第Ⅱ章 科学的探究とアブダクション 科学的探究とアブダクション 科学的探究とアブダクション
第3節 アブダクション アブダクション
第3節 アブダクション 第3節 アブダクション 第3節 アブダクション
13)3 3 3
3
-1 1 1 1 探究の三段階 探究の三段階 探究の三段階 探究の三段階
諸学問における方法論は,教育にとっても重要である.パースは諸学問における
方法論(Methodeutic)の一般化を追求した.パースの方法論の研究とは,探究の過
程の論理的研究に他ならない.デューイは,「私の知るかぎり,パースは,探究と その方法を論理学のテーマの根本的な究極の源泉とした最初の論者であった.」14)
と述べている.
パースによれば,探究とは「疑念(doubt)が刺激となって,信念に到達しよう とする努力」(5,374)のことであり,「意見の確定(settlement of opinion)が唯一の 目標である.」(5,374).そのために最適な方法が「科学の方法」である.それは,
信念を人間的なものではなく,何らかの実在的なもの(something Real)によって 規定するような方法である.「科学の方法」は実在(real)に依存する.「様々な人 々が非常に相反する見解で出発するかもしれないが,探究の進歩に従って,彼らは 外部の力(a force outside of themselves)によって,一つの同じ結論に導かれる.」
(5,407).そして,「すべての研究者によって究極的に一致するように運命づけられ
ている意見こそ,我々が真理と意味するものであり,この意見に表されている対象 こそ実在に他ならない.」(5,407).
パースは,推論の研究を進める中で,探究の三段階を位置付けた.探究の第一段 階は,アブダクションあるいはリトロダクション(retroduction)と呼ばれる.それ は,ある驚くべき事実の観察に始まり,仮説の定立で終わる.「探究は,それらの 現象の驚きが解消されるだろういくつかの観点を追求して,あらゆる局面において 熟考する(pondering)ことによって始まる.」(6,469).そして,「ついに,可能的
な説明(explanation)を与えるような一つの推測(conjecture)が生じる.そして,
可能的説明で意味されることは,前提としての,その信に値する予測の真理が与え られると,その驚くべき事実が,その生起する状況に必然的に伴うものとして示す がごとき三段論法のことである.この説明のために,探究者は彼の推理あるいは仮 説を好意をもって見なすように導かれる.私の言葉で言うと,彼は一時的にそれを
『もっともらしい』(plausible)と考える.」(6,469).観察から,ある推測あるいは 仮説が思いつかれるものであるが,それを前提とすることにより,驚くべき事実が
当然の結果となる場合,その仮説は受け入れられる.しかし,「その受け入れは,
様々なケースに及ぶ-当然のことそうなるが-それは,注意と解答に値する問いと してそれを疑問の形で言い表すだけのことから,もっともらしさ(plausibility)の あらゆる評価を通って,信じざるを得ないというケースまである.」(6,469).
パースは,以上の操作を次のように説明している.「驚くべき事実の注目と仮説 の受け入れのあいだの一連の精神作用,そのあいだには普通には,従順な理解
(understanding)が歯のあいだの一口の食物をかんでいるように,そして我々をし てなすがままに,適切な状況を求めさせ,その状況を把握させ,時にはそれと気付 かず,それらの状況を探究させる.そして,闇の中の努力,ついで驚くべき推測の 爆発,しかもそれが,錠の中の鍵を前後に回すように,その変則(anomaly)にう まく合わすことに気付かせる,そして,そのもっともらしさ(Plausibility)の最後 の見積もりをする.私は以上が探究の第一段階を構成すると考える.」(6,469).そ して,「その特色ある推論の形式化を私はリトロダクションと名付ける.すなわち,
後件から前件への推論である.」(6,469).
以上のように,驚くべき事実から仮説の受け入れに至る探究の第一段階は,リト ロダクションと呼ばれる推論の形式化であることが明確に示される.ただし,それ は,「論法(argumentation)よりは論証(argument)の形式である」(6,469)ことに 注意する必要がある.リトロダクションによって受け入れられた仮説は,必ずしも 真ではない.なぜなら,「リトロダクションは安全性(security)を与えない」(6,470) からであり,安全性を得るためには,「仮説はテストされなければならない」(6,470) のである.「そのテストが論理的に妥当であるためには,リトロダクションのよう に現象をじろじろ見つめることによってではなく,仮説の吟味とそれが真であるこ とから導かれるだろうあらゆるたぐいの条件的経験的帰結全体で正直に出発しなけ ればならない.このことは,探究の第二段階を構成する.」(6,470).そして,「この 特色ある推論形式に対して,われわれの言語は二世紀に渡って,幸いにもディダク ションという名を与えてきた.」(6,470).こうして,探究の第二段階は,仮説の吟 味から始まり,仮説の帰結を集めることで終わり,その推論形式はディダクション であることが示される.ただし,このディダクションは,以前の分類の③であるア ブダクティブなディダクションも含むことが重要である.
