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情報板シンボルの見やすさ

4.1 はじめに

 第3章では,ドライバのなじみが浅く,「対応」や「結果」などが想定し難い交通事象では「状況 + 結果」

または「状況 + 対応」のように 2 つ以上の情報板シンボルを併置あるいは交互に点灯すべきという見解 を示した.

 しかし,情報板の設計要領では情報板シンボルの表示範囲が定められており,現状で2つ以上の情報 板シンボルを同時に表示することは困難である [ 注 1 ].交互点灯に関しては,文字情報のみが認められて おり,情報板シンボルで認められた事例はない.

 したがって,現段階では,設計要領に即した形で「意味内容」を設定し,デザインを行うこととなる(意 味内容の設定とデザインについては,第 5 章で述べる).

 第 2 章で実施した理解度調査では,実空間で行われる瞬間的な判読を勘案し,サンプルの提示時間を 1 秒に設定した.一方,この調査では,サンプルの提示をはっきりと見える大きさに設定し,情報板シンボ ルが「見える」あるいは「見やすい」という要件に言及しなかった.その理由は,情報板シンボルの理解 度が低い場合に,その原因が「わかりにくさ」にあるのか,そもそも「見えなかった」ことにあるのかを 明確に切り分ける必要があったためである.同様に JIS S 0102 においても,公共案内シンボルは「わか りやすさ」と「見やすさ」が切り分けられて評価される [ 注 2 ].

 情報板シンボルは,ドライバがリスクや対応方法を連想できるデザインであったとしても,適切な距離か ら見えなければ情報を伝えることができない.つまり,情報板シンボルの「認知」に至る過程で適切な「知

情報板シンボルの見やすさ

図 4 - 1  第4章の検討内容

Time

Referent/Meaning シンボルの意味内容

Interpretation 推定

高速道路の管理者

Transmitter:情報発信者 Receive: r 情報受容者

Execution 実行

Reference

知識や思考 ドライバの Reference Code Reference管理者の コード

Code

Demand or Demands 期待する対応 / 情報提供の目的

Symbol シンボル

情報提供:

両者のコンタクト

Demand or Demands 求められた対応 Referent/Meaning シンボルの意味内容

交通事象の発生:トリガー

情報伝達に必要な情報板シンボルの視認性

Reference

知識や思考

ドライバ

 しかし,評価に際して,情報板シンボルの「見やすさとはどのようなものであるべきか」や「どれくらい の距離から見えることが適切であるか」などを定めた事例は見当たらない.これに伴い,情報板シンボルの

「見やすさ」に関する評価基準や評価方法についても定められていない.

 そこで,第 4 章では,まず,先行研究の知見から情報板シンボルの「見やすさ」を定義し,目安となる 視認距離を導く.定義と視認距離の目安を基に評価基準や評価方法を設定する.次に,実空間上の情報 板にサンプルを表示し,評価実験を実施する.最後に実験結果を基に,「見やすさ」に寄与する造形に関 するデザイン指針を導く.

 なお,本研究では,情報板シンボルの「見やすさ」の評価には PC 等のモニタや紙媒体ではなく,実 際の情報板を用いるべきと判断した.その理由は,主に以下に示す2点にある.

・ 輝度差:情報板に使用される LED と液晶モニタや印刷媒体などの輝度(または明度)には,大きく差 がある.例えば,自発光式の媒体で比較すると,情報板の LED の輝度が最小で青:約 500,

最大で白:約 4300[cd/m2] であるのに対し,(どちらも日中の輝度)[ 注 3 ],液晶モニタの 輝度は,屋外用に設計されたものであっても最大で約 500[cd/m2] 程度である.

・ 色表現領域の差:図 4 - 2 は,情報板用 LED,汎用的なモニタ用のカラープロファイル,Japan color による印刷色用標準規格の色表現領域を CIE(国際照明委員会 Commission Internationale de l'Eclairage)による XYZ 表色系の xy 色度図にプロットしたものである [ 注 4 ].この図に 示した通り,情報板用 LED の緑や赤の彩度や色相を PC モニタや印刷物で表現することはほ ぼ不可能である.

 本研究における情報板シンボルの「見やすさ」の評価実験は,被験者の安全性に十分に配慮して設計し,

2015 年 10 月に拓殖大学の研究倫理審査にて承認を得た内容の一部である.

4.2 評価基準と評価方法の設定

 本節では,先行研究の知見から情報板シンボルの「見やすさ」を定義し,目安となる視認距離を導き,

これを基に評価基準と評価方法を導く.

4.2.1 情報板シンボルの見やすさと視認距離の目安

 JIS S 0102 では,公共案内シンボルの「見やすさ」を「可視性,可読性すなわち視認性」と表現している.

視認性とは,一般に視覚による総合的な知覚や認知として扱われる用語である.その範囲は,「対象の見 やすさ」に限定する場合と「意味の理解を含む」場合とに大きく分かれる.例えば,大辞林では,「目で 何かを見た時に,対象物やその対象物がもつ意味合いについて,正しく確認・理解できるかどうかの度合い」

0.9

0.8

0.7

0.6

0.5

0.4

0.3

0.2

0.1

0.00.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8

520

560 540

580

600

620 700 500

490

480

470

460 380

x y

情報板LEDの色範囲と各色の色度 Adobe RGBの色範囲 sRGB(IEC)の色範囲 Japan colorの色範囲 印刷用

図 4 - 2  情報板用 LED,PC 等のモニタ用カラープロファイル (Adobe RGB,sRGB (IEC)),印刷色の標準 規格(Japan Color)の色表現領域の比較

(情報板 LED の範囲については,中日本高速道路株式会社の発行する標準仕様書を元に筆者が布置した)

 和気らは,幾何学的図形の視覚過程を「光閾(light threshold)」-「不完全閾(indefinite form threshold)」-「形態閾 (form threshold)」の 3 つのレベルに分け,これらのレベルに対応する概念を以 下のように整理した[注6 ].その後,3つのレベルを総じた視覚による形の成立過程を視認性と定義付けた.

