わが国における大豆需給構造と
大豆自給率向上へ向けた方策の展開方向に関する研究
Study on Strategies toward Increase of Demand for Local Soybeans in Japan
指導教授:板垣 啓四郎
副査:両角 和夫
金田 憲和
中村 哲也
2014 年
吉田貴弘
わが国における大豆需給構造と
大豆自給率向上へ向けた方策の展開方向に関する研究
Study on Strategies toward Increase of Demand for Local Soybeans in Japan
指導教授:板垣 啓四郎
副査:両角 和夫
金田 憲和
中村 哲也
2014 年
吉田貴弘
2
目次
序章 本研究の視点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
第1 節 研究の背景と目的 第2 節 研究の方法 第3 節 論文の構成第1章 世界における大豆の需給動向と国産大豆の位置づけ・・・・・・・9
第1節 わが国における大豆需要の推移と国際大豆需給の変容 第2節 国産大豆の需給動向と大豆自給率 第3節 食用大豆消費の実態と国産大豆の位置づけ 小括第
2 章 わが国の農業政策の展開と大豆生産・・・・・・・・・・・・・・15
第1 節 戦後の大豆生産と輸入自由化 第2 節 米の生産調整と水田転作大豆の生産振興 第3 節 食料・農業・農村基本法と新たな大豆政策大綱 第4 節 品目横断的経営安定対策の導入 第5 節 農業者戸別所得補償制度と大豆生産 小括第
3 章 国産大豆需給の現段階・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
第1 節 価格競争の激化とメーカーによる対応 第2 節 国産大豆使用品の消費動向3 第3 節 主要品目にみた実需者ニーズの動向 (1) 豆腐 (2) 納豆 (3) 味噌 小括
第
4 章 実需者主導による差別化戦略を起点とした国産大豆の需要創出・・29
第1 節 課題 第2 節 価値イノベーション 第3 節 国産大豆の価値創造と需要の創出 第4 節 在来種を活用した価値イノベーションの実践 小括第
5 章 大豆製品の嗜好品化と国産大豆の需要創出
―岩手県「ふうせつ花」製品に対する消費選好分析を通じて―・・・・37
第 1 節 課題 第2 節 調査方法とデータ (1) 調査概要 (2) サンプルの属性 (3) ふうせつ花の店舗評価と製品評価 第3 節 高級志向豆腐の消費選好分析 (1) 個人属性別にみた店舗評価の推計結果 (2) 個人属性別にみた高級大豆製品の消費者評価 (3) 個人属性別にみた大豆製品の価格評価の推計結果 小括4
第 6 章 都市部における国産大豆の消費者ニーズ
―千葉県習志野市の豆腐店におけるアンケート調査をもとに―・・・44
第1 節 課題 第2 節 調査方法とデータ (1)調査概要 (2)サンプルの属性 (3)店舗評価と製品評価 (4)国産大豆に対する消費者評価 1) 国産大豆に対するイメージ 2)外国産大豆と国産大豆の比較 第3 節 国産大豆の消費者評価に関する推計 (1)大豆製品と店舗評価の関連性 (2)国産・外国産大豆評価の推計結果 (3)個人属性別にみた国産大豆評価の推計結果 小括第 7 章 要約と結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54
引用・参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57
謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
SUMMARY ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60
5
序章 本研究の視点
第 1 節 研究の背景と目的 わが国では米政策改革の進展にともなって水田における大豆の作付が拡大し、国内各地 に大豆産地が形成されてきた。国産大豆の多くは食用として消費され、国産大豆の増産が 自給率の改善にも寄与するとされる一方で、国産大豆の需要は昨今限定される傾向にある。 すなわち、大豆加工品の販売価格が下落する傾向にあるなか、多くのメーカーが比較的安 価かつ供給が安定しロットの確保が容易である輸入大豆を主要な原料として使用し、その 割合を拡大させているのである。とりわけ大手小売各社による価格競争が激化するなか、 大豆加工品は日配品として特売品に位置づけられ、低価格化への対応がより強く求められ、 価格が割高かつ供給が年ごとに変動する国産大豆の使用は制約されやすい。したがって国 産大豆は政策的な方向づけを背景に生産が拡大する一方、その需要は限定され、国産大豆 は供給過剰の傾向にある。 こうした実態に対して本研究では、国産大豆を使用して既製品との差別化に取り組むメ ーカーに着目した。すなわち、輸入大豆使用品との棲み分けを実現するなかで国産大豆が その特長を発揮し、新たな需要が創出される可能性を探る。とりわけ製品の低価格化にと もなって国産大豆の使用が制約される現状を踏まえて、本研究では国産大豆使用品が輸入 大豆使用品と比較して価格が割高であることを前提としながらも消費者からの支持を獲得 する要件を摘出する。 第 2 節 研究の方法 国産大豆の需要拡大に向けた議論は数多く存在するが、大別すると次のようにまとめら れる。 第一に大口需要者向け供給体制の確立により、輸入大豆からの転換を促す方策が挙げら れる。具体的には、大手メーカーのように製造ラインでの大量生産を行うメーカーにとっ て原料の安定供給は不可欠であり、天候や土壌中の水分管理の影響により年度ごとに生産 量および品質にバラつきが生じやすい国産大豆は導入しにくい。これに対して産地におけ る収量の増加や品質の改善、地域的な集荷や乾燥調整を行い安定したロットが確保される6 ことで、大口需要の獲得が目指されている。 第二に価格帯を輸入大豆のそれに接近させることで、国産大豆の需要が拡大し得る。す なわち、国産大豆の加工適性や食味に対する評価は高く、現在よりも価格が割安かつ安定 して推移していけば、メーカーは供給不安のリスクを吸収しながら国産大豆の取扱量を拡 大できると考えられる。しかしながら、現在の制度では生産者の手取り価格が市場での取 引相場をもとに算定されることから、国産大豆の価格引き下げには根強い抵抗がある。 第三に国産大豆の価値を高めて新たな需要を創出するための、高付加価値化と輸入原料 との差別化戦略である。これには割高な価格帯に見合う国産大豆の価値の創造とその利用 拡大が求められる。「町売りの豆腐店」に代表される一部の零細豆腐メーカーが生産者およ び消費者との結びつきを深化させ、固定ファンを獲得している実例がある。 第一、第二の視点が主として政策の方向づけに依拠する部分が多いのに対して、第三の 視点はフードシステムにおける各経営主体の取り組みに由来する。本研究ではこの第三の 視点に立脚し、とりわけ実需者による貢献部分に注目する。 国産大豆に関わるフードシステムの先行研究としては、豆腐を事例とした澤(2011)が挙げ られる。しかしながら、零細メーカーについては言及が限定的である。農産物およびその 加工品の差別化をめぐっては、岸本・斉藤(2011)などが指摘するブランド化を通じた差別化 や、斎藤(2011)などがいうフードシステム内外における異業種ないし地域的な連携を通じた 消費者へのはたらきかけが論じられている。また実践的なマーケティング論として近年多 くの分野でPorter(1980)が引用され、「コストのリーダーシップ(低コスト化)」、「差別化」 およびそれぞれの特定セグメントへの「集中」が試みられている。澤(2011)はこれを豆腐メ ーカーの事例に適用して、国産大豆の積極的な使用が「差別化」に貢献する旨を説明して いる。しかしながら、実態は製品の低価格化が進行する傾向にあって大豆加工品市場にお ける差別化は決して容易なものではなく、国産大豆の使用を拡大するメーカーも限定的で ある。 以上の既往の研究に対して、本研究では既存の市場における差別化に対して、新たな市 場の創造を通じた差別化を目指す。すなわち既存の製品と比較して多少割高であっても消 費者の支持を獲得し、その需要を創出する可能性を追求する。Kim and Mauborgne(1985) は価格競争の激化と製品の均一化が進行する市場を「レッド・オーシャン」とし、これに 対して競争が存在しない新たな市場空間である「ブルー・オーシャン」の創造を提言して
