第四章 「妙好品」について
4 妙好人才市
才市は若い頃船大工であった。洒や賭博の毎日だったが
45
歳のときに父を亡 くし,これがきっかけとなって寺参りをはじめた。50 歳からは下駄職に転じ,60
歳ごろから毎日仕事中に思い浮んだ語句をカンナくずに書きとめておき,夕 食後それを小学生用のノートに清書するのが日課となった。こうして83
歳で死 ぬまでに書いた詩は7
千篇以上,ノートは百冊を越えたという。才市の故郷島 根県温泉津町の安楽寺には,彼の次の詩を刻んだ歌碑がある。かぜをひけば せきが出る
才市が ごほうぎ(御法義)のかぜをひいた 念仏のせきが 出る 出る
鈴木によれば,才市の全存在が南無阿弥陀仏になっている。あるいは,才市 が南無阿弥陀仏そのものである。この場合彼の意識が念仏に占領されていると 言ったのでは,まだ二元論的見方を免れず,意識と念仏とが二つになっている。
才市の念仏はそのような境地から出るのではなく,彼の主体が南無阿弥陀仏そ のもので,彼の意識は南無阿弥陀仏が南無阿弥陀仏を自覚するという意味にな る。才市が下駄を削っているのではなく,南無阿弥陀仏が下駄を削っている43)。 「その南無阿弥陀仏がふと個己に復るとき,南無阿弥陀仏,南無阿弥陀仏と 念仏せられる,称名せられる。才市が三十年の求道生活はこれを体験せんがた めであった。44)」
南無は帰命であり,阿弥陀仏は無碍光如来であると講義することは,妙好人 や一般の宗教者のためには,かえって迷路に追いこむことになる。只の南無阿 弥陀仏,それでよい45)。
「南無阿弥陀仏は無義を義とするので,その中に何かの意義をもたせたり,
また何かそこに在るだろうなどと考え出したら,六字の名号はもはや汝のもの でなくて。白雲万里のあなたに去ってしまう。南無阿弥陀仏は時処を超越した 実体であるから,分別計較を少しでも容れると,下駄が削られなくなり,働き がにぶる。才市は才市でなくなって,矛盾のみが意識せられて,気が荒む,心 が塞ぐ,歓喜の出ようがなくなる。46)」
才市は歌う。
歓喜の御縁にあうときは,
ときも,ところも,ゆわ(言わ)ずにをいて,
わしも歓喜で,あなたもくわんぎ,
これがたのしみ,なむあみだぶつ
この歓喜は一時性のものではなく,一定の場所に限定されたものでもない。
常に才市の意識を占領しているものであり,不断の歓喜である。それゆえ弥陀 もまたこれにあずかる。才市個己の意識に限定されたものであるなら,それは 偶然のものであり,個己性を帯びていなくてはならない。それならば普通の歓 喜であって霊性的領域の所属ではあり得ない47)。
才市には表現力,自己省察力が豊富にある。多くの妙好人には深い信心があ り,安心があるが,それは割合に単純で,紆余曲折がなく,多彩な内容がない。
才市はこれに反し,60歳から
83
歳に至る長年月を通じ,豊かな内面的生活を 送った。そしてこれを豊かな表現力で書き連ねた。ここに彼の驚くべき人格的・宗教的経験がある48)。
「自己を罵って「ばけのかは」といったり,地獄からそのまま飛び出したも のの如くに自らを見ているところからすると,才市の信心はどこにあるのかと 思われもしよう。が,ここが実に彼の徹底したところなのである。信心決定し たといって,いつも佛様のような顔していると思うのは,甚だ肯綮に中らぬ観 察である。人間はいつも佛性と衆生性との間を往来するように出来ているので ある。この矛盾は,佛性を見ることいよいよ親しくしていよいよ深く感ぜられ
るといってよい。ひややかな理性でこれを眺めて行く禅者や哲人の如きものも あるが,妙好人の特徴は,この矛盾を惰性の上に見て行くのである。49)」
「なむあみだぶわ,
月日のごとく,朝日のごとく,
こころほやほや,身もほやほや。
ここで一服しませうや,
おもしろいな。
なむあみだぶつ,なむあみだぶつ。
喜んで飛び上るところに佛法があるとも限らぬ,沈んで涙にくれるところにあ るとも限らぬ。沈む時には沈み,浮ぶ時には浮ぶ,浮んで沈み,沈んで浮ぶと ころに,一種安住の境地が見出される。超然としたところにのみ,佛法がある のでない,また泥の中に七 八倒するところにのみ,あるのでもない。ただ手 を合わして「なむあみだぶつ」と称うるところに,却って限りない宗教味の掬 すべきものがある。
「さいちよ,われわ,さきの後生わ。どがなかや。あかるうなうたかや。」
「いいや,まだ,あかるうなりません。やっぱりむかしの通りであります。」
「それではつまらんでは,ないかへ。」
「わしが後生わ,如来さんの,ゑゑよにして,をうてくださるでな,わたし やお手をあふせて,なむあみだぶつ,なむあみだぶつ。50)」」
宗教の世界は他力の世界である。霊性的自覚とは,これを直覚することに外 ならない51)。
「知性の上では何もかも自力感で充たされている。霊性的体験に触れたこと のないものは,どこもかも皆これで推して行けると考える。やむを得ない。が,
