3-1 序論
微小液滴は、タンパク質の結晶化だけではなく、有用な反応場としてさまざ まな研究に用いられている。例えば、均一な大きさのリポソーム作製や高効率 なカプセル化手法として報告されている[1]。また、微小液滴の特徴である短い拡 散距離と大きな比表面積は、化学反応において興味深い反応場である。さらに、
マイクロ流体技術を用いることで、単分散、かつ任意の大きさの微小液滴を再 現性よく大量に生成することができる[2,3]。上記の特徴は、微小液滴の特筆すべ き点であるが、本章では微小液滴内部の流体挙動に着目した。
一般的に微小空間は、重力よりも表面張力が支配的な空間場だと言われてい る。特に微小液滴内部では、密度差対流は抑制されているが、一方で表面張力 差によるマランゴニ対流が生じていると考えられている[4]。この微小液滴特有の 流体挙動は、宇宙空間のような微小重力場における液滴内部(“微小”液滴とは 限らない)の流体挙動と類似している[5]。密度差対流が抑制された環境は、タン パク質の結晶成長において拡散律速型の結晶成長を実現する。また、このよう な環境で作製されたタンパク質の単結晶は、モザイク度が小さい良質な単結晶 であったことがこれまでに報告されている[6,7]。
これまでに、微小液滴を用いたタンパク質結晶化方法として、界面自由拡散、
2相流れ、蒸気拡散法などの結晶化条件探索デバイスが報告されている[8-10]。一 方で本研究は、効率的な X 線回折実験のために、微小液滴内で微結晶析出と結 晶の集合を抑制し、100 µm程度のタンパク質の単結晶を1個だけ作製するため の技術確立を目的としている。系内に 1 個の単結晶を作製することを目的とし た研究は、核形成と結晶成長の分離などを目的として報告されている[11-12]。本 章では、微小液滴内に形成された制御された過飽和を利用することで単結晶の 作製を試みた。また、第 2 章の結果[13]に基づいて、上記の微小液滴内部の流体
挙動に着目し、微小液滴中のタンパク質結晶化過程に関する理論的検討を行っ た。
3-2 実験方法 3-2-1 溶液調製
モデルタンパク質にはThaumatococcus daniellii由来のソーマチンを用いた。ソ ーマチンは和光純薬工業から購入し、再精製などは行わず結晶化実験に用いた。
ソーマチン溶液は、適量のソーマチンを100 mM N-(2-acetamido) iminodiacetic
acid (ADA) 緩衝液(pH 6.5、シグマアルドリッチ)に溶解し、30 mg/mLの濃度
に調製した。調製したソーマチン溶液は、13200 rpmで遠心分離を行い、上清を 回収した。ソーマチンの正確な濃度は、ナノドロップ(Nano Drop 1000、サーモ フィッシャー・サイエンティフィック)によって280 nmの吸光度を測定し、A280
nm = 1.25 = 1 mg/mLとして濃度を算出した。その後、ソーマチンストック溶液は
0.1 M ADA緩衝液(pH 6.5)によって希釈し、20 mg/mLソーマチン溶液を得た。
沈殿剤は、1.6 M酒石酸カリウムナトリウム(和光純薬工業)、50 mM
4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid(HEPES)緩衝液(pH 7.0、和光 純薬工業)を用いた。すべての溶液は、調製後に0.45 µmのシリンジフィルター
(Minisart RC25; Sartorius Stedium Biotech)を通した。
3-2-2 マイクロ流体デバイスの作製
マイクロ流体デバイスは、ポリジメチルシロキサン(PDMS)(SILPOT 184 W/C
Dow Corning Toray)を用いて、第2章と同様の方法で作製した。作製したマイ
クロ流体デバイスの流路は、trichloro(1H, 1H, 2H, 2H-perfluorooctyl)silane(シ グマアルドリッチ)を用いて気相法で表面修飾を施した。表面修飾を施したマ イクロ流体デバイスは、フロリナートFC-40(3 M)と1 H, 1 H, 2 H, 2 H-
perfuluoro-1-octanol(PFO)(シグマアルドリッチ)の混合液(10:1、v/v)を流路
内に流入し、3時間ほど50 °Cで乾燥させた。その後、液滴を回収するための perfluoroalkoxy alkane(PFA)キャピラリー(Upchurch Scientific、Zeus)をPDMS デバイスの出口に接続し、PDMSで間隙を塞いだ。液滴形状は、4種類の内径が 異なるPFAキャピラリー(I. D. 130、200、360、500 µm)を用いて制御した。
また、PDMSデバイスへ送液を行うために、Poly (ether ether ketone)(PEEK)キ
ャピラリー(Upchurch Scientific)を流路の入口に接続した。
