• 検索結果がありません。

2. 中観・瑜伽行両派における二諦説解釈の変遷

2.1 初期中観派の二諦説

2.1.3 小結

以上,本節において,いわゆる初期中観派の文献,MMK,ABh,青目釈

『中論』,BPにおける二諦説を考察した.

諸注釈の解釈に基づき理解されてきた,

MMK-XXIV

の二諦説は,『顕揚 論』と

PsP

の用例に鑑みる限り,龍樹独自の思想と限定せずに,先行する,

或いは同時代の用例を考慮する必要があり,同時代の文献である『婆沙論』

MMK-XXIV k.8

と類似する文脈で二諦説を用いていることを指摘した.

『婆沙論』は「勝義諦=了義, 世俗諦=未了義」と理解しており,この解

釈は

MMK-XXIV kk.8-10

の文脈上,齟齬はきたさず,CŚ の二諦説とも反

するものでもない.本項では,諸注釈の解釈に基づかず

MMK

における二 諦説解釈を考察する際の一仮説として,「勝義諦=了義,世俗諦=未了義」

という解釈を提示した.

また,龍樹以降の初期中観派の文献,

ABh/BP

,青目釈『中論』は,世俗 諦を,「一切法は無自性空であるが,世間の人々が顛倒を理解していないた め,一切法が生起しているとみること」,勝義諦を,「聖者たちは顛倒を理 解しているので,一切法が生起しないとみること」と注釈し,

BP

独自の注 釈箇所では,世俗諦によって何らかの言説が説かれるが,勝義(真実)を 思慮する場合には,それらが妥当でないことが説かれ,勝義は「法界」・

「縁起」・「中道」などにも言い換えることを確認した.

これら初期中観派の文献においては,

MSA-VI

の二諦説に確認された「二 次的な勝義」・「分類された階層的二諦説」は確認されない.つまり,

MSA-VI

の二諦説は三性説に基づき解釈されていたが,三性説成立以前,あるいは

BP

のような三性説を考慮していない文献では,

MSA-VI

のような二諦説解 釈は確認されないのである.この点は,MSA-VI における二諦説解釈の特 殊性を示すとともに,三性説の成立が二諦説の思想変遷上で一つの転換点 となることを示すであろう.次節では,瑜伽行派における三性説成立以前 の文献を考察し,この点をより明らかにする.

2.2 『菩薩地』「真実義品」における Pre- 三性説的二諦説

前節において,龍樹に代表されるいわゆる初期中観派の二諦説を考察し た.本節では,三性説成立以前,三性説成立時期の瑜伽行派の文献である

BBh-IV

における二諦説を考察する.

三性説について初めて言及する文献は

SNS

であり,以降瑜伽行派の中心 思想として発展したと考えられるが,その起源問題は未だに明らかにされ ていない.三性説の起源問題については勝れた多くの研究があり,様々な 観点からの考察が試みられている.二諦説もまた,三性説の起源との関連 が指摘されており,本節でも三性説の起源問題との関連から二諦説を考察 する.三性説の起源は多くの要素が複雑に関わっており,安易に特定の思 想のみに限定すべきではないと思われるが,瑜伽行派の二諦説には初期中 観派の二諦説に確認されない,独自の二諦説が確認され,三性説の起源問 題との何らかの関連が予想される.

BBh-IV

等にみられる三性説の前段階的 二諦説を便宜上,「Pre-三性説的二諦説」と暫定的に命名する.

また,前節との関連では,

BBh-IV

は勿論のこと,

YBh

全体を通しても

MMK

への直接的言及は確認されず,

BBh-IV

と龍樹との直接的関連を指摘 することは困難と言わざるをえない.しかしながら,近年,龍樹の位置づ けを再考する斎藤氏の諸研究によって,

BBh-IV

における重要用語に対する

MMK

の影響が指摘されている.

Saito[2010],斎藤[2012]は, [1]

真実(tattva),

[2]

善取空(sugṛhīta-śūnyatā)・

悪取空(durgṛhīta-śūnyatā),[3] 言語表現(vyavahāra,   abhilāpa),[4] 分別

vikalpa

)・戯論(

prapañca

)といった

MMK

における主要術語が

BBh

にお

いて発展的に掘り下げられたと指摘しており,

BBh-IV

以降の瑜伽行派の 思想的展開に対して,初期中観派の思想が重要な基礎を提供したと考えら れるのである.