7 ベーション」を通じて「低コスト化」と「差別化」を同時に実現することを目指している。 ブルー・オーシャン戦略では、まず「戦略キャンパス」の作成と当該業界の動向を分析 するとともに、自社の位置づけを明らかにする。そうしたなかで自社の特徴を明らかにし、 諸要因のなかから①Eliminate(取り除く)、②Reduce(減らす)を通じた低コスト化と、 ③Raise(増やす)、④Create(付け加える)を通じた差別化を目指す。次に顧客の獲得を 目的とした戦略的な目標価格を設定して、価格競争が激化するレッド・オーシャン市場と は一線を画した市場環境の創造を試みる。 これらを国産大豆に関わる実態に適用すると、大豆加工品市場は製品の価格競争が激化 したレッド・オーシャンに分類され、ライン製造の設置およびその拡大を通じたコスト低 減化と製品の均一化が進行するなか、国産大豆が原料としての需要を獲得するのは、輸入 大豆との価格差および品質の安定性などの要因からきわめて困難である。したがって、筆 者は同じ大豆の加工品であっても国産大豆使用品をブルー・オーシャンに位置づけること で、多少割高な価格であっても消費者に受容される市場を創造すべきと提案したい。 レッド・オーシャンの大豆加工品市場との棲み分けを起点とした国産大豆使用品のブル ー・オーシャンの創造では、輸入大豆を主原料とするレッド・オーシャンが存在すること が前提となる。したがって本研究では、多少割高な価格を前提とした国産大豆使用品の消 費拡大を目指す一方で、輸入大豆が一定のシェアを占めるものと仮定する。加えて、わが 国の国産大豆の供給体制の実態からは、豆腐用原料の全量を国産大豆使用品に転換するこ とが困難であることが想定され、以下にその要因を挙げる。 第一に、「食料・農業・農村基本計画」において、大豆の生産量を2008 年の 26 万トンか ら「大豆300A 技術」の導入などを通じて 2020 年までに 60 万トンまで増産するとしてい るが、これでも大豆の主要な食用の用途である豆腐・油揚げ用49.5 万トン、味噌用 13.7 万 トン、納豆用12.8 万トンのすべてを満たすことができない点が挙げられる。またわが国に おいて豆腐用品種の栽培が全国的に拡大してきた経緯がある一方で、現在北米地域から輸 入される食用大豆の多くも豆腐用品種であり、その安価で安定した供給は豆腐用大豆需給 の一部を構成し続けると考えられる。したがって原料供給の側面において、豆腐用大豆の 全量が国産大豆に転換することは想定されにくい。 第二に、仮に国産大豆が質・量ともに安定した供給を実現した場合においても、輸入大 豆との価格差が解消されなければ、メーカーによる国産大豆の使用拡大が困難ということ である。前述のように、豆腐の市場規模は縮小する傾向にあり、価格競争が激化するなか
8 で輸入大豆の約1.5~2.0 倍の価格帯である国産大豆の使用は制約されている。一方で国産大 豆の多くは交付金による下支えを前提とした水田転作によって栽培されており、大豆の販 売価格が交付金支給額に影響する現在の制度下において、国産大豆の価格帯を引き下げる ことは困難である。また実需者向けの国産大豆使用の促進を支援する制度が存在せず、安 定供給の実現だけでは国産大豆の使用が拡大し得ない。 第三に、2010 年産大豆の入札において落札率が 11.9%(当初目標は 33.2%)に留まって おり、すでに国産大豆は供給過剰の傾向にあるということである 1)。これは前述のとおり 国産大豆が実需者のニーズに必ずしも対応し得ていないことが原因であるが、とりわけ今 後増産目標の達成に向けては、各加工品原料としての使用拡大以上に需給ギャップが拡大 すると懸念される。 このように、国産大豆の増産が必ずしも実需者による使用拡大に直結しないという点を 踏まえて、輸入大豆との棲み分けを前提としながら、国産大豆はどのようにして実需者お よび消費者からの支持を得て需要を拡大できるのか。以下、本研究では実態調査の結果を 踏まえて検証する。 第 3 節 論文の構成 まずわが国を取り巻く国際的な大豆需給の動向を概観し(第1 章)、わが国の大豆生 産に関わる政策の変遷を整理する(第2 章)。次に今日の大豆需給構造に至る経緯を明 らかにし(第3 章)、政策の副産物としての大豆増産に対して、実需者主導による国産 大豆の新たな需要の創出について、「価値イノベーション」の視覚から分析する(第 4 章)。とりわけ製品の低価格化にともなって国産大豆の使用が制約される現状を踏まえ、 本研究では国産大豆使用品が輸入大豆使用品と比較して価格が割高であることを前提 としながらも、消費者からの支持を獲得する要件について、岩手県および千葉県におけ る実態調査の結果をもとに導出する(第5 章、第 6 章)。 (注) 1) 日本特産農産物協会ホームページより。
9
第 1 章 世界における大豆の需給動向と国産大豆の位置づけ
第 1 節 わが国における大豆需要の推移と国際大豆需給の変容 中国北東部を起源とする大豆は、古くは縄文時代後期に日本でも消費され、優れた蛋 白源として味噌や醤油、豆腐や納豆といった加工品が米とともに日本人の食を支えてき た。また、近年では大豆イソフラボンをはじめとする栄養素の機能性が注目され、医学 的な利用も期待されている。このように大豆は日本人にとり伝統的かつ健康的な食品と して消費されてきたが、国際的に大豆は油糧作物に分類され、食用のほか工業用にも利 用されている。また、搾油後の大豆粕は優良な飼料として今日の畜産業を支えている。 わが国においても1950 年代半ば頃から油糧需要や蛋白質飼料としての大豆粕需要が 急激に増大し、GATT への加盟とも重なって 1953 年にアメリカから大豆の輸入を開始、 その規模は段階的に拡大していった。その後、伝統的な大豆加工食品の需要が微増で推 移するのに対して油糧需要は急激に拡大し続け(図1)、1961 年に大豆の輸入が完全に 自由化されると、わが国の大豆市場は海外からの輸入に大きく依存し、国際市場の動向 が国内需給に大きく影響することとなった(図2)。 出所:農林水産省『食料需給表』(2010 年 1 月 26 日アクセス)より筆者作成図1 わが国における大豆需要の推移
(単位:1000 トン)10 出所:農林水産省『食料需給表』(2010 年 1 月 26 日アクセス)より筆者作成
図2 わが国の大豆需要と輸入量の推移
(単位:1000 トン) 出所:FAOSTAT(2010 年 1 月 26 日アクセス)より 筆者作成図3 主要生産国における大豆生産量の推移
