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も 全く同様の意図をもって配されたとみてよい︒
①発生金剛部︑最下 位 にの 怒怒月膝 の 屯要 尊を配し︑上下の関係を 考慮して第一列の時の配位がなされている︒第一 一列の中尊⑪虚空無辺
をよく示す 尊 として配されている︒第二︑第三列 の上下の関係は第一 列 に準じている︒金剛手院の配位の基水練は一応 このようなものである︒しかし⑭佳熊戯論︑⑳
記載の尊 と 興 り ︑また他の胎蔵マンダラの 各 尊と も興 っている︒以下
そのことについて述べたい︒
現図においての変遷は主尊の交替から始まる︒ 経 の 金剛蔵は金剛 薩埋 になっている︒この金剛 薩 垣の形態は金剛界 マンダラに見られる鈴杵の図像とは 興 り︑金剛 拳 と 三役杵を持っ図像である︒これは操短 擬 経か ら 五部 心 観に遡り う ︵ 3 ︶ る 系統の尊であるとされ︑金剛界マンダラ と の 対芯 上意識的に配したものとみられている︒第一 列 の至尊がこのよう
な 意図で配された以上︑現図の冊庇は全く新し いものになった︒金剛 薩 睡の配置によってその 座 を 奪われた金剛蔵は
虚空氏院に移り︑金剛部の果 徳 としてその姿を 大きく変え︑一百八 腎 金剛蔵王として再生された
想いて︑金剛 庄 垣の性格を最もよく継承するも のとして上方①に発生金剛部菩薩を︑下方⑦に 忽然 月厭 菩薩を配した︒
畦忽
愁眉 願 尊は大日経疏のマンダラでは執金剛 0 巻 属 として小さく配されていた︒しかし金剛 頂経 系の思想の流入によ ウ匹 判 り︑金剛 畦 睡の性格は窓 怒 身に最もよく 呪 わ れると見られた︒そのために 窓 悪月 底 尊は第一 列 の 屯芸 ‑ 印に昇格した︒ 金 ここに④金川 薩睡 ︑①発生金剛 耶 ︑⑦悠悠 月 席の基本線が確立した︒そこでこの線にふさ密 マンダラ 品 記載の尊を充当している︒ の 尊をもって充当している︒第三列の臼我の否定 降伏の線については金剛牙を中心に上方⑱に 金 剛輪 特金剛を︑下方
問題である︒秘蔵 記 によれば金剛手院の尊は二十二尊であって︑第一 列は 佳熊戯論の下に窓 怒月厭が 配されて八専 に なっている 0 このこ とから考えるに現図の前段階において第一列の 最下位⑦に佳織戯論︑第二列の最下位⑭に持金剛 tiM ︑第二一列の最下位
⑳に大輪金剛を配した主要事二十一寧 の マンダ
‑ フ があり︑また大日経疏から類推して金剛 薩埋め 使者︑ 忽 慈円 魔 を配 した マンダラが考えられたとみられる︒それが 先にも述べたように金剛 蒔埋 の 窓怒的 性格がクロ | ズアップされ︑ 怒 悪月 厭が 第一列最下位の重要 尊に 昇格した︒ そ のため第一列は八専となった︒しかしここに観音 院 との対応上均整が とれなくなったので佳熊戯論を右に移動し︑ 持
位置にずらし︑大輪 金剛は庇主伐℡の金印曲玉の 巻属 として性格を 新 にして再生せしめられたと見られる︒このため に 第二列及び第三列
最下位尊の名称については二尊が混同して伝え
︐ られて来た︒そこで最下位専の図像を見た︒その
結果︑第二列最下位 ︵ 4 レ 尊は 佳熊戯論︑第三列最下仕 尊は 持金剛 利 とな る ︒ 次に第二列の中央 昨 ︑虚空無辺超越は金剛 薩睡 の 大智の 冊 きが︑空の無辺を証得することを明か にしている︒第三
伏 にあそことを示そうとしている︒ 空証 得の立場 からは上方⑧に虚空
無垢 特 金剛を︑下方⑭には持金剛 利 ︵ 住 煎鯉 論 に伐 る︶を︑某本線として︑モ % 線に沿うように 秘密マンダラ 界 記載 ⑤金剛 針 の忙忙には持金剛 鋒が伐 った︒金剛 針 は 虚空 蔵 院へ移り︑金剛蔵王の巻 属 となった︒② と ⑥の位置には 金 ︶ 剛釣 女と金剛 布 の三苦悶が配されて第一列 は 一応 完成した︒さてここで第二列︑第三列の最下位 尊 ⑭⑳についてみなの 0 部母としての大安楽不空真実菩薩に発展解消し たものとみてよい︒ 62
④金剛 薩睡 七色 qa ふ ㏄︵︵せ い 右手三股︑左手金剛 拳 ︒密言︑真如金剛︒種子 va ︒三昧耶形︑五 股 杵 或は三股︒