このディダクションは,二つの部分に分けることができる.「その第一過程(step)
は仮説を展開するために,すなわち,できるだけ完全に明確さを仮説に与えるため に,論理的分析によらなければならない.」(6,471).この過程は論証(argument) であるが,リトロダクションと異なり,経験の不足から間違うはずはなく,正当に 行えば真なる結論に到達する.第一過程の論理的分析すなわち仮説の解明が終わる と,第二過程の展開に移る.「展開は,証明あるいはディダクション的論法によっ て導かれる.」(6,471).論理的分析により,前提としての機能を明確にもった仮説 から様々な帰結を導き出すことが,第二過程の展開である.
「ディダクションということの目的,すなわち,仮説の帰結を集めることが十分 に実行されると,探究はその第三段階に入る.それは,それらの帰結が経験とどれ ほど一致するかを確かめることであり,仮説がかなり正確か,あるいは,ある本質 的でない修正を必要とするか,あるいは,全く却下されなければならないかに応じ て判断することである.」(6,472).そして,「その特色ある推論の方法はインダクシ ョンである.」(6,472).こうして,探究の第三段階は,仮説からの帰結を事実と突 き合わせ,その評価で終わることが示される.
インダクションは,三つの部分をもつ.「というのは,それは,分類によって始 められなければならないからである.それは,インダクション的な非論法的な種類 の論証であり,それによって,一般観念は経験の対象に結び付けられるというより むしろ,経験が一般観念に従属する.テスト論法(testing-argumentations)すなわち,
適格試験(Probations)に至る.そして,全探究は第三過程の判決の部分(Sentential part)をもって結論づけられるだろう.その判決の部分は,インダクションによっ て,様々な適格試験単独に評価し,それからそれらの結び付きを評価し,それから まさにそれらの評価自体を自己評価し,そして,全体の結果の上に最終判断を下す のである.」(6,472).
まず,第一に,我々は仮説からの帰結である一般観念に経験を結び付けるために,
対象の分類から始めなければならない.次に,適格試験に移るわけであるが,この 段階は,インダクション的論法であり,それは次の判定のための論法である.この 論法には,二種類のインダクションがある.一つは,荒いインダクション(Crude Induction)と呼ばれるもので,「論理的な全称命題(Universal Proposition)を結論づ ける唯一のインダクションである.」(6,473).それは,単純枚挙による推理のこと で,たった一つの反証によって崩れる弱い種類の推論である.
もう一つは,段階的なインダクション(Gradual Induction)であり,新しい実例 のたびに仮説の真理性を評価し直す推論である.それには,量的インダクション
(Quantitative Induction)と質的インダクション(Qualitative Induction)の二つがあ る.例えば,豆の入った袋の中から,手に一杯の豆を取り出し,そのうちどれだけ の割合で不良の豆があるかを調べることにより,袋に入っている不良の豆の割合を 調べる場合にこのインダクションが用いられる.もし,手に一杯の豆の一割が不良 品であったとすれば,袋の中にも約一割の不良品が入っていると推理できる.以上 の例からもわかるように,この種の堆理は数えられるものが対象となり,そこに表 される事象は互いに独立であることが必要であり,公平なサンプルと前もって指定 された性質(predesignated quality)によって可能となる.つまり,量的インダクショ ンは統計学に基づく堆論(statistical induction)なのである.
一方,質的インダクションは,一般的に最も有効なインダクションである.「そ れは,荒いインダクションのようにひとかたまりでの経験に基づくものでも,等し い証拠に基づく値(equal evidential values)の数えられる事例の集合でもなく,次 のような経験の一流れに基づいている.すなわち,証拠となる相対的な値が,我々 の上に創り出される印象に従って評価されなければならない.」(2,759).例えば,「か つて大陸は一つであり,それが分かれて現在の大陸となった.」という仮説につい て考えてみよう.この仮説は,もともとアフリカの西海岸と南北アメリカの東海岸 の海岸線がよく似ているという事実から考えられたものである.さて,この仮説を 照明するためには,もしその仮説が正しいとならば,現在でも大陸が動いている,
あるいは,よく似た動植物や地質の分布が見られるなど様々な条件的予言を演繹し,
観察,調査することが必要である.こうしたインダクションは,一つ一つの証拠に 基づいて,その価値を確かめ,評価,判断しながら,仮説を修正したりより確実に したりする.そして,最終の判定により,探究の全過程は修了する.
このように,インダクションは理論から事実へ向かう推論であり,仮説の検証に かかわる推論である.以上,探究の三段階は表 5 のようにまとめることができる.