第 3 章 先行事例にみる環境用水の成立要因
3.3 環境用水の導入と展開-地域間の比較から-
3.3.5 川崎市二ヶ領用水
(1)地域の概要
二ヶ領用水は、川崎市多摩区に位置し、多摩川の水を上河原堰、宿河原堰から取水し、
かんがい用水、工業用水のほか準用河川二ヶ領上河原川および準用河川二ヶ領宿河原川の 河川維持用水として利用している。この河川維持用水が、これらの河川の環境用水として 機能している。準用河川二ヶ領上河原川および準用河川二ヶ領宿河原川が流れる川崎市多 摩区は、市街化区域に位置する。
取水の期間は通年である。河川維持用水の取水量は1.40 m3/s(上河原堰0.50 m3/s、宿 河原堰0.90 m3/s)である。
47
二ヶ領宿河原川 久地円筒分水
写真 3-6 二ヶ領用水の状況
図 3-7 二ヶ領用水位置図
(2)用水の成り立ち
二ヶ領用水は、1597(天正7)年、徳川家康から治水と新田開発の命を受けた小泉次大夫 が、14年の歳月をかけて1611(慶長16)年に完成した歴史ある用水である。その後、百年 余り経た頃には、用水路は欠損し、荒廃した状況になったため、1724(享保9)年田中休愚 は、幕府の命令を受け、本格的な改修工事を実施した。
明治以降は、二ヶ領用水から取水する横浜水道が開設(1873(明治6)年)され、飲料水とし ての水道用水や工場への工業用水などとして利用された。大正時代になると近代的工場の 進出とともに南部から次第に農地が減少し、近年では北部でも宅地化等により農業用水と
0 2km
(川崎市河川図より)
48
しての機能は小さくなっている。1941年、正確な分水管理ができる装置として円形分水の 方式が採用され、久地円筒分水が完成した。同年には、それまで二ヶ領用水を管理してい た二ヶ領用水組合は、組合の財政上の理由で、財産および権利義務一切を川崎市に移管し ている(新多摩川誌編集委員会,2001)。
(3)環境用水導入の経緯
水利権許可は、1934年に当時の許可権者である神奈川県知事が稲毛川崎二ヶ領普通水 利組合に流水の占用許可(かんがい用水,上河原堰:5.175 m3/s,宿河原堰:4.174 m3/s,
合計:9.349 m3/s)を与えている。それ以降10年ごとに更新が行われている。
1974年9月1日に台風16号による多摩川の増水により、二ヶ領用水宿河原堰対岸が破 堤し、東京都狛江市の民家19棟が流失倒壊するという多摩川水害が発生した。このこと をきっかけに、宿河原堰の切り下げが提起され、旧建設省による取水量調査の結果、1982 年8月にかんがい用水:3.50 m3/s(上河原堰:2.30 m3/s,宿河原堰:1.20 m3/s),工業用 水2.35 m3/s,合計:5.85 m3/sへと変わった。
1985年から、川崎市は二ヶ領上河原川および二ヶ領宿河原川における親水性護岸工の 改修に着手した。親水公園と親水緑道が整備され、さらに多自然型工法が採用されて美観 と動植物の生息に配慮した河川整備が行われた。一方、上河原堰で取水された用水のうち 工業用水は二ヶ領本川を流れず、かんがい用水も非かんがい期には流れないことから、冬 期には水路を流れる用水はなく、雑排水が流れ込んだことによって水路の環境が悪化した。
こうしたことから、1986年に川崎市から旧建設省関東地方建設局京浜工事事務所あて に「二ヶ領用水の確保等に関する意見書」が提出された。また、1990~1993年にかけて
「二ヶ領用水検討会」(旧京浜工事事務所,川崎市)が必要水量を検討した。その後1992
~1994年にかけて神奈川県知事、川崎市長、二ヶ領用水の再生を考える会が旧建設省に「二 ヶ領用水への導水要望書」を提出した(川崎ら,2001)。1993年には多摩川水害訴訟の判 決確定を受け、川崎市は、宿河原堰の費用負担、二ヶ領宿河原川の環境用水の確保につい て河川事務所に対して要望を上げた。
そうして、1995年に河川維持用水として許可されることになった。許可にあたって、
二ヶ領用水宿河原川は、用水路であったため河川維持用水を流すことができないことから、
市は準用河川に指定することで、河川維持用水を通水できるようにした(川崎ら,2001)。 こうした経緯を経て、1995年12月にかんがい用水:1.30 m3/s(上河原堰:1.30 m3/s,
宿河原堰:なし),工業用水2.35 m3/s,河川維持用水1.40 m3/s(豊水),合計:5.05 m3/s の水利使用が許可された。
49 (4)維持管理体制
川崎市へのヒアリングの結果、二ヶ領上河原川および二ヶ領宿河原川は、準用河川であ り、河川管理者は川崎市であるため、市が維持管理をしている。また、河川愛護団体が河 川の清掃などを行っていることが明らかになった。
