36商 経 論 叢 第30巻 第3号
0349) (e}各 融 畷 備の職(3隙 轍 台数 原動鵬 力数
̲*194‑1937瀦 鶉 驚年比(%)一 比 顧̲驚 辮 比(%)1947年 比
械器管瓦器む糸物糸{糸類
襯磁根伽紡織綱
繊陶陶屋七石毛毛玉撚麻 函品品酢油聯製製醤
磐 竹 ﹂食 輔
9,493
3,500
2,000
1,500 1,812
注)*印 は 尾 颯 丹 羽 ,葉 栗各機 械器 臭i:業 組合 の み 資 料)名 古 屋 商1二会 議 所 〔1947〕 よ り作 成
。
として 「 膿 実施翻 が作成 さ姻 日軍需僕 関係者
ノ農業等ヘノ転業指
導」 が行 われ た。
[暉 需 僕 並 工之 灘 セル前 公共団体 ヨ リノ失儲 或一今後整理 セラル、」キ 官民余剰損 二就 テー ソノ中ノ適儲 ヲ選抜 シ欄 墾地緊急蹴 鮒
ノ癩 或一製 蝶 水産力・騰 醜 業等 ノ癩 ノ タメ転用 喰 糧及:1:原 料
ノ腱 二寄 与スル ト 共 二併セテ失業対策(外 地引揚民及戦災者救済簸 ヲ含 ム)物 価対策
二資セ ン鋤
また・ 当暁 農村工業 の癩 醐 力橦 業再建 の環 と し
て国虹 業の名 の 下 に行 われて いた・儂 工協力中央会」の 「 甑 工羅 腰 綱」
は,「国民 工業
ハ農工 一 体 ノ形 態 二触 経 営 セ ラルノレ農 村(山 漁村 ヲ含 ム)所 在 ノ中 小規 模 ノエ
業 タルコ ト」 と して いる・労働力嗣 の中で沖 小ー の 「 労瀦 確 縣
」
(348) 戦 後 復 興 期 にお け る中小 企 業 の再 編 田37
(表一8)炭 坑 労務者 数(各 年6月 末人数) 年 次
1939 1940 1941 1942 1943 1944
293,019 322,141
辮死
236,3242,?4,394 9,393 13,398 20,4s2
朝 鮮 人
9,578 33,969 54,453 54,291
繭呼
…「 所両L‑ 一
125,535 一 一
124,390‑
2,
1‑一 一 『5
一一 ,71' 19, 1945
出所)配 記 者 齋 五946〕,P.8,第9表 よ り作 成・ た だ し源 資 料 は通産 省 調 べ
到 1 輪 圃
「昭 和12年 前 は 年 産35・ ・ 万 ト ンが 正 常 の 轄 高 で あ っ た の が ・ そ の 後 特 に 昭 和14 鞭 以 關 際 脇 の 緊 迫 化 に と も な ひ 土曽産 が 醸 さ れ た ・ そ し て 昭 和18年 度 ま で は 生 産 は 上 昇 を 辿 っ て 年 産55・ ・ ノJト ン を 示 し た が ・ 昭 和19{渡 に お い て 急 か ブ の ド降 と な り5。 。。万 ト ン割 れ に な っ た.こ の 傾 向 は … … 昭 不U2・ イ丁渡 に は 行 って い よ い よ 急 激 姓 醐 退 を見て ゐ る.… …鱒 こ次 ぐ鰍 で1・ 月 の こ吉評 過 去数年 の月産450 万 トンに比 べ る と実 に九分 の一 といふ惨rる 出炭 高 とな った・」
こ の よ うな 石 炭 纏 高 の 灘 は な ぜ で あ ろ うか ・ 減 産 の 原 因 と して① 「労 務 構 成 の 変 態 性 」 ② 哺 修 鮒 の 供 給 促 」 ③ 「濫 掘 の 轄 」 を 指 摘 して い る・
で は,① 「労 務 構 成 の 変 態 性 」 と は ど う い う こ とか 。(表 一8)に あ る よ う に,
