携帯情報端末で移動する利用者の情報支援を常時行うためには,端末が連続動作 していても端末の電源が枯渇してしまわぬよう,ワイヤレスで電力を供給し続ける ことが必要である.太陽電池による電力供給は解決策のひとつとなりうるが,屋内 環境で照明等による光強度は通常のオフィス環境で0.05mW/cm2程度,Aimuletへ の赤外LEDの照射光でも1mW/cm2程度と,屋外の直射日光下での約100mW/cm2 に比較して1/100以下と小さい.したがって,屋内環境で端末の連続動作を可能に するには,端末の低消費電力動作化が不可欠である.情報通信端末の消費電力の 低減には,Aimulet Ver.1で情報の受信動作を一次電池や二次電池を利用せずに実 現したように,送信動作においても低消費電力で実現する技術の研究開発が必要 である.本節ではこの低消費電力データ送信を実現するために光反射率変調通信 技術に着目し,その原理と実装について述べる.
3.2.1 反射率変調通信
再帰光反射率変調通信方式の原理を図3.1に示す.通信端末は,情報を基地局に 送信するための再帰光反射素子と透過率変調素子,基地局からの情報を受信する ための受光素子を装備している.
図3.1: 再帰光反射率変調通信方式の原理
一般の光通信方式では,基地局も端末も送受信装置を持ち,互いに変調した光 信号を送受信しあうことで通信を実現する.これに対し,光反射率変調通信では,
通信端末では自ら変調光を発光せず,外部から照射された光の反射を制御して通 信を行う.端末から基地局への送信に必要な電力は主に,透過率変調素子の駆動 電力で決定されるので,変調素子の駆動電力が自ら変調光を放射する場合の駆動 電力よりも低ければ,端末はより低消費電力での情報送信が実現できる.低消費 電力で動作する透過率変調素子には例えば液晶光変調素子素子が挙げられる.な お,基地局から端末への通信は従来の方式と同じであるので,これに要する回路 と消費電力は従来の通信方式と同等に必要である.
端末では光源に正対した方向へより強い反射光を得るために再帰光反射素子を 装備する.再帰光反射素子は素子に入射した光がを全反射を2〜3回繰り返すこと で光源に正対して反射するように作られている光学素子であり,立方体の角のよ うに互いが直角を成すようにガラスを研磨したり,母型からの射出成型で作成さ れたコーナーキューブ(コーナーキューブプリズム,コーナーリフレクタとも言 う),あるいは球形のガラスビーズを高分子膜にちょうど半径分だけ埋め込んだ光 学素子などにより実現できる.端末に再帰光反射素子を装備すると,基地局から の光照射の強度が低くてもより高い強度の反射光が基地局に戻るので,端末位置 の認識や通信がより容易になる.
3.2.2 HV(Hyper Versatile) ターゲット
本論文では,低消費電力情報送信のための再帰光反射通信モジュールを,HV(Hyper
Versatile)ターゲット[50]と呼び,その実装と特性について述べる.再帰光反射通
信モジュールであるHVターゲットは,2つの機能を有している.ひとつは基地局 からターゲットに照射された赤外光を基地局に正対して反射する再帰光反射機能, そしてもうひとつは,光反射率を変調する機能である.この2角機能によりHV ターゲットは基地局からの照射光を変調し,ターゲット側の持つ情報を基地局に 送信することができる.
HVターゲットは再帰光反射機能を持つコーナーキューブのような光学素子と透 過率変調素子の組合わせで構成することができる.HVターゲットには,表3.1に
示すように,再帰光反射素子のみの単純な構成から,反射型半導体空間光変調器 まで各種の実装の段階が考えられる.再帰光反射素子としてコーナーキューブを,
透過率変調素子として液晶光変調素子を用いる場合をレベル1とし,より微細で 高性能になるものの,実現にはより高度な技術が必要となる実装の段階をより大 きい数字のレベルで表すこととする.
表3.1: HVターゲットの実装段階
レベル0 再帰光反射素子
レベル1 再帰光反射素子+液晶光透過率変調素子
レベル2 微細再帰光反射素子アレイ+液晶光透過率変調素子 レベル3 反射型液晶空間光変調器
レベル4 反射型半導体空間光変調器
レベル0のHVターゲットの実装は,は光変調機能を持たず再帰光反射機能の みをコーナーキューブ等で実現したものである.レベル0実装の場合,ターゲッ ト自体は時間的な変調機能は持たないものの,十分な位置分解能を有するセンサ を用いることで複数の再帰光反射体からの反射信号を一次元〜三次元バーコード として端末の固定IDや端末の方向を読み取り,それに基づいて位置に基づく情報 サービスを提供することができる.
レベル1の実装では再帰光反射素子に液晶光変調器を組み合わせた構成で,端 末のデータを基地局側に送信できるようになる.動作時の消費電力は液晶光シャッ タの駆動電力で決定されるため自ら変調信号光を発するよりは小さいが,再帰光 反射素子にコーナーキューブを用いているため,ターゲットの体積と重量が大き くなる問題がある.
レベル2の実装では,シート状に成型された微細化されたコーナーキューブを再 帰光反射素子として用いるため,大面積でも薄く軽量なターゲットを実現できる.
レベル3の実装では,HVターゲットに要求される2種類の機能を空間光変調器 で同時に実現する.応答速度は液晶の動作速度程度であるが,計算機ホログラム の表示により特定の基地局の方向にだけ信号を再帰的に反射することが可能にな るので,より秘匿性の高い通信が実現できる[66].ただし,現状の空間光変調素
子は例えば浜松ホトニクス社製X8267[71]では,80 x 93 x 226.3mm3と寸法が大き いため,携帯情報通信端末に実装することはまだできない.
レベル4の反射型半導体空間光変調器は,反射型半導体光変調器[72]を二次元 アレイとして配置する変調素子である.レベル3HVターゲットの特長を生かした まま,より小体積で高速動作が期待できるが,この素子も実用化はされていない.
次節ではレベル1,レベル2のHVターゲットに用いることができる各種の液晶 光変調器について述べる.