学生の主観的ソーシャル・キャピタルの 3 段階モデル
第 2 章 大学のソーシャル・キャピタル/
学生の主観的ソーシャル・キャピタルの 3 段階モデル
第 1 節 大学のソーシャル・キャピタル/学生の主観的ソーシャル・キャピタルに 関する分析を行う意義
序に示した通り,本研究は,大学と学生のかかわりについて,「コミュニティ―個 人の性質」から分析し考察することを目的としている。 本研究では,「大学の SC― 学生の主観的SC」の源泉や効用について検討を重ねることを通して,学生の主観的 WB と適応の説明を試みる。本節では,学生の主観的 WB と適応について説明する ために大学のSC/学生の主観的SCに関する分析を行う意義について説明を試みる。
第1項 なぜ,大学と学生のかかわりについて考えるのか
(a)学校から大学へ ―移行と適応―
大学と学生のかかわりは,序で論じたように,最近四半世紀において大きく変化 した。それまで,大教室に登壇する教員の講義は一方通行的であり,自分のゼミ生 でない限り,教員は学生と授業後にかかわることはなかった。しかし,現在では,
学生の評価を得られない授業は問題があるという認識に 変わり,クラス担任の教員 が学生の生活相談にのるという学生支援体制が形成されている。この大きな体制の 転換の背景には,高校卒業者の約半数が大学へ入学するという大学進学率の上昇,
そして大学設立の規制緩和による大学の増加がある(文部科学省, 2014)。大学は学 生を集めることに力を入れ,授業の質を向上する取り組みを行ってきた。現在,既
に高等教育の常識になりつつあるシラバスの配布,Faculty Development(FD),初年 次教育,学生による授業評価は,最近四半世紀において新たに大学全体へ導入され た制度である。さらに,授業時間を延長することで,学生の勉強時間の確保が行わ れた(文部科学省, 2014)。大学と学生のかかわりは深化を果たし,学生を満足させ る傾向にある。
しかし,そうしたポジティブな側面がある一方で,学生の不適応が懸念されてい る。心理面や学習態度の面で十分に大学へ適応できていない学生が散見され,中退 のリスクのあることが指摘されている(中島, 2008 ; 内田, 2011)。そのため,不適応 の早期発見のためにもリスク因子や保護因子の特定が求められている。
(b)学校と大学の違い
大学は,ほとんどの点で小中高等学校とは異なる。学生は自らの裁量でシラバス から選んだ授業へ参加し,授業で指定さ れた教科書を購入し,休講や試験その他に 関する情報へアクセス するなどの対応が求められる。授業内では,学生は次々と展 開される知識の獲得を求められ,授業内で学習できなかった点については授業外で 自ら補う能力が求められる。大学の授業で学ぶ知識は, 小中高等学校の授業で学ぶ 知識と比べて常に新しい発見により発展可能性に開けているため,教員の専門領域 によって,ある学習内容が正しいかどうか見解が異なることも起こることがある。
つまり,統一化ないし標準化はされていないことが小中高等学校と比べて相対的に 多い注 1。したがって,塾に通うなどの大学外部の機関へのアクセスでは補完するこ とはできないため,現在のところ自習でこれに対処しなければならない状況となっ
注 1 たとえば文部科学省(2014)を参照すると,大学間で授業に共通見解のない事 項は多くあることが読み取れる。
ている。このように,学業だけをとっても,大学生活は小中高等 学校の生活とは大 きく異なっている。
また,大学と小中高等学校では,形成される 社会関係の質が大きく異なる。たと えば,授業ごとに移動の必要がありクラスが機能していない大学は,教室とクラス が比較的固定されている小中高等学校に比べて社会関係の選択肢が多い。そのため,
学生は自ら相手にアピールを行いかかわっていく必要がある(内田, 2013)。また,
大学では集団で行動する規範や所属するクラス はないこと,決まった席のないこと がしばしばある。学生達は,大学キャンパスを探索しネットワークを形成すること を通して,広いキャンパスを小さなコミュニティに分解し,自分が適応できる環境 をみつける(Attinasi, 1989)。大学は,この学生の能力を発揮する場所を提供し,大 学 と 学 生 の か か わ り を よ り 深 め る こ と の で き る 環 境 を 整 え る 必 要 が あ る (Hurtado, 2007 加藤訳 2015)。
(c)大学環境と主観的 WB,適応
学生の大学環境と主観的WBおよび適応に関する知見は,1960 年代後半からアメ リカで蓄積されてきた。このうち,学生の主観的 WB や適応を説明する可能性のあ る主な理論は 2 つある(Pascarella & Terenzini, 1991)。1つは,主に発達心理学者が 自己や道徳性,そして認知の変化をもとに検討してきた 発達段階モデルである。そ してもう 1 つは,教育社会学者が個人的要因(e.g. 性別,学術適性,学術達成度,