(単位:1000 トン)11 過去に国際大豆市場の動向がわが国に影響を及ぼした事例として、筆者は3 つの出来事 をここで取り上げる。第一に1970 年代のアメリカによる穀物禁輸措置である。それま で主にアメリカと中国からの輸入に依存していたわが国はアメリカに代わる新たな供 給元を模索し、ブラジルのセラード地域における開発が行われた。その結果、ブラジル を中心とする南米地域は、現在世界最大の大豆供給地域となった(図3)。南米におけ る大豆産地の形成は南北アメリカという2 つの地域からの大豆の供給を可能にし、供給 がアメリカなど一部地域に集中しているトウモロコシなどと比較して、大豆の国際市場 の安定に貢献している。また、わが国においてもブラジルをはじめとする南米産大豆の 存在は高まっている。 第二に、主要な輸出国であった中国における大豆需要の拡大と同国の輸入国への転換 である。1990 年代後半以降、中国では経済成長と食習慣の変化によって油糧および飼 料としての大豆需要が急激に高まった。これにより、世界有数の生産国である同国が 2002 年には世界最大の輸入国に転じ、世界の大豆需給構造に大きなインパクトを与え た(図4)。こうした旺盛な需要に対して南米を中心とした産地では、遺伝子組換え (Genetically Modified、以下 GM)品種の普及をともなって大豆の作付が拡大し、供 給の拡大によって国際市場での大豆需給は均衡している。しかしながら、以前と比較す れば相対的に価格は高止まりする傾向にあり、今後も期末在庫の減少や気候変動による 生産への影響などが懸念される。 出所:FAOSTAT(2010 年 1 月 26 日アクセス)より 筆者作成
図4 中国における大豆生産量と輸出入量の推移
(単位:トン)12 第三に、近年のアメリカを中心としたバイオエネルギー需要の拡大にともなう大豆 産地での作付転換である。バイオエタノールやバイオディーゼルといったエネルギー 需要は、アメリカにおいてガソリンとの混合が義務づけられるなど、法的な拘束力を もって政策的に創出されている。これにともない、バイオ燃料の原料であるトウモロ コシや大豆の価格が上昇し、生産者は利潤の最大化を第一の要因として作付する作物 を選定している。こうした情勢の変化によって、わが国の食用需要を支える非GM 大 豆の供給不安が発生した。すなわち、非 GM 大豆は GM 大豆と比較して栽培に農薬 などの投入財や労力を多く要することから、需要者は生産者に対してプレミアムを上 乗せした契約栽培により供給を確保してきた。しかしながら、近年トウモロコシなど バイオ原料の収益性改善に伴う大豆農家による作付転換の誘発により、非 GM 大豆 に対するプレミアム価格が高騰してきた。こうした動きは2008 年までをピークに現 在は落ち着きを取り戻したものの、伝統的な食用消費が存在するわが国の大豆需要に とり、非 GM 大豆の安定した供給の確保へ向けた方策を模索する重大なきっかけと なった。 出所:農林水産省『食料需給表』(2010 年 1 月 26 日アクセス)より筆者作成
図5 わが国の大豆自給率の推移
13 出所:日本特産農産物協会「平成20 年産入札取引状況(10 月現在)」
図6 輸入大豆と国産大豆の価格推移
第 2 節 国産大豆の需給動向と大豆自給率
以上のような国際的な動向のかたわらで、わが国の国内における大豆の生産は、輸入 の完全自由化以降衰退の一途をたどった。他方、米生産の恒常的な過剰によって大豆は 米に代わる水田転作作物として作付が拡大し、2000 年からは麦や飼料作物とともに水 田における「本作化」も試みられている。こうした政策の展開にともない、国内各地に 大豆の産地が形成され、これまでに大豆の国内自給率も作況による変動をともないなが らも改善してきた(図5)。14
第 3 節 食用大豆消費の実態と国産大豆の位置づけ
しかしながら、国産大豆は輸入大豆に対して次のような不安定要素を有するため、 市場において敬遠される傾向が強い。 第一に、水田での大豆栽培には徹底した水管理が求められ、長雨や台風など気象の影 響を受けやすいわが国の栽培条件では、作況が不安定である。また、乾田化が不十分な 湿田での栽培は収量が増大しにくく、品質も著しく劣る。一方で海外の産地では大規模 な畑作が可能なことから収量や品質が安定しており、実需者のニーズに対応している。 第二に、国産大豆は輸入大豆と比較して割高であり、価格の変動が大きい(図6)。 これは供給国との栽培規模の差異により、低コスト生産が可能な輸入大豆は価格におい て競争力を有している。また、国産大豆は作況によって供給が不安定となり、価格の変 動も大きい。さらに、ロットが限定的であることから一部の買い占めによっても価格は 上昇しやすく、また必要な量を確保できない場合があるなど、実需者にとっては取引に 大きなリスクを抱えている。 こうした要因から、多くの実需者は原料に安価で安定した供給を得られる輸入大豆を 選択し、これが油糧のみならず食用においても広く定着してきた。しかしながら、米政 策改革の進展は結果的に国産大豆の増産を誘発し、現在では国産大豆が供給過剰気味で ある。
15
第2章 わが国の農業政策の展開と大豆生産
第1節 戦後の大豆生産と輸入自由化 沈(2004)は、わが国の大豆生産について、市場的・政治的背景から、①終戦直後の生 産回復期(1945~54 年)、②国内生産の急速減少期(1955~70 年)、③水田転作大豆 の生産増加期(1971~86 年)と 3 つの時期に区分して論述し、最後に 1980 年代後半 以降についてまとめている。これに対して本論文は国産大豆の需給ミスマッチに至る過 程の分析に力点をおき、本章では輸入大豆の定着を決定づけた国際的な動向と国内の生 産を拡大させた政策の展開を関連づけ、沈の論述に4 つの重要な歴史的事項を交えて議 論を進める。 上記①の時期では、戦後の大豆作は他作物と比較して収益性が相対的に有利であった ことから拡大した。他方で戦後途絶えていた海外からの輸入が1950 年から再開される と、国内大豆市場での需給逼迫の状態は緩和され、国内生産が衰退していく。続いて② の時期では、GATT への加盟を契機に大豆の輸入枠が段階的に拡大され、1961 年の輸 入完全自由化に至った。これにともない、国内の生産保護を目的とした「大豆菜種交付 金暫定措置法」が制定されるが、その後も国内生産が衰退したことから、同法が十分に 機能しなかったことがわかる。ここで国内における大豆生産の衰退を決定づけた同時期 の政策として、1961 年に公布された「農業基本法(以下、農基法)」を取り上げる。 沈は、同法の第2 条第 2 項を次のようにまとめている。 目標「他産業との生産性の格差が是正されるように農業の生産性が向上すること」 「農業従事者が所得を増大して他産業従事者と均衡する生活を営める」 手段 ①生産性の向上 ②生産の選択的拡大 (需要が増加する農産物生産の増進、需要が減少する農産物生産の転換 外国農産物と競争関係にある農産物の合理化) ③農業構造の改善 このなかで沈は、大豆が選択的拡大の対象である「成長農産物」ではなく、生産の抑 制と他作物への転換を図る「衰退農産物」と見なされたと指摘している。すなわち、こ16 の時点で、わが国の大豆需給は輸入に依存する道を選択しているのである。また、沈は こうした事態を大豆の「安楽死」と表現しており、大豆作の選択的衰退を物語っている といえる。 では、国内の大豆生産を安楽死させるに至った大豆の輸入拡大はどのように展開され てきたのだろうか。これについて筆者は、当時の主な輸入元であるアメリカの動向に着 目する。アメリカ農務省海外農業局レポート(2009)によれば、戦後アメリカは 1946 年 にはわが国へ3,400 トンあまりの大豆を輸出しており、その後 1953 年日本の GATT 仮 加盟、さらには1955 年の正式加盟とともに輸入枠が大幅に拡大され、1955 年の輸入 量は57.2 万トンとなった。沈はこの時期の日本国内における大豆需要について、食用 油を中心とする油脂食品と搾油粕の需要が旺盛であったことから、国内供給総量を 1952 年に 81.8 万トン、1955 年に 127.4 万トン、1960 年に 154.6 万トンとしている。 また、こうした需要の急激な増大によって、GATT における国際交渉という国外要因の みならず国内においても大豆の輸入自由化を望む論調が強まったことを指摘している。 