第 1 節 課題
前述のように国産大豆の需要拡大に向けた議論は数多く存在するが1)、本章ではフー ドシステムにおける各経営主体の取り組みに由来する事例として、実需者による国産大 豆の新たな価値の創造とその普及への貢献に注目する。具体的には、零細大豆加工品メ ーカーであるふうせつ花の取り組みを「価値イノベーション」の実践事例として分析し、
国産大豆に対する需要創出のメカニズムを解明する。
フードシステムにおける主体間関係の強化やバリューチェーンの構築、イノベーショ ンの誘発を、斎藤(2011)は農商工連携の文脈から食料産業クラスターの形成および6次 産業化の過程のなかで論じている。特に農商工連携の実践について、近年の傾向から生 産者(川上)を中心とした「地域内発型アグリビジネス」や小売(川下)主導によるサ プライチェーンの構築およびインテグレーションの実践に力点が行われている。本研究 では実需者(川中)、とりわけ零細メーカーの動向とその役割に注目する。国産大豆に 関わるフードシステムの先行研究としては、豆腐を事例とした澤(2011)が挙げられる。
しかしながら、零細メーカーについては言及が限定的である。
以下、第2節で価値イノベーションを定義づけし、第3節で分析の対象となる大豆加 工品市場の動向と実需者の販売戦略における国産大豆の位置づけを整理する。第4節で 岩手県の豆腐メーカーふうせつ花による他社との差別化戦略から、豆腐の「価値イノベ ーション」の成果を検証する。また同社製品の高付加価値化を支える生産者および卸売 業者との連携の実態を整理して、ふうせつ花の事例から、価値イノベーションの導入が 国産大豆の需要創出に果たす役割を実証する。
第 2 節 価値イノベーション
イノベーション理論はSchumpeter(1912)による提唱を起源として、近年わが国でも 多くの企業や組織がイノベーションの誘発を経営上の戦略的課題に掲げている。その多 くは、製品の製造過程や輸送段階における「技術革新」あるいは経営組織の「刷新」を 意味し、織畑(2001)はこれらを「プロセス・イノベーション」と分類している。他方で 製品やその素材・部品に関わる「プロダクト・イノベーション」の重要性を指摘してい
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るが、本章で扱う価値イノベーションはそのなかでも製品の価値に対するイノベーショ ン、いわば消費者の「価値観」に対するイノベーションと定義づける。
類似する理論には、Drucker(1985)の「顧客創造戦略」あるいは「価値戦略」が挙げら
れる。Druckerは企業家の戦略について、目的に応じ導入するイノベーションを「総力
戦略」、「ゲリラ戦略」、「ニッチ戦略」と分類し、顧客創造戦略を「イノベーション自体 が戦略である」としている。すなわち物理的には変化を起こさずして、経済的には新た な価値を創造して顧客を創出するのである。
斎藤(2011)をはじめ多くのフードシステムおよび産業クラスター研究は Poter(1980) を引用し、そのなかで論じられるイノベーションは産業内外における集積やインテグレ ーション、あるいは顧客ニーズへの的確な対応による経営上の効率化や合理化に寄与す るものと説明されている。その結果、対象とする製品においてはより安価で安定的な供 給が実現されるが、本章で定義する価値イノベーションは製品の価値に対する評価を高 めることから、その販売価格は割高になる場合が想定される。したがって価値イノベー ションはマーケティング上「非効率」な要素として既往の研究に逆行しかねない。しか しながら、消費者に対して割高な価格に見合った価値が提供され、その収益の一部が原 料の生産者や実需者の活動にインセンティブをもたらすとすれば、価値イノベーション が製品の差別化ないし新規需要の創出に貢献する可能性がある。
本章では、これを国産大豆の事例に適用して実証する。その際、次の2点を価値イノ ベーション成立の要件とする。第一に消費者が価格にとらわれず国産大豆を支持するた めの新たな価値が実需者を中心に創造されること5)、第二にその価値が実需者の主導に より生み出され、消費者の価値観に変化を誘発することである。
第 3 節 国産大豆の価値創造と需要の創出
豆腐や納豆といった大豆加工品は小売店において日配品に分類され、低価格品の象徴 となっている。また、近年大手小売各社間の価格競争の激化にともなう低価格化の傾向 は、味噌や醤油などにおいても進行している。こうした潮流に対して、大手小売各社は 自社ブランドによる割安な製品の販売を強化するなど、大手・中堅メーカーとの取引拡 大を通じて低価格志向に対応している。また他のメーカーとの取引に際しても、割安な 価格帯を前提とした交渉が進められる場合が多い。
こうした低価格志向を背景として、多くのメーカーは輸入大豆の使用を拡大して安価
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な製品を大量に生産している。すなわち、前述のように質・量ともに供給が安定的な輸 入大豆を原料として製品を効率的に製造し、これを安価に販売している。とりわけスー パーへの納入を主要な取引先とするメーカーでは、輸入大豆使用品が売上構成比率の大 半を占める場合が多い。
