5 研究活動
5.1 大気海洋科学講座
1.LESによる海洋微物理過程の高精度パラメタリゼーション
海洋表層における乱流混合過程を適切にパラメータ化し海洋大循環モデルや気候モデルに組 み込むことは、気候変動の予測向上の上で必要不可欠な課題である。現在、海洋大循環モデル に組み込まれている海洋表層混合層の乱流パラメタリゼーションの多くは大気の接地境界層に おける乱流スキームを基に開発されており、海洋表層固有の現象である「近慣性振動」「ラング ミュア循環」「風波の砕波」などの影響が十分に考慮されているとはいい難い。
そこで平成20年度は、従来の乱流パラメタリゼーションを検証・改良するためのリファレン スデータの作成を目的として、海洋表層混合層の形成・発達プロセスを直接数値的に再現する
Large Eddy Simulation (LES) モデルの開発を行った。さらに、地球シミュレータを用いて、この
LES モデルによる数値实験を繰り返した結果、風応力の大きさが共通であるにもかかわらず、
近慣性振動およびラングミュア循環の存在によって混合層の消長が大きくコントロールされ、
特に、両者が共存するときに海面水温の低下が最も顕著になることが示された。また、同じ外 力を既存の乱流スキームを組み込んだ混合層モデルに与えてLESの計算結果と比較してみたと ころ、乱流の時間的な発達が阻害されてしまっていることが示され、既存の混合層モデルに組 み込まれている乱流スキームに何らかの欠陥のあることが明らかになった。
2. 超深海乱流計を用いた境界混合の定量化とその深層海洋大循環モデルへの組み込み
深層海洋大循環の維持に必要な鉛直乱流拡散の値は大洋平均で 10-4 m2s-1とされている。しか しながら、筆者の研究グループが深海用乱流計TurboMap-D (アレック電子社製) を用いて行っ てきた深度1600mまでの乱流観測によれば、限られた海域で強い鉛直乱流拡散 (乱流ホットス ポット) が存在するものの、それらを合計しても大洋平均で 10-4 m2s-1の値には及ばない。本研 究では、これを補償するものとして、乱流観測の空白域である深海底から鉛直上方に広がる境 界混合域に注目し、超深海用乱流計VMP-5500 (カナダ、ロックランド社製) を導入してその定 量化を試みた。本年度は、特に、北太平洋における最強の乱流ホットスポットである伊豆-小笠
原海域の6地点でVMP-5500を海底直上まで降下させ「深度約5000mの超深海に存在する乱流
ホットスポット」の観測に我が国で初めて成功した。
観測は 2008年11月の北海道大学水産学部の「おしょろ丸」による航海中に行った。VMP-5500 により得られたマイクロスケールのシアープロファイルを10mごとの小区間に分け、それぞれ の区間でスペクトルを計算した。各スペクトルをコルモゴロフ波数まで積分して乱流消散率ε
を求め、Kρ=0.2ε/N2(N: 浮力周波数)により鉛直拡散係数 Kρに換算した。その結果、特に、
伊豆-小笠原海台の斜面上では、深度 5000mに及ぶ海底直上でも 10-3 m2s-1に達する強い鉛直乱 流拡散が存在していることが明らかになった。また、この強い鉛直乱流拡散の存在する場所が、
当該海域で卓越する半日周期の内部潮汐によってストレインが周期的に強められる場所と一致 していることから、超深海乱流の励起にもparametric subharmonic instabilityの機構が为要な役割 を果たしていることが示唆された。
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3.東アジアにおける炭素性エアロゾルの動態と直接放射効果の研究
東アジアにおける人為的なエアロゾル(大気中に浮遊する微粒子)の増大による、気候影響 が強く懸念されている。本研究では、三次元化学輸送領域モデルに放射収支の鍵となる炭素性 エアロゾル(ブラックカーボンと有機エアロゾル)に関する新たなエアロゾル・放射特性表現 を導入し、東アジアにおける各種エアロゾルの濃度とその放射効果(光学的厚みと卖一散乱ア ルベド)の時空間変動を整合的に明らかとすることを目的としている。
このために、第一にブラックカーボンの混合状態(他のエアロゾルとの混合割合)を詳細か つ正確に表現するモデルの開発を行い、東アジアで实施された航空機観測との比較から、その 妥当性を实証した。またこの詳細に表現されたブラックカーボンの混合状態に基づき、エアロ ゾルの光学特性の計算を实施し、これまでアジア各地で实施されたエアロゾル光学観測との比 較を实施した。
第二に、中国の都市域などを中心に三次元化学輸送領域モデルを实施し、観測で得られてい る各種エアロゾル質量濃度と光学特性の再現を行なった。この検証されたモデルを用いて、よ り広領域のエアロゾルの各成分の濃度変動やその光学特性を明らかとした。この結果、エアロ ゾルの光学特性は、ブラックカーボンや散乱性エアロゾルの質量濃度変動によりよく再現され ることを示した。また鉛直積算されたエアロゾルの光学的厚みに対する、自由対流圏で吸湿成 長する二次エアロゾルの重要性を示した。
4.最新の全球大気再解析データを活用した対流圏循環の形成と変動に関する総合的研究
(1) 気象庁長期再解析(JRA-25)データに基づき、小笠原高気圧の勢力に影響する「シルクロー ドパターン」が、アジアジェット上の定常ロスビー波という既知の特性に加え、ジェット から位置エネルギーを効率的に変換して循環偏差を維持し、かつ運動エネルギーの損失が 最尐となるよう地理的位相が決まる力学モードとしての特性を有することを見出した。