・光閾に対応し視対象が初めて背景から分離した状態が可視性(sibility):何かが見えた状態

・不完全閾に対応し文字などが判読できる状態が可読性(readability):形に対する反応ではあるが,

知覚や認知に誤りが生じる場合のある状態

・視対象の形状やその細部の認知状態を意味し形態閾や視力(acuity)が対応するものが明視性

(legibility):形が完全に知覚または認知される状態

 和気らの定義を準用すると,意味の理解を含まない情報板シンボルの視認性は,明視性が確保された 状態が「見やすい(またはよく見える)」であり,明視性が確保された距離が情報板シンボルの「視認距離

(見える距離)」と定義される.情報板シンボルの視認性に関する評価基準は,この定義に従って設定す べきと考える.

 ウィーン条約 [ 注 7 ] やわが国の法令では,道路標識の評価方法や適切な視認距離について言及がない.

国土交通省が発行する道路基準設置基準においても,視認性の評価方法および具体的な距離やその算出 方法などは記されておらず,設置計画の基本理念として「適切な視認性が確保できること」と記すに留ま る [ 注 8 ].

 JIS S 0102 では,公共案内シンボルの視認性を主観的に「よく見える」から「見にくい」までの 5 段階 で評価させる.この評価には,実用時に想定される下限サイズとして 8 × 8[mm] のサンプルが用いられ,

視認距離に関する規定や指針については言及がない [ 注 1 ].

 飯田らは,「火災」,「事故」,「落下物」の情報板シンボルの可読性を明らかにするために,ドライブ・シミュ レータを用いた走行実験によって注視時間を測定した [ 注 9 ].しかし,この実験で被験者が見たサンプル は,プロジェクタで投影された仮想空間であったため,LED の輝度,彩度,色相が再現できていない.また,

この研究では,視認距離についても明らかにされていない.

 以上より,先行事例から視認距離に言及した情報板シンボルの評価指標や評価方法を導くことは困難で あるとの結論に至った.

 そこで,情報板に表示される文字との関係から,視認距離の目安を導くこととした.

 まず,情報板シンボルと文字は,大きさに違いがある.情報板シンボルは,最大で 1280[mm] の高さ で表現することができるが,文字の高さは,450[mm] に規定されている.これらは,どちらも汎用的なサ イズである.この基本的なサイズの違いを踏まえると,ドライバが,情報板シンボルと文字の双方を判読 できると仮定した場合,正確かつ簡潔に多くの情報を受け取るには,情報板シンボルによって主要なメッ

 この場合,情報板シンボルの判読は,文字の判読を開始する前に完了されていることが理想的と考えら れるため,情報板シンボルが明視できる距離を文字よりも遠方に設定する必要がある.

 第2章でも述べたように,情報板に表示される文字には,判読距離や判読時間に関する指針があり,

100[km/h] 走行において,最低でも情報板の手前約 106[m] から見えなくてはならない.文字に対する 106[m] の判読に必要な距離は,文字の高さを基準とした次の式で導かれたものである [ 注 10 ,11 ]

Ls = 5.67 × h × k

k

k

3

Ls:文字の高さから算出される視認距離

5.67:判読距離の 85%低下(案内標識の一部で起きる現象)を想定した係数

h = 45:最も汎用的な文字高 [cm]

k

1 = .6:文字の種類による補正係数(漢字)

k

2 = .90:文字の複雑さによる補正係数(漢字の画数 10 〜 15)

k

3 = .77:走行速度による補正係数(100[km/h] 時)

 高速道路交通管制技術ハンドブックには,情報板の基本的な機能要件として「150[m] 遠方からの視認 性を確保するために,文字は 10[mm]ドットピッチで表現し,文字高さを 450[mm] としている」と記され ている [ 注 10 ].しかし,文字の判読距離は,実際の走行環境や文字種の影響と安全率を考慮した場合 には 106[m] 付近と算出される.106[m] の距離は,文字判読の下限値として定義できる.

 情報板シンボルの明視距離を 150[m] に設定した場合,文字判読の下限値である 106[m] 付近までは 44[m] となり,これを到達時間に換算すると 100[km/h] 走行で約 1.58 秒となる(図 2 - 2 を参照).さらに,

実空間ではドライバには運転負荷や情報処理の負荷などもかかるため,情報板シンボルは,概ね 1 秒間 で判読できるよう設計されていなければならないことが伺える.これにより,情報板シンボルの視認距離の 目安は,150[m] 付近が妥当であると考えられる.

 以上を踏まえ,情報板シンボルの「見やすさ(視認性)」の指標は,以下の 2 点を満たすことと設定した.

 ① 150[m] 以上の遠方から

 ② 形が完全に知覚できる(明視できる)

 静止状態においてこの二つを満たすことは,情報板シンボルの見やすさに関する最低条件となり,①の 距離は遠ければ遠いほど望ましい.一方,実際の走行環境では,ドライバ間でかかる負荷の大きさや判 読能力に個人差がある.静止状態と走行状態では,同じドライバでさえも異なった評価をする可能性がある.

したがって,①と②は,走行状態においても満すことができる指標でなくてはならない.

4.2.2 評価基準と評価方法