このように小売業者が低価格化を主導する市場において、一方で高付加価値品による 差別化に向けた試みが納豆および豆腐の中小・零細メーカー8)を中心に存在する。すな わち低価格品との棲み分けを目的として、国産大豆を原料とした高付加価値品を製造・
販売している。中小と零細のメーカーでは製造規模の差異から、大手メーカーと比較し て低価格化への対応が容易でない。したがって価格競争に依らない差別化戦略を展開し ているが、国産大豆は消費者から食味や安全・安心のイメージが評価されており、差別 化の商材として活用されている。
澤(2011)は国産大豆を活用した豆腐メーカーによる他社との差別化の優良事例を 取り上げているが、筆者が実施した実態調査においても国産大豆を使用して差別化を実 現したメーカーが存在した。これらの優良事例から、差別化実現のための要件を、原料 調達、加工、販売の各段階別に摘出することができる。
第一に、原料の安定的な調達と仕入れ時のリスクの軽減である。現在国産大豆の取引 には、①契約栽培、②相対取引、③入札の3種類が存在するが、「顔の見える」原料を 求めるメーカーは契約栽培を選択している。しかしながら、契約栽培は播種前に収穫物 の全量購入を前提とした取引であり、凶作時の歩留り低下や貯蔵に関わるコスト増など のリスクがともなう。優良事例ではこれらのリスクを卸売業者の仲介により軽減するこ とで、メーカーは国産の原料を安定的に調達することができる。
第二に、原料の品質を適切に見極めた加工と他社製品とは異なる特徴を創出する技術 力を有することである。前述のとおり国産大豆は品質にバラつきが生じやすく、各加工 段階において原料の状態に合わせた調整が求められる。これに対して優良事例では、熟 練の製造者により「豆のくせ」が見極められ、優れた加工技術によって国産大豆から「こ だわりの味」が生み出され、その「ほかにはない味」は一部消費者から熱烈に支持され ている。
第三に、価格競争に埋没しない販売戦略の展開である。澤(2011)も指摘するよう に、国産大豆を使用した経営を実践する上では、いかに価格帯を維持しながら販売を拡 大するかが重要である。すなわち薄利多売は品質の保持に限界が生じて輸入原料を使用
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した製品との差異を創出しにくくなる恐れがある。また低価格化は差別化に不可欠なブ ランドの形成を阻害する要因となることも想定され、経営者には一定水準の価格帯を維 持しながら収益を確保する販売戦略と経営努力が求められる。
以上3つの要件を満たす優良事例が存在する一方、これらを実践しながらも国産大豆 の使用を断念する事例も存在する。具体的には、①一度国産大豆を使用して製品を開発 しても原料の供給不安から継続的な製造および販売に踏み切ることができない、②国産 大豆を使用しても他社製品との明確な差異を創出するには至らない、③高品質の製品を 開発しても割高な価格帯ではブランドの形成以前に販売量が伸び悩む、といった経緯か らこの事例では国産大豆の使用割合が縮小されていた。ここでは中小・零細メーカーが 直面する喫緊の課題として、特に②の要因に着目する。
現在スーパーなどで販売されている国産大豆を使用した製品の多くは食味や特徴が 類似しており、輸入原料を使用した製品と比較しても消費者に違いが認識されない場合
が多い2)。そのため消費者は店頭において、国産原料使用品と同等な品質を想定して比
較的安価な輸入原料使用品を選択することが想定される。また大手メーカーも部分的に 国産大豆を原料に使用していることから、中小・零細メーカーは国産大豆を使用したな かでも差別化や低価格化への対応を迫られている。
こうした実態の背景には、わが国における大豆の生産が生産者と大口需要者のニーズ を重視して拡大してきた経緯が影響していると考えられる。現在国内で栽培される大豆 の多くは国の「奨励品種」であり、その多くは豆腐用で高タンパクの大粒品種である。
多重量で耐病性や作業適性を有するこれらの品種は多くの生産者から支持され3)、また 安定的な供給を重要視する大手メーカーからも支持されている4)。他方で大手メーカー との差別化を目指す中小・零細メーカーや納豆をはじめとする豆腐以外のメーカーにと り、国産大豆の品種は選択肢が限定的である。またアメリカおよびカナダから輸入され る食用大豆の多くも高タンパクの大粒品種であるほか、メーカーによっては海外の生産 者との契約栽培を通じて理想とする原料を調達する事例も存在し、国産大豆の特性を活 かした製品開発は困難な状況にある。
澤(2011)はわが国の食用大豆の多くが豆腐として消費されている点を指摘し、豆 腐加工向けニーズの把握が重要であることを指摘している。そうした視点からは高タン パク品種の普及は実需者ニーズへの対応の結果と捉えられるが、筆者はこうした実態を 国産大豆の価値喪失と位置づける。すなわち大口需要者のニーズに対応した原料の供給