以下,初期中観派によって提示された二諦説が,

BBh-IV

の段階に到って どのように解釈されるかを明らかにする.

2.2.1

『菩薩地』「真実義品」における二諦説

本項では,BBh-IV真実義品における二諦説を考察する.BBh-IVはその 章題,「真実義品(Tattvārtha-paṭala)」が示すように,「真実の意味(tattva-artha)」 を主題とし,BBh のなかでも,如所有性(yathāvadbhāvikatā)・尽所有性

(yāvadbhāvikatāという二種の真実義271,『小空経』にもとづく空性解釈(善 取空・悪取空)272などの哲学的問題が説かれる章として知られる.ただし,

BBh-IV

の段階では,瑜伽行派の代表的な教説である,三性説,アーラヤ識

論,唯識説が説かれることはない.しかしながら,

BBh-IV

は,それら瑜伽 行派の代表的な教説へと発展する,萌芽的な思想が説かれる章として注目 されており,阿

[1982]

による唯識説への展開273,後述するような三性説へ の展開という視点から多くの試みがなされている.

本項では,この

BBh-IV

における二諦説と

vastu(事物)との関連を通し

て,三性説の起源問題,三性説成立以前の二諦説(Pre-三性説的二諦説)

を考察する.

<三性説の起源問題に関する諸研究>

遍計所執性・依他起性・円成実性からなる三性説は,瑜伽行派の中心思想 として知られ,SNS,ViSg,MSA,MAV,MSg,『顕揚論』,TrK,『三性論

(Trisvabhāvanirdeśa:TSN)』,LAS等における三性説が,多くの研究者に よって考察されてきた.清弁をはじめ,後代の中観派の批判対象となった ことからもその重要性がうかがえる.しかしながら,三性説の起源,その 思想的発展に関してはこれまで多くの研究がありながらも,この問題が現 在解決したとは言い難い.

従来の議論には,その起源を瑜伽行派の外部に求める議論も存在し,

PsP

の「弥勒請問章」を取り上げるものがあったが274,近年は瑜伽行派が教証

271 如所有性・尽所有性については,長尾[1948],鎌田[1955],野澤[1957: pp. 149-151, 272, 277-278],廣澤[1982]に詳しい.

272 瑜伽行派の空性理解については,長尾[1968],向井[1974],[1983],水尾[1983],袴谷[1984],

阿[1984]などに詳しい.

273 阿[1982].

274「弥勒請問章」に関する一連の議論は,金[2007b : p. 37, fn. 66]によって,簡潔に整理さ れている.

として引用する

SNS

にみられる三相説をその初出としてみる説が有力な 状況である.近年の研究においてその起源を瑜伽行派の外部に求めるもの

として,

Acintyastava

(As)に注目した,津田[2003]が挙げられる.

As

は,

龍樹に帰せられる讃歌であり,

MMK

との類似性が指摘される文献である.

津田[2003]は

As k.44

275にみられる二諦説,直後の As k.45276にみられる

「kalpita」,「paratantra」という表現に注目し,三性説の起源問題に関する 一仮説として,瑜伽行派成立以前に二諦説と関連した,三性説の萌芽的思 想が存在したという可能性を提示する.

また,瑜伽行派の文献を中心とした三性説の起源問題に関しては,金

[2007b]

が諸研究を以下の三つの観点からまとめている277

三性説の起源の問題に関して、従来三性(三相)の術語的用例によって経証として

般若経の「彌勒請問章」が取り上げられた場合もあった (Cf. 袴谷[1975], 長尾[1982]