(5)環境用水導入の効果
二ヶ領宿河原川は、親水空間を設けた護岸整備がされており、河川維持用水の通水によ り、環境親和的な水辺空間が形成されている。また、様々な市民活動も展開されている。
具体的には、環境用水の確保活動と同時期にあたる1985年には「二ヶ領用水中原百乃 会」が発足した、中原区では、二ヶ領用水沿いが昔桃の里であったことを後世に残すため の活動を開始した(甲斐,2014)。同年に前述の「二ヶ領用水の再生を考える会」が発足し、
署名活動や、旧京浜工事事務所へ意見書を提出するなどの活動を行うとともに、二ヶ領用 水再生マスタープランを市民と市当局との協力で作成していくことを提案し、1989年の川 崎市長選で高橋市長の公約の一つとしてこの提案は実現した。そして、1993年「二ヶ領用 水総合基本計画」がまとめられた(川崎ら,2001)。
2013年3月には、「二ヶ領用水総合基本計画」が改定された。これによると二ヶ領用水 に関わる市民団体は21団体(2010年3月時点)あり、1970年代から活動する歴史ある団体 もあるが、2000年以降に活動を開始した団体が12団体あり、表 3-7にみるように多様な 団体が様々な活動を行っている(川崎市,2013)。
50
表 3-7 二ヶ領用水に係わる市民活動団体 (川崎市,2013)
51
川崎市では、よりよい環境を保全・創造し、水質浄化を進め、快適な河川の水環境を創 出することを目指し、1993年3月に「川崎市河川水質管理計画」を策定した。この計画 には水環境の保全と水に親しめる環境づくりという目標が定められており、表 3-8にみる ように親水施設利用目的指針で親水施設について水質や河川の状況などが示されている (近藤・吉田,2008)。
表 3-8 親水施設利用目的指針
目標 Ⅰ Ⅱ Ⅲ
水遊びのできる川 魚などの生き物に親しめ る川
散策のできる水辺
BOD・COD 3mg/l以下 5mg/l以下 8mg/l以下
DO 5mg/l以上 5mg/l以上 2mg/l以上
大腸菌群数 1000MPN/100ml以下 - -
臭気 不快でないこと 不快でないこと 不快でないこと 水深 子供の膝の高さくらい
の水深(約20cm)
魚類が生息するのに適当 な水深(20cm~50cm程度)
一定の水量感を持つ水深
(20cm~50cm程度)
甲斐(2014)は、2013年の二ヶ領用水の水質調査結果と生き物調査の結果を報告している。
それによると、多摩川の環境基準類型はB類型に指定されているが、多摩川の2013年度 の平均水質は、pH、BOD、SS、DOとも基準値以内であり、二ヶ領用水についても、多 摩川とほぼ同じ水質であり、良好な結果であった。生き物調査では絶滅危惧種であるメダ カ、県内準絶滅危惧種のウグイ、カマツカが確認されており、良好な状態になっている。
(6)環境用水導入の成立要因
現地調査を通じて、川崎市二ヶ領用水の環境用水が成立した要因として以下の項目が考 えられる。
①用水の歴史:二ヶ領用水は、1597年徳川家康から治水と新田開発の命を受けた小泉 次大夫が、14年の歳月をかけて建設した。明治以降は、水道用水や工業用水としても利用 された。
②二ヶ領用水の再生を考える会の活動:市民団体である二ヶ領用水の再生を考える会は、
署名運動やシンポジウムの開催など二ヶ領用水の再生を目指した活動を行った。
③冬期の水量の不足:かんがい用水が非かんがい期には流れないことから、生活雑排水 が流れ込んだことにより、水路の環境が悪化した。
④県、市、市民からの導水要望:1992年に神奈川県知事が旧建設省関東地方建設局あ てに「二ヶ領用水への導水要望」を行い、1993年には市が旧関東地方建設局京浜工事事務 所あてに要望書を出した。1994年には、市民団体の二ヶ領用水の再生を考える会から要望
川崎市河川水質管理計画,1993年5月 より
52 書が提出された (川崎ら,2001) 。
⑤関係機関の連携:川崎市と旧京浜工事事務所は検討会を設け、二ヶ領用水における環 境用水の水量などについて検討した。
⑥水路の整備:1988年、二ヶ領本川は「ふるさとの川整備事業」1)に指定され、1991 年から親水公園と親水緑道が整備され、さらに河道内には多自然型工法が採用されて景観 と動植物の生息に配慮した河川整備が行われた。
⑦市による維持管理の実施:非かんがい期の導水は、水路を準用河川とすることで、1995 年に河川維持用水として実現した。準用河川のため、維持管理は市が行っている。
⑧維持管理費:市の管理河川であり、維持管理にかかる費用は市が負担している。