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ドキュメント内 『宗教研究』203号(43巻4輯) (ページ 66-73)

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0 周、 想、 

唾の特性を発展させて示したものといえよう︒ 

⑥金剛 拳 菩薩づど ぷ lmu ゅ か や 

密号 ︑秘密金剛︒種子 巨旧 ︒三昧耶形︑独服 瓶 磨杵 ︒ 

茂名目色 曲 1 日口吻 甘 0  ョ席目は拳の義の他に 堅 円 無比の義がある︒ 浄 菩提心の堅固友二小す︒経の 密印 品 には次の真 

言を掲げている︒︵普通直喜 ロ蔵品 にはない︶ 

八区が日 菩 総ヨ ギ S  Ⅱ ど繍註 七の吝 0 宙ぢせ呂経 終 旧すき せ のの 4W 甘ゆⅤ︵ B . 穏 ・ b ︶ 

︵普き諸金剛に帰命 し 奉る︒三毒を破解し︑金剛 を 生ぜしめる尊 よ ︶ 

大 疏 十三では︑この真言を唱えるとき金剛 持捧 の 印を結ぶ︵㏄ ︐ ℡ ︐ b ︶と述べている︒ 義 秋千 ではこの尊を金剛 

槌 菩薩 と 名づけ︑手をもって﹁ 槌 形を象る 也 ︒ 挙げて右辺に向 い欲 瞑を打っが如き 状 ﹂︵ 卍 ・ 続 ・Ⅰ・ ザ ・㈹・ c ︶ 

にすることが記されている︒ともに煩悩に立ち 克つことを示している︒ 

金剛手院の金剛 拳 菩薩の形態については︑右手 十字 杵 ︑左手金剛である︒現図 抄私 養二には﹁ 此 の 尊は定慧の手を 

もって 拳 とし︑心に置く︒ 是れ 金剛 印 なり︒ 此 の拳 印の内に十界の衆生あり︒この黒業を撃破 する十字一役なり﹂︒ 

︵②・︶ 0 お ・ a ︶と説明している︒また自宅 抄で は 金剛奉を 八せ且 ra.& 棚在ゅ V とし︑三昧耶形に 捧 ︵ 音 七車じを示し 

ある︒ 

⑦ 盆 愁眉 屋 菩薩 

密言︑底 羅 金剛︒種子︑すけ 旧 ︒三昧耶形︑三股    此の尊は金剛 薩睡 の 恕 怒の性格を示す 尊 として 一 小されている︒経の具 縁品に ﹁ 怒 怒の姿をし諸々 の 器械を操 持す ﹂  とあるに対し︑ 疏 五では﹁ 特 金剛者にして無量 の門の大勢威 猫 を 以 って衆生を摂 護 する三昧なり ﹂︒︵㏄・ 鰍 ・ ︶ と  説明している︒この尊の普通真言 蔵 品の真言は 次の通りである︒ 

八 zu ヨ 目籠ヨロ コ 落せど 邑鼠 七年 ぎ甘由 ちで オ笘   

︵普き諸金剛に帰依 し 奉る︒大悲を根底にもって 業障を催破せしめる 忽怒尊よ ︶  密印品の真言も同様である︒右の真言の主要部 分は大悲の心を表わす 種チ ハア lH ア と大智の 盆 慈心を示す 八ゴ目旧  づゴ笘 である︒罪障を否定する 怒 怒の働きは︑ 大悲を根底にした如来の摂化救済の働きであり︑ 一方大悲救済の働き  は 小なる自我の殻に閉じこもる限り︑ 盆怒催破 の 働きとなって現われることを意味する︒ 