このようにして、大豆は国外と国内の両面からの圧力によって輸入が自由化されたこと がわかる。 さらに筆者は、ここでアメリカ大豆協会の取り組みについても注目する。前掲のアメ リカ農務省海外農業局レポートは、アメリカによる日本市場向け大豆輸出の歴史的過程 を、幕末の黒船来航までさかのぼった日米大豆交流史とアメリカ大豆協会の活動実績と ともに整理している。すなわち、アメリカ内における大豆栽培定着への日本人の功績を 明らかにした上で、その後1946 年にアメリカ大豆協会が創設され、1956 年に海外事 務所として最初に設置された同協会の日本事務所の活動を評価している。 こうして国内における大豆生産は、輸入自由化にともなって一定の保護措置が設けら れたにもかかわらず急速に衰退していったのである。同事務所による日本の大豆需要の 実態分析およびアメリカ大豆の普及は、わが国の大豆関連市場の規模拡大を的確に捉え、 今日のアメリカ産大豆の定着に至る礎を築いたといえる。 以上のように、アメリカ産大豆の大規模な流入がわが国の大豆需給に与えたインパク トは大きく、わが国におけるその後の農業政策にも影響することになった。
17 第2節 米の生産調整と水田転作大豆の生産振興 農業基本法によって農業者の所得改善が試みられるなか、1960 年代後半から米の供 給過剰が顕在化し、1970 年前後からさまざまな供給制限の措置が試みられた。その一 環として1970 年から本格的な生産調整が実施され、1978 年からの「第二次過剰米処 理―水田利用再編対策(1978~1986 年」において、大豆は転作作物として特定作物に 指定された。これにより、大豆作には水田利用再編奨励金として平均10 アール当たり 5 万 5000 円の基本額と転作率に応じて 10 アール当たり 1 万~2 万円の計画加算額が交 付された。この対策は大豆ほか水田転作作物の収益性改善をもたらし、大豆生産は一時 的に拡大した。 続いて実施された「水田農業確立対策(1987~1992 年」では、大豆などへの補助金 の基本額が10 アール当たり 2 万円、生産向上等加算および地域営農加算がそれぞれ 10 アール当たり2 万円、1 万円となり、紙谷はこうした収益性の低下が「1980 年代から の大豆作の後退縮小につながり、1990 年代の低い大豆自給率をもたらしたと見ても間 違いないだろう」と指摘している。 このような米の生産調整にともなう水田転作大豆の生産振興は、大豆作があくまで稲 作に代わる農業所得を得るための一つの選択肢に位置づけられ、交付金による下支えを 前提として実施されたことがわかる。こうした動機づけによる大豆の生産は、輸入大豆 が定着しつつある大豆関連市場に対して原料の供給に安定性を欠き、品質およびロット の規模などにおいて市場のニーズに対応しにくかった。とりわけ水田における大豆栽培 は、水分調整や病虫害防除といった栽培管理の徹底が求められ、また排水施設などのイ ンフラ整備も要した。しかしながら、米過剰と米価下落に直面した当時の情勢において、 米作付面積の削減と転作作物の収益性の改善は強く推し進められることとなった。 当時の農業政策を方向づけた重大な要因の一つに、1986 年 GATT のウルグアイ・ラ ウンド農業交渉の開始が挙げられる。この交渉が1993 年合意に至り、1994 年に同合 意関連大綱と「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(以下、食糧法)」が制定 されると、わが国の農業政策は「国際化農政」と呼ばれる時代を迎え、米の関税化と輸 入の自由化への対応を迫られ、制度全般において市場原理の導入が試みられていった。 こうした農政の国際化を歓迎する動きは、GATT の各ラウンドにおけるアメリカおよ び当時存在感を強めていたケアンズ・グループの主張をみればその実態が明らかとなる が、筆者はここでアメリカの穀物メジャーの動向に注目する。
18 1960 年代、穀物メジャーは日本向けの大豆輸出のほか、当時冷戦状態にあって敬遠 されてきた東欧地域への小麦輸出の実現によって、その存在感を強めていた。しかしな がら、1970 年代の穀物禁輸措置による供給過剰と販路の喪失、2 度に渡る石油ショッ クなどにより業績は悪化し、1980 年代初頭においても農業不況の影響で穀物メジャー は業界の再編にまで至った。こうした事態の打開策の一つとして、国際的な貿易自由化 交渉に矛先が向けられた。茅野(2006)は当時のアメリカ政府の意図について「①農産物 の支持価格を段階的に引き下げて国際市場価格に近づけ、過剰在庫を解消すると同時に、 財政支出の膨張を抑制する、②関税、輸入課徴金、輸入割り当てなどの輸入障壁を取り 除くだけでなく、輸出補助金を削減して、国産農産物市場でも市場メカニズムが働くよ うに仕向けていく」ことだったとし、これらの狙いがひとまず達成されたとしている。 すなわち、ウルグアイ・ラウンドの農業交渉がアメリカ政府にとり、財政支出の抑制と ともに農業問題の打開策として位置づけられたのに加えて、穀物メジャーにとっても新 たな販路の獲得に結びつく同交渉の妥結は歓迎されるものであったといえる。 さらに当時の国際事情を考慮する際に注目されるのが、農業交渉におけるケアンズ・ グループの台頭である。アメリカの穀物禁輸措置によって当時の輸入国が新たな穀物供 給地を模索した結果、前述のように南米地域が大豆供給地として産地形成され、ブラジ ルおよびアルゼンチンなどの農産物輸出国が発言力を増したことで、国際的な市場およ び需給の構造は大きく展開していった。このような大きなうねりのなか、わが国も国際 化へ突入し、農業政策にはさまざまな転換が導入されていったのである。 この時期の国内の大豆生産に関わる重要な変化として、それまで随時行政指導として 実施されてきた生産調整が、1994 年食糧法の制定により法制化され、政策的に推進さ れたことが指摘できる。その結果、2000 年には緊急生産調整推進対策によって麦類、 大豆、飼料作物生産の水田における「本作化」が目指され、生産基盤などのインフラ整 備によって水田転作が恒常化し、これらの成果が現在にまで至っている。 しかしながら、交付金による下支えを前提とした転作はあくまで稲作の代替という位 置を脱却せず、積極的な転作を促すには至らなかった。また、米の生産調整の結果とし て増産された国産大豆は、かつて農基法の下で「安楽死」の道をたどった経緯により市 場で行き場を失っていた。その結果、大豆の販売価格が生産費を補う水準に達せずに推 移し、水田転作大豆の収益性も改善しないという悪循環に陥ることとなった。