「戦 時 中 に お ける炭坑労 鵬 成 の変遷 を通 じて:・ 近 にお いて は炭坑 労務 は魚羊鰍 (マ マ,以 ド同様一 筆者)の 負 ふ ところ頗 る大で あ った・そ の鮮 鰍 が繊 と購 こ炭 坑治安を撹乱 し搬 内地青壮勒 務者 騨 で きぬ事態 とな つたのである・ か くて全 国各炭坑 は一時全 く閉息の状態を現出 した。」
その うえ,敗 戦 と と もに徴 用 働 員 され て い た工場 轍 勤 労 者 渤 報 隊 艇
(4ア
身 隊 が 退 山 した 。
ま た,② 哺 修 資 材 の 供 給 不 足 」 と は掘 憩 こ必 要 な 資 材 と くに 鋼 材 の 不 足 で あ っ た 。
「炭坑 は採炭 す ると同時 に,こ れ と平行 して他方 において掘進 す る こと樋 要で・ こ の両 々撒 って炭坑 の生命 は維持 され平均醗 産 を維持 す ることが出来 る・ しか る}こ 掘進 腰 す る所 酬 の供給 な くして採 炭 のみ に努 め る とTそ の弊害 はいずれ のBlこ か 瀦 に現 われて くる.髄 にお ける生産 腿 はそ の糊 で あ る・昭和咽4破 以 降 炭
38商 経 論 叢 第30巻 第3号
(347) (表 一9)炭 鉱 に お け る 鋼 材 入 手 高(単 位:一 ヵ 月 当 り ト ン)
一 隅
暦年 鋼材入稿7‑…
1939
『
12,5QO
}
10,417
1940
㎜ 一
1941
一
}一 一̲ 一
10,295 1942
}一 一 『
6,333
一一 一
1943
‑̲
一『
5,218
1944
』 〜
一 一一
2,450 1945
一一一 →
2,463
一層一 一一̲一
注)1945年 のみ ト期入手高
漸)商ll記 絵 編 〔1946)・P・8,第1・表より幟 ,た だし源 酬1樋 産欄 べ 坑 にお ける
cas)見 ると一 六4君までの一 姐 一万 トン以・二が一 七年殿 降i' の傾 向を辿 ってい る。」(・)
さ ら に,③ 「濫 掘 の 弊 害 」 は次 の よ うな 事 態 で あ る
。
「政府 は常 に・で は将 来性 を考 えて掘進 に も努 力せ よ とは唱
へ たがr実 際上 の ・」k割 当1擦 は炭 坑 に と って はあ る程 度堀 進 を犠 牲 に して も採炭 に全力 雄 力iねばな ら
ぬ 態 の もの で・ 濫掘 の搬 は さる朋 一[1か ら九 彫 ○ 日までの 瑚 間
,実 施 綻 の 縮 採掘 で あ った・ 政府 の施 策 は燃 と掘鰍 を搬 に転肌 て課 炭 に勤 を温 せ よ と鋼 炭 坑 に指令 した・ 然 しこの断末魔 的 な採炭 は八 月一五 日繊 とと もに鱒 態 に儲 したので あ る・ 由勅 姻 の子i炭生醐 は蟷 の状 態 にお いて1ま
、三千瑚 万 トンか ら四紡 トンで劫 ・ その余 の供給 量 は轍 に仰 いで いたの であ るが
,戦 争 中 は これを六 秘 トン採掘 を標 榜 し数年 間 はむ りにむ り鍾 ね て五 伍 動
トンを上 下 す るの成 構 収 めて きたの であ るが・ その醜 の弊が 昭稚 九 年 か ら騨 にな った も の といえ よ う。」
戦 後 政 府 は,応 急 対 策 と して 炭 坑 就 労 者 の 充 足 に 努 め た
。
「炭坑 に灘 る労酬 策唖 点が購 人の急速送還による治安の確保 と
,そ の齪 の 二点 にあ った・」 「しか し騰 人送還後1こお ける充 足 は実 に容 易 な らざ る隔
であ る。
現 在襯 に粥 腰 す る炭 坑労 瀦 は述 万人 と縦 され て いるが その急速 充足 は困 難 であ る・明 ℃ 日鵯 か な り応募 者力嚇 ものの離 山す る もの と差 し引 き し