金剛手焼の三尊である︒先に大日経 具縁品 の文 +
性 の空性を開示す 想 るにあることを述べた︒また経の秘密マンダ
磯密
主︑今第二壇を説かん︒工専四方の椙なり 一切妙にして金色な り ︒内心に蓮華を敗 け ︒ 引台にキャラシャ︵帝日いかが水瓶︶を 現ず ︒ 光 0 色は浄月の如し︒ 亦 大空 点 を放って周回して 自ら荘厳せよ︒上に大風がに同じくして而も三角の形を作 せ ︒三角を 色の印を表わす︒ p
・去の如し︒鼓動︒︒
理佃 として 玄放 って之を囲らせ︑ 光蔓 相同普して 最 朝の日の暉 せる横幅の 相な り︒至点 を棚峨 とせよ︒其の上 0 色なり︒是の中に パド
かマ
︵ ロい 口ョ ゅ 紅蓮︶あり︒末額なること猶して焔暉を 発す︒持するに 咋 字の声を以ってせよ︒勝妙種子の字あり︒ 先 仏も足 れ汝が 勤勇 の 曇奈羅 なりと説きたまえ り
︒ ﹂︵
田 ︐ 綴 ︐ b ︶ と極
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二
︑各尊の性格
会主要 尊 のみを記したが金剛使者の移動も行な われている︒やはり観音院の対応と金剛手腕の 美えられる︒③⑩⑰及び④⑪⑱の下に配された 各 尊の使者はそれぞれ一つづっ順次右に移動させ ている︒
金剛 王 もそれぞれ右に移動させている︒
現図金剛手院は以上のような複雑な過程を経て 組織されて来た︒一見本経の大臼経の精神からは ずれ︑
の 諸マンダラとも大きく 呉 るようではあるが︑ 各 マンダラを対照 し ︑成立の い き さっ を考え︑ 各 尊 の親な に 考えるとき︑原図にはまた現図の象徴しよう とする新しい金剛部の世界が存するのである︒ 以 下名車 の
てそれぞれ述べていきたい︒ のためと 考
⑬⑳の ソン
また金剛部
配位を静か
特性につい
右の難解な文は何を語ろうとしているのか︑ 大 疏 ︑ 義 釈を見ても明確な説明は無い︒やむなく 筆 者において意訳を試
みてみよう︒
﹁金剛部のマンダラを説く︒金剛は白 肛柑 ㏄ 亡で あろ︒自党 智は 真の自己を護 る ︒金剛杵で囲ま れているというこ
とは自己を姦ること﹄三思 抹 する︒蓮華があると は 内心の清浄なる本性をさし︑水瓶は ニ がな人格 を形成する 宝性 なる
ことを示している︒この清純な本性と︑豊かな 人 格を育む 宝性 とは一休である︒ともに自己の内 奥 に本来厳然と 在 す
るものではあるが︑自己の周辺には嵐の如き 黒千 ポ がまといつき︑闇黒の世界となっている︒しか しこの黒雲の中にも
愛を示す紅蓮華があり︑煩悩の里 釜ムを催 破せし める金剛が三角の火焔となって輝き︑大智の光 と 仕って ︑ 真の存在を
照らし出そうとしている︒自己の存在は自我 煩 悩の黒雲に閉ざされながらも︑自覚智の光は黒玉 ポを 照破し︑実相を照
見せしめる︒この働きこそが大悲を根源にもっ 大智であり︑金剛である︒﹂との趣旨である︒ 経 のこの精神を金剛 薩
唾で 象徴したものとみてよい︒
経の普通真言 蔵品 にあっては金剛手大金剛無勝一 三味 に 住する直写 ロが 乱がれている︒
ヘ之 ゅヨ目 終日 麓コ守 せど㌫ 註 七のの 已ザヨハゴ 岡山︒
し 奉る︒極悪なる
大我愁夢 よ ︑煩悩の繋縛を催破せしめ 結 え︶
由郎品の直二 @ も右と 同様である︒ただ 疏 第十三 では <na 円鮮 Ⅴを解し﹁猶し生死を離れて大空に 等し︒是を以って
能く之に対敵する者無し﹂︑と説かれている︒
現図 抄私巻二 には﹁五秘密 決 金剛智 作に 云う︒ 金 剛薩 睡は即ち 畢 れ普賢大菩薩の異名なり︒万一 切 如来の長者と名
つく︒ 亦 大河開架と名づく︒金剛は大菩提心の義 ︑ 薩 睡は有情の義なり︒普賢の行 願 をもって 自 利 ︑利他悉く円満 す
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めて象徴的に説かれている︒大悲胎蔵三昧耶 マ ンダラでは右の文を図示した三昧耶形を掲げてい る ︒︵㈲・ 糊 ︶さて
胎蔵 マンタラ 金 mu え 尊