19 第3節 食料・農業・農村基本法と新たな大豆政策大綱 農政の国際化という潮流に対して、食料自給率の低下、担い手の減少と高齢化、耕作 放棄地の拡大など、国内ではさまざまな弊害が指摘されるようになった。また、さらな る国際化の流れを受け、1999 年「食料・農業・農村基本法(以下、新基本法)」がそれ までの農基法に代わって公布された。これによる変化を、小池(2008)は次のようにまと めている。 まず法律の目的について、農基法が「農業の発展と農業従事者の地位向上」であった のに対して、新基本法は「国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展」(第1 条「目 的」)と変わった。これについて小池は「生産者優先の農政から消費者重視の農政への 転換、消費者に軸足をシフトさせた農政への展開へとつながっていくことになる。」と している。 次に小池は、「公共の福祉の実現から市場原理の重視へという根本理念の転換」を指 摘している。すなわち、農基法では序章で「農業の自然的経済的社会的制約による不利 を補正し、――農業の近代化と合理化を図って、農業従事者が他の国民各階層と均衡す る健康で文化的な生活を営むことができるようにすることは、――公共の福祉を念願す るわれら国民の責務に属するものである」としていたのに対して、新基本法では第三十 条(農産物の価格の形成と経営の安定)で「国は、消費者の需要に即した農業生産を推 進するため、農産物の価格が需給事情及び品質評価を適切に反映して形成されるよう、 必要な施策を講じるものとする」としている。こうした変化は、GATT 体制を引き継い だWTO 交渉の展開に即したものであり、市場原理の導入はこれ以降着実に進められて いった。 新基本法の内容に沿うように、1999 年「新たな大豆政策大綱」が制定され、国内に おける大豆の生産や流通が方向づけられていった。すなわち、①国産大豆の取引・販売 体制の見直し、②大豆交付金制度の枠組改正、③大豆作経営安定対策の創設が実施され た。 ①により大豆は実需者ニーズを捉えた生産および流通が促進され、2000 年度から入 札取引が第三者機関である財団法人日本特産農産物協会によって開設され、需給事情や 品質評価が銘柄ごとに市場評価されるよう取引の透明化および適正化が進められた。ま た、相対取引や契約栽培の拡充が図られたほか、JA および経済連主導による多元的販 売も推進された。②では、それまでの不足払いから一定の単価による助成システムへと移
20 行し、市場評価が生産者手取り価格に反映されることとなった。また③では、一定の基準 価格と生産者販売価格の平均との差額の8 割を補てんすることで、作況による大豆作経営 の不安定性の軽減が試みられた。ほかにも同大綱では、実需者ニーズに沿った販売・生産 のため、生産者・実需者間の適切な情報交換を促進するなど、国産大豆の需要拡大へ向け た取り組みが進められ、各地で特色ある大豆の産地が形成されていった。 しかしながら、輸入大豆が広く定着している現状において、巨額の農業予算を投じて生 産されかつ輸入大豆と比較して割高な国産大豆の需要拡大は、消費者感情からは複雑に受 け止められるものである。また、こうした品目別の経営安定対策はWTO 規律において削減 が求められている「青」の国内支持政策に位置づけられ、大豆をめぐる政策は新たな方向 へと展開していった。 第 4 節 品目横断的経営安定対策の導入 2005 年の「食料・農業・農村基本計画」によって、わが国の水田農業は新たな局面 を迎えた。すなわち、同計画第2 条第 2 項では「我が国農業の構造改革を加速化すると ともに、WTO における国際規律の強化にも対応し得るよう、現在、品目別に講じられ ている経営安定対策を見直し、施策の対象となる担い手を明確化した上で、その経営の 安定を図る対策に転換する」として、前述のような品目別の国内支持政策を避けること となった。これにともなって2008 年「品目横断的経営安定対策」が施行された。同対 策では、麦類と大豆を支援対象の作物に指定し、生産者による戦略的(企業的)な水田 経営を推進した。また、以前は作物別に一律の交付金が支給されたのに対して、同対策 では過去の生産実績(固定払)と、毎年の生産量・品質にもとづいて(成績払)交付金 が支給された。さらに、支給の対象を一定の経営規模を有した認定農業者と集落営農組 織に限定し、担い手の選択と生産および農地の集中を目指した。この対策は2009 年度 より「水田(・畑作)経営所得安定対策」と名称を変更し、現在に至っている。 同政策下の大豆生産に注目すると、生産者による企業的な転作の実施が新たな大豆政 策大綱によって方向づけられ、市場ニーズを捉えた生産や販売をさらに促進している。 これにより、国内における大豆の生産は近年増加の傾向にあり、数値上では自給率の向 上に貢献している 。 以上のように、わが国における大豆生産は戦後から現在にかけての国際化の流れにし たがって、選択的衰退による安楽死への道を経た後、米の生産調整との関わりによって
21 水田での作付が振興されてきた。また、新基本法以降は市場原理の採用とWTO 規律へ の適用により、生産者による企業的な営農と転作の実施、さらには市場ニーズを捉えた 生産によって、近年国内では特色ある大豆の産地が形成されてきた。 第 5 節 農業者戸別所得補償制度と大豆生産 2009 年 8 月の政権交代により、民主党による目玉政策の一つに位置づけられた「農 業者戸別所得補償制度」は、それまでの水田経営に対して新たな指針を提示するもので あった。同制度では自給率の向上を目標とした水田の利活用を目指し、米以外の作物の 増大による水田経営の安定を試みた。これにともない、水田経営所得安定対策のほかに 「水田利活用自給力向上事業」が実施され、それまでの麦類や大豆のほか飼料作物およ び新規需要米などもその対象とされ、それぞれに全国一律単価の交付金が支給された。 また、二毛作および二期作に対する助成が実施され 、生産者は転作においてより多く の選択肢を得た。他方、稲作では生産数量目標に即した生産を実施する販売農家および 集落営農組織を対象に10 アール当たりで交付金が支給され、生産者の所得改善と並行 して米の生産調整が実施された。 以上の取り組みでは、主食用米の生産数量の調整と水田の利活用を同時に実現し、さ らに生産者の農業所得の改善も期待されたが、他方で、それまでに企業的経営体質を有 しながら形成されてきた集落営農組織に少なからず影響を及ぼした。集落営農組織によ る大豆作経営は、農地の集積や機材の共有などによる生産の効率化、栽培指針の共有に よる生産性および品質の改善など一定の成果を挙げていたが(藤井(2009))、一部では 経営が分散化し、組織的かつ集約的な大豆作が維持できなかった事例が存在する。また、 戸別単位での大豆生産が拡大する場合には、収穫物が実需者ニーズに対応しにくいこと から、実需者ニーズに対応しえない国産大豆の供給過剰の傾向が一部では強まったとい われている。
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第3章 国産大豆需給の現段階
第 1 節 価格競争の激化とメーカーによる対応 以上のように、わが国では米政策改革が実施されて以降、自給率の向上と米農家の収 益確保などを目的として、水田転作による大豆の作付が拡大してきた。しかしながら国 内の大豆市場においては、前述のように国産大豆の需給ギャップが生じている。すなわ ち大豆加工品の低価格化が進行するなか、実需者の多くが国産大豆と比較して価格が割 安な輸入大豆を原料に使用することで、国産大豆は供給過剰の傾向にある。したがって、 大豆の増産と自給率向上を実現する上では、実需者を取り巻く実態を把握することで、 国産大豆の需要を創出することが求められる。本章では、各種統計データのほか、筆者 が実施した実態調査の結果をもとにわが国の大豆需給の実態を明らかにする。 図1は2005 年の物価を基準(100)として、2011 年までの輸入大豆および主要な大豆加 工品の価格の変動を表している。多くのメーカーが原料として使用する輸入大豆は2008 注:2005 年を基準とした四半期ベースの変動を表している 出所:日本銀行「輸入物価指数」および「企業物価指数」より筆者作成 第1図 輸入大豆および大豆加工品の価格動向 年の穀物価格の高騰をピークに高止まりが継続している。輸入大豆の約 80%を使用する大 豆油は、輸入大豆の価格変動に比較的連動して推移する一方で、他の加工品は2008 年にお いても上昇は限定的で、豆腐と味噌はそれ以降ゆるやかに低下する傾向にある。納豆に至 っては、2008 年以前から下落が進行している。 80 100 120 140 160 180 200 大豆(輸入) 大豆油 味噌 醤油 豆腐 納豆23 このように大豆加工品は、近年一定の価格水準を維持するか価格が低下する傾向にあり、 多くのメーカーが輸入大豆を原料とするなか、その価格上昇分を製品価格に転嫁すること が困難な状況がうかがえる。