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唾の特性を発展させて示したものといえよう︒
⑥金剛 拳 菩薩づど ぷ lmu ゅ か や
密号 ︑秘密金剛︒種子 巨旧 ︒三昧耶形︑独服 瓶 磨杵 ︒
茂名目色 曲 1 日口吻 甘 0 ョ席目は拳の義の他に 堅 円 無比の義がある︒ 浄 菩提心の堅固友二小す︒経の 密印 品 には次の真
言を掲げている︒︵普通直喜 ロ蔵品 にはない︶
八区が日 菩 総ヨ ギ S Ⅱ ど繍註 七の吝 0 宙ぢせ呂経 終 旧すき せ のの 4W 甘ゆⅤ︵ B . 穏 ・ b ︶
︵普き諸金剛に帰命 し 奉る︒三毒を破解し︑金剛 を 生ぜしめる尊 よ ︶
大 疏 十三では︑この真言を唱えるとき金剛 持捧 の 印を結ぶ︵㏄ ︐ ℡ ︐ b ︶と述べている︒ 義 秋千 ではこの尊を金剛
槌 菩薩 と 名づけ︑手をもって﹁ 槌 形を象る 也 ︒ 挙げて右辺に向 い欲 瞑を打っが如き 状 ﹂︵ 卍 ・ 続 ・Ⅰ・ ザ ・㈹・ c ︶
にすることが記されている︒ともに煩悩に立ち 克つことを示している︒
金剛手院の金剛 拳 菩薩の形態については︑右手 十字 杵 ︑左手金剛である︒現図 抄私 養二には﹁ 此 の 尊は定慧の手を
もって 拳 とし︑心に置く︒ 是れ 金剛 印 なり︒ 此 の拳 印の内に十界の衆生あり︒この黒業を撃破 する十字一役なり﹂︒
︵②・︶ 0 お ・ a ︶と説明している︒また自宅 抄で は 金剛奉を 八せ且 ra.& 棚在ゅ V とし︑三昧耶形に 捧 ︵ 音 七車じを示し
ある︒
⑦ 盆 愁眉 屋 菩薩
密言︑底 羅 金剛︒種子︑すけ 旧 0 ︒三昧耶形︑三股 此の尊は金剛 薩睡 の 恕 怒の性格を示す 尊 として 一 小されている︒経の具 縁品に ﹁ 怒 怒の姿をし諸々 の 器械を操 持す ﹂ とあるに対し︑ 疏 五では﹁ 特 金剛者にして無量 の門の大勢威 猫 を 以 って衆生を摂 護 する三昧なり ﹂︒︵㏄・ 鰍 ・ a ︶ と 説明している︒この尊の普通真言 蔵 品の真言は 次の通りである︒
八 zu ヨ 目籠ヨロ コ 落せど 邑鼠 七年 ぎ甘由 ちで オ笘
︵普き諸金剛に帰依 し 奉る︒大悲を根底にもって 業障を催破せしめる 忽怒尊よ ︶ 密印品の真言も同様である︒右の真言の主要部 分は大悲の心を表わす 種チ ハア lH ア V と大智の 盆 慈心を示す 八ゴ目旧 づゴ笘 V である︒罪障を否定する 怒 怒の働きは︑ 大悲を根底にした如来の摂化救済の働きであり︑ 一方大悲救済の働き は 小なる自我の殻に閉じこもる限り︑ 盆怒催破 の 働きとなって現われることを意味する︒
この二面の働きは金剛頂経に説かれる降三世明王 と 同一本誓 と見徴 される︒王導 が 金剛 薩唾 とな って展開する現図
金剛手 焼 にあっては金剛頂経思想の流入により︑ 忽然 月 厭は極めて重要な意味を持つ 尊 となった ︒現図 抄私巻 二では
忽然 月 厭を説明し﹁ 怒怒 とは止草隆三世の故に 窓怒と 云う︒ 月庸は ついては︑月は東方の大円鏡 智 なり︒膝は円鏡上
の 三毒︵ 貫瞑痴 ︶なり︒意は本有の浄潔円鏡の面 上に三毒の浮くは即ちこれ厭の義なり﹂︒︵② ︶ 0 お ・ c ︶と述べて