pp.33-41, 勝呂[1989]p. 305).この問題を巡って,まず長尾[1982]は『般若経』自体に

すでに三性説が形成されていたという袴谷[1975]の主張を否定している.一方,勝呂

[1989]は長尾[1982]の見解に賛成しているが,『瑜伽論』『解深密経』編纂に先立って,

『般若経』の思想に基づいて三性の概念をすでに構成していたと想定する.他方,

神子上[2001]は,「実論者との言葉をめぐる論争が三性説の背後にあり,龍樹の深い 哲学思想がその背後にあるのであって,『般若経』の宗教的思考から三性説が直接影 響を承けたとは考えない」と主張している(神子上 [2001]p. 18).しかし,この問題 は,ツルティム [1999]がこれまでの研究成果を踏まえ,ツォンカパの見解により指摘 する如く,般若経の立場に基づいて理解されるべきものであり,瑜伽行派にとって は『解深密経』が経証として取り上げるべきである.これは現段階においては有力 説として認められる. Cf. ツルティム[1999]pp. 180-184.

275 As, 津田[2003]p. 101.

hetu-pratyaya-saṃbhūtā  paratantrā  ca  saṃvṛtih / paratantra iti proktaḥ paramārthas  tv  akṛtrimah // As k.44

世俗的なものは原因と条件から生じたもので,他に依存したものである.

「他に依存した〔存在〕」と〔世間では〕言われるが,それに対して最高の意味(真実)

は人為的なものではない.

276 As, 津田[2003]p. 101.

svabhāvaḥ prakṛtis tattvaṃ dravyaṃ vastu sad ity api / nāsti  vai  kalito  bhāvaḥ paratantras tu vidyate // As k.45

本体,本性,真実,実在,事物,存在とも〔世間では言われる〕.

実に,構想された存在は存在しないが,しかし〔世間では〕他に依存したものとして

知られる.

277 金[2007b]pp. 38-39.

YBh

を起点として唯識説の思想的展開を考察する,一連の文献学的研究.

(Frauwallner[1956], Schmithausen[1969], 阿[1982],勝呂[1985], [1987],高橋

[2005ab].)

② <般若経>・『十地経』の思想に連なるものとして,BBhの四尋思・四如実遍 智の観法の内容に三性説の起源を求める.(荒牧[1976ab])

③ 初期仏教・<般若経>など,諸法の三性的思惟の原型から探ろうとする.

BBh-IV

に引用される『転有経』の一節と三性説との関連を検討する.(竹村

[1995]

このうち,③竹村

[1995]

は,

BBh-IV

における『転有経(

Bhavasaṃkrānti-

sūtra : BhSS)

278の引用に注目したものの,その一文と瑜伽行派の二諦説

との関連については言及しておらず,金[2007b]は竹村氏の研究をふまえて

BhSS

と二諦説との関連から,三性説の起源問題を考察する.

また,①高橋[2005b]は三性説の起源問題に直接言及するものではないが,

BBh-IV

における

vastu

(事物)と三相説

/

三性説,そして,相(

nimittta

)・

名(

nāman

)・分別(

vikalpa

)・真如(

tathatā

)・正智(

saṃyagjñāna

)からな る,五事説(

pañca-vastu

)との関連に注目し,瑜伽行派の思想的発展につ いて言及する.高橋氏は

BBh-IV

における

vastu

が言語表現の基体としての 側面と,言語表現し得ない勝義としての側面を有することに着目し,それ が

ViSg

にみられる五事説へと思想的に発展すると指摘する.そして,

ViSg

における三性説の内容は

SNS

における三相説を継承したものであり,

SNS,

ViSg

の三相説/三性説が相・名・分別によって説明され,SNS における三相 説が相・名・真如という概念によって定義されることから,「『解深密経』の 三相説は三相の概念だけで完結した教説ではなく,相・名・分別・真如という 概念を前提に構成されている」と,結論づけた上で,

[1]BBh

における

vastu

ViSg

における五事説,

[2]BBh

における

vastu

→五事説→

SNS

における三 相説[→ViSgにおける三性説]という,二つの思想的発展を想定している279

この高橋氏の見解は,菅原[2010]によって批判的に検討されている.菅 原氏は,高橋氏の「BBh-IVにおける

vastu

は言語表現の基体としての側面

278 BhSSの校訂テキストはVinītā  [2010]の一篇として出版されており,BhSSに関する文献

蒐集はŚatri[1938],袴谷[1977a, b],Vinītā[2010]等においてなされている.

279 高橋[2005]pp.72-73.

関連したドキュメント