3-2-3 結晶化実験
液滴を生成するための連続相(油相)には、フロリナートFC40とPFOの混 合液(10:1、v/v)を用いた。分散相(水相)には、20 mg/mLのソーマチン溶液
と1.6 M酒石酸カリウムナトリウム、50 mM HEPES緩衝液(pH 7.0)を用いた。
それぞれの溶液は、ガラスシリンジ(GASTIGHT 1001、Hamilton)に充填し、
シリンジポンプ(Model 100、BAS)でPDMSデバイスへ送液した。微小液滴は、
PDMSデバイスで連続的に生成し、それらを内径が異なるPFAキャピラリーに 回収した。デバイス出口に接続しているキャピラリーは、全体に液滴が充填さ れていることを確認した後、デバイスから切り離した。その後、切断したキャ ピラリーは、両端をキャピラリーワックス(Hampton Research)で封止した。結 晶化実験は、キャピラリーを4 ºCの低温室で静置することで行った。微小液滴 内で析出した結晶数は、光学顕微鏡(Eclipse TS100, Nikon)によって観測を行っ た。
3-3 結果および考察
第2章で確立した実験系を用いることで、液滴体積・形状を自由に制御する ことが可能であった。そこで、本章では内径130、200、360、500 µmの全ての PFAキャピラリーで液滴の形状が真球状になるように液滴生成を行った。結晶 化実験は、それぞれの大きさの液滴で各100〜200個ほど行い、その結果から晶 析挙動の解析を行った。第2章、および参考文献で報告したように、直径130、
200、360 µmの真球状の液滴では、高頻度で1個の単結晶が析出する傾向が観測
された[13]。図3-1に実験システムと直径200 µmの液滴中で析出したソーマチン の結晶を示す。一方で、直径500 µmの液滴の場合には、2個以上のソーマチン 結晶が析出しやすい傾向が見られた。表3-1にそれぞれの液滴大きさの液滴で析 出した結晶数を示す。表3-1に示すように液滴が大きくなるにつれて、液滴内に 析出する平均の結晶数が増加し、標準偏差も大きくなる傾向が見られた。そこ で、第2章と同様にアブラミの式を用いて結晶化速度の解析を行った[14]。結晶 化速度の解析は、直径130、200、360 µmの液滴で各10個ずつ行った。その結 果、液滴の大きさに依存せずにアブラミ指数は1.5であった。この解析結果は第 2章と同様で、微小液滴中のソーマチンの結晶成長が、タンパク質分子の拡散律 速型であることを示唆している。また、グラスホフ数を考えると、液滴径が十 分小さい場合には密度差対流が抑制されていると推測される。ここで、液滴内 に1個の結晶が析出した場合を考える。液滴内では析出した結晶の成長と新た な核形成が競合していると考えられる。また、結晶近傍には、その成長によっ てタンパク質分子が消費されて濃度勾配が形成している。その結果、タンパク 質分子は自己拡散によって結晶近傍へ輸送される。したがって、一定の大きさ 以下の液滴を用いることで、液滴内部のタンパク質分子が自己拡散によって析 出した結晶の成長にのみに消費されると考えられる。そこで、タンパク質結晶 化における微小液滴の大きさの重要性について理論的に考察を行った。
まず、簡単にするために、微小液滴の3次元的な中心に結晶が1個だけ生成 し、それが成長する場合をモデルとして考えた。ここで、以下の3つの仮定を 設定した。①微小液滴内部の密度差対流が抑制されている(タンパク質分子は
自己拡散で輸送される)、②結晶は液滴の中心に1個だけ析出する、③核形成と 結晶成長の開始時において、結晶の大きさは液滴の大きさよりも十分に小さい ため無視できる。結晶近傍のタンパク質濃度は、結晶成長にタンパク質分子が 消費されるため、結晶から離れた場所と比較して低下している。その結果、タ ンパク質分子は自己拡散によって、結晶近傍へ輸送されて結晶表面に取り込ま れ、結晶成長が進行する。ここで、図3-2に示すような距離rから(r + dr)にか けての微小球殻におけるタンパク質分子の物質収支を考える。ここで、フィッ クの第1法則は(1)式で表される。
Nは拡散流束、Dは拡散係数、Cはタンパク質濃度である。このとき、微小球殻 におけるタンパク質分子の物質収支は(2)式で表すことができる。
ここで、rpはタンパク質分子の消費速度である。この式の左辺は、微小球殻にお ける結晶近傍へのタンパク質分子の単位時間あたりの拡散量、右辺は、結晶成 長による単位時間あたりのタンパク質分子消費量である。また、今回の系では タンパク質分子の流入と生成はないため考慮していない。さらに、(2)式は(3) 式のように変形できる。
N=−DdC
dr (1)
4πr2 −DdC dr
"
#$ %
&
'
r=r+dr
−4πr2 −DdC
dr
"
#$ %
&
'
r=r
=4πr2⋅dr⋅rp (2)
D r2
d
dr r2dC dr
!