この二面の働きは金剛頂経に説かれる降三世明王 と 同一本誓 と見徴 される︒王導 が 金剛 薩唾 とな って展開する現図 

金剛手 焼 にあっては金剛頂経思想の流入により︑ 忽然 月 厭は極めて重要な意味を持つ 尊 となった ︒現図 抄私巻 二では 

忽然 月 厭を説明し﹁ 怒怒 とは止草隆三世の故に 窓怒と 云う︒ 月庸は ついては︑月は東方の大円鏡 智 なり︒膝は円鏡上 

の 三毒︵ 貫瞑痴 ︶なり︒意は本有の浄潔円鏡の面 上に三毒の浮くは即ちこれ厭の義なり﹂︒︵② ︶ お ・ ︶と述べて 

いる︒本性清浄なるべき衆生が煩悩の阪雲の中 に 曇る姿を表わし︑煩悩そのものは本来空無なる ものであることを 示 

そうとしている︒ 

図像は赤運上の怒 怒身 で三目︑二手拳を交え︑ 地 の 左手池 股杵 ︑右手三股戟を持つ︒ 赤 蓮は大悲 の心をもって一切 

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ヘ Zp ヨ 目の斡 ヨ麓 三 %  つと繍 コ % 旧 ︵︵ 岸 ㏄︵ ふぢちゼゅ 旧ま 留卸ォ囲 Ⅴ︵ 毬 ・ u .b ︶  漫 ︵普き諸金剛に帰命 し 奉る︒煩悩を殺害し︑ 無垢ねる本性を開示せしめる尊 よ ︶ 

畦 密印品の直二 @ も 同じである︒大 疏 十に﹁ 如 々に了達するが如く︑ 垢障浄 除して無勝の生を 得 ︒故に衆母とす︒無勝 %  にして生ず︒即ちこれ諸金剛を生ずるなり﹂ ︒︵㏄・ 棚 ・ c ︶として大智が諸金剛を出生する 母体なることを示してい   

金る 

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奉 はどうであろうか︒ 梵 名から見て金剛を手に するもの︑金剛を持っもの か のと訳される︒金剛せと︵ ゅは 富光の意であ り ︑稲妻の閃きにたとえて闇黒の中に光る叡智 を 表わしている︒それは   月ム ロ また内面の鋭い自覚を意味する︒図像を見ると 左手は三股を胸前に握り︑右手は与 願 である︒ 現 図抄 和春 二 には﹁ 金 6  具縁品 では﹁ 堅 慧の杵を持ち身を厳るに 櫻 を もって す ﹂︵ B.7.b ︶とあり︑大 疏 王に﹁ 此 れは 足 れ金剛智 力 

三昧を出生する謂わゆる金剛三昧なり﹂︒︵㏄・ 拙 ︶と説いている︒普通真言 蔵 品の真言は次 通りである︒  ③金剛手持金剛菩薩 せ呂 qu, ぎの 蕾セ主あ 1% す ra 

密 旨 ︑堅固金剛又は秘密金剛︒種子︵︵ 円 ︒三昧耶 形 ︑三股 杵 

現図金剛手防では︑金剛手持金剛菩薩が 経疏蜂 不す部母マ| マキーの位置に配されている︒ 

されて来た︒先の配位のところで述べたように 両車 は異る 尊である︒では金剛手持金剛は部 母 

性格を継承して代置されたか︑ 先づ 経の 1% キーについてみていきたい︒  そのために両者は混同 マーマキーのいかなる  して聖なる否みとして表われることを示してい  煩悩を照破し︑本性の浄心を開顕することを 象 徴する︒三目の怒慈眼︑ 独股 ︑三股 我 はともに 大 

る ︒これ等の働きは非我にうち克ち︑実相を証 得  悲の働きが自我に 対 

するという金剛 薩唾    

の力強い者ギ心の面を強調したものと解される︒ 

剛薩 睡は本有なり︒此は修正の薩 睡 なり︒大日 より金剛杵を受けるが故に 爾か 云 う ︒金剛不壊の 故に密号は堅固と 云 

・︶ 鵠 ・ ︶と述べている︒ 

マ ーマキーは般若が無垢なる本性を開示せしめる 母体なることを示していた︒ 合 金剛手持金剛は 大智に甚き︑一切  の 誘惑に克つ勇猛 杓 進の徳を力説している︒自利 自証︑利他教化の働きは有限なる自己の否定 克 服 にあり︑この 盆怒  克服が金剛 薩 睡の理想とする堅固な 浄 菩提心を 出生する母体なることを示している︒ 

②金剛 釣 女菩薩 の 一 nw づ 洋岸 の Ⅱ 

密言︑召集金剛︒種子 巨旧 ︒三一味 耶形 ︑三股 鉤 

秘密マンダラ品に出る尊である︒金剛界マンダ 

‑ フの  金剛 鉤 菩薩と同一性格とみられている︒それ は 東門を主り ︑救 

済の働きを示している︒ 

金剛 釣 女 菩 曲の図像を見るに左手鉤を持ち︑ 右 手 与願印を示している︒この鉤は大悲の心をもっ て 如来の世界に引  き 入れることを表わしている︒現図 抄私巻 二に ﹁北れ 阿閻 の 二一辮鉤召 の 化 徳を主るが故に金剛 鉤 女と 云う︒愛の義は 