これではどうしても窮極の処に到るわけに行かぬ。即ち知性の限りでは,安心 は得られぬ,信心に恵まれない,知者の心は何となく不安に包まれざるをえな い。52)」
才市のような場合には,地獄の炎(娑婆のいとなみ)が直ちに浄土の荘厳で ある。
「さいちわ,なにがたのしみかへ。」
「さいちが,たのしみわ,悪業煩悩が,さいちが,たのしみであります。」
「はあないかへ。」
「まひとつあります。」
「ゆうてみ。」
「へ,ひとつわ,なむあみだぶが,ねつきになうて,やんなさります。(根付 きになって,くっついて下さっておられます)ありがとをあります。」
「ありがたい」と「あさまし」,「菩提」と「煩悩」,「浄土」と「地獄」など という矛盾は知性の中では解け難い53)。
「しかしこれが何かの工夫で解けないと,人間は永遠に苦しむより外ない。
知性の上で容易に解けないから,それは解けぬもので,人間はいつも悩み抜か なければならぬということはない。苦しみを苦しむということは,それから遁 れることができるという意義でなくてはならぬ。これが可能であるというとこ ろに,宗教の存在がある,才市のような人物が出るのである。他力宗は,すべ ての矛盾・不安・行詰りを,「なむあみだぶつ」という名号の上で解消するので ある。才市の歌が「なむあみだぶつ」で終り,またそれがやたらに繰り返され るのは,この故である。
あさまし,あさまし,よるひるなしの,あさまし,あさまし。
ありがたい,ありがたい,よるひるなしの,ありがたい,ありがたい。
なむあみだぶつ,なむあみだぶつ。
否定と肯定とを,そのまま並べて,これを括るに「なむあみだぶつ」をもって して,その外に一句子をも添えぬ, ―――こ れが他力宗の安心である。54)」 また柳は,『妙好人才市の歌(一)』の序において次のようにいう。
「読んでみると,只々名号である。ありとあらゆることが皆名号一つに摂取 される。名号をおいては物も事もありはしない。何もかも名号あってのこと,
起きるも名号,臥するも名号,語るも名号,黙するも名号である,この世界に 名号の届かぬ域とてはない。真実に在るものは只名号だけである。深いもの大 きいもの美しいもの,皆名号の働きならざるはなしである。かうなると名号の 一人舞台である。その妙技に才市はうっとりと見入ってゐるのである。かくし て才市自らが名号に溶け込んで了ふ。だから才市が名号を聞くのでなくて,名 号が名号を聞くに至る。その刹那の歓喜その折の驚嘆を,かけなしの言葉で綴 ったのがこの詩歌である。あやしげな文字でも文章でも,皆尊い名号に抱かれ
てゐるのである。彼の智恵は狭く貧しくとも,名号が深く大きいのであるから,
何の憚りがあらう。読んでみると,人間は是以上の真理を是以上には語れぬと 思はれるものがある。名号をこんなにも自由自在に活かし切ることこそ妙好人 の不思義さである。55)」
そして同書の(二)のために用意された序文「才市の歌」では次のようにい う。
「才市はろくに学問もない下駄やの親爺で,漢字は殆どしらず,使へば大概 は当字であるし,真宗の術語は耳で覚えたものを,さしこんだに過ぎない。誤 字脱字,仮名遣の間違ひ等々色々目につく。……歌と云っても三十一文字では ない。それかと云って七五調の新体詩でもない,そうかといって自由詩を標榜 したものではない。そんなものを知らないから,一切そんなものから自由なの である。それに目につくのは方言まる出しである。それも方言の方がよいから と云って方言に態としたのではない。それ以外に持ち合せがないのである。そ れに自問自答の歌が沢山出てくる。之が又素晴らしい。自分を離してものを客 観的に歌ふと云ふことが殆どない。心そのまゝを吐き出したものである。56)」 柳によれば,平凡のままに只出したものが,非凡である。その非凡の背後に は,当り前のものがある。普通の詩人は当り前を嫌い,作為を加える。才市に はそれがなく,当り前のままに自分をさらけ出した。それもそうする方がよい との計画ではない。57)
「そのままを出せる人を天才と云って了へばそれ迄だが,併し,うまく書く 拙く書くの分れが表れない前に出来て了ふ詩である。だから美しいとか拙いと かの判断の対象にはならぬ。一個の特別な天才が書いたと見るより,人間その もののじかの声に近い。彼に才能があって出たといふより,彼以上のものが支 へて出てくるのである。彼は才能からも解放されてゐたのである。
私は美しい民芸品を妙好品と見るが,逆に才市のやうな人の詩は民芸品の代 表的なものである。彫刻の木喰五行明満上人の作 58)も,彫刻での民芸品であ ると呼んでよいが,それと近いものがある。それで人間が,形式やら習慣やら 学問やらから自由になると,誰でもそのまゝで民芸的な美を現すのである。才 市も天才と見るより,凡人のまゝで本来に帰った人と見る方が至当であらう。
えらくなって,あの詩が出来たのではなく,えらくないまゝに,救はれてあの