"
# $
%&+rp=0 (3)
Figure 3-1. (a) A photograph of the composite PDMS-Teflon capillary microfluidic device. (b) A schematic illustration of the channel size and the method of forming microdroplets. (c) A photomicrograph of 200 µm diameter microdroplets; each droplet containing a single thaumatin crystal.
200 µm 100 µm
100 µm 100 µm
fluorinated oil
fluorinated oil
precipitant solution
to capillary (a)
(b)
(c)
200 µm protein solution
Table 3-1. The number of crystals observed per single droplet.
Droplet diameter Number of crystals per dropleta
130 µm 1.0 ± 0.2
200 µm 1.2 ± 0.3
360 µm 1.3 ± 0.5
500 µm 2.1 ± 0.7
[a] 100-200 droplets were observed for each droplet size. The number of crystals is presented as the avarage ± standard deviation.
Figure 3-2. Schematic showing the infinitesimal spherical shell contained within the radius r and (r+dr), which is inside the radius R droplet.
R r
r+dr
ここで、境界条件は以下の通りである。
r = 0
C=C0 r = R
C0は微小液滴内のタンパク質初濃度を表している。ここで、結晶近傍のタンパ ク質濃度は極めて低く、拡散律速型の結晶成長のため、微小液滴中のタンパク 質の結晶成長は0次反応であると近似する。したがって、(3)式はさらに、(4)
式へと変形できる。
ここで、qは単位時間あたりのタンパク質分子の消費量を表す。(4)式で、r = 0
ではC = 0であり、Rは正の値を取るため、結晶が1個だけ析出する理論的な臨
界サイズRcは、式(5)で表される。
Rc= 6DC0
q (5)
Rcは言い換えると、液滴内のタンパク質分子が結晶成長に寄与し得る最長の拡 散距離と考えることができる。今回の実験条件下では、タンパク質初濃度C0 = 10
mg/mLである。また、単位時間あたりのタンパク質消費速度qは結晶成長速度
測定から、1/6 × 10-2 mg/mL sであった。また、ソーマチンの拡散係数は25 ºCで 5 × 10-11 m2/sと報告されている[15]。ここで、本章のソーマチン結晶化実験は4 ºC で行っているため微小液滴中のソーマチンの拡散係数は上記の値よりも小さい
d 0 d =
r C
C= q
6D
(
r2−R2)
+C0 (4)と考えられる。そこで、臨界サイズRcを算出するために4 ºC におけるソーマチ
ン1 × 10-11 m2/sと見積もった。(5)式を用いて臨界サイズを算出した結果、Rc
は約600 µmであった。しかしながら、実際の臨界サイズを考えると、結晶の核
形成は必ずしも液滴の中心で生じず、結晶成長後期における結晶の大きさは無 視できないため、Rcは600 µmよりも小さくなると推定される。また、その大き さの液滴内部の流動を考えると、密度差対流が抑制されておらず、拡散律速型 の結晶成長環境になっていない可能性が考えられる。これらを考慮すると、本 章で提案した結晶成長モデルは、微小液滴内での結晶化の初期過程を良く表し ていると考えられる。実際に、推算された臨界サイズ、(拡散距離)は実験結果 と良く一致し、直径200、360 µmの液滴では、内部にほぼ1個のソーマチン結 晶が析出した。一方で、臨界サイズ程度と考えられる直径500 µmの液滴では、
複数の結晶が析出しやすい傾向が観測された。これは、1個目に析出した結晶か ら離れた場所に高濃度のタンパク質分子が残存し、2個目の核形成が生じやすい 環境が保たれたためであると考えられる。その結果、液滴内部に複数のソーマ チン結晶が析出した。これらの結果から、臨界サイズ以下の大きさの液滴を用 いることで、液滴内部に1個の単結晶を効率良く作製可能であることが分かっ た。