いる︒本性清浄なるべき衆生が煩悩の阪雲の中 に 曇る姿を表わし︑煩悩そのものは本来空無なる ものであることを 示
そうとしている︒
図像は赤運上の怒 怒身 で三目︑二手拳を交え︑ 地 の 左手池 股杵 ︑右手三股戟を持つ︒ 赤 蓮は大悲 の心をもって一切
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ヘ Zp ヨ 目の斡 ヨ麓 三 % つと繍 コ % 旧 ︵︵ 岸 ㏄︵ ふぢちゼゅ 旧ま 留卸ォ囲 Ⅴ︵ 毬 ・ u .b ︶ 漫 ︵普き諸金剛に帰命 し 奉る︒煩悩を殺害し︑ 無垢ねる本性を開示せしめる尊 よ ︶
畦 密印品の直二 @ も 同じである︒大 疏 十に﹁ 如 々に了達するが如く︑ 垢障浄 除して無勝の生を 得 ︒故に衆母とす︒無勝 % にして生ず︒即ちこれ諸金剛を生ずるなり﹂ ︒︵㏄・ 棚 ・ c ︶として大智が諸金剛を出生する 母体なることを示してい
金る
0奉 はどうであろうか︒ 梵 名から見て金剛を手に するもの︑金剛を持っもの か のと訳される︒金剛せと︵ ゅは 富光の意であ り ︑稲妻の閃きにたとえて闇黒の中に光る叡智 を 表わしている︒それは 月ム ロ また内面の鋭い自覚を意味する︒図像を見ると 左手は三股を胸前に握り︑右手は与 願 である︒ 現 図抄 和春 二 には﹁ 金 6 具縁品 では﹁ 堅 慧の杵を持ち身を厳るに 櫻 % を もって す ﹂︵ B.7.b ︶とあり︑大 疏 王に﹁ 此 れは 足 れ金剛智 力
三昧を出生する謂わゆる金剛三昧なり﹂︒︵㏄・ 拙 a ︶と説いている︒普通真言 蔵 品の真言は次 0 通りである︒ ③金剛手持金剛菩薩 せ呂 qu, ぎの 蕾セ主あ 1% す ra
密 旨 ︑堅固金剛又は秘密金剛︒種子︵︵ 円 ︒三昧耶 形 ︑三股 杵
現図金剛手防では︑金剛手持金剛菩薩が 経疏蜂 不す部母マ| マキーの位置に配されている︒
されて来た︒先の配位のところで述べたように 両車 は異る 尊である︒では金剛手持金剛は部 母
性格を継承して代置されたか︑ 先づ 経の 7 1% キーについてみていきたい︒ そのために両者は混同 マーマキーのいかなる して聖なる否みとして表われることを示してい 煩悩を照破し︑本性の浄心を開顕することを 象 徴する︒三目の怒慈眼︑ 独股 ︑三股 我 はともに 大
る ︒これ等の働きは非我にうち克ち︑実相を証 得 悲の働きが自我に 対
するという金剛 薩唾
の力強い者ギ心の面を強調したものと解される︒
剛薩 睡は本有なり︒此は修正の薩 睡 なり︒大日 より金剛杵を受けるが故に 爾か 云 う ︒金剛不壊の 故に密号は堅固と 云
・︶ 0 鵠 ・ b ︶と述べている︒
マ ーマキーは般若が無垢なる本性を開示せしめる 母体なることを示していた︒ 合 金剛手持金剛は 大智に甚き︑一切 の 誘惑に克つ勇猛 杓 進の徳を力説している︒自利 自証︑利他教化の働きは有限なる自己の否定 克 服 にあり︑この 盆怒 克服が金剛 薩 睡の理想とする堅固な 浄 菩提心を 出生する母体なることを示している︒
②金剛 釣 女菩薩 4 の 一 nw づ 洋岸 の Ⅱ
密言︑召集金剛︒種子 巨旧 ︒三一味 耶形 ︑三股 鉤
秘密マンダラ品に出る尊である︒金剛界マンダ