実態調査においても、豆腐、納豆、味噌、醤油など各メーカ ーの多くは小売店からの要望にしたがって卸売価格を低い水準に設定し、これに対応可能 な製品の開発に取り組んでいた。こうした低価格化に対応しようとする実需者ニーズが強 まるなかで国産大豆が使用される余地はきわめて限定的である。すなわち、穀物価格が高 騰した 2008 年においても国産大豆は輸入大豆の 1.5 倍の価格帯にあり、現在もおよそ 1.5~1.7 倍の水準で推移している。また近年、20 万トン以上の生産によって国産大豆が安 定的に供給される一方で、その品質が輸入大豆と比較して不安定なことから、低コスト化 に不可欠であるライン製造には使用されにくいことが、大手・中堅メーカーへの聞き取り 調査で明らかとなっている。したがって現在国産大豆は大口の需要者による利用は限定さ れ、比較的小規模な実需者によって差別化の商材として利用されている。 第 2 節 国産大豆使用品の消費動向 総務省の『家計調査年報』から、ここでは世帯ごとの年間購入数量のデータが存在する 「二人以上の世帯」における豆腐への年間支出金額、購入数量および平均価格の数値に着 目する。2010 年はそれぞれ 6,013 円、76.56 丁、78.54 円であるが、そのうちの国産大豆使 用品の割合を明確に示す統計資料は存在しない。農林水産省「大豆をめぐる事情(平成23 年4 月)」では国内で使用される豆腐用(油揚げを含む)原料のうち、29%が国産大豆とし て示されており、表1ではこの割合を家計調査年報の年間購入数量に適用した(注 8)。また 筆者が実施した小売店における店頭販売の価格帯の調査結果を踏まえて、国産大豆使用品 および輸入大豆使用品それぞれの平均価格を120 円、60 円と設定して、豆腐への年間支出 金額における国産大豆使用品の購入割合を実態に即して算出した。さらに表1の数値のう 国産大豆使用品 輸入大豆使用品 元データの数値(参考) 年間支出金額(円) 2,760 3,240 6,013 購入数量(丁) 23 54 76.56 平均価格(円) 120 60 78.54 表1 豆腐の原料別購入の割合(2010年) 出所:総務省『家計調査年報』「1世帯当たり年間の品目別支出金額,購入数量及び 平均価格(二人以上の世帯)」をもとに筆者作成
24 ち、年間購入数量を月ごとに換算すると、国産大豆使用品が1.9 丁、輸入大豆使用品が 4.5 丁となる。 以上の数値によれば、消費者が毎月消費する豆腐のうち、仮に 1 回分を国産大豆使用品 に切り替えると、年間の購入数量が現状の約23 丁から 35 丁に増加して、原料ベースでは 豆腐用大豆の需要が1.5 倍に拡大することになる。その重量は 4.5~6.0 万トン前後の増加と なり、2010 年産大豆の入札取引において落札実績のなかった大豆の数量に相当する。した がって消費者が現状よりも毎月 1 回多く国産大豆使用品を消費すれば、重量ベースでは国 産大豆の需給ギャップが解消する可能性がある。 国産大豆使用品の消費回数の増加にともなう消費者の追加的な負担額は、第 1 表の数値 をもとに、国産大豆使用品と輸入大豆使用品との差額から120-60=60(円/月)、年間に 換算して720 円となる。この金額は豆腐メーカー各社が 1 円単位での価格競争下におかれ る現状において、消費者に追加的な負担を容易に求められるものではないが、実態調査に おいて確認された優良な事例では1)、複数の零細メーカーが 200 円前後、最も高価なもの では 500 円前後の価格帯での差別化を実現しているのである。すなわち一般的な国産大豆 使用品の3~5 倍、輸入大豆使用品と比較すれば、約 10 倍以上の価格で消費者からの支持を 獲得しているのである。こうした事例からは、零細メーカーによる差別化戦略の実践と目 標価格の設定において、先の60 円が内包される可能性が示唆される。 第 3 節 主要品目にみた実需者ニーズの動向 (1)豆腐 食用大豆のなかで最も消費量の多い用途である豆腐は、大豆の有する多くの栄養素が 含まれることで健康食品として注目され、近年豆乳とともにさまざまな調理や消費の形 態が生み出されている。そうした付加価値品が製造・販売される一方、豆腐そのものの 販売においては店頭で安売りの目玉商品に位置づけられるなど価格が下落する傾向に あり、メーカー各社は対応に追われている。以下ではその対応を、大手、中小、零細と 経営規模により分類して整理する。 まず大手メーカーおよび小売各社のPB 商品の製造委託先メーカーなどでは、ライン 製造による大量生産および各種コストの節減により、薄利多売を展開している。この取 り組みにおいて原料の調達において求められる要素は、①供給が確実かつ安定的に得ら れること、②加工適性に優れていること(高蛋白)、③価格の変動が小さく可能な限り
25 安価であること、である。 大手メーカーの強みである製造施設の稼働率を維持するうえで、①は非常に重要であ る。そのため、気象条件により作況が異なり、圃場によって品質もばらつく国産大豆で はロットが小さくなりがちであり、実需者ニーズに対応していない。したがって大手メ ーカーは、供給のロットが安定しかつ国産大豆と比較して安価な輸入大豆の使用構成比 率を高めている 。しかしながら、販売単価の下落による利幅の減少を補うだけの数量 を売り上げることは困難であり、大手メーカーは厳しい経営を迫られている。 一方で、契約栽培などを通じた産地との連携により、大手メーカーが国産大豆を使用 する動きもみられる。これは一部消費者による国産志向への対応を目指すほか、企業イ メージの向上の一環として取り組まれているものである。しかしながら上記の特に①、 ③の要素が満たされないことから、国産大豆の使用は限定的である。 次に、大手メーカーの薄利多売に対抗する中小メーカーの対応を整理する。中小メー カーも大手と同様に、川下からの低価格志向による価格競争の渦中にある。しかしなが ら、中小メーカーにとり大手と同様に低価格化するには限界があることから、価格面以 外での販売戦略が必要となっている。そうしたなかで、国産大豆の使用による大手製品 との棲み分けや高付加価値品の販売による差別化が試みられている。 とりわけ国産大豆を積極的に使用しているのは、いわゆる「町売りの豆腐店」と称さ れる零細メーカーである。製造に加えて店頭での販売も行う零細メーカーは原料の取扱 量が比較的少なく、ロットの規模が限定的な国産大豆を継続して使用することが可能で ある。また、日々の原料の品質に応じた調製や加工によって国産大豆の不安定要素を軽 減し、高付加価値品を製造することで製品を比較的高値で販売している。こうした取り 組みにより固定顧客層を獲得して経営を維持する事例が存在する一方、支持層の減少や 後継者の不足によって廃業を迫られるメーカーも少なくない。また、大手メーカーも一 部で国産原料を使用していることから、零細メーカーでは差別化を目的とした奨励外品 種の導入も試みられているが 、そうした原料の供給は限定的であり、差別化には課題 も多く存在する。 このような大手と零細の中間に位置し、ある程度の経営規模を有しながら他社との差 別化を図るのが中小メーカーである。中小メーカーの経営方針はさまざまだが、調査対 象には契約栽培を通じた産地との連携により国産大豆を積極的に使用するメーカーが 存在し、価格競争下においても消費者から一定の支持を獲得している。しかしながら、
