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宮⑫七

ドキュメント内 真宗研究17号全 (ページ 70-113)

π

著 。

す 六十一才

E

御 享

五 五文 保

帖 年目 (

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講 六を さ

ず 》 る⑬

十 才

以 享呂 保

波 七 宮@年

幸吉

わ コ す む

六十五才

享保

八年

︵一

七二

三﹀

ノ、

十 才

郡中

僧侶

加賀

藩へ

﹁異

安心

をす

すむ

る私

党﹂

と任

を誓

訴え

る︵

﹃寝

覚の

鐙﹄

︶︒

加賀藩︑郡中を俳但し︑密に説法し

⑮ 

他八

人こ

れに

連座

する

︵﹃

加州

郡御

方旧

記﹄

︶︒

又︑小松

たと

てし

任誓

を捕

え︑

河北郡能瀬村十村源右衛門に預とする︒

⑮ 

の町

人も

連座

する

︵﹁

小松

史﹄

史料

篇︶

享保

九年

一︵

七二

四︶

六十七才

⑫ 

七月

二十

九日

牢死

する

︵﹁

錠之

御文

和釈

﹄註

記︶

︒ 以上の如き任誓の生涯からは︑様々な問題が引き出せるだろうが︑今はそれらに立ち入るのをさけよう︒

J J i

の信仰が元禄十三年頃には本山によって正統安心とされながら︑

その後異安心として藩によって捕えられたというこ

とから︑元禄十四年に著わされた﹃聞名歓喜讃﹄が重要な位置を占めるものであることだけを指摘して︑以下に﹃開

名歓喜讃﹄における任誓の救済論を分析してみよう︒

はじ

めに

﹃聞名歓喜讃﹄が任誓の著であることを明確にしておかねばならない︒現存諸本でみる限り︑本書には

序文も奥書もなく著者名も明らかにされていないからである︒しかるにこれを任誓著とみなすのは︑谷大本に﹁任誓

 

ノ 作 カ

﹂ と 註 記 さ れ て い る こ と

﹁ 加 州 能 美 郡 二 曲 村 釈 任 誓 述

山田本表紙に後筆ながら

とあ

るこ

と︑

前記

﹃御

室百

物もなく︑後代の偽作とする積極的証拠もない上︑ 写﹄に任誓著作として名がみえることによるものであり︑又写本が鳥越村を中心に分布し︑他に著者に比定すべき人

@ 写本が享保三年に成立していることから元禄十四年著は動かない

﹂と など によ って いる

さて︑本書は以下のような書き出しで始まるが︑

@ で︑少々長いが引用することから始めよう︒ この部分には本書の全ての論理の原型が示されていると考えるの

問云︒九夫往生ノ至要ハ他力信心ナリ︒信心獲得ストイフハ︑弥陀如来四十八願ノナカニ第十八願ヲコ︑ロウルナリ︒コノ願ヲ

コ︑ロウルトイフハ︑南無阿弥陀仏ノスカタヲコ︑ロウルナリ︒サレハ願成就ノ経文ニハ︑開其名号信心歓喜乃至一念トトケリ︒

ソノ名号ヲキクトイフハ︑夕︑ォホヤウニキクニアラス︒善知識ニアヒテヨクキ︑ヒラキテ︑コノ名号ノイハレヲヨクシリタルコ

ソ仏ニハナルへケレ︒タトヒキクトモ無名無実−二往ノ義ヲキ︑テハ︑ヵナラスアヤマリアルベシ︒一段ノ不審ヲモタテ︑︑イク

タヒモ人ニアヒタツ子テ︑霊長別ヲキ︑ワクヘシトイヘリ製︒

Z 1 4

退

﹁異

義者

﹂任

誓の

思想

史的

位置

﹁異義者﹂任誓の思想史的位置

六四

答イハク︒コノ不審一往アルヘキコトナリ︒ッ子ノ人オホクハ開其名号ノコトハリニマトフユヘニ︑他力真実ノ信心ヲ獲得スル コトマレナリトミヘタリ︒真宗ノ門人モトモコレヲワキマフヘキコトナリ︒ソレ弥陀ハモト法門ノ主︑大悲ノ根ナレハ︑如来蔵中 ニシテ一切ノ対機ノ法ヲ撰捨シ︑絶対独立ノ無上深妙ノ門ヲヒラキ︑自然法爾ヲ法本トシテ不覚転入ノチカヒオコシタマフカユヘ ニ︑上平等ノサトリヲエナカラ︑シカモ諸仏ノウヘニ冠タリ︒下智愚諸国悪ヲエラバレストイへトモ︑ヒトヘニ愚悪ノ根機ニアヒカ ナヘリ︒スデニソノ徳身ニムクヒ名ニアラハレテ︑南無阿弥陀仏トナリマシマス︒コレニヨリテ無量ノ法徳コレニヲ+マリ︑有量 ノ諸相コレニ浪セルカユヘニ︑無行不成/体トシテ凡夫往生ノ正業ナリ︒シラスキカザルニコノ徳ニアツカルカユヘニ︑イマソノ 徳ホカニヒ︑キテヰニイり︑心ニウカミテヨロコバシク︑ソノッ︑マリカクチニ唱へラル︑ニヨりテ︑ワレラカ三業仏鉢ニノセラ レテ︑スナワチノトキ必定ニイル︒必トハカナラストイフ︒弥陀仏ノ誓願ハモトヨリノ御約束トシテ︑ヲノツカラカクコソアルヘ