(2) 秋季の北極海の海氷変動が日本を含むユーラシア各地に異常寒波をもたらす可能性 を
JRA-25と数値实験で確認した。
(3) JRA-25 データの解析から、2007年3月の成層圏突然昇温現象の直後に、上方伝播してい
た惑星波が成層圏で反射され、対流圏へ下方伝播したことを見出した。
(4) JRA-25データに基づき、真冬の北極振動の地上気圧偏差の前兆として晩秋にシベリア上空
に現れる対流圏波動を特定し、それが惑星規模波動の構造を変調させることで成層圏極渦 強度に影響することを見出した。
(5) 中緯度海洋フロント域における大気から海洋の影響を、理想化数値实験並びに現場観測と 船舶観測資料から示し、大気再解析データセットの有用性を検証した。
(6) 大気大循環モデルによる成長モード育成法实験と再解析实験を比較し、大気循環の解析値 に含まれる誤差の分布の特徴を示した。
(7) TRMM衛星から推定した潜熱解放量データとJRA-25データとを用い、熱帯の大規模下降
流域では高い海面水温でも深い積雲対流が抑制され浅い加熱が卓越することを見出した (8) 最近の北半球冬季成層圏循環の予測可能性を調べ、平均して約10日先から予測可能である
が、それは 5~20日の間で大きく変動することを示した。
(9) JRA-25長期再解析に基づき、全球降水量の変動が熱帯低気圧活動に大きく影響され、また
北西太平洋では長期的なトレンドはないが、北大西洋では増加、北東太平洋で減尐の傾向 が見出された。
31 5.温暖化に伴う自然変動の変調
温暖化が進んだ今世紀後半に我が国の四季の天候に起こり得る具体的な変化の情報を気候モ デルに基づく予測から最大限に引き出す第一歩として、夏季の小笠原高気圧の変動に関わる1 つの循環変動(シルクロードパターン)と寒候期における移動性高低気圧の活動と「春一番」
の発現の関連について、現实データに基づくメカニズムを探求するとともに、気候モデルの20 世紀気候再現に实験における再現性を評価した。その際、各現象を最も良く抽出し得るメトリッ クを定義した。さらに、「春一番」については温暖化实験に基づき将来における変調も予測した。
現实データの解析から、従来の解釈とは異なり、シルクロードパターンに伴う波状擾乱はア ジアジェットから有効位置エネルギーを効率的に変換することで卓越変動となることが見出さ れた、一方、運動エネルギーの変換効率はジェットの僅かな東西非一様性に敏感で、エネルギー 損失が最尐となるよう擾乱の地理的位相が決定されることが見出された。このような同パター ンの力学モードとしての特性は、気候平均循環場の周りに線型化した傾圧大気モデルの特異値 分解により、北半球で最も減衰し難い変動モードとして同定されることからも確認された。こ うした特性を踏まえ、対流圏上層の月平均单北風においてユーラシア上空で最も卓越する変動 を第1経験直交関数として抽出し、同パターンのメトリックとした。気候モデルにおける再現 性は大きくばらつくが、全般に7月に比べ8月の方が高い傾向があり、両月ともに再現性の高 いモデルではアジアジェットの東西構造まで現实的であった。
一方、従来の理論からは解釈の難しい特有の季節変化を示す日本付近の移動性高低気圧活動 については、擾乱による対流圏下層での極向き熱輸送をメトリックとした。その季節変化が再 現された比較的尐数のモデルでは、温暖化に伴い寒気の单下が弱まることを反映して真冬の擾 乱活動が有意に活発化する傾向が予測されている。過去40年において、真冬の擾乱活動が活発 なほど「春一番」のタイミングが早まる傾向が見出されたことから、今後温暖化の進行につれ 冬季モンスーンも弱まり「春一番」も現在よりは早く起こるようになる傾向が推察される。
6.海洋深層の乱流混合パラメタリゼーションに向けた内部波平衡スペクトル形成過程の解明
将来の正確な気候変動予測のためには高精度な海洋大循環モデルの構築が必要不可欠である。
その際、最も重要な課題となるのが、大循環モデルで解像できないサブグリッドスケールの乱 流混合過程のパラメタリゼーションである。特に、海洋深層の等密度線を横切る方向の乱流混 合はその強度の時空間分布どころかそのオーダーさえも完全には解明されていない。この海洋 深層の乱流混合は、スモールスケールの内部波が砕波することにより引き起こされており、そ のエネルギーはもともと潮汐や風応力フォーシングによって励起された内部波エネルギーが、
非線形相互作用を通じて、海洋内部波の普遍平衡スペクトルであるGMスペクトルの中を高波 数域にカスケードすることによって供給されている。
そこで、本年度はGMスペクトルの形成・維持機構を調べるための数値实験を行った。非静 水圧・鉛直2次元の数値モデルに、鉛直第1モード・半日周期の潮汐フォーシングと鉛直第1 モード・近慣性周期の風応力フォーシングを長時間与え続け、最終的に達成される準平衡状態 での内部波場のスペクトル構造を調べた。その結果、潮汐フォーシングと風応力フォーシング とを同時に与えた場合、両フォーシングの強度の比によらず、GM スペクトルが形成維持され ることが明らかになった。なお、GM スペクトルを数値モデル内に内生的に再現したのは、本 研究が初めてである。それに対して、潮汐フォーシングあるいは風応力フォーシングのどちら か一方だけを与えた場合には、GM スペクトルが再現されないことが分かった。このことは、
地中海など潮汐流が極端に弱い縁海ではGMスペクトルが存在しないという観測結果と整合的