語新装版』(以下、『初日新』)『Japanese for busy people』

(以下、『JFBP』)の8つである。

まず、教師用指導書や教科書の使い方などに述べられていることを中心に調べ、主 に四技能の指導の方針を探る。「教材作成方針(主に四技能の指導について)」の調査 については4.3.2.で述べる。「初級義務表現」の調査は、上記の教材の中の教科書に対 象を絞り、導入文型や参考文型(中心的な文型ではないが、参考として挙げられてい る文型)の「形態」について調査を行った。「初級義務表現」についての調査結果は 4.3.3.で述べる。

4.3.2 日本語教育教材の教材作成方針

本項では、それぞれの教科書・教材の四技能の指導に対する考え方や教材作成の方

8 「話す」「聞く」「読む」「書く」の4つの技能のこと

針などについての調査(以下、教材調査)結果を分析する。

『みんな』の教師用指導書『初級Ⅰ 教え方の手引き』の編集方針には「会話力の育 成のために「話す」「聞く」の練習が中心となっているが、入門期の段階(第6課以降 各課)から「読む」問題を加え、『みんなの日本語初級Ⅰ・Ⅱ』を終えた段階では、読 み書きにも重きをおく中級への学習が無理なく展開できるように工夫してある」(同:

2)と書かれている。

一方、『新基礎』の教師用指導書では「この教科書は初級学習者の会話力の育成を目 的とするもので、読み書き指導は考慮の外にある」(同:6)と書かれており、「話す」

「聞く」学習のための教科書であることが明示されている。

『新文化』は本冊の巻頭「1.本書の特徴について」の中で「第一に、文法を体系 的に習得し、将来高等教育を受けるに足る高い忚用力を積み上げられるような土台を 作ること、第二に、日本の生活で日々直面する場面でコミュニケーションができるよ うにすることである」(同:6)と述べている。

『実力』は卖語・文法解説書(韓国語版)で、「話す」「読む」能力を伸ばすことを 目的としていることが書かれている。「話す」能力については、「基礎会話」において 会話使用例を提示しており、「縮約形の混じった会話独特の表現を提示し、積極的に「ダ 体」の会話も扱うように」(同:5)している。また、「談話構造練習」で「会話文」と

「独話文」に形式を分けて導入していることが書かれており、他の教材に比べて、さ らに「話す」能力を伸ばす内容のものとなっている。なお、義務表現に関しては、教 科書本冊では取り上げていないが、卖語・文法解説書(韓国語版)の中で、「~しなき ゃ(省略)」、「~しなくちゃ(省略)」の形が口語的表現として紹介されている。

『げんき』は、本冊の「本書について」において「総合教材として、日本語の四技 能(聞く・話す・読む・書く)を伸ばし、総合的な日本語の能力を高めていくことを 目標としています」(同:8)と述べている。また、『げんき』の教師用指導書『げんき 教師用指導書』では、各課に「会話・文法編」と「読み書き編」を設けていることが述 べられている。『げんき』は、このように四技能を学習する目標を明確に述べている教 材である。

『SFJ』は、本冊「Ⅰ SFJの使い方」において「日常生活にとりあえず必要な 日本語力をつけるだけではなく、その後に続く研究活動や日本人との深い付き合いに 役立つ、さらに高度な日本語力の基礎を作るという目標からも最適な学習ができるよ

うにデザインされています」(同:3)と述べており、特に「話す」能力に関しては、

「自然な日本語のモデル」(同:3)を採用し、できるだけNSの自然な日本語に近い 表現を学習できるようにしている。また、付属教材のdrillsやReportなどで無助詞や 縮約形ではない書きことばとしての学習も用意されている。

『初日新』は、教科書の「内容と構成」のページで「日本の大学に進学するため、1 年の短期集中予備教育を受ける留学生を対象として編集されたものである。…(中略)

…対象とする学習者は、日本語を初歩から学び、その後、基礎科目(文科系は、政治・

経済・歴史など、理科系は、数学・化学・物理など)を日本語で学ぶ留学生である。

したがって、日常生活のみならず、専門分野における知的活動をも可能にするための

「聞く・話す・読む・書く」の四技能の総合的養成をめざすものである」(同:ii)と、

四技能を学習する目標を明確に述べている教材である。また、「話し言葉としての自然 さよりは、規範性を重視している。話し言葉に特有の、助詞の脱落、文成分の大幅な 省略などは扱っていない。縮約形については、最後の課でごく基本的なものに限って 提出した」(同:ii)と述べ、四技能の養成を目指しながらも、書くための文法を重視 していることがわかる。なお、最後の課で取り扱う縮約形の中には義務表現の一部~

ナキャ、~ナクチャについての記述はなかった。

『JFBP』は、第1巻教師用指導書の主な特長の項目で、「日本語が実際に使われ ている場面や状況を意識した会話練習」と「CDを聞いて、その内容についての設問 に答える練習問題」を新たに設けて、より「話す」「聞く」の能力を伸ばす教材となっ ていることを示している。

以上、8つの教材の調査結果より、『新基礎』以外、どの教材も中級以降の学習の土 台を築くために発展的な学習ができるような教材作成を目指していることがわかる。

4.3.3. 日本語教育の教科書における「初級義務表現」の調査

本節では、8つの調査対象の教科書で取り上げられている「初級義務表現」の「形 態」について調査(以下、教科書調査)を行う。教科書調査の項目としてあげた「初 級義務表現」の「形態」は教科書調査の結果から得られた7項目である。それぞれの 項目について、普通体(例:~ナケレバナラナイ)と丁寧体(例:~ナケレバナリマ セン)を調査した。なお、便宜上、調査項目の名称は普通体の名称とし、調査項目の

「形態」を教科書調査では「文型」と称する。「初級義務表現」の教科書調査の結果か