いまだ純増はない模様 である。」 て,
以 上 の石 炭 鉱 業 にお け る状 況 と対応 の困 難 につ いて の 当局 の認 識 は
,ま もな く瀾 始 され た 「傾 斜生 産 方 式」 採 用 へ の経 済 政 策 の前 提 条 件 を な して い る と い うべ きで あ る。
(346) 戦後 復 興 期 に お け る中 小 企 業 の再 編[1]39
(5)敗 戦後 の生 産回復 と中小企 業
と こ ろ で 政 府 は敗 轍 の 纏 の 崩 壊 と そ の 回 復1こっ い て 次 の よ う に 考 え て い た0
「生産 を増加 す るため灌 業界の 舳 な繍 舌動 を お こさせ る・そ のため にはな るべ く統制 を撤廃 して泊 由放任繍 に復帰 させ る・(52)膨 張 に よるイ ンフ レー シ ョンの 懸念 は生産 さえ順 調 にす す めばそ う恐 れ るにた らな い。」
そ の た めs戦 時 中 の 統 制 砿 は 相 次 し・で 廃iヒ さ 批 ・輸 出 入 品 等 麟 措 置 法 ・ 国 家 糊 員 法,,. 時 緊 急 措 置 法 な ど は1945年 の暮 に は鰍 さ れ・そ れ らに 基 づ
く統 制 齢 は な お6力 賄 効 と さ れ た カミ訟 的 轍 を 失 って い た ・ こ の よ うな 状 況 の 下 で 次 の よ うな 「物 資 と資 金 」 の 放 出 が 行 わ れ て い た 。
「第 一に鵬 輔 費 の放 出が あげ られ る。す な わち轄 契 約 の生 産 によ る政府未払 金 の放 出で あ る.こ れ に よ って軍 譜 業特 に1暉 需 会社 はとにか く欝 を誰 す るので あ る.第 に戦時 補1賞が大内搬 のr蛮 勇をふ る って打 ちき るべ し』とい う・セ張(20年 1。∫117F」)に か かわ らず,存 続 され るこ とにな った・第 徽 麟 イ賞及騨 交 際利 子 翻 ちき られ ない ことに よ ってt地{立 が保 証 され た金 」.II;;関に よる飴 の増力ロで あ る・
期 に軍需品放齢 令によって軍鮪 の原材料,蠕 品が鋤 こ払 咳1拳 られ・ さら に隠 匿物資 緊急措 置令(21年2月)に よ りその酬 を はか る こととな った・」
しか しYこ れ らの 韻 は,イ ン フ レ ー シ ョ ン雄 行 さ せ て い った ・ 先 の 「金 融 緊 急 措 置 令 」 等 に よ る政 策 も さ した る効 果 を あ げ る こ と が で き な か っ た ・ そ
の結 果,生 産 は イ ン フ レー シ ョ ンの 進 行 に よ って 成 長 を妨 げ られ て い った ・ rr金 と物 』 を利肌 て粧 す るよ りも,そ れ を隠匿 して鰍 が りを まっ妨 力牒 に とって はよ り郁1で あ った し,生 産 面 よ りUI4通 面で活動 す る方が利潤 力∫大 きい と いえた.こ の よ うに轍 一 時麟 界1ま轄 よ り も投機 生 産 よ り も腿 蔵 とい う醐 が支配 し旧 本繍 再建 コー スを ゆカ̀め,生 艇 して ます ます舗 させ るに至 ったの で あ る.と く に こ れ らのr金 と物 』の 放 出1こ ほ と ん ど あ り つ け 織 つ た 中 小 企 業 都 お いて この傾 向が著 しく,闇 行為 が一 種 の正 当防衛 と も考 え られ た。」
こ の 時 期 牲 財 の 生 産 は停 滞 し消 費 財 の 生 産 が 伸 び て お り・ これ は 「戦