一切衆生を敬愛するなり︒北れ三吉鉤の群集を辮 ずる故に彼女の徳を召集金剛という︒女には 一 切の男来る︒⁝⁝ 芙 

女は招かざるも 好 醜の男は争い遂 る ﹂︵㈲・ Po 耳 の ・ ︶と述べている︒これは先の金剛手持金剛   

  

いることを明かにしたもので︑大悲の鉤こそは 貫 瞑 痴の三毒を如来の 

心中に召柴し︑大智出生の主体として更正させ ることを示している︒ 

①発生金剛部菩薩 せゑ 母方 三 0& ヴゴ のせ口 

密旨︑不快金剛︒種子︑ 壷旧 ︒三昧耶形︑一般   

秘苗 マンダラ品に金剛部 主 ︒胎蔵図像に金剛 族 主 として︑また不空縄索神変真言経には東方 阿閻 如来の巻 属 として 

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ムロ 

  ﹁仲キ 提心は 一切法に 払 いて 都 べて萌佳なきをも って ︑ 常に進んで万行を修し︑大神通を起す﹂︒ ︵ 鞠 ・︐ 杓 ︐ ag と る タ︐   密号 ︑広大金剛︒種子︑ ぎ旧 ︒三昧耶形︑三股 杵 ︒       (( 

  

虚空 歩 執金剛︑住必見 に 虚空遊歩執金剛として 出ている︒ 大疏 一には  金剛 種 悦生の名が出ている︒この尊は古くから 東方金剛部の世界を実現する尊であったことがわ かる︒現図光生金剛 

部菩 弼は第一列の金剛 薩 睡を中心に考え︑金剛 の 生命の主体となる尊であって︑それはまた金剛 薩埋 の 忽 怒の徳性を 

示した最下位の盆 怒月厭 尊と対応するものであ る ︒つまり︑ 忽 怒は金剛の生を実現するものであ り ︑また 金 捌の生は 

忠恕を通して働くことを意味する︒それがまた 金円 曲 地の実践的性格である︒ 

合 図像を見るに定印の上に独股を立てている︒ 現 Ⅳ 抄 乱世 二 には﹁ 今 此の定印は九界と之を習う 印 上に独 股 

を 立っるは 走 れ発生の義なり︒九界一実の菩提 を 立つるは 足 れ仏界の義なりⅡ︵㈲・ ぃ 蕊 ・ ︶ と 述べている︒ 

九界とは人間存在一般を指すもので︑一応は第 十界の仏界とは本質的に異るものとみられる︒ 九 界を迷界として 捉 

える限りは煩悩繋縛の主体が存する︒この限り において仏界からの大智の現われは忠恕となって 対時 する︒しかし 煩 

悩 繋縛の主体の根源には︑如意宝珠を蔵してい る ︒大智の働きと︑禅定の証 待 とは対立を融即せ しめる︒大智は自我 

を 否み︑自我はその 有 根を開き︑ 寂冊 な心とね る ︒そこでは九界 は 寂静 浬弗 となる︒自我否定︑ 窓怒断 徳は方便とな 

り ︑一切の障種を離れた生を得る︒も早や ︑衆 生と 如来の区別なく︑根源の世界に生ずるのであ って︑発生金剛とは 

このことを意味している︒種子の象徴する言語道 断の意も︑同様であり︑宮号の本懐金剛も絶対 主体の確立を意味し 想 

味 ている︒この金剛の如き不動の生に入ること こそ金剛 薩睡 になることであり︑またそこにこ そ 大智に生きる理想の姿 

朝が 

示されている︒以上第一列の尊を れ ・ っ たの で 第二列に移ろう︒以下紙数の都合で要点のみ 述べる︒   釦 ⑪虚空無辺超越 菩 睦の曲内館・ w$ ︵ 斡セ 円ガ ヨ     

ドキュメント内 『宗教研究』203号(43巻4輯) (ページ 66-73)

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