幻︵東藤本﹁ノ成不成﹂︶

キコトナレトイフ心ナリ︒定トハサタマルトイフ︒仏ノ正覚ハワレラカ往生スルトセサルトニヨルコトナレハ︑往生ノコトハリノ アラワレサルホトハ不定ニ似タリ︒コレヲ若不生者ノチカヒトイフ︒コノチカヒノチキリクチハテスシテ︑イマコ︑ニタノムコ

︑ロト︑キイタリ︑モトヨリ衆生ノ往生ト仏ノ正覚ト同時ニチキリカハセタマヒケルカアラハレ︑モツテユキテシカト仏跡ニサタ

叫川カユヘニ︑必定ニ入トモ論︑往生カナラスサタマリヌ事U

t r

シルコトモイラサル︒モノヲトマテキクヲヨクキ︑ヒラキタル人トイフヘキニヤ︒聖人ノ日︒名号ヲ不思議ト一念信シトナへツル ウへで何条ワカハカラヒヲイタスヘキ︒キ︑ヮケシリワケルナト︑ワツラハシクオホセラレサフラフヤラン︒コレミナヒガコト ニテ候ナリ︒乃至往生ノ業ニハワタクシノハカラヒニアルマシク侯司蹴妙︒本願ノ名号一声トナヘテ往生ストハマフスコトヲキ︑

テウタカハ子ハ︑行ヲハナレタル信モナク︑信ヲハナレタル行モナシ︒信ト行トハ御チカヒヲマフスナり

4 3 1 噌ノト︒サレ吋祉対川

念仏ノ極意ハ︑タノムハカリノコトナレトモ︑ソ︑ロニウチマカセテタノムモノハマレナレハ︑為人ノヲシエヲタレテ︑キ︑ヮヶ シリワケトノタマヘル欺︒凡夫ノムマレツキノアリノマ︑ノトコロへ︑モトヨリ機法一鉢ノ往生ヲ成シタマヒシカトモ︑コノコト ハリヲシラサルホトペムスレツキノ自力ニシテアリノマ︑ノマヨヒナレハ︑タノムコ︑ロノワレトヲコルヘキ期ナキユヘニ︑往