26 国産大豆の供給量および品質、価格の変動はこうしたメーカーの経営に直接的に影響し、 経営者の強い信念によりかろうじてリスクを処理しているのが現状である。 以上のように、厳しい価格競争に迫られる豆腐業界では、輸入大豆が実需者のニーズ に対応している。一方で、国産大豆を使用した高付加価値品による差別化の動きがみら れるものの、その規模は限定的である。 (2)納豆 豆腐業界と同様に、納豆業界においても価格競争は激化している。また大手メーカー と中小メーカーとでは取り組みが異なるなど、両業界には類似する点が多くみられる。 すなわち、納豆業界全体としては輸入大豆が実需者ニーズに対応しているため多く使用 されているものの、一部中小メーカーが国産大豆を使用することによる差別化を試みて いる。他方、豆腐業界との違いは、輸入大豆への依存度の高さと加工適性を有する国産 原料調達の難しさにある。 近年納豆には小粒や極小粒の大豆が用いられることが多く、海外の産地で納豆用に改 良された品種が栽培され、これが輸入されている。そのため納豆用の輸入大豆は、供給 量や価格面のみならず加工適性においても国産大豆と比較して優れており、実需者から の支持が高い。また、近年消費者のニーズは低価格のほか、納豆独特の匂いを抑えた製 品を支持する傾向にあり、輸入大豆を短時間発酵させた製品の薄利多売が業界における 販売戦略の主流となっている。 他方の中小メーカーによる国産大豆を使用した成功事例では、大粒や中粒の原料を用 いた「昔ながらの製法」による高付加価値品が、一部消費者の支持を獲得していた。し かしながら、国産原料は以下の理由により、メーカーにとって制約要因となっている。 第一に、国内で生産される大豆に納豆用の品種が少ないことが挙げられる。前述のよ うに、食用大豆の多くが豆腐に加工、消費されている。国産大豆の品種の多くは大粒で 高蛋白であり、豆腐用の加工適性を有している。また、長らく大豆への交付金が収穫物 の重量を基準に算定されてきたことから、栽培が比較的容易で収量が安定し、かつ重量 が多く得られるなど、これまで国産大豆の品種は栽培適性に重点を置いた大粒が主とし て改良され普及されてきた。これにより現在の納豆用極小粒ニーズに対応する品種は生 産が限定的であるため、メーカーによる調達が困難であるほか、他の品種と比較して価 格が変動しやすい(図10)。また納豆用に適した品種は中国の品種を原種として改良さ
27 れたものが多く、中国産原料の方が加工適性に優れているとの評価もあり、国産大豆は 支持されにくい傾向にある。 第二に、納豆が豆腐と比較して原料の品質とりわけ外観を重視するため、品質が不安 定な国産大豆はこれに対応できていないことである。納豆は原料の形状が製品でも維持 されるため、しわ粒や変色した原料は使用されないことが多い。これに対してメーカー 各社は加工適性を有した原料の供給が限定的なことから、産地との播種前の契約栽培に よってこれを確保している事例が多い。しかしながら、全量買いが前提となる契約では、 収穫物の品質が実需者の求めるものに達しない場合も少なくなく、取引には大きなリス クがともなう。また、契約数量が大きくなるほどその支払額が大きくなり、収穫物の貯 蔵・管理も必要となることから、メーカーの負担が大きくなりがちである。 このように納豆用の国産原料は供給が限定的であるほか、産地との取引にもリスクや コストをともなうことから、納豆業界では供給が安定し加工適性にも優れた輸入大豆の 使用割合が高まっている。またメーカーの売上構成比率においても、輸入大豆使用品の 割合が高まっている 。 他方、2007 年の中国産餃子への毒物混入事件以降、消費者の「中国産離れ」によっ て一時は原料を他産地のものに切り替える動きがみられ、メーカーは対応に追われた。 また健康ブームに端を発した需要拡大に対して、設備投資を実施したメーカーが昨今の 激化した価格競争によって経営を維持できなくなるなど 、原料の安定的な確保と低価 格化を迫られる納豆業界の現状は厳しさを増している。 (3)味噌 味噌や醤油といった大豆の発酵食品は、加工の段階で原料の形状が失われ、また原料 に含まれる栄養素が加工を経て大きく変化することから、他の大豆製品よりも原料の原 産地表示が義務化されるのが遅かった。こうした影響もあり、味噌や醤油の多くには輸 入大豆が用いられてきた。これにより、大手に限らず中小メーカーにおいて輸入大豆が 浸透しており、国産大豆の使用割合は小さい 。 他方、味噌は各地域により特有の種類や特徴が存在し、各地の地元メーカーがこれを 製造し域内の消費者により支持されてきた。また元来味噌は各家庭で製造・消費され、 その種類も多様なことから各地に伝統的な製法や調理法が存在し、これに地場産の原料 を使用して付加価値を生み出して高級品を製造・販売する零細メーカーも数多く存在す
28 る。 しかしながら、長野県を中心とする大手メーカーによる全国展開によって信州味噌が 全国的に浸透するなど、消費者の志向には変化が生じ、各地の高付加価値品は支持され にくくなっている。また、近年の和食離れと味噌汁の消費量減少により、味噌は需要が 低落の傾向にある。こうしたなか味噌業界においても価格競争が激化し、輸入原料への 依存が強まっている。他方、2008 年に原料価格の高騰にともなって製品の一斉値上げ に踏み切るなど、メーカー各社は消費低迷への対応に苦慮するなか利益確保を目指して、 新たな用途の開発や製品の利便性向上など、さまざまな戦略を展開することで局面を打 開しようとしている。 (注) 1) 東京農業大学が取り組んだ総研プロジェクト「我が国における食料自給率向上への 提言」のなかで筆者が2008 年 6 月から 2013 年 1 月にかけて、全国各地の大豆生産者 およびJA、卸売業者、加業者、小売業や行政機関を対象に実施した聞き取り調査の結 果をもとにまとめている。
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第4章 実需者主導による差別化戦略を起点とした
国産大豆の価値イノベーション
第 1 節 課題 前述のように国産大豆の需要拡大に向けた議論は数多く存在するが1)、本章ではフー ドシステムにおける各経営主体の取り組みに由来する事例として、実需者による国産大 豆の新たな価値の創造とその普及への貢献に注目する。具体的には、零細大豆加工品メ ーカーであるふうせつ花の取り組みを「価値イノベーション」の実践事例として分析し、 国産大豆に対する需要創出のメカニズムを解明する。 フードシステムにおける主体間関係の強化やバリューチェーンの構築、イノベーショ ンの誘発を、斎藤(2011)は農商工連携の文脈から食料産業クラスターの形成および 6 次 産業化の過程のなかで論じている。特に農商工連携の実践について、近年の傾向から生 産者(川上)を中心とした「地域内発型アグリビジネス」や小売(川下)主導によるサ プライチェーンの構築およびインテグレーションの実践に力点が行われている。本研究 では実需者(川中)、とりわけ零細メーカーの動向とその役割に注目する。国産大豆に 関わるフードシステムの先行研究としては、豆腐を事例とした澤(2011)が挙げられる。 しかしながら、零細メーカーについては言及が限定的である。 以下、第2 節で価値イノベーションを定義づけし、第 3 節で分析の対象となる大豆加 工品市場の動向と実需者の販売戦略における国産大豆の位置づけを整理する。第4 節で 岩手県の豆腐メーカーふうせつ花による他社との差別化戦略から、豆腐の「価値イノベ ーション」の成果を検証する。また同社製品の高付加価値化を支える生産者および卸売 業者との連携の実態を整理して、ふうせつ花の事例から、価値イノベーションの導入が 国産大豆の需要創出に果たす役割を実証する。 第 2 節 価値イノベーション イノベーション理論はSchumpeter(1912)による提唱を起源として、近年わが国でも 多くの企業や組織がイノベーションの誘発を経営上の戦略的課題に掲げている。その多 くは、製品の製造過程や輸送段階における「技術革新」あるいは経営組織の「刷新」を 意味し、織畑(2001)はこれらを「プロセス・イノベーション」と分類している。