第Ⅱ章 科学的探究とアブダクション 科学的探究とアブダクション 科学的探究とアブダクション
第2節 推論の分類 推論の分類
第2節 推論の分類 第2節 推論の分類 第2節 推論の分類
4)2 2 2
2
-1 1 1 1 第一の方法 第一の方法 第一の方法 第一の方法
形式的三段論法は,大前提と小前提から結論を導き出すものである.ここではパ ースの例に従って,白い豆の入った袋から豆を取り出すことについて考える(2,623).
① ディダクション
大前提(ルール)― この袋から取り出した豆はすべて白である.
小前提(ケース)― これらの豆はこの袋から取り出したものである.
∴ 結論(リザルト)― これらの豆は白である.
この場合,前提(ルールとケース)が真であれば,結論(リザルト)も必ず真と なる.一般的には,この種の推論を演繹と呼んでいる.しかし,ここでは,ルール とケースからリザルトを導き出すということでディダクションと名付けておく.
次に,この三つの文の順を入れかえる.
② インダクション
ケース ― これらの豆はこの袋から取り出したものである.
リザルト ― これらの豆は白である.
∴ ルール ― この袋から取り出した豆はすべて白である.
この場合,ケースとリザルトが真であっても,導き出されたルールは,必ずしも 真であるとは限らず,小名辞不当周延(fallacy of illicit minor)の誤謬を犯している.
例えば,この袋の中には白と赤の豆が入っており,たまたま取り出した豆が白かっ たということも考えられる.しかし,この種の推論が意味をなさないということに はならない.この推論は,ケースを増やすことによって確実性は増加する.つまり,
物事の真偽を確かめるのに有効な推論である.この推論をインダクションと名付け ておく.
さらに,次のように順を入れかえる.
③ ハイポセシス(アブダクション)
ルール ― この袋から取り出した豆はすべて白である.
リザルト ― これらの豆は白である.
∴ ケース ― これらの豆はこの袋から取り出したものである.
この場合,ルールとリザルトが真であっても,導き出されたケースは,必ずしも 真であるとは限らず,中名辞不周延の誤謬(fallacy of undistributed middle)を犯し ている.これらの豆は全く別の袋から取り出したものかもしれない.このように,
全く見当外れの可能性もある.この推論は当て推量に近いものである.しかし,全 く根拠がないわけでもなく,むしろそう考えることによって新しい知識を獲得する ことが可能となる.この推論は,ハイポセシス(アブダクション)と呼ばれている5).
2 2
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-2 2 2 2 第二の方法 第二の方法 第二の方法 第二の方法
次のような三段論法を考える.
④ Barbara6)
ルール ― すべての人間は死ぬものである.
ケース ― エノックとエリージァは人間である.
∴ リザルト ― エノックとエリージァは死ぬものである.
さて,リザルトを否定し,ルールを認めるとケースを否定しなければならない.
これは,Barocoで,第二格の典型である.
⑤ Baroco7)
リザルトの否定 ― エノックとエリージァは死なない.
ルール ― すべての人間は死ぬものである.
∴ ケースの否定 ― エノックとエリージァは人間でない.
また,リザルトを否定し,ケースを認めるとルールを否定しなければならない.
これは,Bocardoで,第三格の典型である.
⑥ Bocardo8)
リザルトの否定 ― エノックとエリージァは死なない.
ケース ― エノックとエリージァは人間である.
∴ ルールの否定 ― ある人間は死なない.
Barbara,Baroco,Bocardo は蓋然的な推論ではなく,必然的な推論である.そし
て,Barocoは,ハイポセシスと考えられ,Bocardoはインダクションと考えられる.
(2,630)
さて,④の代わりに,次のような蓋然的ディダクションを考える.
⑦ 蓋然的ディダクション
ルール ― この袋の中の豆のほとんどは白である.
ケース ― 手にいっぱいの豆はこの袋から取り出したものである.
∴ リザルト ― たぶん,手にいっぱいの豆のほとんどは白である.
リザルトを否定し,ルールを認めると
⑧
リザルトの否定 ― 手にいっぱいの豆のほとんどは白でない.
ルール ― この袋の中の豆のほとんどは白である.
∴ ケースの否定 ― たぶん,手にいっぱいの豆は他の袋から取り出した ものである.
次に,リザルトを否定し,ケースを認めると
⑨
リザルトの否定 ― 手にいっぱいの豆のほとんどは白でない.
ケース ― 手にいっぱいの豆はこの袋から取り出したものである.
∴ ルールの否定 ― たぶん,この袋の中の豆のほとんどは白でない.
⑧はハイポセシスであり,⑨はインダクションである.
これら否定の形式は重要である.それは,「我々がある仮説を採用するとき,そ れは観察された事実を説明するというからだけではなく,それと反対の仮説もたぶ ん,それらの観察された事実と反対の結果に導くだろうという理由からも採用する.
同様に,我々がインダクションを形成するとき,それがサンプルにおける性質の分
散(distribution)を説明するからだけでないばかりか,ある特異なルールがたぶん,
そのもの以外のサンプルにもたぶん通じることからも引き出されるものである.」
(2,628)からである.