E

閥−掛川剥劃川戸川川川引制UlE

Y

剖同州ベ別判川町川︒サレハ信心ウル人ノマレナルトイフハ︑本願ノタクミワヅラハシキ

U

コトハナケレトモ︑ワレラカカタニキクコトヲアヤマツユヘナリ︒

﹃聞名歓喜讃﹄は四つの問答形式の構成をとる︒右に示したのはその第一の問答である︒

すなわち︑凡夫往生の至

要たる他力信心は︑聞其名号によるということを御文を引用しつつ語り︑

それでは﹁愚鈍下智ノ劣機﹂たる我々九夫

が﹁甚深不思議ノ名号ノ謂﹂を聞ひらき聞わけることが可能なのか︑

という聞を発する︒これに答えるに︑名号のい

われを聞ひらくということが誤解されていると前おきして︑

正しい聞其名号を以下の五段階の論理で説明しようとす

そ る ︒

の第

一段

は︑

誓願

の内

容と

して

いかなる救いが目ざされているかを明らかにする︵傍線川︶︒

それ

を任

誓は

﹁法門ノ主﹂にして﹁大悲ノ根﹂たる弥陀の選択によって建立された誓願は︑

﹁自

然法

公ヲ

法本

トシ

テ︑

不覚

転入

﹂ を誓うものであるとする︒この自然法余について﹃聞名歓喜讃﹄の他の部分では

﹁ソノママタスケタマフ御チカヒヲ

法余自然トイフ︒自然法余トハ︑法身ノ法徳トシテ︑

タレナサ子トモヲノツカラ凡夫ノ往生ヲハカラハセタマフ御チ

カヒ

﹂︵

7

J

オ8

︶と

のべ

てお

り︑

あるいは

﹁弥

陀ノ

本願

ハ︑

ヒトリ常途ニコエテ凡夫ノ本形ヲハタラカサス︑

レツキノママナカラ︑手ナシニスクヒタマフ﹂︵7オJ

ウ︶

とも

のべ

てい

るか

ら︑

弥陀の誓願の内容は︑衆生をその凡

夫性のままで︑何のはからいもなしに救おうとするものとして示きれる︒

かかる救いは︑誓願が若不生者の願といわれる性格をもつものであること︑

しかも如来が現に南無阿弥陀仏となっ

てあらわれているという事実によって︑

すでに成就されていることを示すのが第二段である︵傍線

ω

﹁ ス

J

ニソ

徳身

−一

ムク

ヒ名

ニア

ラハ

レテ

南無阿弥陀仏トナリマシマス﹂という事実は︑﹁仏ノ正覚ハワレラカ往生スルトセサ

ルトニヨルコトナレハ﹂という﹁若不生者ノチカヒ﹂によっているのである︒

あるいは︑それを﹁衆生ノ往生ト仏ノ

正覚ト同時ニチキリカハセタマヒケル﹂という﹁機法一駄﹂の原理として説く︒他の部分では

﹁我往生ハ木ヨリ捜源

笠二

ノ正

覚ノ

所ニ

決定

セリ

﹂︵

回オ

︶と

か︑

﹁一衆生トシテ往生セスハ正覚ナラシト誓給へルカユヘニ︑十方ノ衆生ノ

﹁異

義者

﹂任

誓の

思想

史的

位置

六五

﹁異

義者

﹂任

誓の

思想

史的

位霞

往生ミナ正覚ニ成セリ﹂︵印オ﹀などとも説いている︒

六六

いわば︑若不生者の誓願を往生正覚一体とみなし︑

これ

をも

て第一段のありのままの救いリ自然法公を根拠づけているのである︒

第三段は︑すでに成就されている救いが︑如来の方から衆生にさしむけられていることを明らかにし︑自然法余を

根拠

づけ

る︵

傍線

制︶

﹁イマソノ徳ホカニヒ︑キテ耳ニイリ︑心ニウカミテヨロコパシグ︑ソノッ︑マリカクチニ唱

ヘラ

ル︑

ニヨ

リテ

ワレ

ラカ

三業

仏鉢

−一

ノセ

ラレ

テ︑

スナハチノトキ必定ニイル﹂と︑のベ︑あるいは﹁コノチカヒ

ノチ

キリ

クチ

ハテ

スシ

テ︑

イマコ︑ニタノムコ︑ロト︑キイタリ﹂というように︑衆生の三業︑

﹁タ

ノム

コ︑

ロ﹂

如来の廻向によることを明らかにする︒他の部分では︑﹁南無阿弥陀仏ノ功薫用力﹂として︑﹁仏モ衆生ニヒカレテハ

宿菩ノ機トナリテ︑本家ニカヘリタキ願心ヲフクミ︑外ニアリテハ光明トナリテ︑ヲサメヲキタキ木意ヲモヨホス﹂

︵9オ1ウ︶と︑衆生のタノム心をおこす働きとして仏の功薫用力をあげ︑これが衆生の内で宿善となり︑外から光明

となって衆生を照らすとのべている︒また︑

﹁名

声聞

十方

ノ重

誓ヲ

オコ

シテ

ヵ︑ル不思議ノ名号︑若キコヘサルト

コロアラハ正覚トラシトチカヒタマフ﹂︵9ウlmオ︶故に︑﹁聞トイフモ信スルトイフモ︑法蔵因位ノ大願ヨリ成シ︑

果上ノ阿弥陀仏ノ念持力一一ヨル﹂︵叩オ︶と説き︑聞も信も仏の誓願とその廻向によることを明らかにする︒従って︑

開・信・タノムといえども︑衆生のはからいではありえず仏の力によることにおいて︑自然法余性をもつものとされ

るの

であ

る︒

聞も信もタノムも全て如来廻向のものであれば︑衆生の聞其名号もまた自然法余であり︑何のはからいもなく衆生

はこれを受領することになる︒これを明らかにするのが第四段であり︵傍線同︶︑第三段︑が誓願そのものの白然法余性

をいうのに対して︑衆生の誓願受領の自然法余性をいうものである︒従って聞其名号とは

コトモイラサル﹂ものとされ︑その根拠として﹃末燈抄﹄が引用されている︒同様なことを他の箇所では︑

﹁キ

クコ

トモ

イラ

ズ︑

﹁キ

クト

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