社会的地位や人種),構造的要因(e.g. 集団サイズ,統率度,入学選択性),環境的
要因(e.g. 教員や学生が形成する 学術的,文化的,社会的,政治的な風土)をもと
に検討したカレッジインパクト(college impact)モデルである。前者は,大学 4 年 間を自分について試す期間(モラトリアム)として位置付けることの重要性を説明
しており,後者は,個人特性を統制したうえで,大学内外の学生生活全般における 制度環境や社会環境が学生の就職,ライフスタイル,価値観の質の向上に影響をあ たえることの重要性を説明している(Pascarella & Terenzini, 2005)。
しかし,それぞれのモデルは異なる利点と問題点を有している。発達段階モデル は,大学生活をモラトリアムの時期と捉え,各個人が心理的な発達課題を克服する ために過ごすことを目的としている。問題点としては,長い時間が必要であること や,心理学における一般青年を対象としたモデルであることから,大学のかかわり の位置づけが不明な点である。一方,カレッジインパクトモデルは,主に学業の達 成に必要な大学環境を探ることを目的としている。そのため,その効果は主に成績 や単位取得数を用いて検証されており,主観的 WB や適応との関連は十分に説明さ れていない(Pascarella & Terenzini, 1991)。したがって,本研究では,基本としてど ちらのモデルにも依拠せず,大学の制度や取り組みを理論上に位置付け,主観的WB や適応を説明するためにSCに基づいたモデルを扱う。
ところで,主観的 WB が内包している満足感には,複数の種類がある。満足感に ついて「A に満足していますか」という形式により単項目で評価される場合は,傾 性概念として考えられ,理論的構成概念と区別される(渡邊, 1995)。本研究では,
大学と学生のかかわりの結果 についてより一般化可能性の高いモデルを作成するこ とが目的であり,そのためには可能な限りにおいて信頼性・妥当性のある心理尺度 を用いる必要がある。したがって, 本研究では,先行研究で用いられていた複数の 大学環境に対する満足感の測定項目を基に,特定の大学内の環境に対する満足感で ある「大学満足感(university satisfaction)」を測定する心理尺度を扱う。
しかし,大学生活における満足感だけでは,標準化を行っていない尺度を用いる ために測定の妥当性が不十分である。そこで, 本研究では,信頼性と妥当性の確 認
されている満足感の尺度として,「人生満足感(life satisfaction)」を取り上げる。先 述したように,卒業後の学生にとって,大学で得られた 人間関係は生活に役立つと 評価されている。つまり,大学におけるSCは,大学環境に限らず,包括的な満足感 に影響を与える可能性があると考えられる。そのため,人生満足感を用いて,大学 環境で得られるSCが個人の生活に対する包括的評価を説明するか調べる。なお,以 下では大学満足感と人生満足感をまとめて主観的 WBと呼ぶことにする。
一方,国内の大学環境と学生の適応状態に関す る知見について,予め注目すべき 知見がある。たとえば,内田(2011)による大学 56校への調査結果の報告では,最 近四半世紀における学生のうち, 退学者数はそれほど変化がないものの, 休学者数 は倍以上(全学生数の 2.51%)に増加していることを報告している。また,このうち およそ 3-5 割が消極的理由(ひきこもり・ステューデントアパシー含む),1 割が精 神障害を理由としている注 2。この消極的理由や精神障害をもった休・退学者は,適 応状態が悪い学生であったと考えられる。
また,春日・吉中(2010)は,学生相談で用いられる 精神的健康を測定する 尺度 であるUPIの20項目を使用し,大学の新キャンパスと従来のキャンパスの学生の適 応状態について調べている。その結果, 新キャンパスの方が精神的健康が低いこと を示唆している。その結果についてさらに分析を経て, 春日・吉中(2010)は大学 満足感や友人のサポートの低さが,新キャンパスの学生の精神的健康の低さと関連 している可能性について論じている。つまり,友人のサポートを得るための社会的 風土の整っていない新キャンパスは,既存のキャンパスに比べて適応状態が悪かっ た可能性がある。このように,大学の環境と主観的 WB および適応に関連があると
注 2 なお,精神障害が休・退学の理由となっていた学生のうち,4割から 5割をしめ ていた精神障害の種類は気分障害(うつ状態)であったことが報告されている。