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-3 3 3 3 推論形式 推論形式 推論形式 推論形式
パースによれば,三段論法と一般の推論形式との間には次のような関係があると いう.
「すべての演繹的三段論法は次の形に直すことができる.
If A,then B; But A;
∴ B.
そして,この形式において小前提は,前件あるいは仮言命題の理由として表れる から,ハイポセシスの推理は,後件から前件への推論と呼ぶことができる.」(5,276)
したがって,アブダクションの論理形式は次のようになる.
驚くべき事実C が観察される C
しかし,もしA が真ならば,C は当然の事である A ⊃ C それゆえ,A が真ではないかと思う ∴ A
このアブダクションの論理形式に関して,第一にその形式が充たされていないな らば,それは仮説としてさえ認められない.なぜなら,仮説は事実を説明しなけれ ばならないからである.第二に,この形式は,明らかに後件肯定の誤謬(fallacy of
affirming the consequent)を犯しており,妥当ではない.もちろん,妥当でないとい
うことは,前提が真でも結論が真であるとは限らないということであり,無意味で あるということではない.ただ,誤りの可能性も多分にあるので,安全性を得るた めには,必ず検証されなければならない.第三に,「A の全内容がその前提『もし Aが真ならば,C は当然のことである』にすでに表されていなければ,A はアブダ クション的に推理(be inferred)されえない,あるいは,次のように表現してもよ い.アブダクション的に推測(be conjectured)されえないと.」(5,189)
つまり,Aの内容が存在し,それがCと結び付けられなければ,アブダクション になり得ないのであり,その結び付きこそがアブダクションの本質である.「アブ ダクション的な暗示(suggestion)は閃きのようにやってくる.それは,洞察(insight) の行為であるが,非常に誤りやすい洞察である.仮説の様々な要素が以前に我々の
精神にあったというのは真である.しかし,我々の考察以前に新しい暗示を閃かす のは,我々が以前には決して一緒にしようとは夢にさえ見なかったものを一緒にし ようとする考えである.」(5,181)パースは,アブダクションが明確な論理形式をも つことを示した.ただし,ハイポセシス(アブダクション)に関する説明については,
注意が必要である.というのは,パース自身が後年,次のように述べている.「私 は今でも,それ(1868年の推論の三分類)は,しっかりした基礎であると考える.た だ,今世紀(20世紀)の初頭以前に公刊されたほとんどすべてのものにおいて,私は 多かれ少なかれ,ハイポセシスとインダクションを混同してきた・・・.」(8,227)
さて,前述の三段論法の例を仮言命題の形に直すと次のようになる.
「この袋から取り出した豆はすべて白であり,これらの豆はこの袋から取り出し たものであるならば,これらの豆は白である.」
ここで,「これらの豆は白である.」という事実から,「これらの豆はこの袋から 取り出したものである.」という仮説を引き出すためには,「この袋から取り出した 豆はすべて白である.」というルールを背後にもっていなければならない.同様に,
「この袋から取り出した豆はすべて白である.」というルールを引き出すためには,
「これらの豆はこの袋から取り出したものである.」というケースを背後にもって いなければならない.
つまり,上の例のハイポセシスとインダクションは,背後にもつものが異なるだ けで,基本的には同じものと考えることができる.すなわち,帰結から前提を推理 する推論であり,この二つの推論は,「これらの豆は白である.」という事実を説明 するための仮説を形成することになる.そのため,どちらもアブダクションと考え ることができる.
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-4 4 4 4 推論の分類に関する考察 推論の分類に関する考察 推論の分類に関する考察 推論の分類に関する考察
パースの推論の分類に関する考察については,竹内と上山によるアブダクション をめぐる往復書簡に興味深い記述がある.上山はパースの3推論を,ルール(普遍), ケース(特殊),リザルト(個別)から,それぞれ表 1 のように形式化し,大陸移 動説を例に説明している.
「パースは,ルール(普遍)とケース(特殊)からリザルト(個別)を推論する のをデイダクション(演繹),ケースとリザルトからルールを推すのをインダクショ ン(帰納),リザルトの観察から出発し,あるルールをふまえて,ケースを推測す るのをアブダクション,といったぐあいに特徴づけているのですが,大陸移動説の 場合は,まず世界地図をながめて,大西洋をはさむ両側の大陸の海岸線の相似に気 づき,はじめ一体だったのが,分裂を生じて,だんだん左右にはなれていったので は,と思いつくプロセスが,まさしく,パースのいうアブダクションのプロセスに なっていると思います.
この場合,海岸線の相似に気づく,というのが,リザルトの観察から出発するこ とを意味します.そして,両側の大陸の移動を推定するのは,ケースの推測にあた るわけですが,こうした推測は,ふつうの常識とか科学の一般的ルールを前提とし ていたにちがいありません.
したがって,右(上)の推論過程は,
リザルト → ルール → ケース といった形になるわけです.
表1 ディダクション,アブダクション,インダクションの分類
deduction (rule - case - result) induction (case - result - rule) abduction (result - rule - case)