‑ フの 金剛 鉤 菩薩と同一性格とみられている︒それ は 東門を主り ︑救
済の働きを示している︒
金剛 釣 女 菩 曲の図像を見るに左手鉤を持ち︑ 右 手 与願印を示している︒この鉤は大悲の心をもっ て 如来の世界に引 き 入れることを表わしている︒現図 抄私巻 二に ﹁北れ 阿閻 の 二一辮鉤召 の 化 徳を主るが故に金剛 鉤 女と 云う︒愛の義は
一切衆生を敬愛するなり︒北れ三吉鉤の群集を辮 ずる故に彼女の徳を召集金剛という︒女には 一 切の男来る︒⁝⁝ 芙
女は招かざるも 好 醜の男は争い遂 る ﹂︵㈲・ Po 耳 の ・ a ︶と述べている︒これは先の金剛手持金剛
いることを明かにしたもので︑大悲の鉤こそは 貫 瞑 痴の三毒を如来の
心中に召柴し︑大智出生の主体として更正させ ることを示している︒
①発生金剛部菩薩 せゑ 母方 三 0& ヴゴ のせ口
密旨︑不快金剛︒種子︑ 壷旧 ︒三昧耶形︑一般
秘苗 マンダラ品に金剛部 主 ︒胎蔵図像に金剛 族 主 として︑また不空縄索神変真言経には東方 阿閻 如来の巻 属 として
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﹁仲キ 提心は 一切法に 払 いて 都 べて萌佳なきをも って ︑ 常に進んで万行を修し︑大神通を起す﹂︒ ︵ 鞠 ・︐ 杓 ︐ ag と る 7 タ︐ 密号 ︑広大金剛︒種子︑ ぎ旧 ︒三昧耶形︑三股 杵 ︒ ((
虚空 歩 執金剛︑住必見 に 虚空遊歩執金剛として 出ている︒ 大疏 一には 金剛 種 悦生の名が出ている︒この尊は古くから 東方金剛部の世界を実現する尊であったことがわ かる︒現図光生金剛
部菩 弼は第一列の金剛 薩 睡を中心に考え︑金剛 の 生命の主体となる尊であって︑それはまた金剛 薩埋 の 忽 怒の徳性を
示した最下位の盆 怒月厭 尊と対応するものであ る ︒つまり︑ 忽 怒は金剛の生を実現するものであ り ︑また 金 捌の生は
忠恕を通して働くことを意味する︒それがまた 金円 曲 地の実践的性格である︒
合 図像を見るに定印の上に独股を立てている︒ 現 Ⅳ 抄 乱世 二 には﹁ 今 此の定印は九界と之を習う 印 上に独 股
を 立っるは 走 れ発生の義なり︒九界一実の菩提 を 立つるは 足 れ仏界の義なりⅡ︵㈲・ ぃ 0 蕊 ・ a ︶ と 述べている︒
九界とは人間存在一般を指すもので︑一応は第 十界の仏界とは本質的に異るものとみられる︒ 九 界を迷界として 捉
える限りは煩悩繋縛の主体が存する︒この限り において仏界からの大智の現われは忠恕となって 対時 する︒しかし 煩
悩 繋縛の主体の根源には︑如意宝珠を蔵してい る ︒大智の働きと︑禅定の証 待 とは対立を融即せ しめる︒大智は自我
を 否み︑自我はその 有 根を開き︑ 寂冊 な心とね る ︒そこでは九界 は 寂静 浬弗 となる︒自我否定︑ 窓怒断 徳は方便とな
り ︑一切の障種を離れた生を得る︒も早や ︑衆 生と 如来の区別なく︑根源の世界に生ずるのであ って︑発生金剛とは
このことを意味している︒種子の象徴する言語道 断の意も︑同様であり︑宮号の本懐金剛も絶対 主体の確立を意味し 想
味 ている︒この金剛の如き不動の生に入ること こそ金剛 薩睡 になることであり︑またそこにこ そ 大智に生きる理想の姿