後繍 の特異なそ して危 険な型を示す 翻 」 と謙 されたが・ この消酬 の生
産 が,「 金 と物 」 とに あ りつ けず 「ス トック食 いつ ぶ し的 榊 小 牒 の活 蹴 負(56)
う と こ ろ が 多 い … … 。」 と 指 摘 さ れ た 。
40商 経 論 叢 第30巻 第3号{
345)
第2節 「傾 斜 生 産 方 式 」 と戦 後 初 期 中 小 企 業 問 題 の 登 場 (1)「 傾斜 生産方 式」 の開 始
戦 時 統 制 経 済 の 敗 戦 後 の 崩 壊 の 中 で 事 実 上 の 「自 由 経 済 」 の展 開 は
,上 述 の 過 程 を 辿 っ た が ・ ま もな くそ の 「自 由 経 済 」 の 終 焉 と再 度 の 「統 制r̲」 醐 が は か られ て い っ た・1946を 手三春 よ り,従 来 の 価 格 等 統 制 令 に か わ って 物 価 統 制 令(3月3日)・ 物 価 庁 の 発 足(8月12[ヨ) ,貿 易 等 臨 時 鞭 令 の 公 布(6月2川) , 戦 時 保 証 打 切 り(8月1・FD ・ 蝶 再 纏 備 法 等 の漣 の 繍 統 制 法 の 施 行(1。
月'911)・ 顛 鍵 公 庫 の 発 足(1・ 月8日) ,繍 安 定 本 部 の発 足(8月1211) , 物 価 統 制 令 に か わ る臨 時 物 蠕 糊 整 法 の 公 布(瑚)が 幽 られ
,翌47年 配 炭 公 団 は じめ 配 給 中 畷 関 と して の 公 団(4月)が 糊 した
.こ う して,「21イ 手こ
後 半より22年 初頭 にかけて統制繍 の復位の翻 は鞘 された
.そ れは後年
批 判 され た よ うに 「資 鍾 は復 鋤 資 に よ り,資 材 面 は繍 安定 本 部 の需 給 言f 画 によ り 『傾 斜 生 産 方式 」 とい う生 産 旗 の軌道 雄 む ことに なった が,こ の 経 済 体制 は 日本 の鷹 の足 に乗 って し・た.rっ ま り一 方 は米 国 の援 助 一 加 ま国 内 補 給 金 に乗 っ て い る の で あ る.』(ド ッ松 徒18)」こ う した 過 程 で 登 場 した 「傾 斜 生 産 方 式 」 は次 の よ うな 内 容 と意 義 を 付 与 さ れ て い た。 す な わ ち,
「繍 復興 の要諦 は辮 蝶(石 炭餓 鋼,電 力,肥 料喰 料 な ど)の 生 麟 士曽加 せ しめ るこ とか ら始 まる とい 現 解 に基 づ き,資 金 鮒 及 あ らゆ るサ づ イスを この
,,産 業に惜 しみ な く'チえ るとい う方式 で ある
.金 融 につ いて は22年3月1除 蘇 鰍 資 準則 の 告示 によ り欝 及 びr榊 銀 行 の 飴 は これ らの蝶 に 重点 的 に散 布 さ れ演 材 につ いて いえば繍 安定 本部 の蝶 別割 当 は これ らの産 糊̀門 に
一./〉〉¥が拗 、 れ,ま た輸送 の面 にお いて優 遇 され るな ど,こ れ らの騰 蝶 の復興 をて こ と してi{
本繍 の腱 が はか られ るこ ととな ぱ契 。」
この 結 黒 騰 産 業 嘱 さ な い 諸 産..,と く1こ中 小 蝶 はr傾 斜 生 産 方 式 」 に よ る 政 策 支 援 か ら 排 除 さ れ た。 す な わ ち,
「飴 酬 及 酪 働 働1よ りオ フ リ ミッ トを食 った形 となるので あ る.従 って多 くの中小礫 は飴 慾 の人手にぢ王糺 ここに轍 は じめての中小企糊 題が ク
ロ ー ズ ア ッ プ さ れ る に 至 る。」