以上のとおり、本件執行停止決定は、抗告訴訟の対象となる処分で あることは明らかである。
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的事件を離れて抽象的に憲法適合性を判断する抽象的規範統制訴訟 は「法律上の争訟」とはいえないものとし、事件性が「法律上の争 訟」の要件であることを示した(宇賀克也「行政法概説Ⅱ 行政救 済法(第5版)」109頁)。
イ 最判昭和56 年4月7日(板まんだら事件)
最高裁判所昭和56 年4月7日判決・民集 35巻3号 443頁は、「裁 判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁 判所法三条にいう『法律上の争訟』、すなわち当事者間の具体的な権 利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが 法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる
(最高裁昭和三九年(行ツ)第六一号同四一年二月八日第三小法廷 判決・民集二〇巻二号一九六頁参照)。したがつて、具体的な権利義 務ないし法律関係に関する紛争であっても、法令の適用により解決 するのに適しないものは裁判所の審判の対象となりえない、という べきである。」と判示した。
すなわち、事件性とともに、法令の適用により解決可能であるこ と(法的事項)であることが、「法律上の争訟」の要件であることを 示したものである。
本件は、第5で述べるとおり、沖縄県の具体的な利益の侵害が問 題となっているもので具体的紛争性(事件性)が認められ、かつ、
裁判所に判断が求められている事項は、信仰上の教義といったもの でなく、行政不服審査法の解釈という法令の適用により終局的に解 決することができるもの(法的事項)であるから、同最判の定義に 照らしても、本件は、「法律上の争訟」に該当するものである。
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ウ 最判平成14 年7月9日(宝塚市パチンコ条例事件)
なお、判例においては、最高裁判所平成 14 年7月9日判決民集 56 巻 6 号 1134 頁(以下「平成 14 年判決」という。)は、「国又は 地方公共団体が提起した訴訟であって,財産権の主体として自己の 財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には,法律上の争 訟に当たるというべきであるが,国又は地方公共団体が専ら行政権 の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は,法 規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって,
自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできない から,法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるもので はなく,法律に特別の規定がある場合に限り,提起することが許さ れるものと解される。」と判示し、「法律上の争訟」の範囲に限定を 加えている。
平成 14 年判決は、学説からこぞって批判を受けているものであ り、そもそも判例変更を免れ得ないものというべきであるが、本件 は、平成14 年判決とは事案を異にするものであり、平成14 年判決 による限定の射程は、本件には及ばないものである。
平成 14年判決は、「財産権の主体として自己の財産上の権利利益 の保護救済を求めるような場合」を「法律上の争訟」性が認められ る典型としてあげているものであり、「財産上の権利利益」の保護救 済を求める場合でなければ、凡そ司法的救済を求めることはできな いとしているものではない。
平成 14年判決の事案は、宝塚市が、規制行政を行う主体として、
国民に対して、行政上の義務の履行を求めたものであり、その射程
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は、「国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟」に限定されな ければならず、不当に拡張されてはならないものである。この点に つき、人見剛「大間原発行政訴訟に関する意見書」4頁以下は、「平 成14 年判決が『法律上の争訟』性を否定したのは、『国民に対して 行政上の義務の履行を求める訴訟』である。すなわち、平成 14 年 判決の射程は、行政上の義務の民事執行を否定するという点に限ら れると理解できる。この判決を根本的に批判する塩野宏博士も、こ の『判決の結論を維持する論拠となりうるのは、おそらく、民事執 行法は自力救済の禁止が厳格に妥当する私人相互の権利実現のため のものであって、行政上の義務履行確保の制度を自ら用意できる行 政主体には適用されないという民事執行不能論ではないかと考えら れる…。そして、本件は、民事執行法以前の給付判決を求める本案 訴訟であるので、民事執行法を持ち出すに由無く、議論を早めに決 着させるために法律上の争訟論に頼ったというのである』と論じて いる。実際、平成14 年判決の調査官解説が、『法律上の争訟』性を 認めることの具体的問題として想定した、裁判所が『行政権の執行 力獲得の手段として利用されることになる』という問題点は、行政 が私人を相手に行政上の義務履行を求めて提起する訴訟にこそ関わ っている…平成 14 年判決の『法律上の争訟』該当性を否定される 国又は地方公共団体が提起する訴訟は、通常考えられるものよりず っと限られており、『専ら行政権の主体として国民に対して行政上の 義務を求める訴訟』に限られるものであり、本件訴訟は、これに当 たるものではないことは明らかである」としている。
本件は、沖縄県が、規制行政の主体として、国民に対して行政上
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の義務の履行を求めるものではないから、平成 14 年判決の射程外 である。
刑事訴訟が「法律上の争訟」に該当することは当然であり、私法 上の権利・利益の侵害でなければ「法律上の争訟」に該当しないと の理解はなり立ちえないものである。前述のとおり、平成 14 年判 決は、「財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求 めるような場合」を「法律上の争訟」性が認められる典型としてあ げたものと理解すべきものである。
本件は、独立した法主体間の、現実の具体的対立性のある紛争で あって、地域環境利益等の侵害が争点となっており、法を適用する ことにより終局的に解決される紛争であるから、「法律上の争訟」に 該当するものである。
(3) 本件は上命下服の関係にないこと(最判昭和49 年5月 30日と相違
すること)
最高裁判所昭和49年5月30 日判決・民集28 巻4号594頁(大阪 府国民健康保険審査決定取消請求事件)は、団体委任事務に関する処 分に対する審査庁の判断に対して処分庁の側から争った事件として、
大阪市の国民健康保険の被保険者証の不交付処分に対し、大阪府国民 健康保険審査会が行った不交付処分の取消しと被保険者と認定する旨 の裁決に対して大阪市が出訴したという事案である。
この事案において、最判昭和49 年5月 30日は、結論として大阪市 の出訴適格を否定しているが、以下に述べるとおり、本件は同最判の 射程外である。
同判決は、国民健康保険法が「国は健康保険事業の運営が健全に行
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われるよう努めなければならない」(同法4条1項)と、国民健康保険 事業が国家の社会保障制度の一環をなす本来的な国の責務に属する行 政事務であることを宣明し、かつ、「都道府県は、健康保険事業の運営 が健全に行われるように、必要な指導をしなければならない」(同条2 項)として、都道府県の国民健康保険事業における指導監督の立場を 明らかにした上で、その指導監督権限の在り方として都道府県知事の 付属機関たる国民健康保険審査会を設けたものと位置づけ、その様な 国と都道府県、そして、国民健康保険の関係に鑑みれば、「保険給付等 に関する処分の審査に関する限りにおいて、審査会と保険者たる大阪 市とは、一般的な上級行政庁とその指揮監督に服する下級行政庁と同 様の関係に立ち、審査会の裁決に優越的効力が認められる。」と判示し ている。
これに対し、本件において国土交通大臣は公有水面埋立承認に係る 事務を所管する大臣として地自法255条の2第1号により審査庁の地 位を有するところ、公有水面埋立法上、国土交通大臣には、わずかに 免許前の工事用以外の工作物設置許可に際する報告等が定められてい る程度であり、上記判示に含まれるような、「指揮監督」権は何ら定め られていないのであるから「上級下級行政庁と同様の関係性」は存し ない。
このことに加えて、事務の実質に鑑みても、公有水面の埋立ては各 地方における土地利用と密接に関連しており、公水法の定める免許要 件である「土地利用の適正」「環境保全及び災害防止への十分な配慮」
はまさに、その地方の事務を司る沖縄県知事にこそ適切な判断が可能 な事項であって、「国家の責務として国がその運営に責任を負うべき社