他方で 製品やその素材・部品に関わる「プロダクト・イノベーション」の重要性を指摘してい30 るが、本章で扱う価値イノベーションはそのなかでも製品の価値に対するイノベーショ ン、いわば消費者の「価値観」に対するイノベーションと定義づける。 類似する理論には、Drucker(1985)の「顧客創造戦略」あるいは「価値戦略」が挙げら れる。Drucker は企業家の戦略について、目的に応じ導入するイノベーションを「総力 戦略」、「ゲリラ戦略」、「ニッチ戦略」と分類し、顧客創造戦略を「イノベーション自体 が戦略である」としている。すなわち物理的には変化を起こさずして、経済的には新た な価値を創造して顧客を創出するのである。 斎藤(2011)をはじめ多くのフードシステムおよび産業クラスター研究は Poter(1980) を引用し、そのなかで論じられるイノベーションは産業内外における集積やインテグレ ーション、あるいは顧客ニーズへの的確な対応による経営上の効率化や合理化に寄与す るものと説明されている。その結果、対象とする製品においてはより安価で安定的な供 給が実現されるが、本章で定義する価値イノベーションは製品の価値に対する評価を高 めることから、その販売価格は割高になる場合が想定される。したがって価値イノベー ションはマーケティング上「非効率」な要素として既往の研究に逆行しかねない。しか しながら、消費者に対して割高な価格に見合った価値が提供され、その収益の一部が原 料の生産者や実需者の活動にインセンティブをもたらすとすれば、価値イノベーション が製品の差別化ないし新規需要の創出に貢献する可能性がある。 本章では、これを国産大豆の事例に適用して実証する。その際、次の2点を価値イノ ベーション成立の要件とする。第一に消費者が価格にとらわれず国産大豆を支持するた めの新たな価値が実需者を中心に創造されること5)、第二にその価値が実需者の主導に より生み出され、消費者の価値観に変化を誘発することである。 第 3 節 国産大豆の価値創造と需要の創出 豆腐や納豆といった大豆加工品は小売店において日配品に分類され、低価格品の象徴 となっている。また、近年大手小売各社間の価格競争の激化にともなう低価格化の傾向 は、味噌や醤油などにおいても進行している。こうした潮流に対して、大手小売各社は 自社ブランドによる割安な製品の販売を強化するなど、大手・中堅メーカーとの取引拡 大を通じて低価格志向に対応している。また他のメーカーとの取引に際しても、割安な 価格帯を前提とした交渉が進められる場合が多い。 こうした低価格志向を背景として、多くのメーカーは輸入大豆の使用を拡大して安価
31 な製品を大量に生産している。すなわち、前述のように質・量ともに供給が安定的な輸 入大豆を原料として製品を効率的に製造し、これを安価に販売している。とりわけスー パーへの納入を主要な取引先とするメーカーでは、輸入大豆使用品が売上構成比率の大 半を占める場合が多い。 このように小売業者が低価格化を主導する市場において、一方で高付加価値品による 差別化に向けた試みが納豆および豆腐の中小・零細メーカー8)を中心に存在する。すな わち低価格品との棲み分けを目的として、国産大豆を原料とした高付加価値品を製造・ 販売している。中小と零細のメーカーでは製造規模の差異から、大手メーカーと比較し て低価格化への対応が容易でない。したがって価格競争に依らない差別化戦略を展開し ているが、国産大豆は消費者から食味や安全・安心のイメージが評価されており、差別 化の商材として活用されている。 澤(2011)は国産大豆を活用した豆腐メーカーによる他社との差別化の優良事例を 取り上げているが、筆者が実施した実態調査においても国産大豆を使用して差別化を実 現したメーカーが存在した。これらの優良事例から、差別化実現のための要件を、原料 調達、加工、販売の各段階別に摘出することができる。 第一に、原料の安定的な調達と仕入れ時のリスクの軽減である。現在国産大豆の取引 には、①契約栽培、②相対取引、③入札の3種類が存在するが、「顔の見える」原料を 求めるメーカーは契約栽培を選択している。しかしながら、契約栽培は播種前に収穫物 の全量購入を前提とした取引であり、凶作時の歩留り低下や貯蔵に関わるコスト増など のリスクがともなう。優良事例ではこれらのリスクを卸売業者の仲介により軽減するこ とで、メーカーは国産の原料を安定的に調達することができる。 第二に、原料の品質を適切に見極めた加工と他社製品とは異なる特徴を創出する技術 力を有することである。前述のとおり国産大豆は品質にバラつきが生じやすく、各加工 段階において原料の状態に合わせた調整が求められる。これに対して優良事例では、熟 練の製造者により「豆のくせ」が見極められ、優れた加工技術によって国産大豆から「こ だわりの味」が生み出され、その「ほかにはない味」は一部消費者から熱烈に支持され ている。 第三に、価格競争に埋没しない販売戦略の展開である。澤(2011)も指摘するよう に、国産大豆を使用した経営を実践する上では、いかに価格帯を維持しながら販売を拡 大するかが重要である。すなわち薄利多売は品質の保持に限界が生じて輸入原料を使用
32 した製品との差異を創出しにくくなる恐れがある。また低価格化は差別化に不可欠なブ ランドの形成を阻害する要因となることも想定され、経営者には一定水準の価格帯を維 持しながら収益を確保する販売戦略と経営努力が求められる。 以上3つの要件を満たす優良事例が存在する一方、これらを実践しながらも国産大豆 の使用を断念する事例も存在する。具体的には、①一度国産大豆を使用して製品を開発 しても原料の供給不安から継続的な製造および販売に踏み切ることができない、②国産 大豆を使用しても他社製品との明確な差異を創出するには至らない、③高品質の製品を 開発しても割高な価格帯ではブランドの形成以前に販売量が伸び悩む、といった経緯か らこの事例では国産大豆の使用割合が縮小されていた。ここでは中小・零細メーカーが 直面する喫緊の課題として、特に②の要因に着目する。 現在スーパーなどで販売されている国産大豆を使用した製品の多くは食味や特徴が 類似しており、輸入原料を使用した製品と比較しても消費者に違いが認識されない場合 が多い2)。そのため消費者は店頭において、国産原料使用品と同等な品質を想定して比 較的安価な輸入原料使用品を選択することが想定される。また大手メーカーも部分的に 国産大豆を原料に使用していることから、中小・零細メーカーは国産大豆を使用したな かでも差別化や低価格化への対応を迫られている。 こうした実態の背景には、わが国における大豆の生産が生産者と大口需要者のニーズ を重視して拡大してきた経緯が影響していると考えられる。現在国内で栽培される大豆 の多くは国の「奨励品種」であり、その多くは豆腐用で高タンパクの大粒品種である。 多重量で耐病性や作業適性を有するこれらの品種は多くの生産者から支持され3)、また 安定的な供給を重要視する大手メーカーからも支持されている4)。他方で大手メーカー との差別化を目指す中小・零細メーカーや納豆をはじめとする豆腐以外のメーカーにと り、国産大豆の品種は選択肢が限定的である。またアメリカおよびカナダから輸入され る食用大豆の多くも高タンパクの大粒品種であるほか、メーカーによっては海外の生産 者との契約栽培を通じて理想とする原料を調達する事例も存在し、国産大豆の特性を活 かした製品開発は困難な状況にある。 澤(2011)はわが国の食用大豆の多くが豆腐として消費されている点を指摘し、豆 腐加工向けニーズの把握が重要であることを指摘している。そうした視点からは高タン パク品種の普及は実需者ニーズへの対応の結果と捉えられるが、筆者はこうした実態を 国産大豆の価値喪失と位置づける。すなわち大口需要者のニーズに対応した原料の供給